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大体又聞きの又聞き

 ひぐらしは空が白み始めるのと同じくらいに鳴き始める。夏の夜明けというのは朝の五時頃。良い子は寝ている時間だ。

 よいこの代表である俺はもちろんそんな時間になぞ起きないので、ひぐらしが朝に鳴くのを聞いたことはないのだが、知識としてそのことを知っている。

 ただ知っているだけで実際に見たことがないものをそうだと断定しているのを見れば、どこぞの高慢ちきがやいやいと口を挟んできて、確かめもしないで断定するとはこれいかに、と野次を飛ばすやもしれない。

 しかしながら人間の知識は多くが伝聞や推定によるものであり、それに忠実に従うならば、俺たちは会話の語尾にいちいち「らしい」だの「そうだ」だの「ようだ」だのとつけねばいけないことになり、ラッシー派とソーダ派とヨーダ派で戦争が始まってしまうだろう。


 ライオンはアフリカにいるそうだ。地球は丸いらしい。おっぱいは柔らかいようだ。

 いずれの事柄も、直接に確かめたことはないし、その術も今のところない。だからといって己の目で見たことのないこと全てに、そうだ、らしい、ようだとつけると鬱陶しくてかなわない。

 そんな質面倒くさいことは避けるべし。

 ライオンはアフリカにいるし、地球は丸いし、おっぱいは柔らかいのだ。


 そしてひぐらしは夏の早朝に鳴き、黄昏時にまた鳴くのである。


 カナカナカナカナ。


 残念ながら、今の時間もひぐらしが鳴くには早い時間だ。

 ミンミンジリジリ鳴くのは、暑さに拍車をかけるみんみん蝉と油蝉。

 カッターシャツが下着ごと背中に張り付いて、不快なことこの上ない。


 暴力的な暑さに雫玉のような汗で応えている、みずみずしいことで有名なこの俺であるが、早朝と夕暮れ時という、比較的涼しめの時間帯だけ働くひぐらしの知恵に敬意を評して、人間様も早朝と夕暮れ時の一時間だけ働けばいいんじゃないかと、画期的な政策を市井に投げようかと思うくらいには、暑さに脳がやられており、一刻も早く文明の利器によって人類の至適温度まで冷やされた部屋に入りたいと、隣をゆく祖父江杏に進言した。


 曰く

「もうすぐ着くから黙ってて。ウダウダ言っても涼しくなんないでしょ」

 と。

 彼女も彼女で暑いのにイライラしているようだ。ああ、ヨーダ派に与してしまった。


 なぜこの俺が彼女と一緒に炎天下サイクルに出かけているのかというと、顛末は昨日に遡る。


   *


「そろそろ星ヶ丘さんの誕生日だけど、プレゼントなに用意してるの?」

 

 図書準備室にて、星ヶ丘が席を外した際に、祖父江に突然そんなことを尋ねられた俺は、この世に生まれたばかりの子鹿みたいにプルプルした様相で、彼女を見つめ返した。


「え、まさか、知らなかったの? 星ヶ丘さんの誕生日」

「……君はなんで知ってるん」

「いや、ていうかなんで知らないの? 好きな子の誕生日を聞くのとか常識でしょ!?」

「……俺、一般常識の通用するところにいないから」

「長渕剛みたいなこと言ってんじゃねえよ」


   *


 そんなこんなで、彼女にこってり絞られてから、二人で星ヶ丘のプレゼントを選びに行くことになったのである。


 昨日の祖父江は般若のようだったが、こうして買い物に付き合ってくれるように、なんだかんだで優しい。俺みたいな人間に時間を割いていて、本当にいいのかと、こちらが心配になるほどに。


 俺は若干の申し訳無さを感じ、彼女に尋ねた。


「祖父江って好きな男とかいないのか」


 自転車で俺に並走し、額に汗をにじませた祖父江は、侮蔑を含んだ表情で俺を見た。


「……きしょいんだけど」

 ……。


「おい。やめたれ。お前みたいなやつがいるから、国語の苦手な男子が量産されるんだろ。文脈に沿った会話しようよ。なんでいきなり、きしょいとかいうの? わけがわからないよ」

「そりゃ、人の気持ちもわからないやつに国語ができるわけ無いでしょうが」

「俺は別に国語は苦手なわけじゃないぞ」

「じゃあ、私がどうしてきしょいって言ったか説明してご覧なさいよ」

「……ははん。さては『自分のことを異性として認識していないと思っていた男子に、思わせぶりなことを聞かれて、嬉しく思うと同時に、突然のことだったので戸惑ってしまい、素直になれず咄嗟に悪態をついてしまった』というところだな」

「だからきしょいって。勝手に私の気持ち捏造しないでくれる?」

「照れるなよ」

「照れてないし」

「惚れんなよ」

「惚れるわけないし」


「で、いるのか? 好きな男」

「……好きな男子がいたら、あなたとこんな事してないでしょ。多分」

「それもそうか」


 そんな話をしているうちに、目的地についたようで、眼前にはショッピングモールが広がっていた。


「はぇー。こんなところにショッピングモールが」

「いままで知らなかったことに驚きなんだけど」

「家と学校とを往復する人生を送っている俺にそこまで期待すんな」

「はいはい」

 俺の言葉を軽く流した祖父江は自転車を停めてカギをかけるなり、スタスタと中に入っていってしまった。俺も慌てて彼女の後を追った。

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