私が生きたい人生を【3】
眠りについて数時間、日が当たる感覚で目が覚めた。
肩から滑り落ちた布団も私がゲーム中で買った物と同じ柄と色、購入時にこれ以外のもう一つの布団とどちらにしようか悩んで選んだものなのでよく覚えている。
見回した部屋も眠りに落ちる前に見た光景と変わらない。
「夢じゃない」
あれだけ疑っていた頭の中はすっきりしていて、あの文章が本当だという事、そしてもう二度と元の世界に戻ることはないという事に対してすんなりと納得してしまう。
あのメールに書かれていた通りだ。
本当に解放されたんだ、ときゅっと唇を引き結んで浴衣の胸元部分を握り締める。
眠る前に着替えたこの浴衣も箪笥に入っていたもので、もちろんゲーム中に購入した記憶のあるものだ。
外は完全に明るいが、眠りに落ちたのは朝方。
数時間程度しか眠っていないが、頭の中はすっきりしている。
今思うとよくこんなわけのわからない状況で着替えて眠るなんて選択肢が取れたものだ。
しかも布団まできっちりと敷いた状態で。
あのメールにそういう風に誘導するような効果でもあったのだろうか?
しかしそうであろうとなかろうと、ここが現実だと理解してしまった今、まずは現状把握だ。
着替えて一通り見て回らなくては。
布団から出て箪笥を開け、ゲーム中でも一番のお気に入りだった着物を取り出す。
明るい空色に桜が散りばめられた、前向きになれそうな着物。
「着物、着られるようになっておいて良かった」
昔の日本をモチーフにした漫画にハマった際、きっちりと着物を着こなしていた大和撫子系の女性キャラがとても素敵だったことをきっかけに覚えた着付け。
たまに家の中で着るだけで満足だったのに、まさかこんな形で役に立つとは思わなかった。
「お店の方に行こう」
自力では絶対に手に入れる事なんて出来ないような豪華なこの家とお店。
わからないこともたくさんあるけれど、ともかく私の新しい生活の始まりだ。
眠る前に通った中庭を突っ切る廊下を歩いてお店に戻りながら頭の中でやるべきことを考える。
あの大量の小判、働かなくてもしばらく生きては行けるだろうが……。
「せっかくの新生活だし、お店を開けたいかも」
私好みの和の要素が詰め込まれたお店。
ネットショップのデザインも和柄をふんだんに使ったものにしていたが、実物となるとその空気感がぜんぜん違う。
商品も在庫があるし、眠って起きたら頭の中で商品の作り方などの細かいやり方がしっかりと理解出来るようにもなっていた。
少し驚いたが、あのメールの通りに落ち着いたというか、私の体がこの世界に馴染んだという事なのだろう。
ネットショップの経営はしていたが、自分で作った物を実店舗で売るのは初めてだ。
初めて誰にも邪魔される事なく、自分のやってみたい事を思いっきり満喫することが出来る。
じん、と胸に宿った温かさのような高揚感に涙が出そうになった。
「商品がゲーム通りなら結構量はあるけれど……正確な数の把握、それと一通り作ることが出来るかの確認。その後に商品を並べて、外での私の扱いがどうなるのかも確認しなくちゃ」
突然現れたこの大きな建物が気にならない世界、あのメール通りならば私以外にもこの世界に来た人間がいるからなのだろうが、その人達がどういう扱いになっているのかも知りたい。
あのファイルにつらつらと書かれていた内容の一部に、異世界からの来訪者の存在は知られているとは書いてあった。
私はたまたま貰った物の中にこのお店が含まれていたけれど、持ち物はそれぞれで違うはずだし、家屋が無い人たちはどうしているのか。
先駆者がいるのならば色々と参考に出来るだろうし、もう少し現状を把握したら外に出てみよう。
お店に続く扉を開けて、先ほどと変わらない静寂を保つ店内を見て再度笑う。
「私の、お店」
よし、と気合を入れてこの店のすべてが詰まった箪笥の前へ歩み寄った。
そこから数時間、私は箪笥の中身の把握に集中することになる。
何も書いていない巻物と筆や墨を見つけ、中に入っているものをすべて書きだしていく作業はとても大変だった。
……書道が趣味のキャラクターが推しになった時に勉強した身としては、オタクで良かったと心底思う。
こまごまとした長時間の作業も楽しさが勝っていたため、その疲れすら嬉しく感じてしまった。
何をどこにどう並べよう、とか。
この道具は見た目を変えられるはずだからいくつか揃えてみたい、とか。
生活を便利にするような道具に関しては自分も使うことになるだろうから、まずは自分の分を確保しないと、とか。
新しい道具が出てくるたびに湧きあがる喜びに笑顔から表情を変えられない。
「組紐と印籠、あと傷薬が少ないかな。外に行く前に作ってみた方が良いかもしれない」
道具作成が上手くいくかどうかで、私の未来は大きく変わるだろう。
仕入れて売るのか、それとも材料を取りに行ったり依頼を出したりして一から作ったものを売るのかで、やり方はかなり違う。
作成知識はある、普通の職人技術ならば無理でも、ゲームの道具作成ならば。
ゲームをやりこんだ期間、ずっと道具作成をしていた身なのだから。
何と何を混ぜて、それにこの作業を何分やればこれが出来る、なんて知識だけはすべて頭に入った状態だ。
「試しに何か一つ作ってみようかな。材料は取りに行かなくても在庫分があるし」
作業場に移動しようと立ち上がり、土間に降りるために草履を履いた時だった。
「失礼、どなたかいらっしゃいますか!」
玄関口から聞こえた大きな声に肩が跳ねる。
男性の声のようだけれど……人の声、つまりこの世界の住人の声だ。
現実感が一気に押し寄せて、何となくしか感じていなかった新しい世界をぐっと身近に感じた。
この世界に生きる人達が、私の中で二次元から三次元へと明確に変化する。
「……ここで、生きていく。これからの人生を」
一度だけ目を閉じて息を吐き出し、すぐに開いた。
先ほどまでとは店の中の見え方すら違う気がして、よし、と気合を入れて口を開く。
「はい、今開けます!」
この世界で初めて関わる人、いったいどんな人で、どんな用事なのだろうか。




