04-05.自己満足
「あの、カレンさん」
一日の工程を終えて研究院達が艦内にある自室に引き上げた頃を見計らって、僕は未だ机の上にカルテを広げて作業するカレンさんの背中に話しかけた。
MK開発主任であり、ニウライザ開発にも携わり、軍医でもある彼女の一日は非常に長い。
工学、薬学、医学。その全ての分野の専門家が乗艦していないわけでは無いのだが、全ての分野において彼女以上の知識を持った人材がいないので、全ての主任を一手に引き受けている様な状況だ。
それは決して“ソメイヨシノ”にいるクルーの質が悪いのかというとそうではなく、それだけカレンさんが優秀な人材であるといえる。
まだ僕が“ソメイヨシノ”に来て数日しか経っていないけれど、ラボの誰より早く仕事を始めて最後に帰っていく……いや、もしかしたら部屋に帰っていないのか? そう思えるほどに仕事に向かっている。
彼女の体調を心配する立場なんかにいないので大きなお世話だろうからしないけれど、その仕事ぶりに正直感心してしまっている。長く働いているから偉いとかそんなんじゃなくて、彼女の仕事に対する姿勢、責任感にという話だ。
「ん、どうした」
キィと回転式の椅子に腰掛けたまま振り返ると背もたれに身を預けて、紫色の瞳で僕を見上げる。
その表情に疲れは一切感じられず、まだ働けるぞという様相を呈している様に感じた。
例えば今手にしているカルテの患者の手術すらも、なんなら今からでもこなしてしまうんだろうと思う。
「その患者さん……」
「ん、あぁ……明日手術なんだ。義手を取り付けられるように上腕部にジョイントインターフェースを取り付けるのさ」
明日手術を控えた少女こそ、暴力女……ウエハラが率いていた第二小隊唯一の生き残り。
アラスカで頭部を撃ち抜かれた“ファントムクロウ”を駆り、対MK用チャフを“ワルキューレ”に放ったパイロット。
その際に国際連合軍からの狙撃を受けて右腕を失う重傷を負ったらしい。
「意識はまだ戻らないんですか」
「ああ。インターフェースの取り付けも彼女の意思を確認してから行いたいんだが、傷が塞がってしまってからではヨーコにかかる負担が大きいからな」
瀕死の状態で回収された彼女は一命こそ取り留めたが、未だに意識は戻らないらしい。
「……アスカの言葉を気にしているのか」
「……」
ウエハラ曰く、そのヨーコというパイロットは僕と同じ15歳だという。
15歳、リオやシャル、ヨナと同い年。そんな少女が右手を失って不自由な生活を余儀なくされる。
もちろんウエハラにも言ったけど、襲ってきたのは“ソメイヨシノ”だ。こちらは防衛に徹したに違いない。彼女もその辺りの覚悟をした上で作戦に参加していたんだと思うけど、それでも僕には関係ないと言い切ってしまえるほど僕の心は太くはない様だ。
「言っただろう、私たちも君の大切な人や物を奪っているんだ。お互い様さ」
「……」
そう、彼女たちはカスタマイザーの保護を目的に活動してきた。それは僕と同じ目的、目標を持っていたという事になる。なのに戦って殺し合ってしまった。
今だから言える事、時間が流れて結果が出たからこそ言えることかも知れないけれど、もっと早くニウライザが完成しており、それが世界に流通していたら……ウエハラの部下、あの戦いで英霊になった彼らは死ななくて良かったんじゃないか。
ウエハラにとって、そのヨーコという少女にとっては、もしかしたらタイムリープをしてでも捻じ曲げたい事実なんじゃないか。そう思えてしまう。
大切な人を失う悲しみは、身に染みるほどわかるから。
罪の意識。そんなものがあったのかも知れない。僕の自己満足かも知れない。けど、それでも。
僕は用意してきたメモリーカードをカレンさんに差し出した。
「……? これは?」
「とりあえず見て頂けますか? 大丈夫です、ウイルスは入っていません」
「ふふ、そうか、なら安心だ」
僕からカードを受け取ったカレンさんは首を傾げつつも、自身の端末に挿入した。データが読み込まれて図面製作ソフトが立ち上がる。
「義手の図面か?」
「はい、僕が描きました」
ヨーコという少女はパイロット。そのパイロットが右腕を失ったとあれば戦う術を奪われたと同義だ。
例え右腕がなくともMKを駆る方法は幾らかある。例えば片手でも操作できる様に操縦桿の再調整を行なったりすれば、後方から援護射撃などは出来るだろう。
でも今までの様に両手足を駆使しての激しい操縦は、あのアラスカでやってのけた動きはもう生み出せない。
「なるほど、これは……いや、恐れ入る。本当に画期的なアイデアだ」
カレンさんが感心した様にそう言ってくれたので少しだけ気が楽になる。自分でも渾身の出来だとは思うけど、やっぱり少し不安ではあったから。図面の出来ではなくて、僕のこの行動そのものを否定される覚悟だったから。
ヨーコという少女どんな気持ちで操縦桿を握っていたのか分からない。もしかしたらもう MKなんて乗りたくないと言うかも知れない。
けど、これはそれとして、もしもう一度MKで戦いたいと思った時に操縦桿を握れる様に。
彼女の夢は、理想はどんな物なのか分からない。善意の押し付けかも知れない。要らないなら要らないでいい。でも、それでも、これで自分が信じた正義への道が繋がるなら。
「これならヨーコも喜ぶよ。ありがとう」
カレンさんのその言葉で少し軽くなった僕の心。自分でも安いなと思ってしまう。例え社交辞令だったとしても確かに救われた。正直、突き返される覚悟もしていたから。
「お礼だなんて。それと、仕事をまた増やしてしまいました」
「もともと義手は特注で作らせるつもりだったんだ、手間は変わらんさ」
彼女が、ヨーコという少女がパイロットを続けるかは分からない。けど、もしそうなった時に選べるように。
これは偽善で、自己満足だ。
けれど、彼女が駆るMKからは確かに信念みたいな物を感じた。その中には確かに僕に対する強い殺意も混じってはいたけど、けどやはり自分の正義を信じていたと思うから。
僕が提示した義手は彼女のパイロットとしての技量をさらに引き出す物になる。大きなお世話かも知れない。けれど僕の心を支配するこの罪悪感は自分の中ではどうしようもなく処理しきれ無さそうだから。
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04-02.先生
上記エピソードの改稿を行いました。大きな変更点はありませんが、不殺についての一文を追加しました。
よろしくお願いします。