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始め!

はじめまして。

まともに連載できるように頑張りたいと思います。よろしくお願いします。


「嘘だ!」


5月下旬。

高校に入学し、初めての定期テストを終えた次の週。

昼休みに担任に呼び出された俺__桔梗 廉は、そこで告げられた言葉に思わず大声をあげた。


「嘘じゃない。今回の中間のヒドさを見るに…次の期末で挽回しないと、下手すると全教科補習だぞ」


絶望感を隠しもしない俺に同情する素振りを一切見せず、むしろ呆れを深めるような調子で、目の前の教師は言い放った。


「え?補習?部活停止処分とかじゃなく?」

「そこまではしない。まあ、してもいいくらいの点数ではあるが…部活やめたら勉強するってわけでもないだろうしな。ただ…」

「ただ?」


部活が制限されないなら、補習なんていくらでも受ける、という気持ちで問いかえすと、担任は意地悪そうに口を歪ませた。


「全教科補習ともなれば、月火水木金放課後が埋まるのは言うまでもないし…このことは、お前の部活の顧問の先生方の耳にも当然入る。その時、どう言われるかなあ」

「……!!」


絶句した。

入部して間もないが、顧問の言いそうなことははっきりとわかる。

彼はきっと言う__「補習が全て終わるまで部活に来るな。毎日毎日遅れて来たりされる方が迷惑だ」と。


「やばい…勉強しないと…!」

「ここまで言わないとそう思わないのかよ…」

「どっどうしよう!勉強って、何すれば良いんだ⁉︎」

「お前、高校受験のときどうしてたんだ?つか、こんなんでよくうちの高校入れたな」


自分で言うのもなんだが、俺が入学したこの公立高校は県内で1、2を争う偏差値の進学校だ。

正直説明会は寝てたからよく知らないが、国から援助費が出ていて設備も相当整っているらしい。…公立らしく、校舎はそこそこボロいが。


「高校受験のときは…とにかく暗記してた。社会とかはとにかく単語を覚えて、数学は解法のパターンを覚えて…国語はとにかくそれっぽいところをもとに記述する練習をとにかくした」

「ほんっとに受験のためだけの勉強だな…それじゃ、高校入って苦労するって言われなかったか?」

「言われたけど…入りたかったし」


はあ、と重いため息が落とされる。

ため息をつきたいのはこっちのほうなんだけどなあ、と思ったが口には出さないでおいた。

気にしないようにはしてきたが、自分から見ても今回の点数はかなり…その、ヤバい。

でも、地頭が悪いのは今更どうにもならないし、今からちゃんとした勉強法を自分で確立させるなんて自分にできるとは思えない。


「どうしよう…!うう…」

「お、おい、泣くなよ!なんとかなるって!」

「じゃあどうすれば良いんだよお…!」


泣きじゃくって縋れば、人の好い担任は見るからに焦った。そうして無責任な励ましを口にしていたのだが、急にぱっと顔を明るくさせた。


「そうだ!お前、剣道部だったよな⁉︎」

「そうだけど…」

「よし!これからテストまで、朝早く登校する気はあるか⁉︎」

「それで成績上がるのか⁉︎」

「お前次第だけど…たぶん、お前一人で勉強するよりは格段に良いと思うぞ」

「やる!やるやる!それで、いつぐらいに来ればいいんだ⁉︎」


全く訳の分からない話だが、学校の先生が言うことだ。乗っても損はないだろう。

幸運なことに、早起きは得意だ。剣道をやってるうえで、早朝稽古に行くことだって珍しくない。それを1ヶ月ちょい続けるなんて容易いことだろう。


「7時ちょうどだ。それより前だと学校自体開いてないしな」

「7時か…わかった!明日からでいいのか⁉︎」

「おう、それと、ワークとかノートとか…自習教材持ってこいよ」

「わかった!持っていく!」


この学校の始業時間は8時20分。始業までの1時間20分を自習にあてろということだろうか?

一人よりは、と言ってたから、先生が見ていてくれるのかもしれない。

なんにせよありがたいことには変わりないだろう。この担任が相手なら気安いし、最高だ。

次の定期テストは、絶対に点数を上げてみせる。目の前でにやつく担任にも気づかず、俺は意気込みに燃えていた。


「あ、そうだ桔梗、ちゃんと自分から勉強見てくださいって言うんだぞ」







そんなことがあって、その翌日の朝、つまり今。

7時に開始できるように、6時50分に登校した俺は、何故か早くにひとつだけ開いていた自分のクラスの教室へと入った。

そんな今、俺はかなり戸惑っている。


「桔梗くん?早いね…っていうか、本当に早いけどどうしたの?」

「え、えっと…」


不思議そうに…というよりは、不審そうにそう聞いたそいつは、長めの前髪を顔の右側に分けて、肩甲骨の少し下までの髪を一つにまとめている。椅子に座って、ぴんと伸びた背筋が美しい。

酒田 結衣。俺と同じクラスで、同じ剣道部。とは言っても、酒田は高校から剣道を始めた初心者だから、小1からやってる俺とはまだ別メニューで、正直関わりは言うほどない。

というか俺はあんまり…女子には特に愛想良くないし、酒田だってそこまでフレンドリーでもない。とても気まずい。

混乱して何も言えない俺に、酒田はますます不信感を強めたようだ。眉をひそめすぎて、(そんなつもりではないのだろうけど)もう睨んでる。やめてくれ。お前さては、友達作るの下手だな?ふと、昨日の担任の最後の言葉が脳裏に浮かんだ。


–––ちゃんと自分から勉強見てくださいって言うんだぞ–––


なんてことだ。嵌められた。恐らくあいつは酒田が早くに来て勉強していることを知っていて、恐らく同じ部活だから仲が良いんだろうとか安直に考えて、ここに俺を来させたんだろう。ところがどっこい、俺はまだおはようすら言えていない。いや、おはようを言ってないのは酒田もだが。


「今日って…なんかあったっけ?朝練とか…もしかして、呼んで来いって言われた?」


酒田の顔が一気に不安の色を帯びた。あまり関わりはないが、さすがに部活に対する意識はわかる。酒田は真面目だ。熱心と言ってもいい。基本、稽古の10分前には準備を完了して、昨日の稽古の反省を書いたノートを見ながら今日の稽古で質問したいことをまとめている。初心者のメニューはまだ素振りと足さばきの練習だが、声が小さいと言われた次の日には発声練習を加えていたし、まっすぐ振れていないと言われれば、昼休みに道場へ来て、ずっと鏡の前で素振りをしていたと聞いた。そんな酒田に追随する形で、俺たち1年の間に昼練という習慣がついていったのだ。

そんな酒田からすれば、もし練習を忘れていたなんてなったらもう顔面蒼白だろう。俺は慌てて違う、とその不安を否定した。


「部活は関係ないんだ!なんていうか…酒田に、頼み事があるんだ」

「私に?」

「…勉強を、教えてください」

「…私に?」


とりあえず不安は無くなったのか、どこか緩んだ表情で、同じセリフを繰り返しながら首を傾げる。


「急で本当にすまない。でも、次の定期テストで点数上げないと部活ができなくなるんだ」

「……昨日の昼呼び出されてたのって、それ?」

「うん…その、俺ほんとひどくて…」

「えっと…どれくらいか聞いても?」


昨日担任に渡された成績の紙を酒田に渡す。

酒田は一瞬事態を飲み込めないようにぱちぱち目を瞬いて、すぐに宇宙人でも見たかのような顔で俺を見つめた。


「これは…なかなか…」

「気を使ってくれなくてもいいよ」

「やばくない?」

「やばいんだよ!だから頼む、酒田!俺に力を貸してくれ!」

「いや、でもこれ、私なんかでどうにかなるレベルかなあ…」


責任負えないよ、と弱々しい声を出しながら、酒田は俺の勢いに押され気味だ。ていうか、なかなか辛辣だな?


「自習教材は持ってきた!酒田の邪魔はしないように努めるし、質問だって簡潔に言えるように頑張るから!」

「うう…いいよ」

「ほんとか⁉︎やった!」

「うん、私も1人でやるの寂しいなってちょっと思ってたから…力になれるかはわからないけど、頑張らせていただきます」


椅子から立って軽く頭を下げた酒田に、俺も慌てて体を直角近くまで折る。


「でも、そのかわり…部活で、もっと桔梗くんに教えてもらいに行ってもいいかな」

「そのくらい…かわりじゃなくても来てくれていいのに」

「いやあ、行きにくいよ…だって桔梗くん、すごいもん」


お世辞でもなんでもない声色ですごい、と褒められて、まっすぐ褒められるのは久しぶりだったものだから少し反応に困った。とりあえず、それほどでも、と謙遜しておく。


「すごいよ。小1からずっと続けて、1年でレギュラー確定なんて言われて、先輩たちからも頼りにされて…それでも、自分はすごい、なんて感じ全然出さずにいつも真剣に稽古して…私もあんな風に動けたらなって、入部してからずっと考えちゃうよ」


すごいなあ、ともう一度酒田は言った。それは俺に向けてというより、ひとりごとのようだったけれど。

意外と酒田は饒舌だった。その上、俺が思うよりずっと俺を見ているらしい。そんなに熱を込めて自分のことをすらすら話されると、戸惑いよりも照れが出てくる。正直、つらい。


「酒田、ありがたいけど…恥ずかしい」

「え、あ…ごめん、なんか私、気持ち悪かったね」

「…いや、なんか…酒田がいっぱい喋ってんの見るの初めてだったから、面白かった」

「面白いって…ちょっと思ってたけど、桔梗くん、変だよね」

「はあ?今のは酒田の方が変だろ」


今の流れで変と言われる理由がわからなくて、口を尖らせると酒田は軽く口を開けて笑った。

いつも真面目に口を結んでいる酒田は笑うとずっと幼かった。

そうして始まった早朝勉強会。酒田は予想以上に協力的だった。その上、思いもよらず凄い奴だった。

まず、酒田は学年3位だった。この学校の1学年は360人。すごすぎる。お前の方がすごいじゃないか!と思わず俺が叫ぶと、比べるものが違うと言いながらも照れくさそうにする。そして照れくさそうにしながら、俺のテストの答案やワークのノートから、俺の苦手範囲と間違い傾向を分析してみせた。その間俺は、たしかに、としか言ってなかった。酒田と机をくっつけて問題を解いていると、不思議といつもより集中して解ける。行き詰まって質問すると、酒田は俺が突破策を思いつくまで粘り強く誘導してくれた。

そんな風にしていると、だんだんクラスの人間が登校してくる。だいたいの奴らは、まず俺たちをみて驚くようだった。まあ、当たり前のことだろう。昨日までは会話はおろか挨拶もしなかったからな。


「人も増えてきたから、そろそろ机戻そうか」


俺と酒田は、出席番号が近い。1人を挟んで前後だ。だから、まだ出席番号順の席順な今、俺は後ろの奴の机を使っている。たしかにこいつが来たら迷惑になるだろう。


「明日から、よろしくな」

「うん、こちらこそ」


その日の授業は最高だった。なんせ、酒田が見せてくれたノートには、先生のどこを注意して聞けばいいかが載っていたのだ。それを知って授業に臨むと、なるほどたしかにポイントによって先生の熱量の違いがあるのがわかる。先生がどこを理解してほしいのか、問題演習で何をわからせたいのか。そんなことを考えていれば、眠気などは感じていられない。そうしていつもより真面目に聞いていたのに、いつもより質問したいことが多くて、授業後に先生に質問しながらぼやくと、質問はちゃんと理解して聞いていないとできないものだ、と言われて偉いなと褒められた。嬉しかったけど、本当に偉いのは酒田だ。今日の恩恵は、全て酒田のおかげなのだ。それに酒田なら、質問をすぐに聞かずに自分で解明しようと頭を巡らすだろう。おれはたぶん、無駄なあがきになりそうなのでやらないけど。すごいなあ、と呟きたくなった。

朝の酒田も、こんな気持ちで俺を褒めてくれたんだろうか。





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