異世界で結ばれる縁【4】
私はこの世界のモチーフになったあの乙女ゲームは確かに好きだ。
けれど他にも魅力的な恋愛要素のあるゲームもたくさんあったし、何よりも最推しキャラである藤也さんの影響で私の一番は常にあの漫画だった。
それもあって最後にあのゲームをクリアしたのは結構前だった気がする。
一度全員攻略してすべてのエンディングを見た後は、クリア後に開放されたゲーム中のイベントやスチルが記録されているおまけ要素で好きなシーンを振り返るだけだったし。
全員の全ルートを攻略した時点でストーリーの大筋は頭に入っていた上に、初めからストーリーを追うよりも自分の好きな部分だけをもう一度見る方が時間的にもちょうど良かったし楽しかった。
それでも私の中であのゲームの記憶が強いのは、この世界に来る直前までオンライン版にハマっていたからだ。
そして本格的な道具制作の要素は、そのオンライン版にしか存在しない。
……私の前に来た来訪者たちは恋愛ゲームである本編しかやっていないのではないだろうか。
だからこそこの世界で恋愛に関して強く意識していたのかもしれない……それでも暴走し過ぎだとは思うが、そこは他に何かきっかけがあった可能性もあるだろう。
彼女たちがオンライン版をやっていないのなら、道具制作が出来ないのも頷ける。
道具屋を手伝うミニゲームにハマる人が続出したとはいえ、恋愛目当てに買った人達にとっては他にいくつかあったミニゲームの一つでしかないだろうし、そもそもオンライン版もプレイ人数が減ってきているくらいだったのだから未プレイの人も大勢いるはずだ。
そして私が貰ったこのお店……私のプレイしていたオンライン版のデータを基に作られたという店。
道具制作のレシピは私の頭の中にあるが、それを作る事の出来る作業場はこの店の一部だ。
この世界は乙女ゲーム本編の要素を中心に成り立っている。
道具制作は本編ではあくまでおまけなので、オンライン版要素の強いこの店限定で作成可能な道具があるのもわかる気がする。
勾玉を倍にする効果は最近のアップデートで追加された要素なので、蓮さんの言う通りこの世界には無いものなのかもしれない。
一瞬まずいかとも思ったが、そもそも私が来訪者という特殊な立場なのは知られているし、今更特別な何かが出来たとしても大きな問題ではないだろう……基本お人好しな人ばかりだし。
それにきっとこういう特殊な道具を作れることは、私がこの世界で生きるのにプラスになる。
だったら今まで通り精一杯道具制作を頑張るだけだ。
「……他のお店の方々の協力が無理だということはわかりました。私一人で頑張りますので、勾玉集めの協力をお願い出来ますか?」
「ああ、もちろんだ。よろしく頼む」
差し出された手を少し悩んでから握り返し、軽く握手を交わす。
この世界の人としっかり触れ合ったのは初めてかもしれない。
当たり前の事だけれど、温度も感触も現実の……私と同じ世界を生きる人のものだ。
やはり私はこの世界の人々を二次元の頃と同じ目で見る事は出来ないと実感する。
そこからお互いに細かい約束を交わし、正式に契約書を作成、私と彼の協力関係は契約という形でしっかりと結ばれることになった。
契約してから思ったのだが、監視対象である妖怪の頭領と来訪者の契約って勝手にやって大丈夫なのだろうか?
先ほどは私も一緒に監視してもらえればちょうど良いかも、とは思ったが少し不安になってきた。
蓮さん本人が良いと言っているのだから良いのか……良いと思っておこう。
私は城に近付けないし、何か報告がいるならば蓮さんがやってくれるはずだ。
そうして始まった今までとは少し違う生活は、意外と楽しく快適なままだった。
彼がいようがいまいが私の生活が大きく変わることはない。
なにより彼が組紐を使う事で数が増えた勾玉をすべて渡してくれるおかげで、十日も経過する頃には水瓶にも余裕が出来たし、他にも色々と作れるようになったのでお店は大盛況だった。
今までお店に来たことのなかったお客様との交流も生まれたし、これは本当に嬉しい変化だ。
蓮さんと契約する条件の一つに離れを好きな時に使わせてほしいという申し出があったのだが、特に物も置いていない、代わりになる場所もある……自分の敷地内にあるが人に貸していて使えないという前提があると積極的に使おうとも思わず、不便さは無い。
蓮さんはとても綺麗に部屋を使ってくれるし、むしろ勾玉の件でおつりが来るくらいだった。
基本的に私はお店が終わると自宅スペースで過ごしている時間が長いし、蓮さんにも出入り時に特に声はかけなくて良いとは言ってある。
お互いに気を使うだろうし勾玉は離れへ置いていってくれればいいからと伝え、傷薬や包帯なども離れの方に用意しておいた。
離れを使っている時には使用中の目印として行灯を一つ縁側に出してもらい、他に欲しい物があった時は自宅の方へ声を掛けてもらっている。
周囲からの複雑な視線が無い事が快適らしい蓮さんは、結構頻繁に離れを訪れているようだ。
とはいえ基本戦っている人なので来るのは夜遅くが多い。
夜は私が縁側に出ている事が多いので、何やかんやと決めた割には毎日のように顔を合わせる事になった。
「こんばんは、お嬢さん」
「こんばんは、怪我は大丈夫ですか?」
自宅と離れ、それぞれの縁側で少しの距離を開けてそんな風に毎日言葉を交わすうち、話す時間は徐々に増えてきた。
怪我の治療で手伝う事があれば手伝うとは伝えてあるが、彼は手慣れているので今のところ手伝いを頼まれたことはない。
そして初対面で一気に距離を詰めてきたのは本当に演技だったのだと納得できるほど、彼は人との距離の取り方が上手かった。
お互い嫌だと思う所には踏み込まず、けれど変に気を使う事もない会話は意外と楽しい。
町では来訪者という事で多少奇異の視線が飛んで来る私にとっては、私を無害と判断したらしい蓮さんの視線にそういったものが含まれていないのはありがたかった。
蓮さんが徐々に離れで過ごす時間が増えているのは、彼もそう感じているからかもしれない。
お互いに何かが含まれる視線をしかたがないと思いつつも気になってしまうあたりは共通しているのだろう。
少し会話を楽しんだ後はそれぞれ好きに過ごしているので、面倒だと思う事もない。
そんな感じで日々を過ごし、今日もお店で忙しく働いた後に中庭への扉を開ければ、珍しく早い時間に蓮さんが来ていた。
お店の方へは来ていないのだが、建物に囲まれているこの中庭にどうやって入ってきたのだろう?
「こんばんは」
「ああ、こんばんはお嬢さん。邪魔してるぞ」
「組紐出来ていますよ。十本ほどですけど」
五十個近く組紐用の勾玉を貰ったというのに、出来たのはこれだけ……少し申し訳ない。
他の組紐に付いた効果も他の勾玉で作ったものとは比べ物にならないほど良いものではあるのだが、彼の求める効果とは違う。
だが彼はそれでも嬉しそうに笑った。
「助かる。貰っていく」
「はい、誰に渡すかは蓮さんにお任せしますので」
私はお客様以外との人脈はほとんどないし、戦闘の事もよくわからない素人だ。
だったら出来た組紐は蓮さんに渡して、彼が渡したいと思った人物に渡してもらった方が良い。
この前出来た三本はもう彼に渡してあるので、それらはすでにしかるべき人のところに渡ったはずだ。
縁側から立ち上がった蓮さんが軽く跳躍して私のいる廊下に降り立つ。
とん、という軽い音と共に私の前に来た彼に組紐を手渡した。
相変わらずふさふさの尻尾が一本、ユラユラと揺れているのをなんとなく見つめる。
「俺からも渡す物がある、ほら」
「……え?」
手渡された四つの袋、それぞれ色の違う袋を渡されて少し戸惑うが、一つはいつも蓮さんが勾玉を入れてくれている巾着だ。
相変わらず大量に詰まったそれは限界まで膨らんでいるが、他の巾着はそれぞれ中に入っている量が違うようで、ただどれもあまり中身が入っていないようだった。
促されるまま開けてみると、どの袋にも個数はバラバラだが特級の勾玉が入っている。
「あの、これは?」
「組紐を渡した連中からだ。それぞれ依頼を受けていたりするから全部は渡せないが、組紐の効果で増えた分はお嬢さんに渡してくれと言われた。伝言も預かっている、『どう使っても構わないが数個は組紐に使って欲しい。これでもっと組紐を作って、妖怪たちの復活を早めてくれ』だとさ。奇特な連中だろう?」
そう言っておかしそうに笑う蓮さんはどこか嬉しそうだ。
妖怪たちへの想いは複雑でも、復活を望む気持ちはみんな同じ。
こういうみんながお人好しな部分を含めて、目に見える強い悪意の無いこの世界が私は好きだ。
初対面で柊一郎様が向けてきた嫌悪だって理由があったし、隠し切れない気づかいが所々滲んでいたものだった。
「ありがとうございます、この勾玉を取って来てくれた方にも伝えていただけますか? 少しでも多く作れるように頑張ります、とも」
「ああ。それにその内この組紐を付けた奴らが店に来るかもしれないぞ。俺が買って行った水瓶の値段を聞いて目が輝いていたからな」
「そうなんですか?」
蓮さんは私と契約してから数日後、店で売っていた便利そうな物の大半を買い込んで帰って行った。
水汲みやら燃料の調達やらで部屋を出なくてはならない回数が減るから、と。
城ではどうも自分の部屋に引き籠っている事が多いようだ。
ふう、とため息を吐いた蓮さんは離れの方へ視線を向ける。
「もう少し居ても良いか? ここなら遠慮なく窓を開けて外の空気が吸える」
「どうぞ。ゆっくり休んで行って下さい」
朝から戦い続けているのだから、休憩時間は重要だろう。
いつも以上に渡された勾玉を手に、離れへと戻る蓮さんと別れて自宅の方に戻った。
何を作るか考えなくてはいけないが、とりあえず今日は漫画の最新話の公開日だ。
今回も藤也さんが主人公を守って戦い、活躍するであろう回……続きが気になることもあるし、最愛の人の活躍を見るとやる気も湧いてくる。
高揚した気持ちで仕事をすればいい結果も出るだろう。
「藤也さん、私も頑張るからね」
手の中の勾玉を見つめてそう呟き、部屋へ戻ってスマホを起動させた。