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よろずや異世界店、始動【4】

 

 一時間ほど経過した時だっただろうか。

 ちょうど藤也さんの初戦闘シーンで彼の強さが露見する部分に差し掛かって、思わず笑顔になりながらスマホを見つめてページを捲っていた時だった。


「……藤也さん、会いたい」


 なんて言葉がつい口から零れるが、実際に会ったらきっと今のように冷めるであろうことはわかっている。

 頭の中でだけ考えるからこそときめけるのだから。

 もう一ページ、と思ったのだが、カタン、と音がして顔を上げる。

 離れからこちらを見つめる蓮さんと目が合った。


「……治療、終わりました? 大丈夫ですか?」

「ああ、問題無い」


 店の前で会った時の様に月を背負って話す彼だが、その雰囲気はあの時とは違って落ち着いている。

 黙っていても色気の漂う人ではあるのだが、こちらへのアピールとして使われていないせいか特に気にならなかった。

 治療を終えた手は先ほどまでとは違って羽織の外に出ており、巻かれた包帯代わりの手ぬぐいが少し覗いている。


「治りそうですか?」

「おかげさまで町の方では見ることすら稀なほどに効力の高い薬が買えたからな。明日には塞がるだろう」

「町の方では見ない?」

「ここまで良い薬を見る事は稀だな。城で時折城主に使われるものに混ざっているくらいか。それが手頃な値段で置いてあるんだから、自分の目を疑ったぜ」


 商品の価格などはゲームの時の売値に合わせて決めていたのだが、やはり現実ということで違う部分も出てくるようだ。

 どうりで薬の売れ行きも良いわけだ、ハイレベルな薬がお手頃価格で手に入っているのだから。

 これ、元の世界だったら価格競争云々でややこしい事になっていたのではないだろうか。

 ……異世界で良かった。


「これで明日もまた戦える、助かった」

「明日も戦いに?」

「お前も知っているだろうが、戦って倒せば倒す程、悪意を勾玉に変えれば変えるほどあいつらの復活は早まるからな。頭領としてさっさと起こしてやらなきゃならないのさ」

「……そうですか、どうぞお気をつけて」


 私の言葉を聞いた彼は一度目を見開き、楽しそうに目を細めた。

 その表情がどこか複雑そうに見えたのも一瞬で、彼はその場で頭を下げる。


「部屋を貸してもらって悪かったな。ありがとう」


 家に入れるかどうか悩んでいた時とは裏腹に、彼は治療を終えてあっさりと帰って行った。

 店の方から出ていった彼と別れのあいさつを交わしてから再度戸締りを確認して自宅へと戻る。

 彼が戦う理由、知っていたはずなのに実際に本人から聞くと重みがぜんぜん違う。

 早く妖怪が復活すると良いのにな、なんて思うくらいには。

 とはいえ私にとってはもうあまり関わりのない話だろう。

 離れへ向かい部屋を覗いてみるとどこも汚れた形跡はなく、使う前と変わらない空間が広がっていた。

 誰かが此処を使った直後だとは信じられないほどに綺麗な室内。

 よし、と笑みが零れる。

 家の中からお茶とお菓子、そして縁側からひざ掛けを持って離れへと戻り、ごろりと仰向けで横になった。

 窓ぎりぎりの位置で横になったので、視界いっぱいに星空と大きな満月が広がる。

 月明かりでも十分スマホの画面が見えるだろう。


「……良い感じ」


 少しの間目を閉じて水音を聞き、そして先ほどの続きを読むべくスマホを取り出す。

 色々と反省する部分はあるけれど、お店経営と電子書籍を楽しむ日々に変わりはない。

 後少しこの場で楽しんだら夕飯を食べてお風呂に入り、そして眠って朝が来る。

 またお店で働き、そして漫画を読んで……私のこの世界での自由な日々はそうやってずっと続いていくのだから。


 ご機嫌なまま次の日になり、昨日得た勾玉五つを前に何を作るか考える。

 開店までまだ時間はあるし、ある程度の作業ならば店を開けながらできるので何かしら作り始めたいところだ。

 需要がある、というかお客様から欲しいと言われる事が多いのは水瓶と提灯あたりだろうか。

 いちいち共用の井戸へ水を汲みに行くのも大変だし、火打石で火を点けないと真っ暗になってしまうのは面倒だ。

 しかし、お客様が欲しいと言ってくれる提灯はゲームの道具作製ではなく私自身のハンドメイドの要素が大きい。

 自動で点火するスイッチのような要素は勾玉で作れるが、全体のデザインを考えたり和紙を張りつけたりするのは私自身が地道にやるしかない。

 五つの勾玉をじっと見つめ、そのうちの一つを引き出しの中にしまい込む。

 これは何かあった場合の保険だ。

 自分の生活でどうしても難しい事が出て来た際に、それを解決する便利な物を作るための予備。

 残った四つのうち三つを一定量の水が出続ける水瓶にして、残りの一つを提灯にしようと決め、さくさくと準備を済ませる。

 かまどに水瓶の材料を計って入れて火を灯し、勾玉の力を三つ分込めておく。

 しばらくしたら三つの水瓶が焼き上がるはずだ。

 店の作業場はやはり特殊で、かまどで何か焼いていたとしても煙くなったりしないし、においも出ない。

 そのため接客と道具作製を同時に行ったとしても何の問題も無かった。


 数時間後、水瓶が焼き上がった辺りで店を開け、出来上がった水瓶を最終チェックしながら勘定台の前に腰掛ける。

 もうすっかり自分の居場所になったお店だが、この勘定台前の座布団の上が一番落ち着く。

 一つの水瓶を持ち上げ、全体を見て確認して横に置き、二個目を手に取った時だった。

 暖簾が捲られて店内に光が入り込む。


「いらっしゃいませ」

「紫苑さんこんにちは……あら!」

「まあ、水瓶が出来たの?」


 連れ立ってお店に入って来たのは一番最初のお客様だったあの奥さんと、昨日水瓶が安くならないか問いかけてきた女性だった。

 二人とも嬉しそうに目を輝かせている。


「はい、偶然特級の勾玉が手に入りまして。出来た水瓶は三つだけなんですけどね」

「良いわねえ、欲しかったから売切れる前に一つ買っちゃうわ」

「私もよ。良かったわ、昨日旦那に相談してその金額なら買った方が良いだろう、ということになったから。お店にあったのはあと一つだったし、売切れて無いか不安になりながら来たのよ」

「ありがとうございます!」


 出来上がった先から二つ売れて、残りはお店の在庫と合わせて二つ。

 やはり何とか特級の勾玉を手に入れて安定して数が作れるようにしたいところだけれど。


「この水瓶って、水が出なくなっても普通の水瓶としては使えるのよね?」

「はい。ただ修理自体は簡単なんですよ。その水瓶をお持ちいただければまた水が出るように修理できますので。ただそれも特級の勾玉が必要なので安定して手に入るようになったらですけど」

「あら、やっぱりそうなっちゃうのねえ」

「うちの人はもう戦闘は引退するって言ってから時間が経ってるから、流石にもう特級の影相手はきついみたいなのよねえ」

「うちの旦那なんて戦闘はからっきしよ。私の方が強いくらいだわ」

「あはは、勾玉を手に入れることが出来るようになったら、水瓶の販売価格はそのままにして修理を格安で受けようとは思っているんですけど」

「確かにそっちの方が助かるわねえ」


 会計ついでに二人と雑談を交わしていると、先ほどと同じように暖簾が捲られ光が差し込んで来る。

 いらっしゃいませ、と反射的に口にして、入ってきた人物を見て目を見開いた。


「え、あの時の」

「……すみません、突然。お邪魔いたします」

「え、ええ、どうぞ」


 入ってきた男性は私と笑顔で会話している二人の女性を見て驚いた後、申し訳なさそうに店内へ足を踏み入れて来る。

 私の戸惑いが伝わったらしい二人の女性が大丈夫かと声を掛けて来るが、知り合いだから大丈夫だと答えておく。

 入ってきた人物がある程度顔の知られている人だった事もあって、女性二人は戸惑いながらもまた来ると告げて買った物を抱えて店を出ていった。

 二人を見送り、勘定台の方に寄ってきた男性……あの日、私がこの世界に来た日に柊一郎様と共に訪れた部下の男性をじっと見つめる。

 今日は一人のようで柊一郎様の姿は見えないが、買い物に来たわけではないだろう。


「この間は申し訳ありませんでした。その、今日は柊一郎様から頼まれてこちらへまいりました」

「ええっ?」


 もう二度と関わることはないだろうと思っていた相手が部下を送りこんで来るとは……全く想定していなかった。

 向こうだって来訪者である私とはもう関わり合いになりたく無さそうだったのに。

 いったい何の用事だろうか?



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