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第二章 よろずや異世界店、始動【1】

 柊一郎様の訪問から数日後。

 道具の作成レシピをすべて覚えるほどゲームをやりこんだ過去の自分に感謝しつつ、問題無く作成出来ることを確認した私は無事にお店を開店させることが出来た。

 植物や水などを組み合わせ、そこに勾玉の力を込めてかまどやすり鉢などで作業すれば様々な物が作れる。

 何故この材料の組み合わせでこれが出来るのか……なんて思うこともあるがこれはもうゲームモチーフの世界だからだとしか考えようがない。

 ゲームで理想の形に作ったお店は今、現実として私の目の前に広がっている。

 お店の入り口の横に“よろずや”と書いた看板を立てて開店準備は完了。

 通路の幅を残していくつか設置した階段状の棚には薬や紅の入った貝殻や竹筒、かんざしや印籠などの小物、壁際に設置した棚に巻物や紐閉じの本、鏡や食器、そしてろうそくなどの様々な日用品。

 土間と小上がりの和室を区切るように勘定台を設置し、気合を入れるためにこの世界に来た時に着ていた紫苑色の着物に藍色の前掛けを着け、座布団の上に緊張と期待に包まれながら座った初日……が、昨日。

 ものの見事に、人っ子一人来なかった。


「しかたないよね、前の来訪者たちが散々問題を起こしていたんだし」


 そう呟いて、勘定台に頬杖をついて夕日色に染まった入り口の方を見つめる。

 まるで初日の不安を煽るかように、開店して二日目の今日も誰一人お客様は訪れなかった。

 こうなると不安になってくる、これからの生活が懸かっているのだ。

 せめて一度でも覗いてもらえればまた来店してもらえる自信はあるのに。


「その一度目が難しいのはわかっているんだけどね」


 今日もお客様がこのまま来られなければ、明日は私が町へ出てみよう。

 この数日間は家の中にあったもので生活出来ていたのと、開店準備に掛かりっきりだったのでお店からは出ていない。

 自分がどんな目で見られるかがわからない状況で外に出るのに抵抗感があった、という理由もある。

 出来ればお店に訪問してもらう形でこの世界の人と会いたかったのだけれど、そうも言っていられない。

 電気なんてないこの世界ではいくら良い道具を使ったとしても夜の活動は制限が掛かってしまうし、今日は早めに店を閉めて明日の準備をしようか……。


「こんばんは」

「っ……こんばんは、いらっしゃいませ」


 立ち上がろうとした瞬間に入り口から聞こえた女性の声に少し慌てつつもしっかりと返答する。

 まだ立ち上がる前で良かった。

 ドキドキしながらも顔には出さないようにして、捲られていく暖簾を見つめる。

 ゆっくりと暖簾をくぐって入ってきたのは、女性二人と男性一人の三人組だった。

 パッと見ただけだと夫婦とその母親に見える。

 母親らしい年配の方の女性が私に向かってニカッと笑う。


「やあ来訪者さん、邪魔するよ」

「……ああ、やっぱり知られていますか」


 苦笑した私の顔を見て、三人が少しきょとんとして顔を見合わせる。

 柊一郎様の話だと今までの来訪者たちはいきなり男性に言い寄ったりしていたらしいので、彼女たちの中の来訪者のイメージと重ならないのかもしれない。

 とはいえこれはチャンスだ。

 彼女たちの目的が私を探ることでも買い物でも、どちらにしても問題無いと判断してもらえれば他のお客様達も来て下さるようになるかもしれない。


「突然店なんて出来たからねえ、柊一郎様たちが険しい顔でお店に入っていくのを見た人もいるし、たぶんそうだろうって噂になってるよ」

「その柊一郎様から以前の来訪者のお話は聞いておりますので……私の噂も良い噂ではなさそうですね」

「はっきり言わせてもらうと、そうだね」


 以前の来訪者たちに会ったことはないが、相当足を引っ張られている気がする。

 苦笑しつつも正座したまま勘定台の前から動かない私を見て、少しの間を開けて年配の女性がまた笑った。


「とりあえずは大丈夫そうだね。来訪者だからって全員が同じだとはもちろん思っちゃいないが、またいきなり大暴れするような人だったらさっさと退店しようとは思ってたんだ。一先ず商品を見せてもらってもいいかい?」

「ええ、是非。ごゆっくり見て回って下さい」


 三人が商品棚へ向かったのを見つつ、私の前の来訪者たちについて考える。

 柊一郎様は騒ぎを起こした、としか言っていなかったが今この女性は大暴れと言った。

 どうやら彼女たちは私が思っていたよりもずっと大きな騒ぎを起こしたようだ、本当に勘弁してほしい。


「お、お母さん! これっ!」

「なんだい? おお、えっ、ちょっと、本当にこの値段で良いのかい?」

「はい、そちらはある程度量産できる体制が整っておりますので」

「来訪者の方にそんな特技があるなんてねえ……」


 彼女たちが手に持つそれは私にとってはただのろうそくだが、昔の日本と同じようにこの世界では高級品。

 お城や神社などでは普通に使われているが、町などでは油に芯となる紙のようなものを入れてそこへ火を灯すものが一般的に使われている。

 しかし私はゲームでの道具制作のスキルなのかなんなのか、制作レシピ通りに材料を組み合わせれば結構な数が量産できてしまう。

 他の職人さん達に私が使っているレシピを教えたらみんな量産できるのだろうか?

 それとも私だけなのだろうか?

 どちらにせよ来訪者なんていう不利な肩書を背負ってしまっている身では、教えられるような立場ではないのだけれど。


「ろうそくでしたら、そちらの提灯にも使われていますよ。等級の高い勾玉を使って作りましたので、火打石を使わずとも好きな時に火を点けることが出来ます」

「本当かいっ?」

「あら、可愛らしい」


 ろうそくの横には桜が透ける和紙で出来た提灯が一つ置いてある。

 元の世界では経営していたネットショップとは別に、コスプレ衣装などの作成で鍛えた裁縫や小物作りの腕を生かしてハンドメイド専門のネットフリマでも色々と売っていた。

 和雑貨好きな私は手作り提灯ももちろん作ったことがあるので、この世界でも売り物になるかもと作ってみたのだ。

 球体にするのが意外と難しいので手作り感満載だが、透かし模様の桜柄がとても美しい。

 材料の和紙やろうそくはゲームアイテムなので燃え広がったりしないし、良い勾玉を使っているのでまるで懐中電灯の様に蝋が無くなるまでは自動で火を点けたり消したりできる。

 手間がかかる上に勾玉も良質な物を使うので量産は出来ず、提灯はお店にある一個と自分用の一個しか作っていないけれど。

 勾玉は倒す影が強ければ強いほど良い物を落とす。

 点火の自動化のために相当な手練れでなければ倒せないような敵が落とす勾玉、この世界では特級と呼ばれる勾玉の在庫を使って作ったので、これからも量産は出来ないだろう。

 特級の勾玉はこの世界に来る前がゲームイベント直後だった事もあって、手持ちの数がかなり少ないからだ。

 この数日で自分のために結構な数を使ってしまったということもあるけれど。

 ご飯を作る時やお湯を沸かす時、明かりを点けたり暖を取ろうとする時……毎回火打石で火を起こすのにとても苦労してしまい、つい身の回りの環境を整えることを優先してしまった。

 火打石を使うのも楽しいのだが、現代文化に慣れた身にはとても不便な生活だ。

 とりあえずゲーム中にやっぱりお風呂は必須だと檜風呂を設置した私に、よくやったとは言いたい。

 毎回町の湯屋に通うのは面倒だし、確かこの世界もお風呂は時代に合わせて蒸し風呂が主流だったはず。

 しかし不便だろうがなんだろうが、家族という枷のない自由な環境が本当に嬉しくてたまらない。

 このままこの世界で楽しく人生を送るためにも、彼女たちへの接客を成功させなければ。

 決意を新たに女性二人がろうそくと提灯を見比べているのを失礼にならない程度に見つめていると、ふと男性が近寄ってきたことに気が付いた。

 勘定台を挟んでニコリと笑みを向けられたので、こちらも笑みを返しておく。


「…………」

「…………」


 笑みだけを交わして特に会話も無い時間に心の中でだけ首をかしげる。

 特に商品も持っていないし、お店に入ってから会話もしていない相手だ。

 商品について問われれば営業も兼ねて色々と話はするつもりだけれど……。


「何かお探しでしょうか?」

「いいえ。その、あなたとお話をと思いまして」

「私と、ですか?」

「え、ええ……その、ええと」


 口ごもった男性はまばたきを繰り返して何か慌てているようにも見える。

 しかし特に話題が出てくるわけでもない、このまま無言でも気まずいし何か話題でも振った方が良いのだろうか?


「ここ数日暖かくて過ごしやすいですね。私はまだここに来て間もないのでよくわからないのですが、しばらくはこの温暖な気候が続くのでしょうか?」

「え……ええ、そうですね。数カ月ほどは」

「そうですか、良かったです」

「…………」

「…………」


 振ってみたは良いものの、すぐに無言になってしまう。

 どうしよう、なにを言ったらいいんだろうか。

 しかし初対面の相手との会話のきっかけになるであろう、天気の話題は終わってしまった。

 あれ、私もしかして接客向いてない?

 ネットショップはメールでの連絡が主体だったしなあ、と戸惑っていると、男性は意を決したように口を開いた。


「あの」

「はい」

「すみません、僕の自意識過剰みたいになってしまって恥ずかしいので、もし知らないふりをしているのでしたら、その……」

「知らないふり、ですか?」


 恥ずかしさからか頬を赤く染め、ソワソワと落ち着かない様子の彼は助けを求めるように二人の女性の方へ目をやった。

 同じようにそちらを見ると年配の女性の方は苦笑しているが、もう一人の奥さんらしき女性は笑いをこらえるように口元を押さえて震えている。

 なにがなんだかよくわからずにいると、苦笑している女性が乾いた笑いと共に口を開いた。


「こりゃあ、本当に大丈夫そうだねえ。ちょっと申し訳ないんだけど、前の来訪者に暴れられた身としてはどうしてもあんたのことも試してみたかったんだ。すまないね」


 やっぱり、とは思ったものの口に出さなかったのだが、女性はそれも察したらしい。

 どこか申し訳なさそうにしつつも、説明を続けてくれる。


「来訪者たちはこの国に住む数人の男のことを知っているだろう?」

「……はい」

「で、なぜかどの来訪者もその男たちに言い寄って来る。恋人がいようが結婚していようがお構いなしだ。むしろ恋仲の相手がいることに強い拒絶を見せるくらいだしね」


 ああそうか、ゲームではないのだし時系列もクリア後なのだから、キャラクターが誰かと結婚していてもおかしくはないのか。

 既婚者だと知ってもキャラに迫った前の来訪者たちは、いったい何を考えていたのだろう。

 主人公の立場になった訳でもないし、キャラクターたちが自分に恋心を抱いてくれる理由は特にないはず。

 そもそも現実になったキャラにこだわる必要はあるのだろうか?

 ゲームをモチーフにしたとはいえ現実になったこの世界では、彼らだってちょっと顔立ちの整った男性でしかないと思うのだけれど。


「その様子だと、あんたもそれなりに知識はあるんだろうね」

「そう、ですね。申し訳ありません」

「いやいや、謝らなくていいんだよ。この世界に来たのはあんたの意志じゃないんだろう。元々持っていた知識はどうしようもないことさ」

「あ、ありがとうございます……!」


 笑顔のまま掛けられた言葉に少し嬉しくなる。

 会ったこともない人間が自分の事を詳しく知っているなんて、気持ち悪いと思われても仕方がないだろうに。

 嬉しさをかみしめていると、今度は奥さんの方が噴出したように笑った。

 視線が彼女に集まるが、どうにも笑いが止まらないようだ。


「も、もう……ふふ。ご、ごめんなさいね。でも、うちの人が可哀そうだから知識があるなら思い出していただけると嬉しいわ」

「思い出す?」


 その言葉に男性を見ると、引きつったように笑っている。

 とても整った顔立ちの男性だが……あれ、整った顔立ち?

 先ほどの自分の思考と重なる気がして、ぶしつけで申し訳ないが彼の顔をじっと見つめる。

 しばらく見つめていると、不意にキャラクターの一人と彼の顔が重なった。


「……あ」


 思わず出た声に男性の引きつり笑いが濃くなって、奥さんの笑い声はさらに大きくなった。

 間違いない、この男性も攻略キャラクターの一人だ。

 服も全然違うし、やはりイラストと現実では雰囲気が違ってなかなかキャラと人物が重ならない。

 しかし彼の正体に気が付いたことで、この人たちは私を観察に来たんだろうということの確信は持てた。

 来訪者に絡まれる対象だった男性自ら店に来ることによって私がどう出るかを判断しに来た、といったところか。

 しかし私がまったく彼のことを知らないそぶりを見せるので、嘘をついているのかもしれないと思い、彼自らわざと誘惑するように近寄って来て笑顔を向けてくれたのだろう。

 が、それでも本気で気が付いていない様子の私にだんだん恥ずかしくなって来たらしい。

 この人は確かゲーム中では知らない女性を口説けるようなタイプではなかったし、そもそも自分に気があることを前提に笑いかけているのに一切相手にされないどころか戸惑いしか返されないとか……私が相手の立場でも居た堪れないし恥ずかしい。


「そ、その、すぐに思い出せなくてすみません」

「いえ、こちらこそ試すような真似をしてしまって」


 お互いに若干視線を逸らしながらの謝罪は、奥さんの笑いをさらに後押ししただけだった。


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