追跡者
◇
うん、おかしい。すごくおかしい。
私の畑は豊作そのもの。豊作はいいの。嬉しいし。つやつやの色鮮やかな果実さん達や瑞々しい緑の葉っぱさん。光を受けて黄金に輝く穂も素敵で。
いや、いいのだけれどね。でも一瞬で湧き出るようににょきにょきっと芽生えて伸びて生えていったら、びっくりするに決まっている。
あの荒れ果てた荒野を耕して耕地にした場所以上にも、既に地の恵みはあふれている。あふれてこぼれそうだけれど。
果物とかもいいわよねと呟いていたら、にょきにょきっと樹が生えてきて、ぐんぐん伸びて花が咲き、実がなった。
迂闊なことを口にすることもいけない。
いや、果物も美味しいし、嬉しいけどね。でもこの速度はないから!
村では瞬間で目立ちすぎてバレて、最早生き神様と崇め奉られた。
まぁこれ全部偶然です。気の迷いでは? で済む話ではなくなっているかな? まだ余地はないかな? だけど、もうなさげ。
豊穣スキルのせいか、聖女のせいか、なんか全部か段々わからなくなる。
なんだろな?
部屋から窓の外の豊作な畑を見つめながらぼんやりと掌を見る。
ただ結局静かに暮らすのはここでは無理そうなのかな。普通に耕したり収穫したりして過ごしたいだけなのにな。
そんなことを思いながら、ぼんやりしていたら、外から馬のいななきが聞こえた。扉が叩かれ、返事をする前に白い塊が入ってくる。
「失礼致します。リア様!」
男性の声がする。聞いたことのある声だ。
一番初めに私を迎えに来た白いでろっとした服の疲れた顔をした人攫いと思い込んだあの時の人達の中のひとりのようだ。
「リア様、探しました。こちらにいらっしゃった」
息をきらせながらも、私の前に跪く。
神官さん達に、聖女様呼びはやめてと言ってもぎとったのが名前呼び。様もなしではかたく拒否された。
「神殿へお戻りを。どのようにしてこのような距離をこんなに早くに……。こちら方面ではないかと、早馬で単身私が参りましたが、既にリア様の奇跡のお力の話は人の噂にのぼっております。御身に何かあっては危険です」
目深に被った白い衣の中の、顔を上げた紫色の瞳が私を真摯に見つめている。
どうも彼はなんかもれきいたところ実は偉い人らしいのだけれど、そういうの全くわからない私から見たら追跡者だ。
偉い人って奥まった豪華な部屋とかで、ふんぞりかえっているイメージしかないから、実はそんなにそんなにかもしれない。
フットワーク軽いし。
なんだか艶やかな葡萄みたいな目の色だなと思ってそんなかんじでなんだか覚えていた。だから見分けがちょっとだけ付くのだけれど。神官さん達みんな白い衣で頭から全部ほとんど白いしな。
「失礼致します」
私がぼんやりしている間に間合いを詰めていて、すっと私の体を軽く抱き上げて、家の外の馬の方に連れて行こうとする。
「拐かされていたりした訳ではなさそうであることには安心しましたが、神殿にお戻り下さい。私ひとりでもある程度の者は対処出来ますが、多勢に無勢となりかねません」
見た目、めちゃくちゃ人攫い、まごうことない人攫い。
じたばた暴れてみるが、足取りは全く変わらない。
そうだ、逃げよう。逃げてしまおう。どれもこれも。
初めに来た時のように頭の中から湧き出てきた転移の呪文。それを唱えると、今までいた家ではない別の場所に出た。
あれ? ここ見たことある? これあの光っていた泉? あれ? どこに逃げようとか考えなかったから? あれ? あの不思議な樹が?
「聖女様……」
そして、私はいまだ硬直した神官さんに抱え上げられていた。紫色の瞳が驚愕の色を見せている。
――一緒に連れてきちゃった。
そっと体を下ろされた。
より崇められちゃってる。周りに神官さん達が額ずく。
逃げちゃだめかな?
今ちょっと体が疲れちゃっていて、もう一回転移はしんどそう。出来なくはないかもだけど、慣れてないし、私だけじゃなくて、一緒に人連れてきちゃったせいもあるのか、色々な疲れかわからないけれど。
結局、意識が落ちたようで、目が覚めたら、私に神殿の近くに耕していい場所を用意してくれるとのことだった。護衛はつくけれどと。
目についたことを畑耕しながら考えて、やりおえてから先は考えよう。
どうも私が知らない場所には飛べないみたいだし。知った場所限られてるし。
結局聖女様しちゃってる。神官さん達も悪い人達じゃないし、なんかほだされてしまって。
そうそう紫の葡萄色の目の神官さんは思うより偉かった。王族関係者だとか。ふんぞりかえっているものじゃないの? そういう方って。何故そんな人が追跡者していたのやら。
結局専属の護衛になられてしまった。いいの?
そんな気分だけれど。ずっとついてくる。
そして神様のこの恩寵、神殿にいる方が何故か安定して。当分はここにいてもいいかなと思っている。未来はわからないけれど。
end