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さあ選べと言われましても

 祖父江に連れられて、ショッピングモールに来たはいいものの、さあ選べと言われて、さっと女の子に贈るプレゼントを選べる俺ではない。

 どうしたものかと途方に暮れてトホトホしてたら、祖父江さんが大きなため息をついた。


「あなた、好きな子が何もらったら何喜ぶとか、……まあ、わからないだろうねぇ」

「その通りだ!」

「自信満々に言うことじゃないんだよなぁ」


 祖父江氏はなにか可哀想な物を見るような目で俺を見ているが、あいにく、女子が喜ぶものがすぐに思いつくような人間であれば、このようにこじれた人生を生きてはいないだろう。


「気持ちだけでも嬉しいって言ってはくれぬか?」

「それは女の子が言うとポイント高いセリフなだけであって、あなたが言ったら、袋叩き待ったなしなんだよ?」

「暴力、ダメゼッタイ」


「……とりあえず、雑貨屋でも見に行こっか」

「御意」

「御意じゃないよ、まったく」


 祖父江は呆れているが、俺の底力というか、底はまだまだ奥底にある。覚悟しておけ。


   *


「おい、祖父江見てくれよこれ」

 俺は雑貨屋で見つけたTシャツを手に取り、広げて彼女に見せた。


「『ツンデレなんかじゃないけれど』……って、それ、星ヶ丘さんがもらって喜ぶと思うの?」


「似合うと思わんか?」


「ゴミ送るのは良くないと思う」

「なんてこと言うんだ」

「戻してきなさい」


 それから祖父江と二人で、いろんな店を見て回ったが、なかなかピンとくるものが見つからない。


 そもそもの話だ。

「おい祖父江。俺は分かってしまったぞ」

「何が」

「戦いというものは自分のホームですべきではないか?」

「……いや全然何言ってんのかわかんないんだけど」

「だから、俺がよく知らないもんを、贈ろうとするのが間違っているということだ」

 よく知らないものだから、当然良しあしなんてわかるはずないし、確信をもって選ぶことが出来ないのだ。


「……いや、それはそうかも知れないけど、あなたが興味あるものって、例えば何よ」

「グラビアアイドル?」

「……」

 祖父江はゴミを見るような目で見てきた。


「おいどうした祖父江」

「帰るよ?」

「ああ、嘘ですごめんなさい。冗談です」


「そういう祖父江は、星ヶ丘が気に入るようなものとか知らないのか」

「うーん。星ヶ丘さんねぇ、あんまり、そういうの話すような子じゃないからなあ。割と生活態度地味なんだよね。身につけてるものも、凄くシンプルだし。ハンカチとかペンケースとか」


「興味あるものと言ったら、上小田井くんくらいじゃない?」

 かはっ。

「やめてくれ祖父江。その術は俺に効く」


「ミステリアスのグッズでも贈っとく?」

「今の星ヶ丘にとっちゃ、それ嫌がらせ以外のなにものでもないだろ。ミステリアスのグッズ贈るくらいなら、俺のブロマイドを贈るわ」

「それこそ嫌がらせじゃねえか」


「祖父江は何か贈るのか?」

「私はハンカチかな。いくらあっても困るものじゃないし」

「そうか。よし俺もそうしよう」

「いやいや。待って。いくらあっても困らないとは言ったけど、二人でハンカチ贈るとか馬鹿みたいじゃん。私を馬鹿な行為に巻き込まないでよ」


 祖父江に小言を食らったところで、遠くの方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「おーい! 太陽くん! 杏ちゃん!」


「あっ、安曇先輩だ」


 安曇先輩は大きく手を振り、ポニテをフリフリ揺らしながら、こちらに駆け寄ってきた。

 

 近づいてきた先輩に向かって、俺はぺこりと会釈をした。

「これは先輩、お疲れ様です。お買い物ですか?」

 三年生は補習の参加が自由らしいから、先輩は家で勉強していたのだろう。彼女は制服ではなく、デニムのショートパンツに、スポーツブランドの白地Tシャツという、シンプルな格好をしていた。正に女子高生って感じだな。


「家で勉強してたんだけど、息抜きがてらウォーキング。でも暑いから、モールに避難してきたの」

「なるほど」

 先輩も受験生だからな。さぞかし大変だろう。二年後は自分たちがそうなっているのだが。


「立ち話も何だし、どっかお店はいる?」


 そんな先輩の提案に乗っかり、俺達はモールのカフェへと向かった。


 注文を済ませ、一息ついたところで

「私、てっきり、太陽くんは照ちゃんと付き合うんだと思ってたよ」

 と先輩は寝耳に水なことを言う。


「え、何言ってるんですか?」

 俺はびっくり仰天して、聞き返した。隣の祖父江なんか、すごくすごく嫌そうな顔をしている。本当に嫌そうだな。ごめんな。


「え、だって、今日二人でデートしてたんでしょう?」


「デート? 俺と祖父江がですか?」

「え、違った?」


 俺の認識が誤っているのかもしれないと不安になり、念のため祖父江に確認した。

「祖父江、俺達ってデートしてたのか?」

「なわけないでしょ」

 祖父江は即座に否定した。


 続いて彼女は先輩に

「尾張旭くんが星ヶ丘さんの誕生日プレゼントを選ぶのを手伝ってたんです」

 と訳を話す。


「ああ! なるほどねえ。照ちゃんもうすぐ誕生日なんだね」

「でも尾張旭くん、全然選び切らなくて、困ってるんですよ」


「うーんそっか。確かに難しいよね。異性に贈るプレゼントって」

 先輩も経験があるのか、うんうん頷きながら、話を聞いてくれた。それから

「ちょっと、経験者に聞いてみるね」

 とどこかしらに電話をかけるらしく、スマホを取り出して、ポチポチタップし、耳にあてる。


「もしもし、私。ごめん、勉強中だった?」────「そう? なら良かった。え、茉織ちゃんお家来てるの?」────「まあ、それくらい教えてあげなよ」────「でも茉織ちゃんが理系にしたの、多分まるもんのせいだよ?」────「そりゃ、影響くらい受けるでしょ」────「まあ、あんまり邪魔しないようには言っといてあげるけどさ」────「あ、そうそう、ちょっと聞きたいことあるんだけど」────「まるもんってさ、美幸ちゃんに誕生日プレゼント何あげてたっけ?」────「あー、遠足のときのか。そういえばそうだったね」────「ううん。割と気に入ってつけてたと思う」────「だって美幸ちゃんが照れ屋なの、まるもんも知ってるでしょ?」────「いや、なんか、太陽くんが(てらす)ちゃんに誕生日プレゼントなにあげようって話してて」────「そそ。ばったりモールで会って」────「うん。ありがとう。また学校でね」


 一般的に言われていることだが、人は電話をするとき声のトーンが高くなるものらしい。女子は特にそんな気がする。多分電話で話をすること自体が好きなんだろうな。特にそれが仲の良い知り合いであるならば。安曇先輩も例外ではない。髪の毛をくるくる指に巻き付けながら、ニコニコ電話して、楽しそうだ。

 先輩達を見ていると、恋愛感情を抜きにした男女の友情というものも、しっかり成立するものなのだなあと、感心する。女男女の組み合わせを見て、勝手に三角関係を想像するのは、今度から辞めにしよう。


「花丸先輩は好きな子に髪飾りをあげたそうです」

 今の話の断片から察するに、あの花丸先輩は美幸さんという彼女というものがいながら、年下の女子を家に連れ込んでいるようだったが、それはスルーしとけばいいのだろうか。なんか、安曇先輩も、特に気にしてないように見えるし。俺の中で花丸先輩の正妻たる美幸さんの度量の大きさが、すでにカンストしてるんだが、一体どんな御仁なのだろう。聖母の生まれ変わりか何かだろうか。


 俺がそんなことを考えていたら、花丸先輩の例を聞いた祖父江が、うーんとうなりながら

「髪飾りですか。でも、それって二人の関係性にもよりますよね。初手で選びにくいような」

 と険しそうな表情をしている。

 安曇先輩もそれに同調するように苦笑いをする。

「まあ確かに、その子、何貰っても嬉しかったと思うから、あまり参考にはならないかもね」


 彼女たちがすぐに答えを出せないのは、絶対的な正解というものがないからだろう。プレゼントに揺るぎない正解があるならば、俺もこんなに悩みはしないだろう。


 安曇先輩は、別なアプローチを思い至ったようで、俺に質問してきた。

「太陽くんの好きなものって何?」

「グラ──」

 言いかけた単語は、祖父江の物理的攻撃により、俺の口から発せられるのを、阻まれてしまった。腹をつねってくるとは、なんという女だ。 


 先輩は不思議そうな顔をしたが、続けて聞いてきた。

「お買い物に行ったとき、まず見る店とかないの?」


「……文房具とか、割と好きでよく見てますね」

「それ、いいじゃん。なんか可愛い文房具選んで、プレゼントしてあげたら?」


 先輩の言葉に、祖父江も同調する。

「文房具かあ。確かにまだ見てなかったね」

「そうだな。コーヒー飲み終わったら見に行くか」


 そこで先輩のスマートフォンが鳴った。先輩は一言「ごめんね」と口にし、電話に出た。


 どうやら、家の人かららしい。

 電話を切ったあと

「ごめん。家の人に呼ばれちゃったから、もう行かないと」

 そう言って、飲み物を飲みきり

「代わりに払っておいてくれるかな」

 と言い、彼女の飲み物代をテーブルに置いて席を立った。

 去り際に

「気に入って貰えそうなのあるといいね!」

 とにこやかに言いながら。


 俺は髪の毛をぴょこぴょこ揺らしながら去る、先輩の後ろ姿を見送りながら呟いた。

「安曇先輩って可愛い人だよな」

 なんか挙動が、子犬みたいで。


 そんな俺を胡乱げに祖父江が見つめてくる。

「おやおや、太陽くん、浮気は感心しませんな」

「浮気どころか本気すら成就してないのに、どうやって浮気をするというのだ」 

「まあ、安曇先輩、花丸先輩のこと好きだろうし、君の浮気は成就しないだろうね」


 まったく祖父江は見当違いなことを言っている。


「おいおい。まったく、祖父江は女心を分かっていないな」

 笑わせる。

「あなたにだけは言われたくないんだけど」

 祖父江は眉を顰める。

 これだからお子様は。

「あれはな、美しき男女の友情なのだよ」


「はあ? だって、安曇先輩、花丸先輩と話すとき、明らかに声のトーン高くなるじゃん」

「いや、あれは電話だからだろ」

「電話じゃないときもそうだったよ」

「……普通に仲いいだけじゃね?」

「普通に仲いいだけなら、むしろ地声で話すと思う」

「そうか?」


 すると突然、祖父江は

「ねえ〜、太陽くん♡ あたし、ケーキ食べたいんだけど、頼んでもいい? だめ?♡」

 と、今まで彼女の口から、聞いたことのないような猫なで声を出した。


「べ、別にいいけど。急にどうした?」

「やった。太陽くんにケーキ奢ってもらえるなんてラッキー」

 次の瞬間には、いつもどおりの、祖父江に戻っていた。

 

「ええ、俺の奢りなの?」

「君はどうして私がここに来ることになったのか、忘れちゃったのかな?」

「あ、はい。どうぞ、好きなの頼んでください」


 祖父江はメニュー表を見ながら

「ね、流石にここまであからさまなら、君でもわかるでしょ?」

 と勝ち誇ったような顔をした。

「いやいや。安曇先輩そんなわざとらしいことしてないじゃん」

「だから、安曇先輩も理性では、付き合えないってわかってるから、素を装っているんだけど、本能的に声が高くなるのまでは、隠せないって話」 


 じゃあ、祖父江がさっきみたいな声で男子に話しかけていたら、俺は応援してやらなきゃいけないのか。……でもなんだろう、なんかモヤッとするな。身内が女の顔をしているところは、あまり見たいものではない。これは祖父江が女だからという話ではなく、おそらくは男の友達に彼女ができたときの感覚に近いだろう。というかほぼそれだな。  

 俺は、女ができた途端、人付き合いが極端に悪くなるやつなんて好きになれる気がしないし、みんなの前でデレデレしているのを見ると間違いなく腹を立てるに違いない。幸か不幸か、そういうやつは大抵すぐ別れると相場は決まっている。

 友達を大切にしない罰だと思う。というか友達を大切に出来ないやつは、基本的に自分勝手だから、異性にもそっぽを向かれるんだろう。これは真理だな。

 欲を満たすことしか考えてない猿どもめ。恥を知れ恥を。

 ふんすふんす。薄情者とはえんがちょである。


 女ができた途端に友達じゃなくなるのか、そもそも最初から友達なんかじゃなかったのか、いずれかであろう。まあ、俺を裏切るような友達はいないが。というかまず俺には友達がいない。

 

「そもそも、さっきの話だって、メールで聞けば済む話じゃん。なのにわざわざ電話して」 

「電話なら話がすぐ終わるからだろ。効率を考えてのことだ」

「安曇先輩、電話のとき、髪触ってたでしょ。あれ緊張してたからだよ」

「……いや、それはお前の想像じゃん」

「いいや、間違いないね」


「まったくこれだから素人は。男と女を見ればすぐにヘテロセクシャルな解釈をしたがる」

 やれやれだぜ。先輩達は性愛を超えた、厚い友情で結ばれているのだ。そのような高貴な関係性を下種な見方で見るとは、悲しいやつだ。彼らの関係性こそ、俺が学ぶべき粘膜接触に依存しない本当の愛というやつかもしれないのに。


「男女に関しては君は私以上に素人だよね? どの口が言うのかな? 私がヘテロの気持ち、見誤る訳ないし」

 

「愚かめ。俺がどれだけ、愛というものについて考えているか知らないのだろう。四六時中、愛とは何かを考えているのだ。もはや恋愛マスターと言っても過言ではない」


「そう。じゃあ、愛とは何か、私に教えてよ」


「俺はな、俺が『愛とは何か』ということについて何も知らないということを知っている」

「帰れ! このエセ哲学者」



   *


 結局、その後本屋で文房具を見て、俺の好きなメーカーのボールペンを選び、星ヶ丘の名前を刻印してもらったものをプレゼントすることにした。


 二日後、夏休みの課外授業を終えた俺は、もう一度ショッピングモールの本屋を訪れ、刻印してもらったボールペンを受け取った。

 さらにその翌日、星ヶ丘の誕生日。

 課外授業が終わって、昼過ぎの部室。


 俺と祖父江はそれぞれが用意しておいたプレゼントを彼女に渡した。


 星ヶ丘はびっくりしたような顔をしていた。


「開けていい?」

 そう尋ね、おっかなびっくりといった様子で包装紙を広げた。


 彼女は頬を上気させながら、中身を覗いた。

「すごく可愛いわ」祖父江の贈ったハンカチを手に取り、それから俺の贈った箱からボールペンを取り出し「これはボールペン?」

 と聞いてくる。


「俺だと思って使ってくれ」

「折ればいいの?」

「泣いちゃう」

「冗談よ」


 星ヶ丘は顔を赤くして

「私、友達からお祝いしてもらったことなくて」

 大事そうに、俺達のプレゼントを胸に抱え

「本当にありがとう」

 と照れ笑いしながら頭を下げた。


 気に入ってもらえたようで良かった。


 次の日、実際に彼女は、授業中にボールペンを使っていたし、休み時間も、机の上に祖父江のハンカチを出して、何度もひっくり返しては眺めていたので、相当嬉しかったのだと思う。


 真面目に選んだ甲斐があったというものだ。


「夏休み中に、星ヶ丘さんと関係を進めるんだよ?」

 なんて祖父江に言われて

「勝ち筋が見えましたわ、これ」

「ああ、なんか嫌な予感しかしないな」


 などと軽口を叩き合いながら、前期課外授業の最終日を終え、本格的な夏休みに突入した。



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