第097話〜王女様がやって来た⑥ 素直じゃない二人〜
〜〜登場人物〜〜
ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
「お待たせしました! こちら、チーズケーキでございます!」
「ご苦労様。では、そこで跪いていなさい」
「ははーー!」
現在、私の目の前では跪く家来と、見下す王女様による謎のコントが行われていた。
「ふむ、なかなかの味ね。じゃあご褒美に……ほら」
そう言ってご丁寧に靴を脱いで素足を差し出す王女様。ご褒美とはいったい?
「誠に光栄でございます! では失礼して。ペロペロ……って、できるか!」
「んなっ!?」
差し出された王女様の素足を恍惚の表情で舐めるサトリさん。かと思ったらポイッと捨ててしまった。
「ちょっとサトリさん? どこに王女様の足を投げ捨てる家来がいるのかしら? もっと私を敬いなさいな」
「いやいや、あのね王女様。わたしは家来になった覚えはないですから。最低限の敬意は払いますけど」
「まぁ、いいわ。じゃあその敬意とやらを見せてご覧なさい。ほら」
「……(ポイッ)」
「こ、このっ!?」
と、こんな感じにすっかりフレンドリーな対応になってしまったサトリさん。最初はガチガチに緊張していたが、いつものように私の席に座って雑談していたらいつの間に――という訳だ。いつもの調子に戻ってくれて何よりだ。
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サトリさんとフィオちゃんによるコントが終了した後。
「まぁ、サトリさんは先生のお友達みたいなので大目に見てあげる。感謝なさい」
「へいへい、ありがとうごぜぇます」
「サトリさん……もはや最低限の敬意すら忘れてますよね。私が言えたことじゃないですけど」
「いやぁ、ルノちゃんを見てるとそのくらいでいいのかなぁと思ってさ。わたしも新しい友達ができたみたいで嬉しいよ」
さっきまで『はあっ!?』とか言って挙動不審になってたくせに。この立ち直りの速さがいい所でもあるのだが。
「でも勘違いされたら困るわ。先生は私の先生なんだからサトリさんとは立場が違うのよ。ほら、貴方は跪きなさい」
「はい、跪き跪き。てか王女様。さっきからその『先生』って何です?」
「『先生』と言ったら先生以外にいないでしょう?」
「なるほど……ルノちゃん。この子、アホなの?」
「はあっ!?」
最低限の敬意すら忘れたサトリさんに激昂する王女様。もう放っておこう。
「アホですって!? もう怒ったわ。バッカ! 来なさい!」
「はっ!」
シュタ! っとどこからともなく湧き出てきたバカさん。隣の席に目を向けるとオリーヴァさんが優雅にコーヒーを飲んでいたので、ずっとそこにいたのだろう。
「えぇ……なんかランペッジさんっぽい人が出てきた」
それ、私も思いました。
「バッカ。私を侮辱したこのサトリとやらを殺ってしまいなさい!」
「いいんですか? おじょ……フィオ・リトゥーラ様。せっかく楽しそうにしてたのに?」
「な、なにを言っているのかしら……? まったく意味が分からないわ。もういいからとりあえず座ってなさい」
私も薄々気が付いていだが、どうもそういうことらしい。王女という立場上、サトリさんのように気軽に接してくれる人もなかなかいなかっただろうからね。
「良かったわね、サトリさん。先生のお友達だったことに感謝しなさい」
「それさっきも聞いたけど……はい、ありがとうごぜぇます。それで、話は戻しますけど『先生』って?」
「だから『先生』は先生以外に」
「ねぇ、ルノちゃん。『先生』ってどういうこと?」
「ぐぎっ……!?」
そんなサトリさんの雑すぎる扱いには苦笑するしかなかった。ちなみに王女様は女の子にあるまじき顔でサトリさんを睨みつけている。
「じつはあれこれペラペラ〜〜……で、私はフィオちゃんの先生になった訳です」
「えぇ、なにそれずるい! 魔女だったらわたしもいるじゃん!」
「だってサトリさんの噂は王都まで流れてこなかったもの。つまり貴方は先生より……ぷぷっ!」
「ぐぎっ……!?」
先程のお返しとばかりにサトリさんを煽る王女様。
「よーーし、それならわたしの力を見せてあげようじゃないか! 外に出な!」
そしてついにヤンキーに成り下がるサトリさん。
この二人、お互いに自分の立場を忘れているんじゃなかろうか。とりあえず私から言えることは一つだけ。
「いや、ダメですよ。今日はフィオちゃんとまったりする日なんで」
「そうよ。サトリさんは私と先生が至福の時を過ごせるように給仕役を全うなさい。それと、今更頑張ったところで貴方の噂は王都には流れて来ないわよ。ぷふっ!」
「ぐぎぃ! ぐぎぎーー!?」
先程からぐぎぐぎ言いっ放しで、すっかり手玉に取られてしまったサトリさんは一旦放置。この後は宣言通りゆっくりまったり過ごすので、いじけてしまったところ申し訳ないが、サトリさんには給仕活動を全うしてもらうとしようじゃないか。
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「お代わりのコーヒーをお持ちしましたァ……」
「あら、店員さん? 笑顔をお忘れではなくて?」
「……(にこぉ)」
目が全然笑ってない。
「はいはい、フィオちゃんもその辺にしようね。サトリさんも私に負けちゃって悔しいんだから」
「はい、先生!」
「ぐぎぎっ! ぐがぎぎっ……!?」
「ほ、ほら……サトリさんも抑えて抑えて。ひどいお顔ですよ」
「まったく! 先生の教育が行き届いてないんじゃないかなぁ!?」
とか何とか言いながらこの場を離れないサトリさんが可愛く見えてきた。お互いに今までにいなかったタイプの友達らしく、それなりに楽しいらしい。流石にポジティブ過ぎるかな?
「それにしても先生。このカフェはコーヒーもケーキも美味しいですね!」
「お、分かる? ちなみにね、私が考えたメニューもあるんだよ」
「それ食べたいです! どれですか!?」
私はものすごい食い付きのフィオちゃんにメニューを広げて説明してあげた。
「まずこれ『ルノサンド』だよ」
「ルノちゃんルノちゃん。それは『ルノチャンド』だよ(ボソッ)」
「コホン。これは『ルノチャンド』です」
「美味しそう! じゃあ店員さん、これ一つお願いしますね! (にやにや)」
「はいはい、ご注文ありがとうごぜぇます」
だんだんとサトリさんがやさぐれキャラになりつつあるけど大丈夫かな。看板娘としての立場に響かなきゃいいけど。
「あとはね……これは案を出しただけなんだけど『いちごのロールケーキ・ホイップクリーム乗せ』ってやつも美味しいよ」
「ふむふむ」
「お待たせしました。『ルノチャンド』でぇーーっす」
「ありがとうございます。じゃあ次はこの『いちごのロールケーキ・ホイップクリーム乗せ』を一つお願いしますね! (にやにや)」
偶然か狙ってかは分からないが、いつか私がやったようなイタズラをするフィオちゃんはじつに楽しそうである。サトリさんはキッチンとの間を何往復もさせられて疲弊しきってるけど。
「へーーい……(ゼェゼェ)」
もはや『ありがとうございます』も言わなくなってしまったサトリさん。これは絶対にお姉さんのお叱りコースだろうな。
まぁ、それはさておき。
「もぐもぐ……」
「どう?」
「美味しいです! これ先生も作れるんですか!?」
「うん。実を言うとね、この前フィオちゃんが朝ご飯作ってくれた時あったでしょ? その時、元々作ろうと思ってたのがこれなんだ」
「そうなんですか。私としたことが……素直に甘えとけばこれを食べられたのに!」
「あはは、これくらいで良ければいつでも作ってあげるよ。あ、今の発言だと危ないから……たまにね」
フィオちゃんのことだから『じゃあ毎日作ってください!』とか言いかねない。それも嬉しいけど。
「約束ですよ!? 今度ぜひ作ってくださいね!」
「うんうん。まかせて!」
久しぶりにルノサンドの味方が現れてついついテンションが上がってしまう。この子ならなんでも肯定してくれる気がするなぁ。
そんな私達を他所に再びやって来たサトリさん。
「へーーいお待ちーーっす『いちごのロールケーキ(以下省略)』でぇーーっす」
「まったく……どこのギャルですか。いつものお仕事モードはどうしたんですか? 看板娘の名が泣きますよ」
「だって本当に家来になったみたいで疲れてきたんだもん。帰りたい」
「そんな子供みたいに……じゃあこれ、一緒に食べます? ほら、今日は私達しかいないことだし遠慮せずに」
「いいの? んじゃいただこうかな♪」
これだけでご機嫌になるなんてほんとに子供みたいだ。しかしそれに黙っていないのが約一名。言うまでもなくフィオちゃんだ。
「ダメですーー! これは私が先生と食べるんですーー! はい先生、フォークをどうぞ!」
「あ、どうも……」
「な、なにおう! キミ、ルノちゃんの弟子なんでしょ! 先生の言うことを無視していいのかな!?」
「当たり前よ。先生に喜んでもらうためなら悪魔にでもなるわ。てか『キミ』って誰よ!? 私は王女、フィオ・リトゥーラよ!」
「ふっふーーん! 今更そんな設定いらないよ!」
「設定ですってぇ!?」
ケーキを食べるだけだというのにこの騒ぎ。仲が良いとか以前に、この場に他のお客さんがいなくて良かった。恥ずかしすぎる。
「じゃあ私は先にいただきますね……」
「「ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ!!!」」
工事現場もかくやという騒がしさ。結局それは最後まで静まり返ることはなかったのだった。
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「じゃあサトリさん。ごちそうさまでした」
結局、お昼過ぎまでカフェでぎゃあぎゃあと騒ぎ続けた私達。いや、訂正。ぎゃあぎゃあと騒いでいたのはサトリさんとフィオちゃんだけだ。
「コーヒーもケーキもなかなかだったわよ。そこは褒めてあげるわ」
「はいはい、でしたらまたのご来店をお待ちしてますね、王女様」
別れ際なので、少々敬意を取り戻したサトリさん。付き人が隣にいながら無事でいられたのは奇跡だ。
「ところで、王女様はしばらくこの村に滞在するんですか?」
「しばらくというかずっといるかも。先生とずっと一緒にいたいしね」
「はは、それなら長い付き合いになりそうですね」
「そうね。先生のお友達ということでここのカフェはちょくちょく利用してあげるわ。それじゃまたね」
その言葉を最後にくるっと背を向けてカフェを後にするフィオちゃんの背中は若干寂しそうだった。つまりそれは今日という時間が楽しかった証。良い事だ。
「では、サトリさん。また来ますね」
「うん。またね、ルノちゃん」
こうして、久方ぶりのカフェでのまったり時間は終わりを告げた。
そして帰りの道中。
「楽しかったですね、先生!」
「ん、そうだね。フィオちゃんが喜んでくれたなら良かったよ。また顔出してあげてね?」
せっかくいい友達ができたんだから。
「そうですね! お料理が美味しかったのでまた行きます。お料理のために!」
「まったく……素直じゃないなぁ」
「つーーん……」
ま、何にせよ二人に新しい友達が出来て良かった。せっかく王都からはるばるやって来たのに私と特訓するだけなんて勿体無い。これからもフィオちゃんには知らなかった世界をどんどん体験してもらいたいものだ。
ところで。
「フィオちゃん。なんで私に付いて来てるのかな? 宿は村でしょ?」
「だ、だって私まだ先生と一緒にいたいですもん! この後も遊びましょ!」
「えぇ? ま、まぁいいけど」
どうやら、弟子の先生離れはまだまだ先の事になりそうです。