表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/11

ちゃんと誘ったんだけど

 ついこの間までは女子たちは上小田井を指しては「うわ根暗」「髪長えよ。切れよ気色悪い」「うぇっ、こっち見てるし!」

 みたいな散々な言いようだったのに、今じゃあ「ショウくんっ! 一緒にご飯食べよ!」「今日もかっこいい!」「きゃっ、こっち見た!」

 

 それに対して、以前なら星ヶ丘に関しては

「星ヶ丘さん、幼馴染ってだけなのに、上小田井の相手してあげてるの偉いよね」

「ほんと、私ならやれって言われても絶対ムリだもん」

「すごいなあ」

 という上々の評価だったのが今となっては

「大体あの子さ、ただの幼馴染だって言うのに、ショウくんにうざ絡みしすぎだよね」

「嫌がらせばっかしてたんだから、振られて当然でしょ」

「ざまあみろって感じだよね」

 ……。みんなの掌返しがこわいよぉ。というか人間が怖いよぉ。ふぇぇぇぇ。


 そんな声がヒソヒソと聞こえてきているのに、星ヶ丘の方は澄まし顔で席についている。

 俺が一つ許せないのは、彼女が上小田井に告白して振られたことが、すでに皆に知られていたという事実。あの場にいた人間しか知るはずのないことを、みんなが知っているということは、あの場にいた誰かが話したということになるが、普通に考えてそれは上小田井ということになる。

 女を振ってやったなんてこと、べらべらと周りの人間に話すようなことだろうか?

 

 昨日まで人に囲まれていた星ヶ丘がポツンとしているのを見て、一体上小田井は何を思うのか。

 女子たちに囲まれ楽しそうにしている彼を見て、俺は胸のあたりがムカムカした。


 しかしながらここで俺が「ショウこと上小田井翔とはかくかくしかじか、こういう男なのである。つまるところクズなのである」と教室の真ん中で叫んでも誰も信じやしないだろう。

 他の国の人間がどうかは知らないが、この国の人間は多分にブランドという代物が好きなのだ。これまた俺の嫌いな言葉ランキングワーストスリーに入るものだが、「何を言うかじゃない、誰が言ったかだ」というものがある。これも要はブランド信奉主義によるものだ。

 自分の頭で考えるのを辞めれば「なぜあなたはiPh○neを選ぶのですか?」と聞かれたときに「なぜならiPh○neだから」という一周回ってセクシーな構文で答えかねない。

 ちなみに俺はS○NY派である。なぜならiPh○neじゃないから。


 アイドルとしての上小田井の姿を別に否定するわけではない。だが別な面があるという事実を知ってしまった俺としては、周りの連中のように星ヶ丘に対し冷たく当たるなんてことは当然できるはずがなかった。

 だが俺がなにか言ったところで彼女の気分は晴れようがないだろう。今のところ彼女にとって俺はただのクラスメートであり、ただの委員会仲間でしかなく、要するに赤の他人でしかないのだ。そんな俺が慰めの言葉をかけたところで、なんの足しにもならないし、下心を持っていると思われるのが関の山ではないか。婆ちゃんも恋の傷は時間薬だと言っていたしな。しょうがなし。うん。


 そんな感じで結局彼女にかけてやる言葉も見つからないまま午前の授業は終了した。


 俺は何となく教室の雰囲気が癪だったのでこの間のように文芸部のところへ逃げこもうかと、席を立ったのだが、目の端に一人で昼食を食べ始めようとしている星ヶ丘の姿が映った。

 星ヶ丘もボッチ飯デビューか……。俺の仲間だな。


 ……。


 はぁ。


 俺は凄絶に断られるのさえ厭わずに、彼女に近づいて声を掛けることを決意した。


「……何かしら?」

 星ヶ丘は近づいてきた俺に対し、顔を上げ、胡乱げな視線を向け、尋ねてきた。


「……えっと、……昼食、文芸部のところで食わね?」

 星ヶ丘は不思議そうな顔をしたが、一旦目を伏せ、すぐに結論が出たようで

「分かったわ」

 と言って広げた弁当をたたんで、立ち上がった。


   *


「……どうして、私を誘ってくれたの?」

 廊下を歩きながら彼女は尋ねてきた。

「……どうしてって、そりゃ飯は空気のいいところで食ったほうが美味いからな」

 俺もまた前を向いたまま彼女の問いに対し、そう答えた。


 彼女は俯いて、それに対しては何も言ってこなかったが

「急に行ったら、彼女嫌がらないかしら? いるんでしょう、祖父江さん。私なんかが行ったら……」

「何言ってんだよ。祖父江はそんなちっせえ人間じゃねえよ」

 俺はそう言ったのだが星ヶ丘の不安そうな顔は変わらなかった。

 全く。笑顔が素敵な彼女から笑顔を奪ったのはどこのどいつだ? きっとろくでもないやつに違いない。



「うぃーす。尾張旭くんのお通りでぇ」

 俺は文芸部の部室につくなり、そう言って戸を開いた。案の定祖父江がそこにいた。

 祖父江は俺の姿を認め

「また来たの? どうやら君は本格的に私のことが好きみたいだな。こりゃまいっ……た、ってありゃ、星ヶ丘さんじゃん。今日は一緒なんだ」

「こんにちは。祖父江さん。急に押しかけて悪いわね」

「いいよ全然! 大歓迎だよ」

 思ったとおり、渦中の人物の突然の訪問に対しても、祖父江は嫌な顔をしなかった。


 と思ったのだが

(え、何? 尾張旭くんは人様の部室で他の女とデートしようってわけ? なめてんの?)

(うぇ? お前顔と言ってることが違いすぎて怖いんだけど。何? 笑いながら怒る人なの? 竹中直人なの?)

(誰がハゲじゃ? このハーゲぇ!!)

 とヒソヒソと星ヶ丘に分からないように詰ってきた。


 でもまあ星ヶ丘自身のことは嫌ってないみたいだから良かった。


 星ヶ丘は祖父江に手招きされ彼女の隣に座った。

「えっと……今日はいい天気だね!」

 と祖父江は当たり障りのない会話をしようとした。

 多分だが祖父江は星ヶ丘が教室でどういう状況にあって、なぜ俺がこんなところにまで連れてきたかというのも全部わかっているんじゃないだろうか。


 部室も使わせくれるし、気も使えるし、やっぱり祖父江はいい女だなぁと感心していたら

「そうね。暑くて嫌だわ」

「そ、そうだね!」

「……」

 はい。会話終了。


(おい! 何してんだよ! 星ヶ丘は野生児のお前と違って箱入り娘だから暑いのが苦手なんだよ!)

(んなもん知るか! てか誰が野生児じゃゴラァ!! 文芸少女やろがい!)

(三つ子の魂百までとはよく言ったなぁ)

 っ!!

「あいったぁ!!」

 この女、机の下に隠れてるからわからないと思って蹴ってきやがった!


「どうしたの?」

 星ヶ丘は奇声を上げた俺に対し不思議そうな顔をした。


「……気にしないでくれ。俺の地元じゃ、弁当食べるときはこう言うんだ」

「……そう」

 我ながら苦しい言い訳だったが、星ヶ丘は特に突っ込んでくることもなかった。


 ふと星ヶ丘の弁当が目に入った。

 ……。

「なあ星ヶ丘。それ一人で食べるのか?」

 俺は彼女に尋ねた。

 星ヶ丘は弁当箱を二つ並べていたのだ。女子高生が一人で食べるには少々多い気がする。


「これは……ついいつもの癖で二つ持ってきてしまったの。ショウくんのお弁当、これまで私が作っていたから……。でも、もう作らなくていいのよね」

「……」

 ちょっと待って。


(え、星ヶ丘さんめっちゃええ子ですやん)

 足先でとんと合図をして祖父江だけに聞こえるようコソコソと言った。

(思った)

(本格的に上小田井を殴りたくなってきたんだけど)

(You、やっちゃいなよ)

(そしたら来週あたり名古屋港とかに沈められてそう)


 芸能人であるやつのバックにどんな組織がいるか想像もつかない。


 星ヶ丘は俺達が何やらやり取りをしているのを不思議そうに見つめていたのだが

「……よかったら食べてくれないかしら」

 と申し出てきた。


「いいのか?」

「ええ。腐らせてもしょうがないし」


 彼女が言うが早く、すでに箸を構えていた祖父江が「じゃ、いただきまーす」と鳥の香草焼きを口に放り込んで

「えっ、普通に美味しい」

 と驚いた顔をした。


 俺も引き続いて星ヶ丘の弁当を分けてもらった。

 そして口に入れて噛んでみる。……。常温であるというのにハーブの香りがふわりと口の中に広がり、ちょうどよい塩気のある肉汁が、ちょうどよい柔らかさの鶏肉を噛むたび滲み出てくる。

 これは……

「おい。『普通に』じゃないだろ。超美味いよ、これ」

 俺は祖父江のリポートに付け足して言った。この料理に対し、普通に美味いだなんて失礼だ。

 しかし俺たち二人の反応を見ても

「そう。良かったわ」

 と星ヶ丘は静かに返しただけだった。


 俺たちは星ヶ丘の弁当を分けてもらいつつ、腹を満たしていたのだが、星ヶ丘が自分用の弁当箱にまだ半分以上残っている状態で片付け始めたので

「もう食べないのか?」

 と思わず尋ねた。

「ええ。あまり食欲がないの」

 彼女は静かに返してきた。

 場所を変えたくらいで元気が出るはずもないか。


 俺は少し残念に思ったが、祖父江がそんな彼女の様子を見てか

「……あのさ、提案なんだけど」

 と口を開いた。

「何だ?」

 俺が聞いてみれば

「君じゃなくて星ヶ丘さんに提案」

 とすげなく返された。

 さいですか。


「何かしら?」

 星ヶ丘が反応して

「今度からお昼ここで一緒に食べない?」

 と祖父江が言った。


「……私とあなたでってこと?」

「うん。どう?」 

 あれ? 僕は?


「……いいわ。そうしましょう」

 ねえ、僕は?


「じゃ、決まりね!」

 だから僕は?


 星ヶ丘は照れたようにはにかんだ。そして祖父江も微笑を浮かべ、星ヶ丘の体をさすっている。


「俺は? 俺は?」

 何かまるでいないように扱われているのが悲しかったので、つい声を上げてしまった。


「……君は自由にしたら? もともと勝手に来てただけだし」

 えぇ。祖父江さん、俺に対して辛辣じゃん。


「……祖父江、俺のこと嫌いなの?」

「いい人だとは思うよ」

「ははん。そのいい人っていうのは、さてはどうでも『いい人』の略だな」

 

「え、なんでわかったの?」

「そこ認めちゃうんだ」

 なんとなく分かってたけどね。でも気づかないふりしてたよね。知らぬが仏って言うしね。


 それにしても祖父江だけ星ヶ丘と仲良くなるというのはずるい。連れてきたのは俺なんだぞ?

 よし俺も彼女と仲良くなろう。

 

 そう思って声を掛けた。

「なあ星ヶ丘」

「何かしら?」


 えっと……。なんて言えばいいんだ? 

 あ、あれか。


「俺と王下七武海やらない?」

「……ごめんなさい。ちょっと何を言ってるのか分からないです」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作者の他の作品 詳細 ※画像クリックで作品ページに飛べます
黒百合と月見草~ツンデレからデレを引いたような女~
作者の代表作はこちら☟
twitter.png

150万PV突破!!
「ひまわりの花束~ツンツンした同級生たちの代わりに優しい先輩に甘やかされたい~」
本作から十年後の神宮高校を舞台にした話

kwpF1QND?format=jpg&name=small
― 新着の感想 ―
[良い点] 更新待ってました( *´艸`)次回も楽しみに待ってます( *´艸`)
[一言] 楽しく読ましてもらってます。 自分もS○NY派です。 理由はiP○d時代から操作性が合わなく苦手意識が強いからですけど
[一言] 毒舌だけではなく、影では色々やってあげていたのかな。まあ、理解してもらってなければい意味もないのだろうけれど。ちゃんとは泣けない娘だから仕方はないか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ