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よろずや異世界店、始動【2】

 そしてそんなことがあった数日後、店には初日が嘘のようにお客様が訪れてくれるようになっていた。

 あのご夫婦と女性は町の纏め役の家の方らしい。

 この町にはもともとこういった雑貨屋が無く、町の人たちは別の町にあるお店まで通っていたようで、来訪者の店だろうが何だろうが近場の店がもし使えるのならば本当にありがたい、と思ったそうだ。

 けれど以前の来訪者たちの様に一定の男性を見ると色目を使うような人では困るから、と纏め役の彼女たちが様子を見に来たとのこと。

 そして言い寄るどころか気が付きもせず会話も続かずで困っていた私を見てこれは大丈夫だと判断した彼らは、町の人たちにもそれを話してくれた上にあの提灯を便利だと色々な場所で使ってくれたため、私の店はそれなりに繁盛することになった。

 品物を作りそこに勾玉で特殊な効力をつけるのがゲームでの道具作成だったが、実際に店を出すと薬などを除けば日用品の方が需要は高いので、ろうそくや紙、食器や風呂敷、かんざしなどの装飾品が主に売れる事になる。

 影退治などを仕事にする人が来店するようになれば、武器や防具に特殊な効果を付けるような道具も売れるとは思うのだけれど。

 そんなわけでさらに一週間ほど経った頃には店内で簡単な作業をしつつ、お客さん達と世間話が出来るくらいにはなった。

 特にあの日来店してくれた奥さんとは年齢が近かったこともあって良く話す間柄だ。

 あの男性にまったく興味を示さなかったことが良かったのか、品物が良いわりに格安なのが功を奏したのか。

 来訪者だろうが何だろうが生活が楽になるのならば構わない、そんなある意味開き直った考え方のお客様がすでに常連客の様に来店して下さっている。

 実際に数度買い物に来てくれた方に「来訪者のお店だっていうから不安だったけど、紫苑さんなら何の問題もないわねえ」なんて言われる事もあったくらいだ。

 私も食料品などを買いに町まで行ったりして、そこで雑談した相手がお客様として来てくれて、なんてことを繰り返しながら何の問題も無くこの世界に馴染み始めている。

 基本的に人々がお人好しな世界観だったのは本当に幸運だった。


「ねえ紫苑さん、あの大量の水が出る水瓶、もう少しお安くならない? あれがあればしばらくは水汲みに行かなくてよさそう」

「あの水瓶は作るために特級妖怪の影が落とす勾玉が複数必須なんですよねえ。勾玉があればいくらでも量産できるので値下げできるのですが、在庫がもう心もとないんです」

「そう……うちの旦那に頼もうにも特級の影相手はねえ。ちょっと厳しいわ」


 来店して下さったお客様とそんな会話をしながら、どうしたものかと頭を働かせる。

 点火の自動化や一定量の水を出し続ける効果を付ける勾玉は、強い影を倒さなければ手に入らない。


「勾玉の納品依頼は出してみたの?」

「いえ、私は前の来訪者たちの影響でお城には近づけなくて」

「あらそうなの? まあ、あの子たちはねえ……」


 彼女たちが町で起こした騒ぎ……やはり数人の男性、攻略キャラクターだった人たちに付きまとったり家に押しかけたりしたようだ。

 何を言っても止まらず、妻帯者だった場合は奥さんに対して大声で怒鳴ったりもしたらしい。

 身分ある方々にも一般の方々にも迷惑を掛けて、彼女たちはどうしたかったのだろうか?

 初対面の女性にまるで旧知の仲の様に付きまとわれては、男性でも恐怖でしかないだろうに。

 柊一郎様たちが嫌がるのも警戒するのも無理はない。

 来訪者は相手の意志も身分も関係なしに男性に付きまとう、なんて前提が出来上がってしまっていたのだから。

 その辺りは私には関係ないし、近所の人たちからの誤解は解けているので問題は無いのだけれど、一つだけ困ったことがある。

 お店を出してから知ったのだが、ゲームではホーム画面にあった勾玉納品の依頼を出す掲示板は、お城の前の広場にあるらしい。

 柊一郎様との契約もあるし、広場が城に近付くという行為に該当したらと考えると、行くわけにもいかず……。

 お城から離れた場所に住む人たちは町の中で協力し合って影退治に行っているらしいのだが、こうしてお客様が訪れる様になった今でも私を警戒する人がいないわけではないし、何よりも特級の影相手だと討伐出来る人も限られてくるので一般の方には難しい依頼になってしまう。

 特級の依頼のほとんどは手練れの人間が集まる城の前の掲示板に貼られているらしく、この町ではあまり期待できなかった。

 特級の商品を作らなくても生活は出来そうだが、こういった生活を便利にする水瓶などをもう少し安く売ることが出来ればさらにお店は安泰だろう。

 これは……柊一郎様との契約を破らずに依頼を出す手段を考えなければならないかもしれない。

 お客様が欲しいと言う商品をそれなりの価格で販売出来ているのが強みなわけだし。

 色々と購入して下さったお客様を見送って、私しかいなくなった店内を見回す。


「今日はもうお客様は来ないかな」


 ある程度はもう片付け始めてしまおう。

 闇に包まり始めた店の入り口へと向かい、外に立てていた看板を手に取ろうとした時、少し向こうに見える町の瓦屋根の向こうに広がる明るい星空と大きな満月に目を奪われた。


「綺麗……」


 電気が無いので外は真っ暗に近く、家屋から漏れる明かりは火で灯された光なのでまろやかに見える。

 そのため星や月は元の世界とは比べ物にならないほどに美しい。

 お店が忙しくて全然整備出来ていなかった中庭の離れ、そこの障子を開け放して寝転がったらすごくリラックス出来そうだ。

 視界は全部星空、傍にある鯉の泳ぐ池から聞こえる微かな水音……最高の環境ではないだろうか。

 何となくときめきたい気分だし、ゆっくりと電子書籍でも読もうか。

 そういえば、藤也さんが夜空の下で笑っているシーンがあったっけ。

 強敵との戦いに怯える主人公に向かって、「大丈夫、俺が守るよ」と大きな満月を背に振り返って穏やかに笑うシーンは、本当に格好良かった。

 決めた、やっぱり今から読みなおそう。


「……藤也さん」


 二次元の想い人を思い浮かべ、浮かんだ笑みのまま小さく呟いた時だった。


「よお、来訪者のお嬢さん。俺相手でも薬は売ってくれるのかい?」


 突然掛けられた声に驚いて肩が跳ねる。

 月を見上げていた顔を慌てて正面へ向ければ、いつの間にかその月を背に一人の男性が立っていた。

 まるで今思い返していたワンシーンのように巨大な満月を背に笑う男性は、藤也さんの穏やかな笑みとは違って不敵で色気溢れる笑みを浮かべている。

 真っ赤な目は細められているし口元も笑みの形をしているが、心底笑っているわけではないようだ。

 まあ、お客様であることに変わりはない。


「ええ、もちろんです。いらしゃいませ」


 営業用の笑顔を浮かべながらの私の返答にきょとんとした彼の顔は、またすぐに何を考えているのかわからない笑みへと変わる。

 なかなかキャラクターを思い出せない私でも、さすがに特徴的過ぎる彼の事は一瞬で思い出した。

 私のゲームでの最推しキャラ、ラスボスだった狐の妖怪の“蓮”という男性だ。

 赤と黒が入り混じった派手な羽織り、中に着ている着崩した真っ赤な着物。

 顔の横で一つにまとめられた銀色の髪、その頭頂部からは人間には無い銀色の狐の耳がのぞき、背後では大きな尻尾がユラユラと揺れている。

 妖怪たちが封印された世界で唯一人間と違う容姿を持つ彼は、強さゆえに他の妖怪たちとは違って封印されず、力だけをほとんど失った状態で生きている、という設定だった。

 ゲーム中では影を倒し続ければいつか正常に戻った仲間たちが復活するから、という理由で影の討伐ついでに勾玉の納品依頼を受けてくれるキャラ。

 この世界の人たちのお人好しっぷりは、操られていたのだから、という理由で敵対する彼のことすら憎んでいない辺りからも伺えるだろう。

 何も感じていない訳では無いので多少の距離は取られているようだが、強い憎しみなどは基本的に彼へは向けられていない。

 きっとそういう風にみんながお人好しでなければ成立しない世界観だったのだろう。

 しかし彼は一応国の監視対象のはずなのだが……

 着物の胸元から出した手で自身の顎に触れている彼は今、一人きりだ。

 巨大な満月を背に妖しく笑う彼の口から覗く鋭くとがった犬歯、全身から漂う色気が凄まじい。

 私にとっては最推しキャラの登場なのだけれど、しかし……


「どうぞ、薬は各種取り揃えております」

「ああ、邪魔するぜ。閉店間際に悪いな」

「暗くなったら閉める、くらいの緩いお店ですので。閉めてから緊急で来られたお客様もいらっしゃいますし」

「……来訪者の店がそこまでにぎわうとはな」


 軽く会話しつつ店内へ彼を招き入れるが……ときめかない、まったくドキドキしない。

 美形ではある、色気もすごいなと思う、でも恋愛感情に似たものすら欠片も湧いてこない。

 藤也さん相手だと小さなコマに登場するだけでもドキドキするというのに。


 ここまで行くと筋金入りだ、自分でもなんだかおかしくなってしまった。


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