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異世界で結ばれる縁【2】

 お店の閉店作業と足りない商品のチェックを済ませ、組紐を持って蓮さんのいる離れの様子を伺うべく中庭に繋がる扉を開く。

 水瓶を目当てに来られたお客様が他にも様々な物を購入して下さったので商品棚には空きが多く、確認に少し時間が掛かってしまった。

 とはいえ彼は傷の治療にはいつももう少し時間が掛かっているのだが……。


「あ」

「ん?」


 離れの縁側に腰掛けてぼんやりと月に照らされる庭を見つめていた蓮さんが、私が扉を開けた音に反応してこちらを見る。

 大きな狐の尻尾がユラユラと揺れているのを見て、まるで異次元に迷い込んだ気分になった。

 いや、ここは私にとっては異世界と呼べる場所なのだけれど。

 元の世界にはいなかった妖怪という存在、狐の耳と尻尾を持つ彼の姿は私にとってはまだ見慣れないものだった。


「ああ、悪いな。長居して」

「別に緊急で使う用事もありませんので大丈夫です。長居と呼べるほど長居もしていませんし」


 離れでゴロゴロ過ごすのも好きだが家の方も素晴らしく過ごしやすい。

 絶対に毎日離れで過ごさなければならない訳では無いため、多少長居されたところで問題はなかった。

 畳の匂い、虫の声や風の音しか聞こえない空間、美しい庭が見える縁側……この離れも庭に溶け込むような和風建築なので、自宅部分の縁側でもとても落ち着いた時間を過ごすことは可能だ

 そしてその自宅部分、中庭の反対側に当たる部屋にも縁側はあり、そちらからは小さな川が見える。

 昨日蓮さんが離れを使用中にそちらへ行ってみると、蛍が二、三匹飛んでいた。

 これから夏になるにつれてもっとたくさんの蛍が飛ぶようになるのかと思うと楽しみでしかたがないし、おそらく私は夏場はそちらの縁側に行くだろう。

 川の近くということもあって、クーラーが無くとも涼が取れる場所だからだ。

 ……そういえば、特級の勾玉で涼しい風を発生させる風鈴が作れたイベントがあったはず。

 夏場の快適さのためにもぜひ欲しい。

 さらに気合いを入れて廊下を進み、蓮さんの正面に差し掛かったところで彼の方を向いた。

 中庭を挟んで離れの縁側でこちらを見つめる蓮さんと向かい合う。


「あの、ちょっと真剣な話をしても良いですか?」

「……治療の場を借りている身だ。構わないが」


 少し警戒したような空気を身に纏う蓮さん。

 やはり来訪者に迷惑を掛けられた前提がある人と初めてまともに会話しようとするのは、少し難しいのかもしれない。


「蓮さんがいつも持って来て下さる特級の勾玉、私には必需品なんですけど手に入れる方法が無くてここ最近ずっと悩んでいたんです」

「依頼を出せばいいんじゃないか? 来るか来ないかわからない俺を待つよりもよほど確実に手に入ると思うが」

「特級となると、この町の掲示板だと難しいんですよね。特級の影を倒す事の出来る人は町には少なくて。お客様からもこの町では難しいだろうって言われていますし。城下町は私は近付くことが出来ませんので」

「近付くことが出来ない?」

「この世界に来た日に、城や城主様に私からは近付かないと柊一郎様と契約を結びましたので」

「あいつと? 入院中だろう?」

「その場で倒れて死んでもおかしくないような顔色でしたので、近付かないと契約する代わりに店を出たらすぐに診療所に行くように取引しましたから」

「……どうりで。あの頑固者がついに入院になったと聞いてどうやって診療所に行かせたのか気になっていたが。まさか来訪者が関わっているとはな」


 そう言ってこらえきれないといわんばかりに吹き出すように笑った蓮さんは、笑いが治まった後にまた私の方をじっと見つめて来る。

 人と話す時に目を合わせるのは特に苦痛に感じないタイプなので、その目を見返しながら続きを話すべく口を開いた。


「ここ最近、蓮さんが持って来て下さる特級の勾玉のおかげでお店は大繁盛なのですが、安定して勾玉を頂きたいなと思いまして。私と取引というか、契約していただけないかなと思ったんです」

「契約ねえ……俺にその話を持ち掛けて来なくなったらどうしよう、とは考えなかったのか?」

「まあ危惧はしていましたが、一応話くらいは聞いていただけるかな、と。今までの来訪者があなた方に迷惑をかけたのは恋愛感情から、ですよね?」

「そうだな。それを利用していた身で言うのもなんだが、もう来訪者の恋愛沙汰に巻き込まれるのはごめんだぞ」

「信じていただけるかは別として、私があなた方に恋愛感情を抱く可能性は欠片も、本当に、まったくもってありませんので問題ないかと」

「……何となくそれはわかっていたが、こうもハッキリと口に出されると複雑な気分だな」


 若干引き攣った笑顔でそう返してきた彼は、それでも私に恋愛感情がないことは感じ取ってくれていたらしい。

 ……ちょっと言い方が悪かっただろうか。

 私はあなたに男性としての魅力を欠片も感じていません、と言ったのと同じだ。


「あなたが魅力的な人だというのはわかっていますよ。私には一切その気が無いというだけです」

「お前なあ……まあいい。俺と何を契約したいんだ?」


 顔を押さえて呆れたように呟いた彼は、それでも私の話を聞いてくれるようにはなったようだ。

 ありがたい、この機会を逃さないようにしっかり交渉したいところだが。


「先ほど勾玉はいらないと言っていたので、その日取れた勾玉を私に下さい。代わりにその日あなたが使う傷薬、それともし戦闘で入用な物があれば差し上げます。あまりにも無茶な品物でなければですが」

「ほう」

「今までと同様に傷の治療に離れを使いたいというのでしたらそれもかまいません」


 今の私にとって特級の勾玉やそれ以外の勾玉を安定して手に入れるためには、それをするだけの価値がある。

 蓮さんは監視対象とはいえある程度の自由はあるようだし、それに彼の監視をすることで私の事も問題無いと判断してもらえるかもしれない。

 そんな打算的な事を考えつつも、手に持った組紐を彼に見えるように前に出した。


「これは私の店に置いている中でも珍しい効果が付いた組紐です。今のところ、二本しか作ることが出来なかったので店には出していなかったのですが。影の落とす勾玉を二つにする事が出来ます。こういう珍しい効果の……っ?」


 組紐の効果について説明していると、目の前に蓮さんの顔が現れた。

 一瞬ぎょっとしたが、離れからここまで跳躍して一気に近付いてきたらしい。

 池と庭を挟んでいるというのに、やはり身体能力は高いようだ。

 そんな彼だが、今までのどこか余裕のあった表情を一転させ真剣な顔で私の持つ組紐を見つめている。

 何も言わずに見つめ続ける彼にどうしていいかわからず、私も無言のまま組紐を見つめる彼の頭を見つめた。


「……効果を確認したい。手に取っても良いか?」

「え、ええ、どうぞ」


 こういう組紐の効果は使い手が手に取る事で効果が確認できる。

 お店のお客様でも商品説明に書いてあることだけ真に受けて買って行く方はいないし、こちらも効果の確認のために組紐や飾りなどは自由に手に取っていただいていた。

 そのため、手に取りたいという彼には特に疑問に思うこともなく組紐を手渡す。

 少し震える手で私から組紐を受け取った彼はそれを少しの間じっと見つめていた。


「本当に……勾玉を増やす効果、か」


 そう小さく呟いた彼がまた私の方へと視線を戻す。

 その表情は余裕のないままで、少しだけ見開かれた赤い目にも戸惑いが浮かんでいる。


「お嬢さん、あんたいったいなんなんだ?」


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