表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/49

私が生きたい人生を【2】


「書かれていることが本当だと仮定して、この世界を元にしたオンラインゲームのお店をそのまま貰えるなら、ここでの生活は楽になるけど……」


 他にファイルに書かれていたのは、こうして得た能力や持たされた物はこの世界の人間には取り上げられないという事や、異世界からの来訪者はすでに数人いるため知られており、突然お店が建ったとしてもあまり問題にはならない事。

 ゲームストーリーは終わっているので、妖怪たちはもうおらず、敵はオンライン版の様に影になっているという事。

 私の経営していたネットショップはこのファイルを送ってきた相手が責任を持って後処理をして閉店手続きを取ったという事、等々。


「えっ、わ、私のお店……ええっ? もう無いの? 本当に?」


 何やかんやと軌道に乗せるのは苦労した上に家族と関わらないように生きたい私の生活の基盤だった、愛着ある私のネットショップ。

 まさか他人の手によって一瞬で無くなってしまうだなんて誰が想像できるだろう。

 ああでも、あのままだと家に強制的に戻された時に取り上げられていただろうが。


「……あの人達に取り上げられるくらいなら、お客さんに迷惑が掛からないように畳んでくれた方がずっといいわ、きっと」


 もしもあのファイルに書かれていたことが本当ならば、このお店やそれに付随する建物はすべて私のものということになる。

 ネット上のお店が無くなった代わりに、今まで生きて来た世界とはまったく違う場所で実際の店舗を手に入れた。

 そういう事で良いのだろうか?


「現状はつまり私にとってはオンライン版に飛ばされたのと同じ、ということかしら? ストーリー通りに進んだ後、になるのね」


 頭の中でまとめたことをあえて口に出して、しっかりと把握する。

 数度資料を読み返し、それが間違った結論では無いと確信して大きくため息を吐いた。


「もう、なにがなんだか」


 ただもしもこれが夢でなく、本当に私の身に起こっている現実だとしたら。


「ああ、そうね。もうお見合いなんて行かなくても良いのね」


 もしもあのままあちらの世界にいたら、何やかんや権力を使われて居場所を見つけられ、強制的に見合いの場に連れて行かれた挙句に結婚まで一気に進められたに決まっている。

 冗談じゃない、私はたとえ相手が誰であろうとも結婚も恋愛もする気はない。

 あの家族達に囲まれて幼少期を過ごして来た私は、現実で恋なんて冗談じゃないと結論付けてしまっている。

 現実での結婚、そこから派生する家庭というものに良いイメージが欠片も無いし、それに……


「……恋をするなら、二次元が良い。現実なんていらない」


 私の今の恋愛相手は“藤也さん”だ。

 ときめくのも、結婚したい相手や好きな人を聞かれて思い浮かぶのも彼。

 相手が二次元で現実には存在しない、ただそれだけの話。

 別に誰にも迷惑はかけていないし、大っぴらに言って回るような真似もしないので誰かに不快感を与えることもないから問題はないだろう。

 それに世界ごと変わったというのならば、私はもう二度とあの権力だけは無駄に持った最悪な人達と関わらなくて済む。

 私に結婚を強制してくる相手はもうこの世に存在しないという事だ。

 知らない世界で一からやり直すという絶望しそうな今の方が、元の世界であの人達との縁が切れずに生きていくことよりもずっとずっと良い。

 わけのわからないことが起こっている恐怖よりも、あの場所から開放された喜びが上回る。


「信じたい、夢じゃないって」


 どうかこのファイルに書かれた事が本当であってほしい。

 何だっていい、あの場所に帰らなくても良いのならば。

 制限していた友人関係、心の奥底では諦めていた自分の未来、どこかで気にしてしまって、ちょっとしたことであの人達の事を思い出して心底楽しめない日常。

 この説明がすべて真実ならば、そんな人生はもう終わりだ。

 だって、この世界にあの人達はいない。


「……どうか、夢じゃありませんように」


 この状況でこんな事を心底願うのは私くらいではないだろうか。

 しかし、恋はしたくなくても友達は欲しい。

 今までのように目立たないように、なんて考えずに色々な事をやってみたいし、色々な所に行ってみたい。

 わけのわからない状況にも関わらず、目の前が眩しいほどに明るくなった気がした。

 死ぬまで逃げ切ることが出来ないはずだった家族、その縁が強制的に断ち切られた喜びに口角が上がる。

 出来ればこの世界が本当にゲームの世界なのか確かめたい、確証が欲しい。

 朝になって外に出れば何かわかるだろうか。

 そう思って視線を障子の方へ向けると、雪見障子から覗いていた暗闇はうっすらと明るくなって外を映していた。


「もう、朝?」


 そう呟いてから、それもそうかと納得する。

 何度も何度もあの大量の文章が書かれたファイルを読み直していたのだから。

 自分の身に関わっているであろう事を流し読みなんて出来るはずもない。

 じっくりと時間を掛けて何度も読み返していれば、数時間なんてあっという間だろう。

 障子の外に見える、はらはらと舞う桜の花びら。

 近づいて障子を開け放ってみれば、やはりゲームで植えたものと同じ桜の木が見えた。

 人が出入りできる大きさの窓を開け、一歩外に踏み出して自分が今までいた建物を見つめてみる。

 黒い瓦屋根が朝日を反射してわずかに輝く、真っ白な漆喰の壁がこげ茶色の木で所々装飾されている平屋。

 同じこげ茶色の木で格子状になっている入り口の扉からは、隙間のガラス越しに店内がうっすら透けて見える。

 店の前にあるしだれ桜も満開で、花明かりで薄暗い周囲からぼんやりと浮かび上がっていた。

 私がゲームで設定したままの色合いとデザインの外観。

 少し離れたところに並ぶ瓦屋根たちも、ゲームの町並みそのままだ。


「本当、に……」


 笑みが浮かんだところで、ドッと疲れが襲ってきた気がした。


「眠い、なんで……いきなりこんなに」


 一気に襲って来た眠気、まだ起きてはいられるが、あまり考え事は出来なさそうだ。


「一回眠れば、夢かどうかはわかるわよね」


 そう呟いたと同時に、スマホからメールの着信音が鳴る。

 メール機能は使えないはず、そう思って画面を見れば送り主の名前のないメールが一件届いていた。


『説明書を読んでいただきありがとうございます。現状は把握できましたでしょうか? こちらが最後のご連絡となります。一度お眠りになり目を覚ました際には紫苑様はこの世界に馴染み、すべてが現実であると理解できるかと思われます。おやすみなさいませ。この度は大変、申し訳ありませんでした』


 贈り主の名前どころか、アドレスすらないそのメールを数回読み返して、疑う気持ちが消えないままため息を吐く。

 まるで私の様子を見ているかのようなタイミングのメール。

 このメールの相手はいったい何なのだろう?

 考えてみてもわかるはずもなく、返信すらも出来ないようだった。

 そしてこれが最後のメールと書かれている以上、私に知るすべは無いのだろうということもわかる。

 実は全部嘘で人の家に不法侵入してたりして、なんて思いながら室内に戻り、扉や窓に鍵がかかっていることを確認してから障子などをすべて閉めて入り口とは別の扉に目を向ける。

 部屋にある横開きの扉、ここが私のゲームデータ通りだとしたら目的地はこの奥の自室スペースだ。

 曇りガラスが付いた木製の扉に手を掛けて横へ引く。

 ミニスカートが存在している時点で思ったが、この世界があのゲームの世界観そのままならば、昔の日本風のゲーム、というだけで様々な時代をごちゃまぜにしたような世界観になっているはず。

 だからこそ、こんな風にガラスを使った扉や窓があるんだろう。

 扉の先にある中庭を突っ切るように延びる渡り廊下の先、そこに見える建物が自室のはずだ。

 ゲーム中にとてもこだわって作った部屋……眠るならこの店部分よりもそこだろう。

 廊下へ静かに足を踏み出し、中庭を見回しながら歩を進める。

 中庭には鯉が泳ぐ池があり、その近くにはお堂のような見た目の離れ。

 離れはこの間イベントで追加したものだが、家具などはこれから設置しようと思っていたので畳敷きの部屋になっているだけのはずだ。

 あの離れで寝っ転がって電子書籍を読むのも楽しいかもしれない。

 だがまずは自室部分の確認と、メールに書かれている事の確認が先だ。

 恐る恐る手を伸ばして開けた扉の先、広がる部屋の中を見回す。

 鏡台、箪笥、布団、衝立、壁の色や窓の形、私がゲーム中で作りこんだ部屋そのままの光景が広がっているのを見て、込み上げてくる嬉しさで口角が上がったのがわかった。


 眠って起きて、これがすべて真実だと実感できた時、私の新しい人生が始まるんだ、と。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ