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異世界の友人達【3】

 そうして初めて採取に行った日から一月ほど経った時には、私の店は今までとは少し違う形で落ち着いていた。

 柊一郎様は正式にこの店に関する責任者となり、三日に一度程度お店へと通ってくる。

 だんだん彼との会話にも慣れて多少言葉が崩れ出したがそれは彼も同じで、最近は何となくお互いをさん付けで呼び始めているくらいだ。

 とはいえ彼の口調は元々丁寧なので、その辺りは変わっていないのだけれど。

 蓮は以前言っていた通り戦場へ行く日に休日を設けたらしく、離れに来る時間が増えた。

 ……今もまだ、時折彼の口から発せられる「おかえり」の言葉には慣れないままだけれど。

 しかし日々が充実して来たのは確かなので、今日もいつもの様に早朝に起床して開店準備を始める。

 店の入り口の引き戸をすべて開け、入り口部分を残してすだれを立てかけた。

 真っ青な青空には雲一つなく、眩しいくらいの光が店の前の道に反射していて、思わず手で遮りながら空を見上げる。


「明るくなるのが早くなったなあ」


 少し暑く感じる風は湿り気を帯びていて、梅雨が近い事を示している。

 店の軒先にぶら下げたいくつかの風鈴がチリン、と軽い音を鳴らした。

 扇子と風鈴、そして変わらず水瓶の売れ行きは良く、お店の看板商品となっている。

 絵付けが追い付かず半数は何も描いていない状態でお店に並べているが、自分たちで絵を描くのも楽しいから、とこちらもよく売れている状況だ。

 入り口の両脇、通りに平行になるように設置した竹製の長椅子の上に緋毛氈と呼ばれる赤い布を掛け、その横に『お茶、冷やし飴販売中』と書いた看板も立てておく。

 風鈴をぶら下げているため入り口周辺は涼しい風を感じるので、時折物売りの人達が風を浴びている。

 そのことに気が付いて販売し始めたのだが、これがまた飛ぶように売れた。

 そうすることでお客様も増え、物売りの方々からは品物をおまけしてもらえるようになったので、最近は食生活が潤ってきている。

 物売りとして歩いているのは女性も多く、皆既婚者ではあるが同年代の女性との交流も増え、そうして知り合いが増えていったことでこの店周辺では出歩いても視線を向けられる事が減っていった。

 しかしやはり私くらいの年齢で未婚者というのは珍しく、独身で同性の友人は出来そうにないということを悟ってしまったのが悲しい。

 元々男性の人口の方が多いので独身は男性ばかりだ、こんなところまで江戸時代を真似なくても良いのに。

 少し違うのは乙女ゲームの世界観だからか、離婚率がものすごく低いということくらいだ。

 みんな一途らしい、だからこそよけいに今までの来訪者が入る隙間なんて無かったのだろう。

 店の前を整え終えて店内へ戻ろうとすると、背後から足音が聞こえて来る。

 振り返ると眼鏡越しの細められた目と視線が合った。


「おはようございます、紫苑さん」

「ああ、おはようございます柊一郎さん。組紐完成していますよ……あれ?」

「よう」


 初夏という事もあり少し涼しげな着物に変わった柊一郎様だが、相変わらず着こなしは皺ひとつないきっちりしたものだ。

 最近は私の店で買った扇子を使っている所を見かけるので暑くはあるのだろうが。

 そんな柊一郎様の後ろには蓮がおり、二人が早朝に連れ立って来ることは初めてなので驚いてしまった。

 蓮はあの派手な羽織を腰に結んでおり、やはり暑いのだろう、こちらも以前買っていった扇子で風を送っている。


「蓮もおはよう、珍しいね」

「装備整えるついでに冷やし飴でも貰ってから行こうと思ってな」

「飴ならもう準備は出来てるから中で飲んで行ったら? 柊一郎さんもよろしければどうぞ」

「ありがとうございます」


 この二人意外と甘党らしく、お茶よりも冷やし飴を出した方が表情が緩む。

 気に入ってもらえて何よりだ。

 二人が冷やし飴を飲んでいる間に組紐と蓮に頼まれた道具を持って来ることにして、たんすの引き出しを開いた。

 お客さんが訪れるであろう時間帯までは後一時間といったところだろうか。

 開店準備はもう終わっているので、今は二人の用事に集中できる。


「どうぞ、組紐です。今回はいつもより多く出来ましたよ」

「ありがとうございます。腕の立つ人間にはだいたい渡ってきたのですが、やはり戦場に行く機会が多いと切れてしまう事も多いので」

「ああ、やっぱりそうなんですね」

「こればっかりはなあ……攻撃も受けるし、鞘で防御することもあるしな」


 そういう蓮も何回か組紐を切って帰って来たことがある。

 彼にも二日前に新しい組紐を渡したばかりだし、戦いというのはやはり難しそうだ。


「戦う方々が怪我をするよりはずっといいので、私も頑張って作りますから自分の身を一番に帰ってきてくださいね。もちろん蓮も」

「ありがとうございます」

「あいつらが復活する前に俺が死んでる、なんてことになったらなんの意味もないからな」


 そう言った蓮がちらりと店の入り口視線を向けた。

 店の前の道にはまだ人影はない。


「そろそろ客が来る頃か?」

「お客様が大勢来るのは半時後くらいからだけど、絶対に来ないとは言い切れないね」

「まあ、一人二人なら来ても良いか。柊、お前もう一つ話があるんだろう」

「え……」

「そうなんですか? 何かありました?」

「え、ええ、まあ、その……」


 柊一郎さんの声が少し裏返っている。

 とても言いにくそうにしているが、その様子を見ている蓮は呆れ顔だ。

 しばらく待ってみたが、切り出し方を探しているのか柊一郎さんが話し始めることはなかった。


「あの、何かあるのなら遠慮なく言っていただければ」

「え、ええと、ですね」


 この様子ではいつまで経っても話を始める事は無さそうだ。

 珍しく視線を泳がせている柊一郎さんを見て、蓮が大きくため息を吐いた。


「城の連中が風鈴と扇子を売ってほしいんだとよ」

「あ、そうなの?」


 蓮が代弁した要件は私にとっては特に問題の無いものだ。

 来訪者に金は払いたくないから無料で寄越せとでも言われれば拒否するが、ちゃんと料金を払ってもらえるのならば商品を売ることに抵抗はない。


「柊一郎さん、いくつ必要ですか?」

「い、いいのですか!」

「は、はあ、別に構いませんが」

「……昨日の会議の光景をお前にも見せてやりたかったなあ」

「会議?」


 にやにやと楽しそうに笑っている蓮とは対照的に、柊一郎さんはどこか気まずそうだ。

 今までの会話の流れからして、風鈴を買うための会議なのだろうか?

 ……そんなことのためにわざわざ会議?


「ちらっと見た時には大分白熱してたぜ。暑さをしのぐにはこの風鈴と扇子はうってつけだからな。どうしても欲しい、だが売っているのはこの店しかない。紫苑にしか作れない物だから他では注文することすら出来ないしな」

「来訪者の店で買いたくない、ってこと?」

「なんでそうなるんだ、逆だ。来訪者として城に近付くなと契約までさせて不便を強いているのに、品物を買わせてくれと頼むのは申し訳ない、ってな」

「ええっ……そんなことを気にしていたの?」


 普通は来訪者の店の商品など買えるか、もしくは金など払えるか、とかなるのではないだろうか。

 気にするところがずれている。

 そもそもすでに組紐を買っているのに、今更だろう。


「正規の値段で買って下さるのならいくらでも売りますけど」

「それが城にいる次期正室、つまりお前と同じ世界出身の女が使うとしてもか?」

「え? ああそうか、若い子なんだっけ。だったら部屋に三つくらい設置してあげた方が良いんじゃない?」


 そう言った私に対してぽかんと口を開けた男性二人の視線が飛んでくる。

 そんなに意外な答えだっただろうか。


「……なぜ三つも?」

「私たちはここよりも文明が進んだ世界から来ているので、夏でも室内なら涼しい環境で育って来ているんですよ。元の世界ならこの風鈴はおもちゃにしかならないでしょうね。もっと大型の冷たい風が出る道具がありますから。真夏でも真冬並みの冷たさにする事も出来るんです」

「そんな道具が」

「羨ましい事この上ないな」


 心の底から羨ましそうにそう言った蓮は、自分の後ろで揺れるふさふさの尻尾にちらりと目をやった。

 最近離れの風鈴の下でぐったりしている事も増えてきたので、暑さが堪えているのだろう。


「でもその代わりに私たちは暑さや寒さの耐性が低いんですよ。この世界の人達がちょっと暑いな、と思うくらいの温度でも私たちにとってはきつい温度です。私はこうやって大量の風鈴を勘定台の上にぶら下げているので耐えられていますが」

「おい、これ売るためにぶら下げてるんじゃないのかよ」

「ここにあると私も涼しい、そしてよく売れる。一石二鳥だよね」


 開店中は基本的に私はこの勘定台の前に座っているので、その天井部分に十個程度の風鈴をぶら下げている。

 それ以外の風鈴も一か所にまとめずにいくつかに分けて並べており、店内全体が涼しくはなっているのだが、クーラーが当たり前にあった生活を送っていた私にはそれでも少し暑いくらいだった。


「俺よりも暑さに弱いじゃないか」

「たぶん寒さにも弱いよ。お城にいるその方も同じだと思う。私よりも若いなら余計に温度差には弱いかも。あ、柊一郎さん。具体的な数さえわかれば普通にお売りしますから、もしも購入するのであれば気軽に声を掛けて下さいね」

「え、ええ。ありがとうございます、正式な数を出してまいりますね」

「はい。絵付きでも透明な物でも、どちらでもお好きなのをどうぞ。ただ、絵付けは追いついていないので数が無ければ後日になってしまいますが」

「……だから問題無いって言ったろ」


 冷やし飴をちびちびと飲みながら蓮が呆れたように笑い、そちらへ視線を向けた柊一郎さんが少し目を細める。


「わかっていますよ。現にもういいのでは、という意見も出始めているのです。ですが……」

「頭の固い連中がしぶとく残ってるからな。いっそそいつらの分だけ買わなければ暑さに負けて了承するんじゃないか?」

「彼らも暑さに弱い方ですからね。ですが」

「祝言が終わるまでは難しい、だろ」

「はい」


 この会話、おそらく私のことだろうが、上層部の方々もそれなりに信じ始めてくれているのだろうか。

 祝言後なら、というのはやはりゲーム主人公の女の子のことが心配なのだろう。

 この国にとっては恩人のようなものだし、ご正室になるのならば尚更気遣うはずだ。

 そう考えると先ほどの蓮の問いかけも頷ける。

 蓮は私が気にしないのはわかっていて問いかけてきたのだろうが、お城の人たちは違う。

 同じ世界出身なのに差をつけている事で、私がその女性を害さないか不安に思っているはず。

 だから祝言という明確な形で女の子が殿の庇護下に置かれるまでは、契約を続行したいということだ。

 正直に言うと城下町への用事はまったく無いので、このままでも特に問題はなかったりする。

 城下町で気になっていたのは有名なお菓子屋なのだが、それはこの間柊一郎さんが買って来てくれたし、城下町にも城にも用事はない。


「別に城や城下町に行く用事なんて無いので、私はあまり気にしていないですよ。一番気になっていた評判のお菓子はこの間柊一郎さんが持って来て下さいましたし」

「あの大福のことでしょうか?」

「はい、町の人に評判を聞いて気になっていたところにちょうど頂いたので。評判通り本当に美味しかったです、ありがとうございます」

「……では、また何か買ってきますね」

「色気より食い気か」

「もともと恋愛する気はないからね」


 呆れた蓮の視線は受け流しておく。

 そもそも目の前にいる二人だって私が恋愛感情を持たないからこそ、こうして和やかにしているのだろうに。


「そういえば蓮は結構早くに私が蓮に恋愛感情を向けて無いって事を信じたよね」

「まあな。信じた理由は別にあるが……多少なりとも俺に好意がある奴は暑いと零した俺に『尻尾の毛を刈ってやろうか?』とは絶対に言わないからな」

「えっ」


 楽しそうに口角を上げて言った蓮の言葉に、驚きの声を上げる柊一郎さん。

 ……変な誤解が生まれた気がする。


「それは蓮が暑いから丸刈りにするとかいうから。丸坊主の蓮を見るよりは尻尾の毛がない方がまだいいかなって思っただけで」

「そうだな、丸刈りの俺を見たら笑い転げる自信しかないんだもんな。俺に好意があるやつはそんな俺を見たら心配するか泣くか失神するか……少なくとも絶対に笑い転げはしない」

「いや絶対に吹き出す人はいるよ、衝撃的な光景だもの」


 軽くふざけ合いながらも言い合っていると、小さく吹き出すような音が聞こえた。

 蓮と二人でそちらに視線を向ければ、くすくすとおかしそうに笑う柊一郎さん。

 ……いつもよりも幼く見える笑顔に、この人はこんな風に笑うのかと少し驚いた。


「すみません。ですが、そうですね、蓮に対してそんな風に言える方が恋心を隠しているとは私も思えないです」

「信じてもらえて嬉しいですけど、理由が複雑すぎますね」

「ふふ、ですが頭だろうが尻尾だろうが、どちらにせよ丸刈りにされていてはおかしいかと。尻尾だってふさふさして見えますが身はほとんど入っていませんからね。いきなりヒョロヒョロの尻尾で帰って来られたら私も腹を抱えて笑ってしまうでしょう。でももしも蓮の尻尾を刈って良いというのであれば是非やってみたいですね」

「おい、柊」

「どうかしました?」


 唇をひくひくさせながら柊一郎さんの名前を呼ぶ連に対して、柊一郎さんは何故蓮が顔を引きつらせているのかわからないようだ。

 からかっているわけでも無く本心なのだろう、しっかりしている割に天然なのかもしれない。


「柊一郎様って、面白い方ですね」


 きょとんとした柊一郎様が、それを言われるのは二回目です、と笑った。


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