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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

勇者と勇者召喚

作者: 黒桐

リハビリに昔に書いた勇者召喚にたいするアンチテーゼ未満な未発表作品を手直しして投稿しています


 狂獣。

 それは約百年に一度、世界に生まれる怪物である。

 その発生原因はわかっていない。だが狂獣が生まれると動物たちは狂暴化して人を襲うようになり、その存在を放置すればやがて人間すらも狂わせる恐ろしき存在である。

 多くの人々が繰り返される狂獣との争いで命を散らしていく中、女神は一つの秘術を授ける。

 その秘術の名は『勇者召喚』

 異なる場所から狂獣に対抗できる力を秘めた人間を呼び出す術。

 勇者の力は強力で、その活躍によって人が狂暴化しはじめる前に狂獣は討たれるようになる。

 幾度となく繰り返される勇者と狂獣の決戦。

 今代の勇者もまた、仲間たちと共に狂獣に対峙していた。


 ―――そして、



 巨大な狼の外見をした狂獣。その躯の前で一つの命が失われようとしていた。

 うつぶせに倒れた青年の背中には一本の剣が深々と刺さっており、その周囲を四人の男女が囲んでいる。


「ど、どうして?」


 青年は背に刺さる剣をあり得ない物だと困惑の瞳で捉え、震える口からは疑問の言葉が漏れた。


「狂獣の討伐がなされたのだ、つまり勇者である君の役目は終わりということだ。まったく公爵家長子たる私が平民などと並んで戦わねばならぬとは不快極まりなかったよ」


 囲んでいた一人、金髪碧眼の煌びやかな男が答える。男は青年を勇者と呼んだがその目と声にあるのは青年を同じ人として認めていない差別の感情だ。

 討伐の道中に仲良くなり友人となったと思っていた男から初めてむけられる蔑視の視線に青年、いや勇者は言葉を失う。


「お前はこの世界にとって異物でしかないのよ。王女としての役目だからこそ我慢していたけれどお前のような礼節のない平民をそばに置かないといけなかったなんて嫌で嫌で仕方なかったわ」


 吐き捨てるように言ったのは、美しいローブを纏い魔術師として同行していた王女だ。

 優しく、誰にでも分け隔てなく接していた王女に淡い恋心を持っていた勇者は、その言葉に驚愕し目を見開く。

 その顔に愉悦を感じたのか公爵家長子は王女を抱き寄せる。


「君には言っていなかったが王女は私の婚約者だ。いつだったか君が彼女に好意を持っていることを相談してきたときは切り捨てたくなったものだが、私は寛大だからな、許してやろう」


 言って、君の語った異世界の知識は有用だからなと笑いながら付け加える公爵家長子の口元は醜悪に歪んでいた。


「あ、ゆ、……ゆる、ごぼぁ」


 瞳に怒りを宿し、口を開いた勇者は、しかし吐き出すことが出来たのは呪詛ではなく血塊だった。


「おやおや、もう毒が全身に回ったようですね。では手遅れになる前にさっさとことを進めましょうか」


 教会より派遣された聖女が、その姿を見てそばに膝をつく。

 普段と同じく慈愛の笑みを浮かべる彼女の瞳には、隠し切れない歓喜の色が宿っていた。

 祈りの姿勢をとった聖女の口から呪文がつむがれると、呼応するように背に刺さった剣が光り始める。


「何が起きてるがおしえてやろうか、これはなお前の勇者の力を吸い取ってんのさ」


 最後の一人、勇者を後ろから刺した傭兵の男が喜びを隠し切れない様子で明かし、


「フフ、そしてその力は私たち四人に分配されるのさ」


 侯爵家長子はたまらぬとばかりに笑い声を漏らし、


「これでわたくしたちに逆らえるものはいなくなるのね」


 王女は未来に待つ自分の素晴らしき人生に目を輝かせる。


「………ゆ…」


 勇者は最後に何かを言おうとしたが言葉になることはなく、それどころか力を吸い取られたその体は枯れ木のような老人の姿へと変貌していく。

 これなら誰も勇者だとは気が付かないだろうと、死体を処分する手間が省けたと笑う三人。

 そして詠唱を終えた聖女は、勇者だったものに顔を寄せ呟く。


「わたしたちの未来のためにそのお力をお貸しください。勇者様」


 かつて、初めて顔を合わせた時に口にした言葉を、聖女は吊り上がった笑みで口にした。



 秘術により呼び出された勇者は狂獣との戦いの中で仲間を庇い深手を負う。


 倒れた勇者を守るべく奮戦する仲間たちに、勇者はその命と引き換えに自らの力を分け与える。


 勇者の力を得た四人の仲間たちはその力をもって狂獣を討伐せん。


 しかし彼らの前に勇者の亡骸はなく、埋葬してやることもできないと悔やみながら帰路につく。


 討伐の報を持ち帰った四人は自らの功績を誇ることなく、いかに勇者が偉大であったかを語ったという。


 人々はそんな彼らを四勇士と呼び、称えた。



――狂獣討伐から数年後に書かれた歴史書の一節――



「なぜだ!なぜ失敗するんだ」


 周囲に怒鳴り散らすのは王、かつて勇者と共に狂獣と戦った公爵家長子だった男だ。

 場所は教会の総本山。

 その奥にある勇者召喚の間で、王は並んだ司祭たちを叱責していた。

 怒声に委縮して司祭たちは気づいていなかったが、その顔には怒り以上に焦りがあった。

 前回からわずか30年という、これまでにない早さでの狂獣の出現と、無機物をまるで生き物かのように狂暴化させるという前例のない力に、教会はすぐさま勇者召喚を行った。

 しかし、その結果は失敗。勇者が現れることはなかった。

 神より秘術を与えられてから一度としてなかった勇者召喚の失敗は、教会だけでなく世界に動揺をもたらした。

 様々な憶測が流れる中、勇者召喚は繰り返され、ことごとく失敗していく。


「落ち着きなさい。勇者召喚の秘術は間違いなく発動しています。彼らに非はありません」


 司祭たちを擁護するのは教皇、勇者の力を利用して若々しい姿を保つかつての聖女だ。


「ではなぜ勇者は現れない!教会は召喚の間の管理はしっかりとしていたのだろうな!」


 術者たる司祭たちにミスがないのならば、この場所の管理方法に問題があったのではないかと非難する王。

 それをそばにいた王妃が優しく諫める。かつての王女もまた勇者の力で若さを保っていた。


「王である貴方がそんな姿を見せては駄目よ。すこし冷静になりましょう」


「ぐ、……ああ、わかっている」


 王は大きく深呼吸をして、意識を切り替える。


「だが、これで勇者召喚の失敗は50回目だ。過去の記録も確認させたがこのようなことは今までなかったのだろう、おかしいではないか」


 勇者召喚は満月の夜、月の光が召喚の間に降り注いぐ短い時間のみ行うことのできる秘術であり、一度失敗すれば次の満月を待たねばならない。


「……あなた達は下がりなさい。わたしたちは少し今後について話し合います」


 王の問いに答える前に教皇は司祭たちに退室を命じる。

 最後の一人が扉を閉じて出て行ったところで、教皇は魔術で結界を張り万が一にもこれからの話を聞かれないように注意を払う。


「それで、あなたならいい加減原因に気づいているのではなくて?」


 三人だけとなると、聖妃と称される微笑みの仮面を脱ぎ捨てた王妃が教皇を睨みながら問う。


「いえ、残念ながら検討すらついていません」


「本当なんだろうな、最近では俺たちの参戦を望む声も大きくなっている。年齢を理由に断ってはいるが、お前たち二人は若さを保っているせいで疑問に思うものもいる。それを抑えるのも一苦労なのだぞ」


 王の言葉に真っ先に拒否したのは王妃だ。


「言っておくけどわたくしは嫌よ、いまさら戦場に行って泥まみれになるのだなんて」


「それについては感謝しております。それにわたしとて今更戦場になど行きたくありません。ですが……」


 教皇はそこで言葉を切り、苛立たしげに顔をゆがめる。その続きが王と王妃にもわかり、眉間にしわを寄せた。

 三人ともわかっているのだ。勇者召喚の失敗に始まり、参戦を望む声を封殺してきたことで彼らの名声、そしてそれに伴う権力に陰りがおよび始めていることに。


「今はまだいい、聖騎士とその子供らのおかげで狂暴化した生物の討伐はできているからな。だが、それも狂獣の力が人にまで及んでいないからだ。人が狂暴化し始めれば一気に状況は悪化するぞ」


 聖騎士とはここにいない共犯者の一人、傭兵だった男だ。

 彼は手に入れた名声を利用して、平民や令嬢、果ては小国の王女にすら手を出し多くの女たちと肉体関係を持っていた。

 当然生まれた子供も数多くおり、以前あったときなど、女を抱きたければ金を払うか拒めないよう陥れるしか無かったのに、今では親が喜んで娘に股を開かせるのだから最高だと笑っていて三人は嫌悪したものだ。

 もっともそうして産まれた子たちにも僅かばかりだが勇者の力が宿っており、その子らの参戦もあって戦況が保たれているのだから皮肉といえた。

 もちろん王と王妃の血を引く王子王女らも王太子を除いて戦場に赴いていた。


「わかっています。いい加減わたしたちも覚悟を決めねばならないかもしれません。それに戦いの勘を取り戻すとして訓練に参加でもしていれば今しばらく時間を稼ぐこともできるでしょう」


「ちょっと、わたくしは嫌よ、この若々しい姿を失うなんて!」


 教皇の言葉に王妃が悲鳴のような声を上げる。

 二人は勇者の力を利用して若さを保っているため、戦場でその力を使用すれば年齢に即した姿に戻ってしまう可能性があった。

 二人の女が目の前で言い争いを始めたのを眺めながら、王はぽつりと呟く。


「いったい、俺たちは何を間違えているというのだ」


 懇願するかのような言葉は誰かに届くことはなかった。



 薄暗い森の中を一人の男が歩いている。

 視線は忙しなく彷徨い、足取りも不確か。苛立ちからの怒気を隠そうともせず、時折手に持った剣を意味もなく振り回す。

 高価そうな鎧をまとってはいるものの野蛮人そのままの行動は、知らぬものが見れば男が聖騎士と呼ばれているなど予想もできないだろう。


「クソッ! どこなんだよ、ここは」


 だがそれも仕方ないことだろう。聖騎士にとってこの森がどこなのか、自分がどこに向かっているのかさえも分かっていないのだ。

 聖騎士は自分の子らと共に戦場で凶暴化した鉱石、ゴーレムと命名された怪物たちを狩っていたはずなのにいつの間にかこの森の中にいたのだから。


「誰かいねえのか!」


 大声を上げるが、その声が本人以外に届くことなく静寂の中に消えていく。

 それがまるで、森が彷徨う聖騎士をあざ笑っているかのように感じてしまい、腹立たしさからそばの幹を切りつける。

 そんな行動を何度繰り返したてきただろうか、やがて聖騎士の視界に日の光が見えてくる。


「ようやく、ここから出られるのか」


 安堵と共に漏れた言葉に己を奮起させて、聖騎士は足早に光へ向かって歩いていく。


「……あれは、小屋か?」


 開けた視界の先にあったのは小高い丘とその上に立つ木造の建物。その先には聖騎士の背後と同じ木々が広がっていた。

 聖騎士は森から出られた訳でないことに落胆のため息をつくが、脱出するための手がかりが、それがなくとも中で休むことくらいは出来るだろうと考え、小屋に向かう。

 中に住人がいた時のことも考え、無用な刺激はしないように剣を納め、ドアに手を駆けようとしたところで、


「おや、どなた様ですか?」


 背後から突然声をかけられた。


「だ、誰だ!」


 慌てて振り返り、反射的に抜いた剣を向けた先には老婆がいた。


「ひ、ひぃいい、わ、わたしはここに住んでいる者です、け、決して怪しい者ではありません」


 震えあがりながら答える老婆の姿に、接近に気づけず過剰反応してしまったことを誤魔化すために咳払いすると、聖騎士は好漢の演技をはじめる。


「あー、驚かせてしまってすまない。実は森で迷ってしまっていてな、少々苛立っていたいたのだ。そして老婆よ、ここに住んでいるということだが人里への道はわかるのか?」


「は、はい、ですがもう夕刻、今から人里へ向かおうとすると森の中で夜になってしまいますが」


 怯えながら答えた老婆は空を見上げてつられて聖騎士も顔を上げれば、そこには赤く染まり始めた空があった。

 そこでようやく聖騎士は夕暮れが近いことに気づき、ならばと老婆に命じる。


「ならば、一晩ここに泊めてもらおうか」


「わかりました、お貴族様にご満足いただけるおもてなしはできないとは思いますがご容赦ください」

 

 断られることなど考えてもいない一方的な言葉だったが、どうやら身なりから聖騎士を貴族だと思ったようで老婆はすぐに応じた。

 老婆が小屋に入ると、続いて聖騎士も中に入る。


「とりあえず水を貰えるか。喉が渇いた」


「椅子に座って少々お待ちください。すぐに用意いたします」


 老婆は部屋の中心にあるテーブルの、二つある椅子の一つを引いて着席を促す。


「ああ、気遣い感謝する」


 席に着き、老婆が一礼して奥の台所へ向かったところで、聖騎士はようやく一息つけたと体から力を抜く。

 緊張を解いたことで余裕のでてきた聖騎士は、室内を見渡す。

 壁紙など張られていない質素な室内だ。生活に必要最低限なものしか並んでおらず、酒は期待できそうにないなと聖騎士は不満げに鼻を鳴らす。

 一通り観察して、最後に正面にある扉に気づく。


「……扉などあったか?」


 先ほども老婆に指摘されるまで空の様子に気づかなかった。今もまた、目の前の扉を最後まで見落としていた。

 聖騎士は歩き疲れて注意力がおちているのかとも考えたが、どうにもおかしいと感じる。

 戦士としての勘が何かを訴えているのだ。

 物騒なことに関する嗅覚とでも呼べば良いのか、その勘のおかげで何度も命を拾ったしあの三人の計画に混ざることが出来たのだ。

 老婆もまだ戻ってくる様子もなく、ならばと聖騎士は今のうちにその扉の先を確認することにする。

 そうして音もなく開いた扉の先を見て、


「―――は?」


 間抜けな声を上げた。

 視界には一面に広がる青空と日光を反射して輝く水面。太陽の光が降り注ぐ黄色い浜辺の波打ち際には、ぽつんと置かれた安楽椅子があった。

 その椅子に座るのは枯れ木のような老人だ。

 まるで生気を感じないその姿に、聖騎士は見覚えがあった。

 いや、正確に言えば最近になって度々思い出すようになった相手だ。

 再び狂獣が現れるまで思い出すこともなかった男だ。


「……ゆ、勇者、なのか?」


 震える唇から上ずった声がもれる。

 目の前の男からは返答はなく、その代わり背後から言葉が届く。


「何度秘術を繰り返しても同じこと、呼び出されるべき勇者が存在しないのだから勇者が現れることはない」


 老婆の声だ。聖騎士は振り返ろうとしたが金縛りにあったかのように動けないでいた。


「ばばぁ! てめぇ、なにもんだ!!」


 理解できない事態への恐怖から、聖騎士は素を晒して吠えるように問いただす。

 対して、返答は静かなものだ。


「勇者とは異世界から連れ出された人間ではない」


 もっともそれは問いに対する答えではなかったが。


「でたらめを言うな! 勇者は代々異世界の知識を広めてきたそうだし、俺も旅の中で異世界での生活の話を何度も聞いてきたんだ!」


 共犯者である王は、勇者から聞き出した進歩した知識を利用して今の地位を築いたのだ。

 それだけでなく、代々の勇者が語った知識は狂獣討伐後の復興の一助となり、人々はより早く繁栄を取り戻してきたのを聖騎士は知っていた。

 だからこその反論、だからこその否定。


「異なる世界は確かにあり、そこにはこの世界にはない知識がある。だが――」


 声は異世界の存在を肯定したが、


「――勇者は異世界よりきた人間ではない。我によって世界再興の知識を与えられ、そのことに疑問を持たぬように異世界で生きていたという記憶を与えられていただけ」


 淡々と紡がれる言葉は、それだけに真実味を帯びていた。それでも聖騎士は否定を返す。


「嘘だ、これまでの勇者は殆どが元の世界に帰っていったって話じゃねえか」


 聖騎士も、いや秘術を管理する教会すら知らぬことではあったが、これまで召喚された歴代の勇者が語るのは『現代日本』という時代に生きた記憶のみ。それは何代目の、何百年前の勇者であっても同じことで、もしその辺りの情報を正しく継承していたら、その異常性にも気づくものがいただろう。


「彼らが帰還先は異世界ではなく、ここ」


 背後で老婆が語る。


「帰還ぜずに残った勇者も死後ここに戻る」


 背後で老婆が――。


「ここは勇者が秘術により召喚されるまでの間、穏やかに過ごすための小さな箱庭」


 背後で老――――。


「本来、勇者の力を持つものしか来ることのできない箱庭」


 背後――――――。


「答えなさい。なぜお前はここにいる?」


―――――――――背後で語るのは……。


「騙るな! 出鱈目だ! 俺は信じねえぞ!」


 聖騎士がたまらず叫ぶ。この声はもはや悲鳴だ。

 背後にいる老婆が一体誰であるかを、告げてくる言葉が何を示しているのかを認められない、認めたくない一心で、聖騎士はがむしゃらに全身に力を入れる。


「動け! 動け!! 動け!!! 動けぇぇ!!!!!!」


 その言葉は果たして誰に届いたのか。

 突然、体の自由を取り戻した聖騎士は背後にいた老婆を突き飛ばし、小屋から脱出する。


「……………あぁ」


 眼前に、聖騎士を覆い隠さんばかりの巨体があった。

 ドラゴン。

 様々な姿を持って生まれる狂獣の中でもっとも力を持つといわれる姿。しかも三つ首のドラゴンという過去最強最悪と呼ばれる狂獣。

 聖騎士は思い出す。

 ゴーレムたちの討伐のさなかで、空より狂獣が来襲しなし崩し的に戦闘が始まったことを。

 よく見れば狂獣の周りでは聖騎士の子供たちが今も必死になって戦っている。

 しかし劣勢。いくら勇者の力を引き継いだとはいえ、直接奪い取った四人に比べれば微々たる力しか持っていないのだから当然といえた。

 だが、聖騎士はそれに気づくことなくただ一点を見つめていた。

 狂獣の足元、絶命後も幾度となく踏みつけられて原型をほとんど失っている一つの亡骸。

 それは、


「俺が、俺が死んでいるうぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 聖騎士だった。



 どれくらいそうしていただろうか。

 撤退を始めた子供らを追いかけて狂獣は飛び立ち、辺りは静けさに包まれていた。


「あいつら三人も来るのか?」


 聖騎士が独り言のように呟いた問いかけに、その背後から答えがあった。


「勇者の力を持つものは全員来ます」


 ハーブの音色を思わせる美声。しわがれた老婆の声とは似ても似つかなかったが、同じ者なのだろうと聖騎士は根拠もなく理解していた。

 そしてその答えに引っ掛かりを覚える。


「まて、全員とは、誰のことだ……?」


 聖騎士の頭をある想像がよぎり、恐る恐る尋ねる。


「全員は全員です。勇者の力をその身に宿す全ての者たちのことです」


 つまり王に王妃、教皇と聖騎士の勇者の力を奪った四人だけでなく、その子供たちにさらにその子、四人の孫に至るまで全ての人間を指しているのだということだ。

 外れてほしかった想像通りのことに、言葉を失う聖騎士を無視してその背後から言葉が続く。


「勇者の力が全てここに戻って初めて、再び秘術は成り立ちます」


「おい、待ってくれよ。じゃあ、俺たちの血を継いだ人間がいなくならねえと勇者は現れないってことか?」


 聖騎士は半ば放心して呟く。

 聖騎士は多くの女を抱き貴族平民小国の王族と多くの子供がいるし、王と王妃の子供である王子王女も何人かは結婚して子供を作っている。それだけでなく教皇もこっそりを子供を産んでいることを聖騎士は知っていた。

 狂獣の猛威の中で力を持つ彼ら四人の子供たちは戦場に出ているものの、そのさらに子、四人の孫にあたる子たちは幼い者も多く、その立場から保護されていることだろう。

 それは後々の希望――戦力として期待されているからであり、彼らが戦場に向かう年齢となればその前に血を残すであろうことは容易に想像できることだ。

 希望を絶やさぬために――、


「勇者が不完全である限り、勇者は現れません」


 ――それが勇者召喚を阻害している原因とも知らずに。


「勇者の力を持つ者が全てここに来て力を勇者に帰したとして、俺たちはどうなる?」


 許しを請う気すら失った聖騎士は、ふとその後のことを問いかける。

 勇者の力を奪うという大罪を犯したのだからさぞ神罰も激しかろうと口にした言葉に、しかし背後から告げられたのは想像だにしていなかったものだった。


「どうにもなりません。ずっとここにいるだけです」


「ずっと? ……ずっととはどういう意味だ?」


 聖騎士が思わず振り返るも、そこには誰もいなかった。

 それどころか、いつの間にか聖騎士はあの丘に戻ってきていた。

 違うのは小屋がなくなっていること。

 言いようのない不安と焦燥に周囲を何度も見まわすが、視界に入るのは森の木々だけ。


「父上、ですか。よかった、生きておられたのですね!」


 そこに遠くから声をかけられる。

 声のした方を見れば、そこには聖騎士の一人目の息子が森から出てきたところで、その背後から彼の異母兄弟たちが続いてくる。

 皆、聖騎士と行動共にしていた者たちであり、一緒に狂獣の襲撃を受けた者たちだ。

 そんな彼ら彼女らがここにいるということが、どういう意味であるかを否応なく理解してしまう。


 ―――ずっとここにいるだけです。


「あ、あぁあぁ、ああああああぁぁぁぁぁあっぁぁぁぁ!」


 告げられた言葉が頭に響き、聖騎士は絶叫した。



 勇者より力を与えられし、四勇士の時代。


 それはこれまでなく強大な力を持った狂獣の出現に、あっけない最後を迎えた。


 人々は新たな勇者を望んだが、女神にその願いが届くことはなかった。

 

 程なくして世界は、狂獣とその力に狂いしモノたちが跋扈するようになり、人の時代は終わりを告げた。


 生き残った人々は、自らの狂暴化する明日に怯えながら細々と生きていくしかない。


 ああ、今だ世界に勇者は現れない。



――狂獣に破壊された隠れ里に残っていた石碑に刻まれた言葉――


 異世界召喚といわれても現地人は実際に異世界に迎えに行っているわけじゃないし、本当に彼らが語る異世界から来ているのどうかはかわからないよねというお話。


 あと本編に入れれませんでしたが、勇者が子供を作った場合はその力を引き継ぐことはなく、その代わりに女神が才能豊かになるよう祝福を与えています。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 残りの三人も、聖騎士のように死んでから後悔するのでしょうね。 三人分のざまぁも書けよと言う人も居そうですが、個人的には 短編でありながら語るべきは語られており、モヤモヤする事の無い読後とな…
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