2.今の私
キーン コーン カーン コーン
気を付けー礼 ありがとうございましたー…
「か…きっか……菊花ってば!」
「はい!!…って、あれ?」
教室は、すっかり騒がしくなっていた。私は立ち上がったまま、ぼーっとしていたらしかった。
あれ?授業は?
「もう終わったよ、菊花。号令の時からずっと立ちっぱなしだったよ?」
「うそっ。」
あ、ほんとだ。もう休み時間5分過ぎてる。
「ね?」
クラスメートの天草栞が、私の顔を覗いた。背がすらっと高く、前髪のないショートボブが美しい友達は、心配そうな目で私を見た。
「何か悩み事?」
「んー……幸せなやつ?」
「なんだ。そっか。」
しおちゃんは、ほっとした顔になった。
…授業中、アズマイちゃんの聖地巡礼―もとい、卒業旅行の提案のことを考えていた。
言われた瞬間、懐かしい思いで、心がいっぱいになった。
卒業旅行。みんなで思い出の場所巡り。コロナ期間でもできる、小さなこの町での1年早い卒業旅行。
もちろん、私はその提案に賛成した。仲間5人のチャットグループにもメッセージを送り、全員オッケーだった。
どこへ行こう。個人的な思い出スポットでもいいということになったから、迷ってしまう。楽しみだなぁ…
「生きてる?」
いつの間にか、顔の前でひらひら手が動いていた。
「うわ。い、生きてるよ…って、彩ちゃん!」
「どんだけぼーっとしてんだよ。菊花さん。」
はあっ、と鋭いため息をしたのは、隣のクラスの友達、児島彩子―彩ちゃんだった。後ろには、おろおろした顔の大田美来―みーちゃんもいた。いつの間にいたのだろう。
「き、きーちゃん、大丈夫?具合悪いの?」
「ううん。ちょっと考え事。」
「なんかノートに書いてあるな…ん?市立図書館に…藤蚕ホール?」
「わああ見ないで!」
慌てて机の上のノートと教科書を片付ける。消すの忘れてた!!
「な、なんだよ。減るもんじゃないからいいじゃんかよぅ」
「アヤ、人のものはアウトの時もあるよ。」
「えぇ…」
「きっ気にしないで!!消さなかった私も悪いし…」
は、空気悪くなってる…
「と、とにかく、もう授業だし解散しよっか!行こ、あやこちゃん!またね、二人とも!」
「お、おぅ」
「あ、じゃあねアヤ、ミライ!」
「ばいばい!」
彩ちゃんを引っ張りながら、みーちゃんは去っていった。
…気使ってくれたのかな。う、みーちゃんの優しさが心にしみる…
「そんな気にしないでね。アヤは悪気あってやったわけじゃないし。」
「しおちゃんも優しい…!」
「ありがとう。そろそろ座るね。」
「うん。ありがとう。」
ニコと笑って、しおちゃんは席に戻っていった。
教室も廊下も次第に静かになっていく。ドタドタと移動教室に向かう足音は、どこか楽しそうだ。
-この場所も、友達も、私が抱えるこのノートたちも、中学校の頃の私を知らないんだ。
その事実に驚きながら、自分の席に座った。
キーン コーン カーン コーン
あ、次の授業の準備してない。
菊花と栞は理系、彩子と美来は文系です。