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女たらしと人たらし

 上級生、それも執行委員長の命令に幼気な一年生が逆らえるはずもなく、俺と星ヶ丘はなし崩し的に放送部に入部することになった。名ばかりの民主主義がこの国の実情であることを知らしめるかのような暴政であるが、俺と星ヶ丘に抗う術はなかった。


 あの優しそうな安曇先輩を悲しませるのは、俺としても本意ではないから、頼まれた以上活動には取り組まなければならない。


 今日は一回目の部活で、昼休みに俺と星ヶ丘とで放送室に向かい安曇先輩と合流することになっている。



 部屋に入ると、ブースの手前においてある机の前にちょこんと座っている安曇先輩の姿が見受けられた。

「こんにちは! 来てくれてありがとう!」

 安曇先輩はニッコリと微笑んで俺たちに挨拶した。俺たちも口々に挨拶を返す。

 部屋に入ったときにすぐに分かったことだが、他に人はいないようだ。あの邪智暴虐な女王がいないだろうことは想像できたが、花丸先輩もいないとは。


 星ヶ丘も同様なことを思ったらしく、

「花丸先輩はお悩み相談はしないんですか?」

 と安曇先輩に尋ねた。

 そうしたら安曇先輩は

「あー、まるもんは多分来ないかな」

「どうしてです?」


「……まるもんはそういうのは、卒業したんだ」

 と答えた。


「そういうのって?」

 安曇先輩は少しだけ考え込むような顔になった。数秒間をおいてから

「……人助けかな」

 と答える。


 妙なことを言う。

「……人助けって卒業すべきものなんですか?」

 俺は憂を含んだ先輩の表情が気になってつい尋ねた。


 安曇先輩はそれに対して

「いろいろあったんだよ。私達には……」

 とどこか寂しそうな表情を浮かべて答えた。


「ま、それはそれとして」先輩はぱっと明るい顔に戻り、俺達に仕事についての軽い説明をした。

 前に蒲郡先輩が話していたことと同じような話だ。校内から集めた生徒たちの悩み事に対し、昼休みの校内放送で相談に乗っていくという内容の部活。そしてまれに相談者が直接部室を訪れて、話をしていくということも、以前はあったらしい。そこまでくると放送部というより、相談部みたいになってくるが、名前はさして重要ではないか。


 まだ告示をしていないから、実際に悩み相談をしていくのは数日先になるだろうとのこと。

 その日は昼の放送で告知だけして解散となった。


「おい、星ヶ丘。今日の放課後どうする?」

 俺は教室に戻る道すがら、彼女に尋ねた。


「んー、部室で宿題でもやろうかしら。安曇先輩、してもいいって言っていたし」

「そうか。じゃあ、俺もそうしようかな」

 多分あの様子だと安曇先輩も来るだろうし、もし勉強をしていて分からないところがあったら優しく教えてくれそうだ。もちろん、受験生である先輩の邪魔をするつもりは毛頭ありませんが。


 そんなわけで放課後になってから二人で放送部の部室に向かったのだが、途中で祖父江に見つかりどこへ行くのかと尋ねられて答えたら、「私も行く」と。暇なやつである。


 予想通り安曇先輩は部室にいて、突然やってきた祖父江に対しても嫌な顔はせず、快く歓迎してくれた。

 先輩は、祖父江が遠慮したにもかかわらず、「お客様だから」と言って、部室にあったポットで湯を沸かし、祖父江に紅茶を淹れてやり、その最中

「尾張旭くんって女の子の友だちが多いんだね」

 と発言した。安曇先輩にしてみればそれは純粋な疑問で、他意もないものだったのだろう。実際、彼女は意地悪そうな顔など露もしておらず、ぽわぽわとした和やかな表情でいた。


 ところが俺が日頃つるんでいる女性陣は、そんな面白そうな発言を聞いて逃してくれるほどお優しいご婦人ではないので、耳聡く聞きつけては

「あら、尾張旭くんは女たらしの女好きですって。どうしよう。私のこともたぶらかそうとしているのかしら」

 と星ヶ丘。

「そりゃ、入学初日に初めて会った女の子に告白して振られた数日後には、私がいる部屋に頻繁に出入りしていたから、人から見たら、醜聞が立つのも避けられないとは思うけど、やっぱり太陽くんは女好きなのかな」

 と祖父江。

 お前ら何ニタニタしてんだよ。特に祖父江。おい。何が醜聞が立つのも避けられないだ。そうやって君がべらべら話すから、変な噂になるんだろ?


「え!? なになに!! 入学初日に告白?! 振られちゃったの!? え、誰に? 誰に?」

 ほら、先輩まで食いついちゃったじゃないか。


 俺がなんとか話を終わらせようと、別な話題を口に出そうとしたのに

「私です」

 とぴんと星ヶ丘が手を上げた。そして俺のことをジロっと見てきた。口元は微笑んでいるが目が笑っていない。というかなんだか怒ってるっぽい。


 そしたら安曇先輩は口に手を当て「あらぁ」と言っている。



 そろそろ涙目になっていた俺だったが、そこで訪問者があった。


「うぃっす」

「あ、まるもんだ」


 入ってきたのは花丸先輩だった。幸い執行委員長は後ろについてきていない。これ以上濃いキャラが増えたら、カオスコントロールが効かなくなって世界が破滅するところだった。

 

「来てくれたんだ」

 安曇先輩は鞄を下ろしている花丸先輩に向かって声をかけた。

「……蒲郡から、部活はやんなくていいけど、一年生の子が気になるから面倒見てやれって言われたからな。……これは部活ではないのだろうか?」

 自分で自分に質問し、ぐるぐると迷宮にはまった先輩はそこで固まってしまった。


 そんな花丸先輩を見て安曇先輩はヒソヒソとした声で

「まるもん、なんだかんだ言って茉織ちゃんには甘いんだ」

 と俺達に教えてくれた。なるほど。


 花丸先輩の視線がピタリと祖父江のところでとまり

「君ははじめましてだよな。俺は花丸元気(はなまるもとき)。花丸に元気でもときと読む。よろしく」

 と祖父江に話しかけた。特に祖父江の所属は気にしていないらしい。

 

 祖父江はと言うとそれに対し、ひどく怯えた様子で

「あ、えっと、……祖父江です」

 とだけ言ってすぐにうつむいてしまった。

 祖父江さん、俺に対する態度とえらい違いである。俺がなめられているのか、先輩が怖いのかどちらだろうか。多分前者。

 そういえば、クラスが違う祖父江が普段どういうふうにクラスメイトと接しているのか俺は知らない。案外、祖父江が話す男子というのは俺だけで、クラスでは物静かな方なのかもしれない。一人で文芸部の部室にこもって本を読んでいるような人間だからな。


 安曇先輩が花丸先輩を咎めるように口をとがらせた。

「まるもん、一年生の女の子怖がらせないでよ。ただでさえ仏頂面で背高くて怖いんだから。もっと愛想よくできないの?」

「ええ、俺が悪いの」

「逆にまるもんしか悪くない」

「ひどい」


 字面とは裏腹、随分と親しげに先輩たちは話している。まるで夫婦みたいなやり取りだ。蒲郡先輩は自分のことを側室的なあれと言っていたが、安曇先輩と花丸先輩は一体どういう関係なのだろう。前の話から察するに、橘先輩という人が本妻のようだが、そうしたら安曇先輩は……愛人ポジション? ここまで女子の友人が多い男を彼氏にしている、橘先輩という女の人は一体どれほど懐の深い女性なのだろうか。きっと聖母みたいに優しい女性には違いないのだが。一度でいいからお目にかかりたいものである。


「あ、そういえばなんだけど」そういって花丸先輩は一枚のカードのような紙片を取り出した。「入り口に落ちてたんだけど、誰のか知らん?」

 どうやら名刺らしい。普通の高校生が手にするような代物ではないと思うのだが、個人情報が書かれているのだから、持ち主にはしっかりしてほしいな。


「あ、……私のです」

 驚いたことに、名乗り出たのは祖父江だった。

 先輩は祖父江と先輩の間にいた俺にその名刺を渡してきた。ちらと見てみれば俺でも聞いたことがある、ネット記事を配信している会社の人間の名刺らしい。記者か何かの名刺だろうか。

 俺は

「どこでもらったんだ、こんなの」

 と訊きながら祖父江に渡した。


「……この前、メディアが群がってて警察来たときあったでしょ。そのとき」

 祖父江は受け取りながら答えた。


「ほーん。俺はもらわなんだ」

「そりゃ、尾張旭くん、間抜けそうな顔していたんじゃない? そんな子に渡しても有益な情報なんて得られないでしょう」

 星ヶ丘に言われて妙に納得しかけ「確かに……」と言いかけて

「おい、それはひどくないか」

 と抗議した。間抜けそうな顔とは?


「あら、ごめんなさい。私、国語があまり得意でなくて。えっとなんて言えばいいのかしら、間抜け……じゃなくて、乳臭い……いえ、これも違う。……えっと、そう! 友達いなさそうな顔に見えたのよ!」

「ねえ、なんか気遣ってあげた、みたいな顔してるけど、ただの悪口だよねそれ」

 なんかワード同士の繋がり超希薄だったし。なんだよ。友達いないやつは間抜けなのかよ。


「いやだわ。友達いなさそうというのはただの主観的な感想であって、真実ではないし、実際あなたには友達がたくさんいるそうじゃない。女の子の。そう、女の子の友達。しかも女の子に振られた直後に別な娘にアプローチするほどの高いコミュニケーション能力を有しているのよ。どうして私がそれに関して悪口を言えるのかしら?」

「……つまり、友達いなさそうというのは、私以外の女の子とは仲良くしてほしくないという、強い願望の表れということだよな。分かる。そんなに心配しなくていいぞ」

「ち、違うわよ!!」

 星ヶ丘は顔を赤くして、ベシベシ叩いてきた。こうなったら俺の勝ちである。痛気持ちいいぐらいのパワーに抑えているあたり、俺に対する愛情すら感じられる。


 先輩が不意に

「見事なまでのツンデレっぷりだな」 

 とボソリと言ったのだが、星ヶ丘は若干潤んだ瞳で、果敢にもそんな先輩を睨みつけた。

 そしたら先輩はコップで顔を隠すようにすごすごと引き下がってしまった。


   *

 

 その後は真面目に勉強を始めた面々だったが、途中やはり顔を出した蒲郡先輩が、花丸先輩にちょっかいを掛け、また別な三年生の男子が「フォー!!」と奇声を上げて部屋に乱入したかと思ったら、花丸先輩にちょっかいを掛け、やってきた三人目の男子もまた花丸先輩に用があるようだったが、三度目の正直なのかその先輩だけは至極至極まともに見えた。ぶっ飛んだメンツばかりがやってくるから、その人はまるで菩薩にすら見えた。

 花丸先輩が喜んでいるかどうかは別として、男女隔てなく好かれていることだけはわかった。それでもいずれの人に対しても愛想よくしているわけではなく、半ば呆れた感じで対応しているのだが、それでも人を引きつける何かがこの人にはあるのだと感じた。


 星ヶ丘や祖父江は俺のことを、ふざけて女たらしだなんだと呼ぶが、もしそうなら、花丸先輩は女たらしどころではない。

 神宮高校きっての人たらしである。


 それも彼の自然の人となりがなせるものらしいから、例の、群がる女子に鼻を伸ばして、色々と尽くしてくれた幼馴染に、暴言を吐いて泣かせるような御仁には、しかと見習ってほしいものだ。

 


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