よろずや異世界店、始動【5】
「どうぞ」
「申し訳ありません、いきなり訪問したというのに。ありがとうございます」
「いえ」
小上がり部分に腰掛けた男性にお茶を出せば、丁寧なお礼な言葉が返ってくる。
以前お店に来た時とは雰囲気が違うし、私にとって悪い事を言われる感じではないけれど……。
「あの、柊一郎様から頼まれて、とおっしゃっていましたが」
「え? ええ、そうなんです」
私が様付けで呼んだからか、とても驚いた様子で目を見開いた男性は戸惑ったように口を開いた。
柊一郎様は病院に行ったのだろうし、体調は回復したのだと思いたいが。
「実はあの日、柊一郎様はお店を出た後に約束通り診療所へと行ったのですが、足を踏み入れた瞬間そこにいた医者に即入院だと言われまして」
「……でしょうね」
「もう本当に、皆が診療所へ行くように、せめて休むように、と進言していたのですが本人は何の問題もないと言い張っており……あの日は本当に助かりました。おかげさまであの方を強制的に休ませることが出来ました」
「ではそのまま入院を受け入れた形に?」
「はい、医者が鬼気迫る表情であの方の体について解説して下さいまして。ようやく本人もまずいと気が付いたようです」
「そうですか、良かったです」
あのまま倒れて帰らぬ人になりました、なんて言われたらさすがに後味が悪すぎる。
彼が持って来てくれた書類がお店の運営に役立っているのも確かだし、それなりに恩は感じているという理由もあって、一先ず無事でよかったと胸を撫で下ろした。
「入院になりはしたのですが、布団で横になった後からほとんど眠っている状態だったのです。一日の大半を眠って、時折目は覚めるのですが朦朧としている状態で。数日前にようやくしっかりと目覚めました」
「大丈夫なんですか?」
「ええ、医者のおかげでもうしばらく入院したらいつも通りの生活に戻れるそうです。あの人は戦闘能力も高く通常ならば体力もある方ですので」
この世界の医療ってどうなっているんだろう?
それとも元の世界でもこういう症状の人がいたのか……医者でない私にはさっぱりわからないが。
ああでも、薬が良い物があるのだから医療も良い技術があるのかもしれない。
「その、本当は本人が来たいと言っていたのですが、まだ退院許可が下りず私が代理人としてお邪魔させていただきました。柊一郎様より伝言です。来訪者だという理由だけで酷い態度をとってしまい申し訳ありませんでした、と」
「えっ……いえ、当然のことです。過去の来訪者たちが起こしたことはお客様達から聞いておりますし、警戒されても仕方がありません。私の方も過去に来たという彼女たちの様に自分の知識ありきであなた方に接していた面もありますし」
「診療所に来る町の方々が最近あなたの事を話しているのです。今回の来訪者さんは何の問題もない、付き合いやすいし、お店もとても品ぞろえが良く値段も手ごろで雰囲気も気に入った、と」
自分のいないところでの自分の話題、それはつまり町の人から私への正式な評価と見ていいだろう。
良かった、すべての人に問題無いと思ってもらえる事はきっと出来ないけれど、ここでお店をやって行く分にはもうあまり心配はいらなさそうだ。
真面目にやっていて良かった、これからも頑張ろう。
「実際にこの店に来た人々からの評価を聞けば、私たちが初対面で偏見を持ってあなたに接していた事がわかります。私も柊一郎様を医師に見せるためとはいえあなたに失礼なことを言ってしまい……」
「いえ、私の方こそ申し訳ありません、初対面であるにも関わらずあなた方が来訪者だと知っているからといって名乗りもせずに、自己主張だけを通してしまいました」
「そんな……!」
このままいくと謝罪合戦になってしまいそうだ。
どう止めたものかと話しながらも思案していると、男性は少し黙った後に再度口を開いた。
「……実は、一番初めの来訪者を保護しようと言い出したのは柊一郎様なのです」
「え?」
「この世界を救って下さった女性も別の世界から来た御方です。来てすぐの彼女を頭から疑ってかかっていたことが申し訳ない。彼女と同じ世界出身ならばできる限り手助けを、ということで他の皆も賛同いたしました。ですが……」
「その来訪者が問題を起こし続けた、と」
「はい。そして来訪者は一人ではなく、複数の人間が一定の期間を開けて訪れ始め、その全員が騒ぎを起こしました。一人目の時は今回の来訪者が特殊だったのだと思っておりましたが、それ以降訪れる来訪者たちもまったく同じ問題を起こし……城の人々も町の人々も来訪者をどんどん快く思わなくなっていったのです。柊一郎様は自分が言い出した事もあり責任を感じて、ああまで動き回っておられたのですが。皆それがわかっているので強く止められず……ようやく来訪者全員をこの国から追放し、別の世界へと繋がる道の閉じ方もわかってみな安堵していた所にあなたが来ました。最後の来訪者だけが違うなどとは、もはや誰も考えられなかったのです」
「そう、だったんですか」
以前もこの話を聞いたような気もするが、本当に私はタイミングが悪すぎじゃないだろうか。
いや、もう少し来るのが早かったら前の来訪者たちと共に追放されていた可能性がある。
そう考えるとまだ良かったのかもしれない。
「柊一郎様は退院したら直接謝罪に来たいとの事です。ですがきっとあの方はこういった理由を説明しないでしょう。私もあなたにわかってくれと言える立場ではありませんが、あのお方は決して冷血な方では無いのです。今までの来訪者たちにも何度もたしなめようと動いておられました」
冷血、とは私も思っていないが、何と言うか不器用で真面目な人だ。
それに私は彼へ恨みの一欠けらも持っていない。
「柊一郎様に伝えていただけますか? 『店を出す際の注意事項の書類、本当に助かっています。ありがとうございます。ゆっくり休んでください、どうかお大事に』と」
「……はい! ありがとうございます! 必ずお伝えいたします」
別に謝罪なんて来なくても良いのだが、聞いた印象だと断ると余計に気を使いそうな人だ。
それに、おそらくだが柊一郎様の誤解が解けたところで私が城に近付けるようになるかといえばそうではない。
国の重鎮は彼だけではないのだ。
町の人達ですらいまだに私を遠巻きにしている人がいるこの現状、国の中枢にいる人達全員の誤解を解くには相当大きな出来事でもない限り無理だろう。
……特級の勾玉だけどうにかならないか聞いてみるのはありだろうか?
そんな打算的な事を考えつつ、何度も頭を下げる男性をお互いに名乗り合ってから見送る。
この世界に来てからまだあまり時間は立っていない気がするが、周辺の状況が一転二転と次々に変化していく。
ちょっと忙しい気もするが、私にとって悪い方向には行っていないので良しとしよう。
男性に出した湯呑を片付けながら、入り口をくぐって入ってきた新しいお客様にいらっしゃいませと声を掛けた。
そうしてまた一日が終わり、薄暗くなった私しかいない店内の一角をじっと見つめる。
ぽっかりとスペースが開いたそこには二つの水瓶が並んでいたはずなのだが、もう何もない。
一日どころか男性が帰ってから一時間もしない内に二つとも売れてしまったからだ。
「……この問題、どう解決するべきか」
売切れた後も水瓶について問われることが多い一日だった。
大事な商売チャンス、逃したくはないけれど。
ああでもないこうでもないと考えながら表に出て、看板を店内へ入れて店を閉めようとした時だった。
「よう、お嬢さん。良い夜だな」
「…………」
聞き覚えのある声に振り向けば、昨日よりも少し欠けた月を背負って笑う予想通りの人物。
この言葉遣いはおそらくわざとだろう、昨日とは違って変な色気は混ざっていない。
「蓮さん」
「また閉店間際に悪いな、薬を売ってもらえるか。それと」
「……離れを貸してくれ、ですか?」
笑顔を深めた彼が昨日特級の勾玉を入れていた巾着を取り出す。
どうやら私は主要人物だった二人と強制的に関わるイベントを発生させてしまったようだ。