憂鬱と衝撃
2年時からの持ち上がりの担任の声を聞き流しながら、俺は頬杖をついて外を眺める。窓の外の光は暖かく、青々と茂る木々を柔らかく照らしている。
ーーーーーまったく、俺の沈んだ気持ちとは裏腹のようだ。忌々しい。
高校3年生になったから進路を考えろと言われても、大学受験だの就職だの実感が湧かない。前の席の皆木は机の下でこっそりアイドルの動画を見ているし、その前の女子達は今日の放課後にどこに行くかコソコソと笑い合っている。
やる気のないHRを終え、伸びた声で号令を行う。なにもする気が起きなくてボーッとしていると、目の前の黒のボブが揺れ、貝木が振り返ってニコニコと話しかけてきた。
「ねえねえ、浜野氏は聞いた? 隣のクラスの副担任、すごい可愛いらしいよ!」
「おー」
「新学期楽しみだねえ、みんなメンツ一緒だし!」
「おー」
「...なんか心ここに在らず? って感じ?」
丸い目を更に丸くして、瞬きを一つ。こちらを覗き込んだり、手を振ったりしてくるが、大丈夫だ見えてる。ただ、
「浜野は残念ながら、傷心中なんだ...貝木、慰めてやってくれ...」
肩に手を置かれ、友人の亀田が泣き真似をしながらうつむく。ただ事ではない気配を感じたのか、貝木はゴクリと息を飲んだ。俺は呆れて口をつぐむことにした。
「浜野氏、彼女いたの...? そして別れたの...?」
「ある意味それよりも悲惨かも知れん...」
「...亀田氏、教えてよ」
「いいだろう、それはな...」
「浜野の推しのVtuberが、引退した...」
亀田の口から聞く、その事実に折り合いをつけたつもりの心がまた痛む。今まで生活の一部だったのに、引退するからもう会えません聞こえません知りません。つらい。散々泣いたのにまだ涙が出てきそうだ。
俺の推しのvirtualYouTuber、通称Vtuberと呼ばれていたまりんは、とても可愛かった。
容姿も可愛かったし、凛とした中に少し甘さが残る声も好みだった。ゲームに一生懸命挑戦する姿に心打たれたし、耐久企画の時には一緒に寝ずに応援した。記念配信の時に投稿してくれた歌ってみたは毎日再生したし、誕生日の日にはなけなしの小遣いでスパチャした。
なのに。
忘れもしない3月1日。Twitterで予告された悲痛な文章。
『みんないつも応援してくれてありがとう。まりんは、今月いっぱいの活動を持って引退することに決めました。いっぱい悩んだし、みんなと離れるのは悲しいけど、まりんの背中を押してくれると嬉しいな』
そして迎えた3月31日、まりんは投稿されていた動画どころか、チャンネルさえも削除し消えてしまったのだ。
「隣のクラスの副担任になりました。皆さんとは、国語の時間でお会いすることになります。成海はるかと申します」
そんな、まりんと似た声で自己紹介をする、新任の教師の存在で、俺は一気に現実に引き戻された。