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騒がしい秋に【5】

 

 精神的に回復はしたものの、藤也さんの事は頭の片隅に引っかかったままで日々は過ぎ、ようやく訪れた漫画の最新話公開日。

 この間とは違って明日も仕事ではあるのだが、日付が変わるまで寝ずに待って最新話を購入し、ページを開く。

 行燈の明かりだけの薄暗い室内でバクバクとする心臓を押さえながら見つめた画面には、私にとってある意味苦しい内容が描かれていた。


「ば、場面転換、って」


 がっくりときてしまい、大きなため息を吐く。

 今回公開された話に藤也さんの安否は載っておらず、主人公の視点に変わっていた。

 もちろん話自体は面白いのでしっかりと読み込むが、藤也さんの安否がわかるのは早くても冬になってからだろう。


「……藤也さん」


 じっとスマホを見つめて彼の名前を呼んでみるが、内容が変わるわけでもない。

 だが、これで気はずいぶん軽くなった。

 しばらくわからない、という事がわかったので焦燥感が無くなったというか……一気に心の中が落ち着いた気がする。

 落ち着いて最新話の公開を待とう、主人公パートだって話がどうなるのか気になるのだから、楽しく読み進めていけばその内藤也さんだって無事に登場してくれるはずだ。

 スマホを見つめ続けて強張った首を伸ばすようにグーッと伸びをする。


「次に藤也さんの顔が見れた時に、恥ずかしくない私でいないとね……でも、間に合うかな?」

 

 電子書籍購入のためのポイントは買い足せないので減る一方だ。

 レビュー機能の無いサイトなので他の人が書くネタバレ込みの感想すら読めない。

 ポイントだけどうにか買い足したいがその手段はないし、とにかく完結までポイントが持つように祈るしか出来ないが……。

 とにもかくにも気持ちはしっかりと落ち着いた。

 よし、と気合を入れ直して布団に横になる。

 明日からはしっかり働けそうだ、それに……。


「あれ、柊にどうしたらいいか聞いてみよう」


 机の上にある数枚の書類を見て、少しだけ顔が引きつった。

 藤也さんが気になっていた事や、火鉢を大量生産しなければならない事で後回しにしていたが、あの私ではどうしようもない書類をどうすればいいのか相談しなければ……。



 そう思いながら眠った次の日、私は久しぶりに少しの引っ掛かりすら感じる事無く目覚める事が出来た。

 開店作業のためにお店の扉を開け、薄暗い中で吹き付けてくる冷たい風に身震いする。

 空は曇天、冬が近い。

 本格的に冬になる前に、もう一度くらい秋晴れの空が見られるだろうか。

 開店準備を終えて、訪れるお客様に予約していただいた火鉢を渡したり色々な商品を売ったり、といつも通りの時間を過ごす。

 そうしてお昼頃に組紐を取りに来たついでに休憩する柊と二人で昼食を取る事になった。

 常連の農家のおばあ様にいただいた漬物をポリポリとかじる。

 あの年代の方々が作る食べ物は全部美味しい。

 自分でも作りたくてレシピを聞くのだが、そのやり方でやっても同じ味にならないのが不思議だ。


「蓮は戦いに?」

「うん。昨日の夜中には出発してたみたい。少し長く戦ってくるって書置きもあったし」

「珍しいですね。最近は夜中に出た時は昼に戻ってくるのに」

「戦いたい気分だったのかな?」

「最近城での書類仕事が多かったですし、体を動かしたくなったのかもしれません」

「動物系の妖怪たちはどんどん復活してるし、人型の妖怪たちも早く目覚めさせてあげたいのかも」

「そうですね。そろそろ一人くらい、と私たちも思っているのですが、いまだ見たという情報すらありませんから。今年中に復活するのは難しいかもしれないと話しているところです」

「今年中、かあ」


 この世界で初めて迎える年越し。

 元の世界ではおせちの好きな物だけを買って摘まむくらいの日でしかなかったが、ここでは違う。

 初めて迎える親しい人との年越しはきっと楽しいだろう、なんだか楽しみだ。


「柊は大晦日に家に来れそう?」

「ええ、夜になってしまうとは思いますが」

「じゃあ三人で年越しそばでも食べようか。柊の仕事の都合が付くならいつもより良いお酒でも持ち寄って飲む?」

「良いですね。とっておきの物を持ってきましょう」

「ついでにお節作りに初挑戦するから味見して欲しい」


 この世界にも重箱に詰めるおせちの文化があるらしいので、挑戦してみたくて常連のおばさま方に色々と聞いているところだ。

 元の世界と違って本格的なセットなどが売っていないので作るしかないとも言える。


「年末年始の楽しみが出来ましたね。年明けの朝には吉方参りにいかなくてはなりませんし」


 吉方参りはその年の縁起がいい方角にある神社に参る事らしい、要は初詣みたいなものだ。

 ……友達と初詣か、本当にこの世界に来てから楽しみだと思える事が増えた。


「あ、そうだ。柊に聞きたい事があるんだけど」

「何でしょうか?」

「これってどうやって断ったら失礼じゃないかな?」


 空になった皿を一纏めにして開けたスペースに、数枚の書類と写真を置く。

 不思議そうに見ていた柊が書類の内容に気づいて口元をひくつかせた。


「もう、来たのですね」

「……うん」


 そう、この間冗談交じりに『賭けでもするか』なんて笑った見合い話が数件、私の元へ舞い込んできた。

 しかもお城でそれなりの地位にいる方からのもので、その場で断れずに手元に数件溜まってしまったのだ。

 頭が働いていたらその場で相手の様子を見ながら断ったのだが、残念ながらそれが出来る精神状態ではなかった。


「すべて断る、という事でよろしければ私の方でやっておきますが……」

「ぜひお願いします。理由が必要なら私の事情を話してもいいし」

「……わかりました。話を持ってきた方々には気を病んでお店に来るのを遠慮しないでほしい、とも伝えておきます」

「ありがとう」


 どうやら柊には私の考えなどお見通しだったようだ。

 この世界の人達のお人よし具合からして、私が元の世界に忘れられない人がいるなんて言ったら見合い話を持って行った事に気を病んでしまいそうで、ちょっと気になっていた。


「柊がお見合いを断る時に協力出来そうな事があったら手伝うからね」

「では何かあった時はお願いします」


 そんな風に雑談しながら食事を終え、休憩時間の終わりが近づいた柊が組紐と共にお見合いの書類を持って去って行くのを見送り、これで心配事が一つ片付いたと安堵のため息を吐く。

 ……また藤也さんを理由にしてしまった。

 もう絶対に藤也さんが実際には存在しない人間だとばらすわけにはいかなくなったが、まあそれを言わなければならない機会など来ないだろう。

 気が楽になったので午後の接客を明るい気持ちでこなしていると、外はあっという間に暗くなっていく。

 最近は本当に日が落ちるのが速い。

 お客様も来ない時間になったので店を閉めて家へ向かう扉を開けると、家へ繋がる廊下には蓮が立っていた。


「あ、おかえり」

「……ああ。ただいま」

「遅かったね、ずっと戦ってたの?」

「そうだな。夜中に出てずっと戦っていた、風呂借りたぞ」

「怪我は大丈夫なの?」

「今回は無傷だ」


 疲れている様子は無いが、ずいぶん長い時間戦っていたようだ。

 妖怪を復活させるためにと彼が戦い続けているのを見ていると、私も前を向かなければという気持ちになる。


「行商に来た魚屋さんが良い秋刀魚を売ってくれたから焼くつもりなんだけど、蓮も食べる? 柊も仕事が終わったら来るって言ってたよ」

「秋刀魚か、良いな。七輪出してくる」

「よろしく。私は他のおかず作ってくるから」


 おう、と返事をして七輪を置いてある場所へ向かう蓮とすれ違うように家へ向かう。

 月が出ていないので廊下は薄暗いが、行燈の光が足元を照らしているので特に困る事も無い。

 雰囲気が良くて、最近はお気に入りの光景の一つだ。


「なあ」


 突然後ろから掛けられた声に振り向くと、蓮が足を止めてこちらを見ていた。

 私と目が合った彼が、あー、と少し悩むような声を出す。


「春になったら、またここで花見でもしようぜ」


 そう言った彼の視線は中庭の桜の木へと向けられた。

 春にあの木の下で二人で飲んだ事を思い出して、楽しかった気持ちが蘇ってくる。


「そうだね、冬は室内で飲む事が多そうだし、花が咲く頃にはまた外で飲めそう。夏はお祭りがあるし、楽しみだね」

「ああ。来年は柊もいるだろうから、良い酒やつまみも増えるな」

「つまみはコンちゃんたちに持っていかれそうだけど」


 離れの縁側で眠っているコンちゃんは珍しく一匹で、友達の動物達はいないようだった。

 だが普段は他の動物や妖怪達がいるし、暖かくなった春に花見をするならさらに数は増えるだろう。


「別口で準備しておくか」

「それがいいかも。あ、柊と大晦日に年越しそば食べて、朝には吉方参りに行こうかって話したんだけど、蓮は年末年始空いてる?」

「聞かれなくてもここで過ごす気満々だったが」

「なら年末年始も変わらず三人で過ごす事になりそうだね。この世界で初めての年越しだし、楽しみ」

「……どうせ毎年恒例になるだろ」

「それはそうだけど、やっぱり初めての事だから嬉しくて」

「……そうか」


 準備してくるという蓮に火起こしも頼んで、一度自分の部屋へと戻る。

 帳簿などを机の上に置いて、さあご飯の支度だ、と部屋を出ようとした時だった。

 ピロン、と場違いな、そしてずいぶんと久しぶりに聞く音が部屋に響く。

 一瞬驚いて、慌てて懐からスマホを取り出した。

 おかしい、最近はずっと音が出ない設定にしているし、音が鳴るとしても電子書籍アプリの更新通知くらいだ。

 その通知も藤也さんが出る漫画の更新の時だけ鳴るように設定したし、次の更新日まではまだまだ遠い。

 しかも、確かこの音は……。


「やっぱり、メールだ」


 もうすっかり使う事のなくなったメールのアイコンに小さく一の数字が示されていた。

 この世界でメールなんて来るはずが無いのに、と少し早くなった鼓動を落ち着かせるために急いでメールを表示する。

 知らないアドレスからのメールだが、件名には『緊急』の文字と共に予想すらしていない言葉が続いていた。


「……帰宅可能のお知らせ?」


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