3救済の心
ルシバには妹がいた。とは言え、先王の実子ではない、所謂義妹であった。
義妹は、幼き頃に山賊の奴隷として囚われていた母子であったのを、先王に助け出された。先王が泣くこともせず鎖に繋がれて転がる幼子を見付けたとき、母は傍らで冷たくなっていた。
その頃先王は王妃を病で亡くしたばかりであったから、胸に積もる寂しさもあったのかもしれない。先王は身寄りの無いその幼子を養子とし、若きルシバには義妹ができたのだった。
義妹はよくできた子で、幼いなりによく働いた。特にルシバの身の周りの世話をするのが好きで、ルシバは義妹を大層かわいがった。
モルトラと喧嘩をしたあの晩も、むくれ面で王城へ帰ったルシバの異変にいち早く気付いたのは彼女だった。いつもルシバは、むくれ面で王城を抜け出し、楽しそうな顔に戻って帰ってくるのが常だったから、義妹はいつまでも不機嫌を隠せないで自室に籠もるルシバを心配した。
「兄様、お帰りなさい」
「ああ、ただいま」
「白湯、飲みますか?」
「うん……ありがとう」
実はルシバは、果汁の酸いかったり苦かったりするのが苦手なのだが、友の前ではそれを隠して果汁を飲む。だから夜遊びから帰った後には口が痒くてたまらないのだが、義妹はそれを知ってたびたび白湯を持ってきてくれるのだった。
ルシバが飲み干した杯を受け取り、義妹は首を傾げた。
「お疲れですか?」
「いや、なんでもない」
言ってルシバは恥に襲われた。義妹がわざわざそう訊いてくるのだから、ルシバにとって愉快でないことがあったことなど、とうに見抜かれているに違いない。であれば、強がってこう言ったことも見抜かれているわけだから、人一倍強がりなルシバも彼女には敵わない。
頼りなげに眉を垂れて微笑む義妹に、ルシバは首を垂れた。
「実は……友と喧嘩をした。友の言うことに間違いは無い。つい腹を立てて反駁したのはおれだ」
事実、モルトラの言うことは、教育係から言われたばかりのことであった。その夜王城を抜け出す前に教育係と交わした口論は、その事が原因だった。それを、モルトラがまったく同じことを繰り返すので頭に来てしまったのだ。
「おれは未熟だ。父上の言いつけを、おれは破るところだった」
ルシバは目元を手で覆った。
父が残した三つの遺言は、ルシバにとって心の真中に立てられた操だ。船が灯台無くしては帰れぬように、この父の遺言がなければ、ルシバは王道を歩めぬだろう。それを自ずからへし折るようなことがあっては、それはルシバにとって魂の死を意味する。
それでも義妹は、優しく笑むのだった。
「わたしは、兄様は立派な王になると思うのです。今はまだ立派でないという兄様がこんなに素敵なのですから、王になる頃にはもっと素敵になっているはずです」
「それはどうかな……おれは友に手を上げるところだったのだぞ」
「喧嘩をした後に相手のことを心配できる人はそういないと、先生に聞きました。それが兄様の優しさだと、私は思うのです。……スイラシャさんも、きっとわかってくれてると、そう思うのです。だから兄様、がんばって」
ルシバは胸を熱くした。義妹の微笑みに何度救われたことか、数えてもわからぬ。義妹はそそくさとルシバの部屋を出て行ったが、その後でルシバは、ひっそりと涙を流したのだった。