Bitter and sweet〜贈り物は桜色に〜
2月3日、明日は立春。巷では節分豆まきに色めきたつ今日この頃だが、我が家では父の誕生日だ。そんな私は些細なことから、今年初めてのチャレンジ。初めての生チョコ作りに挑戦したのだ。実際にやってみればどうかと言ったら、悪戦苦闘の一言。威勢よくスイートチョコレートを刻んだはよいが、チョコレートの幅はまちまちばらばら。千切りと言うより、細めの短冊切りにも近いかもしれない、悲惨な状態だ。
「はぁ、どうしてお母さんや千夏みたいに上手く切れないんだろう…」
10歳年の離れた妹がいるが、いつも母の手伝いをよくこなし、料理の腕前なんか私より上だと自負されている。しかもこれが口だけじゃない。いつも千夏は手作りのお菓子を父にあげている。ブラウニー、クッキー、マドレーヌ、パウンドケーキ…毎年手の込んだ焼き菓子をそれはかなり美味しく仕上げてしまう。毎年父から少し分けてもらうのだが、そのたびに得意げになる千夏の顔が少し憎らしい。
「お姉ちゃんもたまには作ったらいいのに…」
大きなお世話だ、とその場では返したが、内心では千夏のこのひとことが随分とネックになってくれた。そんなわけでスイートチョコレートと生クリームとココアパウダーを買い、生チョコ作りに挑戦することになったという、なんとも単純な話で、私の家の節分は幕を開けたのだった。照れ屋な私にはぴったりの贈り物。初めは市販品に頼っていたけど、手作りのお菓子を贈る千夏に習ってというか、ライバル心からというか、24の大人がチョコレート菓子をつくるきっかけとしてはあまりに幼いものだったが。湯せんで溶かしたチョコレートに生クリームを混ぜ、固めて、茶漉しで振り掛けるココアパウダー。大雑把に言えばこんな感じだけど、この時期にチョコレート菓子を作ってみると、そろそろ春が来ることを告げているような気がした。腕前は最低。母はおろか、千夏にすら適わないけど、苦さだけは保証する。
「よし、と」
生チョコを収めた箱のふたを閉じ、桜色の紙でラッピングしていくが、細かい作業はもともとあまり得意じゃない私は悪戦苦闘。余分な折り目をつけながらも、何とか形にした。そして、リボンを結んで、完成。
「味も見たしな…」
と、少しいびつなラッピングを施された箱を軽くにらみつけた。
そして、夕方…
「ただいま」
玄関のドアを閉める音がした。玄関に出てみれば、白髪も混じった父の姿だった。
「お帰り」
私は食器を洗う手を止め、濡れた手のまま玄関の父を出迎えた。大手家電メーカーをリストラされ、小さな機械メーカーに再就職した父の帰りはいつもより早くなった。「することがないなぁ」と、言いつつも、仕事への手応えはそこそこに出ているようだ。リストラされたときの沈んだ顔も徐々に消えつつある。そういう私も就職に関しては、難しい世界の事情で、遅れてしまうことになったけど。そのため、みんなが就職活動に明け暮れている間、私は自由な時間が増え、こうして家事を手伝ったりしているのだ。
毎年誕生日とバレンタインであげているけど、毎年何をあげようか迷っていた。それでもって今年は初めて作ったお手製の生チョコ。テーブルの上にはいびつにラッピングされた桜色の箱。ピンクのリボンなんて、どう考えたってあげる相手を考えていない、お粗末様。
「なんだ、これ」
いつの間にか台所に入ってきていた父は箱を手に取った。
「あ、それ、今日誕生日でしょ?だから、作った」
「お前が作ったのか?」
驚きながらも、嬉しそうにこちらを向く父に私は思わずいつもの憎まれ口が飛び出しそうになったのをすんでのところで呑み込んだ。顔はまた真っ赤になっただろうか。照れ屋な私はどうしたって顔が上気してしまう。昔からこういうのは少し苦手だった。でも、そんな苦い気持ちをビターチョコに込めてみたら、不思議としっくりくる。
「まぁ、たまには、ね」
「開けてみてもいいか?」
「どうぞ」
器用にセロテープをはがし、紙の中から登場した箱の蓋を開ければ、四角い生チョコのお出まし。
「どうした、今年は手作りか?」
図星。あっさりばれた。どうして私のことになると、いつだってそうお見通しなのだろう。少し悔しくて、
「うん、なんでわかった?」
と、答えはしたけど、わざとらしく口を尖らせた。
「そりゃ、いつもの生チョコと違って、形がちょっといびつだからな」
生チョコを手にしながら笑う父を見たら、なんだか恥ずかしくさえなってきた。まったくデリカシーがない。少しうんざりしたように私は頬を膨らませた。
「悪かったわね」
私はさっきよりさらに口を尖らせた。あぁ、こうして今年も子どもっぽさから卒業できないまま今年の春もやってくるのだろうか。私は観念したように父から顔を背ける。
「冷蔵庫にビールも用意したから」
「そうか」
父はそれだけ言って冷蔵庫をのぞき始めた。私は父に背を向けて、セーターの袖をたくし上げ、止めていた食器を洗う手を再び動かし始めた。程なくすれば洗剤の泡が私の手や腕を包む。洗剤をたっぷりつけた食器が溜まってきたので、水道の蛇口を軽く動かして、食器の洗剤をすすぎ始めた。それでも父のことがやっぱり気になるのか、頭から離れない。ちらり、と父を一瞥すれば、ビールを飲みながら、私が作った生チョコを食べていた。生チョコを食べる父の顔はなんだか嬉しそうで、私は水を出しっぱなしなのも忘れて、しばらく父の顔を見つめていた。
「美味いじゃないか、ありがとな」
「そう?それはどうも」
笑顔の父とは逆に私の顔は苺みたいに真っ赤になっている。私は止まりがちな食器洗いに戻った。銀色のシンクに溜まった食器も幾分減ってきた。残りはあと、4割くらい、といったところだろう。さぁ、切り替えて洗わなくちゃ。私は食器洗いでできるだけ忙しい様子を装った。
修士論文とスランプが重なり、半年ぶりとなった上、短編です。
ご無沙汰いたしました。
粗いですね。まだまだ回復途上といったところです。
こんな親子関係があったらいいなぁ、と、思って、短時間で書き上げた代物となりました。
チョコレートにこめた、不器用な私の気持ちが伝われば、幸いに思います。
それでは、Happy Valentine's Day!
西沢恩でした。