第三章 異世界で結ばれる縁【1】
なんてゲームのシステムに例えて見たものの、現実で人間関係が広がるのは良い事だろう。
商売人という立場ならば尚更だ。
よくよく考えれば初日に訪問してくれたご夫婦だって旦那さんはキャラクターの一人だが町で会えば世間話くらいはするし、買い物に来た奥さんと二人でお茶を飲んだりもしている。
元の世界では家族に関わる可能性を少しでも減らしたくて避けてきた人付き合い。
そこから開放されたことで色々な人と話せるのは純粋に嬉しくて日々楽しんでいる身だし、相手が蓮さんや柊一郎様でも変わらないだろう。
それに離れが一時的に使えなくなるというだけで彼に大きな迷惑を掛けられたわけでもないし、そもそもそれだけで特級の勾玉を貰えるのはありがたい。
キャラクター、そして来訪者、そんなことをいつまでも気にしていても仕方がないだろう。
離れを数時間貸す事と、複数の特級勾玉が手に入る事……二つを天秤にかけて、どうぞ、と店内へ蓮さんを招き入れる。
そうして前日の様に勾玉を貰い、薬を買って治療した蓮さんと少しの間言葉を交わしてから彼を見送り、後は自分の自由時間として藤也さんの活躍シーンを読んだり新しい商品について考えたり……と、いつも通りの時間を過ごしたのだが。
その日蓮さんが置いていった勾玉五個はすべて水瓶にして売りに出したところ、一日、しかも午前中の内に完売してしまった。
その後も数日同じ様に蓮さんが通ってきて、五個の勾玉を貰って水瓶を作り、すべて完売して……。
水瓶目当てで新しいお客様が訪れたりもして、需要に供給がまったく追いついていない状態が続いていた。
作製意欲はあるので水瓶以外にも色々と作って売りに出したいのに材料がまったく追いつかないし、お客様の目当ての品を作らずに他の物を作るのも違う気がする。
火打石なしで使える提灯も色々な柄で作ってみたいし、武器に様々な効果を付ける飾りは使った勾玉が良い物であればあるほど便利な効果を持った物が出来やすくなるので、こちらも特級の勾玉を使いたい。
特に武器に使う飾りはどの効果が付くかはランダムなので、もしも狙った効果を付けたい場合はその効果が出るまで挑戦する必要がある。
そのため特級の勾玉を使ったとしても狙った効果が付くかわからず、よけいに勾玉を消費してしまう。
しかしこの調子だと水瓶が町に行き渡った頃には、初期に購入した人からの修理依頼が来そうだ。
その他にも作って売りたい便利な道具はたくさんあるし、勾玉はいくつあっても足りない。
いつか妖怪たちが悪意をなくして完全に復活した時にはこの道具たちは作れなくなってしまうし、在庫を大量に抱えておきたいくらいなのに。
予備として取っておいた一つを使った所で焼け石に水だし……なんて思っていた私の前で、彼は今日もいつもの様に笑っていた。
「……いらっしゃいませ」
「ああ、今日も世話になる」
今までの数日間と同じ時間、お客様が誰もいなくなった閉店寸前に彼は訪れた。
もしかしてお客様がいなくなるのを待っているのだろうか?
視線が嫌だ、みたいなことを言っていたし。
この数日間で慣れてしまった事もあり、迷う事もなく店内へと招き入れて彼が薬を選ぶのを待つ。
毎日会っている上に他にお客さんが来ない時間な事もあり、それなりに会話する時間も増えてきた。
お互いに会話に慣れてきた事もあって、彼は普段通りの口調で話してくるし、私も初日の様に特に気になったりはしない。
他のお客様にも色々な口調の方がいるし、初日の様に私を誘惑してくるようなわざとらしさが無ければ、駄々洩れの色気もあまり気にならなかった。
まるでモデルやアイドルのお兄さんを見ているような気分だ。
「これを頼む」
「はい、ありがとうございます」
料金と共に机の上に置かれた今日の勾玉は十個……一瞬固まってから料金の方を彼へと返した。
彼が持って来た一番高価な薬は、特級の勾玉の依頼料で考えると大体三つほどが相場だ。
残りの分は離れの利用料金と思っているのかもしれないが、勾玉の価値を考えると今までだって貰い過ぎているくらいなのに。
「おい、お嬢さん。料金は」
「いえ、さすがに貰い過ぎですって。薬の料金と離れの使用料として考えても多すぎです。むしろこちらがお金を払わなくてはいけない個数ですし」
「別に金はいらない。朝から戦っていれば特級の敵もある程度の数を倒せるからな。俺にとっては使い道のない勾玉だ」
「それでも売ったら相当の額になる物では……え、朝から? もしかしてこの時間までずっとですか?」
「ん? ああ、そうだな。今日だけの分で良ければここに通常の勾玉もあるぞ。いるか?」
そう言って彼が広げて見せた大振りの巾着の中には、様々な勾玉がみっちりと詰まっていた。
思わず言葉を失って巾着の中を見つめる私を、蓮さんは不思議そうに見つめて来る。
彼の武器である腰に着けられた刀に組紐や飾りが無いのはここ数日で気付いていたので、彼は特殊な効果など何一つない武器でこれだけの影を倒して来たということだ。
この数日間……いや、おそらく私がこの世界に来る前からずっと、朝から晩まで。
この強い人が毎日傷薬を必要とするくらいの怪我をするのが不思議だったが、それだけ戦っていれば怪我くらいするだろう。
『頭領としてさっさと起こしてやらなきゃならない』
彼が以前言っていたことが頭をよぎる。
なんだか色々と納得してしまった。
「確かに勾玉は買い取らせてもらいたくはありますが」
「別に金に困っている訳では無いから無料でいい……今、俺が国から与えられている仕事は影を倒す事だ。そこで発生する勾玉は俺の自由になるという契約になっている。俺には道具に加工する技術はないし、部屋に溜まっていく一方だからな。捨てるわけにもいかないし使い道があるやつに使ってもらえるならあいつらも本望だろう。復活した時に強制的に植え付けられた悪意が勾玉の形で目の前にあるよりも、誰かの役に立っているほうがずっといいだろうしな」
「国に納めなくても良いのですか?」
「俺は腫物扱いだから声を掛けにくいということもあるだろうが、そもそも勾玉加工の技術を持った人間は多くない。城下町にある加工可能な道具屋ではそれぞれ入手の伝手を持っているから、俺みたいな遠巻きにされている立場の人間は消費の仕様が無いんだよ」
「そう、なんですか」
確かに彼の持つ勾玉は欲しい。
今は特級以外の勾玉は在庫にも余裕があるが、商品を作れば減っていく。
町で知り合った人たちも弱い影が落とす勾玉なら協力する、とも言ってくれてはいるが、大量には無理だろう。
しかしたった数時間の離れの貸し出しでこんなに大量に貰ってしまうのも気が引ける。
「ともかく、まずは怪我の治療をどうぞ。傷薬の料金はいりませんので」
「……ああ、また離れを借りる」
慣れたように離れへの扉を開けて出ていく蓮さんの背中を見送り、一人になった店内を見回して思案する。
この数日間、彼は私と交わした契約を破れないという事もあるが、本当に離れでの怪我の治療以外をしなかった。
家の方に足を踏み入れる事も、離れを荒らしたり妙な詮索をしたりも無い。
なのでその辺りはもう彼を信用することにして気にしていない、いちいち彼を先導して用事のない離れまで行くのも面倒だし。
そもそも特級の勾玉の恩恵がありがたすぎる。
彼が通ってくるようになってから店の売り上げがかなり上がったし、最近町で店の評判もすごく良くなっていると、いつもの奥さんが言っていたからだ。
「……勾玉、これからも貰えないかな」
しかしこの状態で貰い続けるのもなんだし、何かこちらから提供する形で彼がその日手に入れた勾玉を貰う事は出来ないだろうか?
無償で貰い続けるのは私が気まずいし、何よりも契約という形にしてしまった方が突然彼が店に来なくなって手に入らなくなる、なんて事が起こりにくいだろう。
怪我をし続けるのも良くないだろうし、と勘定台の前から立ち上がって道具や商品の在庫をしまい込んでいる箪笥の前に行く。
この店のすべてが入っているといっても過言ではないこの箪笥、相変わらず大量の小判は入っているが材料は徐々に減って来ていた。
勾玉もだが、他の材料である花や土、湖の水などの採種もそのうち行かなければならないだろう。
影が出るかもしれないのでその場合は護衛を雇うことになるけれど、さすがにそこまで蓮さんに頼むわけにはいかない。
私が、そしてたとえ蓮さんが気にしなかったとしても、この町に住む人から見れば私と蓮さんは来訪者と来訪者が言い寄る相手だ。
護衛として彼を雇えたとしても、人目に付く場所を二人で歩いていては町の人がまた来訪者が問題を、なんて疑心暗鬼になる可能性が高い。
幸い採取しに行く場所は強い影の出ないところだし、そこはお客様にお願いする事も出来るだろう。
なので目下の問題はやはり勾玉だ。
箪笥の引き出しを一つ開ければ、そこにはいくつかの組紐が並んでいる。
これは武器に着ける用の組紐の中でも相当珍しい効果の付いた組紐たちだ。
私がゲームをしていた時にストックしていたもので、全部で十本ほどの組紐が並んでいる。
店での需要が今は少ないし、なによりも効果が珍しすぎてあまり気軽に売れない物だ。
「ええと……ああ、これだ。ゲーム中も相当チャレンジしたけど二本しか作れなかったんだよね。実装されたばっかりの効果だったし」
効果ごとに分けて収納している引き出し内を見回し、二本並んだ組紐の内の一本を手に取る。
この組紐を渡す事、そして今までのような離れの貸し出し、それにその日の治療用の傷薬など必要な物を付ける代わりにこれからも勾玉を譲って欲しい。
この内容でちょっと蓮さんに交渉してみよう。
彼のように強くて、おまけに勾玉を持て余している様な好条件の相手とは中々巡り合えないだろう。
お店を更に安定させるこのチャンス、出来れば逃したくはないけれど……。