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7/11

今何してるんですか? もう帰っていいですか? というかお昼ごはん食べてもいいですか?

「で、俺達は一体どこに連れて行かれるんですか?」

 俺たちを図書準備室から連れ出したその学校で一番偉いらしい先輩は、理由も目的地も告げないままフンフン鼻歌を歌いながら階段を降りている。

 

「放送室ですけど?」

「……それは何故でしょう?」

「あなた達二人に放送部に入ってもらうからです」

「……それは何故でしょう?」

「あなた達二人が暇なようなので」

「……何故暇だとお思いに?」

「無所属、要するに帰宅部だからですね」

「…………」

 

 俺と蒲郡先輩の要領を得ない会話に痺れを切らしたのか、星ヶ丘が口を挟んできて

「放送部というのは放送委員会のことですか?」

 と先輩に尋ねた。

「いいえ。委員の選定は四月に終わりますから。今さら人員は集めませんよ」

 

「では何故放送部なのですか?」

 と星ヶ丘は続けて尋ねた。


「放送部は重要な部活だからです」

 とだけ先輩は答えた。


 重要。

 入学したばかりで右も左も分からない四月の頃の俺だったなら、重要な部活なんだと言われたら、納得はしなくても理解はしたと思う。

 しかしながら少なからず学校生活を送ってきた今の俺には、放送部は重要である、と言われて理解できるような純粋さは失われてしまった。

 もちろん漠然とした理由で彼女のことを疑っているわけではない。

 日頃の放送業務、例えば下校の放送などは放送委員会が担っており、今まで放送部が活躍しているところはおろか、その存在すら知らなかったのだ。

 それで放送部が重要と言われてもピンとくるはずがない。

 

 同じような違和感を星ヶ丘も覚えたのか顔を曇らせ、続いてこう尋ねた。

「何が重要なんですか?」


 しかしながら蒲郡先輩は質問に答えるのに飽きてしまったのか

「質問には答えません」

 と返してきた。


 ……さっきまでのは質問じゃなかったのか?


   *


 色々と不信感が募るやり方で引っ張って来られてしまったが、蒲郡先輩は全く気にする素振りも見せずに、本館二階の放送室をノックして戸を開け

「蒲郡です!」

 と元気よく中に入っていった。


「あ、茉織ちゃん。こんにちは」

 中には部屋に入った蒲郡先輩の声に明るい声で反応した女子生徒がいた。その人物からは全身から愛くるしさが躍り出ている。


「こんにちはです、安曇先輩。一年生捕まえてきました!」

 蒲郡先輩はその人に対し、軽い調子で敬礼をして獲物の報告をする。

「えー!? 本当?」

 その安曇先輩と呼ばれた人は、ぱっと顔を輝かせた。


 この打ち解けた二人のやり取りを見て、先程感じた違和感に答えを与えられた気がし、妙に納得した。

 この執行委員長様とやらはこの部活の()()()らしい。「公私混同」の四文字が俺の頭の中で元気よく飛び跳ねた。


「蒲郡先輩は放送部員なんですか?」

 同じ結論に至ったのか、隣で星ヶ丘も尋ねているが、もはや反応すらなしだ。


「私のカリスマ性に惹かれて、付いてきてくれた子達です」 

 と捏造が過ぎて逆に好きになりそう。

「わー! 来てくれてありがとう!!」

 その三年の可愛い先輩は立ち上がって俺達の方に寄って来てぎゅっと握手をしてきた。


 十数年間、異性に惚れたことのなかった俺だ。今さら可愛い女子の先輩に親密にされたところで、ホイホイ言う事を聞くわけがない、……が話だけは聞いてやってもいいかな。

 とほとんど落ちかけているちょろい俺の横で

「蒲郡先輩は放送部員なんですか?」

 と同じ質問を繰り返している星ヶ丘がいた。


 そんなカオスな状況に、

「うっす」

 と顔を出した人物がいた。男の声だ。このハーレム状態に終止符を打つとはいい度胸をしてるぜ、とふざけたことを考えながら、入ってきた人物の方を見た。

 仏頂面だがなかなかに整った顔をしている。スリッパの色は、安曇先輩と同じく現三年生の学年カラーで緑色だ。


「あ、先輩だ。遅いですよ!」

 蒲郡先輩は入ってきた人物の顔を見るなり、唇を尖らせ彼を詰った(ただし嬉しそうに)。


 同じようなやり取りを何回もしているのか、半ば諦め顔のその先輩は

「遅いですよって君、ついさっき連絡してきたよね? 何、俺が悪いの?」

 とため息をついた。

 しかし男の先輩の指摘などまるで意に介さないようで、蒲郡先輩はソフトなボディータッチをして猫なで声を出している。


 その男の先輩は、蒲郡先輩のあざとい仕草に鼻の下を伸ばすわけでもなく

「お前、あんまくっつくなや」

 といやいやそうに言った。


 そしたら蒲郡先輩は、

「いいじゃないですか。こうしてれば、橘先輩がどこからか聞きつけて『ねえ、花丸君は花丸君のくせに、年下の女の子にちょっかいを掛けているそうじゃない。ロリコンなの? 近づかないでくれる?』とか言ってくれそうじゃないですかあ」

「だからやめろって言ってんだろ。大体歳の差一つだけでロリコンもくそもないだろ」

「え、つまり先輩は、私のことをれっきとした一人の大人の女として、性的な視線を向けているということですか?」

「おい。なぜそうなる」

「私は先輩のことを思って、一生懸命頑張って跡継ぎを探してきたのに、あんまりじゃないですか。先輩、私にあんなことまでしておいて、要らなくなったらすぐにポイなんですね」

「俺何もしてないよね?!」


 急にいちゃつき始めた二人に対し星ヶ丘は困惑した様子で

「蒲郡先輩は放送部員なんですか?」

 とやはり同じ質問を繰り返している。しかし誰もそれには答えない。


「ところでこの子らは?」

 その男の先輩は、俺たちを見て尋ねた。


「だからぁ、跡継ぎを探してきたといったじゃないですかぁ。この子達がそうです」

 

 花丸先輩は不憫なものを見るような目で

「……ごめんなあ。蒲郡が迷惑をかけて」

 と俺達二人に言ってきた。

 それを受け蒲郡先輩は

「なんでですか!?」

 花丸先輩の雑な扱いに憤っている様子を見せた。学校で一番偉いとか言っていたのに、パワーバランスは彼のほうが上らしい。そしてその彼よりも偉い「橘先輩」というのもまたいるようだ。


「あ、じゃあまず自己紹介しようか」

 収集がつかなくなる前に、どうやら一番まともらしい安曇先輩が、一番まともな提案をした。

 そして

「私は安曇梓。三年で放送部の部長です」

 と言って、ちょこんとお辞儀をした。


「……あ、えと、じゃあ女の子から紹介してもらえるかな?」

 安曇先輩に促され、恐る恐る星ヶ丘が自己紹介をする。


「……一年の星ヶ丘照です。……よろしくお願いします」

「うん! テラスちゃんだね。よろしく! じゃあ、男の子の方も名前教えて!」


「尾張旭太陽です」

「……あさひたいようくん?」

「あ、名前が太陽です」

「じゃあ、尾張旭市の太陽くんってこと?」

「あ、そうじゃなくて、名字が尾張旭です」

「……尾張旭くん。……珍しい名字だね!」

「……あ、いえ。どうもっす」

 何が?

 天真爛漫な女子高生を目視で確認した俺はたじたじになっていた。


 それから彼女はきょろきょろとして

「あ、じゃあ。……まるもんも自己紹介する?」

 と遠慮がちに尋ねた。


 彼女に見つめられたまるもん? こと花丸先輩は「ああ」と言って

「俺は花丸元気。三年……」

「いや先輩、それだけですか? 少なすぎませんか? 友達いないんですか?」

 花丸先輩の自己紹介にすぐに蒲郡先輩が茶々を入れた。

「おい。最後の全く関係ないだろ」


 先輩のツッコミは虚しく空を切り、蒲郡先輩は聞こえていないかのように振る舞って続けた。

「私は蒲郡茉織。二年で執行委員会委員長。つまり偉い人です! ちなみに先輩は私のことを側室的なあれだと思ってるみたいです。よろしくです!」

「お前平気でとんでもない嘘つくな」

「えぇ。私今、「先輩」としか言ってないじゃないですか。どうしてご自分のことだと思ったんですか? もしかして自覚ありってことなんですか? プークスクス」

「…………安曇、あとは頼んだ」

 花丸先輩はお手上げみたいか、くるりと背を向け帰ろうとしている。

「ま、待って! もうちょっとだけでいいから。ほら! 茉織ちゃんもそろそろやめてあげて!」

 今までこの二人に付き合わされてきたであろう安曇先輩のことを思うと、不憫でならない。


 完全に雰囲気に飲まれていた俺だったが、一番はじめに聞いて、答えてもらうべきだったことを尋ねた。

「で、俺たちは何をさせられるんですか? それ知らなきゃ、放送部入れって言われても困るんですけど」


「知らないんですか? 放送部と言ったらお昼のお悩み相談室ですよ」

 俺の当然の疑問に、さも当たり前なことをいうかのように、蒲郡先輩は答えた。


「……お悩み相談室って、あまりに過激な発言を繰り返していたために、放送禁止になったっていうあれのことですか?」

 と俺は聞き返した。

 俺たちが入学する前は放送部が昼に流していたお悩み相談室は名物になっていたという。この話は祖父江から聞いたんだが、割と有名な話らしい。


 花丸先輩は不服そうな表情で

「おい、誰が放送事故部だ」

 と俺を睨んできた。

「そんなこと言ってません!」


「放送禁止になったんじゃないから。単純にやる人がいなくなっただけだから。俺は悪くないから」

 先輩は頼んでもいない言い訳を始め、それを聞いている蒲郡先輩は呆れたように鼻で笑っている。


 それに花丸先輩はムカついたらしく

「なあ、蒲郡よ。どうせお前、この子たちのこと無理矢理連れてきたんだろ? そういうの良くないと思うな。まるもん悲しい。茉織ちゃんがそんなことして、まるもん悲しいよ」

 と感情を押し殺しかんかんと諫言を垂れている。

「いやいや、そんなわけ無いじゃないですか。ですよね」

「……」

「……」

 俺と星ヶ丘は返答に詰まり黙ってしまった。


 それを見て花丸先輩はすべて察したようで

「お前な。お前がどうしても執行委員長やりたいって言うから、俺から山本に口添えしてやったんだぞ。お前の悪評が広まるたび、お前を推薦した俺の評価低下にもつながるの。分かってるのそこんとこ?」

「つまりどういうことですか?」

 蒲郡先輩は顔を曇らせ、妙そうな顔を見せた。


「だから! お前が何かやらかすたび、俺までとばっちりを受けるって言ってんだよ!」

 すると今度はぱっと明るい表情を浮かべ

「つまり私と先輩は一心同体ってことですか!?」

 と言った。

「違う、そうじゃない」


 こめかみを押さえている花丸先輩を横目に、蒲郡先輩は腕時計をチラと見て「あっやべ。行かないと」とボソリ呟き

「じゃ、そういうことでお願いします!」

 と敬礼した。

「どういうことだってばよ」

 とぼやく花丸先輩に背を向け、彼女は部屋から出てどこかへと去っていった。

 

 そしていなくなった蒲郡先輩に問いかけるように、もう一度星ヶ丘は問う。

「蒲郡先輩は放送部員なんですか?」

「多分違うんだろ。……知らんけど」


 それより腹減ったんだが。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 安曇ちゃんがまともで良いです [気になる点] 元気くんと太陽くんの会話が聞きたいです [一言] 橘様との邂逅はまだですか もう、待ち遠しいです 何かが、キレかけてます よろしくお願いいたし…
[一言] こりゃどうも、とてもカオスだ… 面白くなりそうな芽は見えているけれど。 サブタイの元ネタは、ちゃんと読んでみたいと思いつつ、思っているだけだったり。
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