第096話〜王女様がやって来た⑤ 行きつけのカフェ〜
〜〜登場人物〜〜
ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
フィオちゃんに魔法を教えたあの日から一夜明けた本日。
「先生ーー! おっはようございまーーす!」
「ま、また……!?」
つまりこれでもう三日連続で会うことになる。それ自体は別にいいのだが、せめてもう少し遅い時間に来て欲しい。具体的にはお昼頃とかに。
「申し訳ないけど今日こそはもっと寝る。おやすみ……」
「先生ーー! 先・生ーー!」
「すやーー……」
「せ・ん・せ・えーー!」
「……」
私は寝ているんだ。何も聞こえない。何も聞こえないぞ。
「むにゃ……ルノ……うるさい……!」
「ルノ……うるさいですよ……!」
バチン! (×2)
「うぎゃ!? (×2)」
せっかく騒音に耐えて再び眠ろうとしていたというのに、隣で寝ていたフユナとコロリンが『さっさと応対してこい』とばかりに私の顔を引っぱたいてきた。お母さん悲しい……
「せっ・んっ・せっ・えーー!!!」
「はいはいはいはい……!?」
まったく……これじゃそのうち我が家の忠実な番犬(?)であるグロッタあたりに捕食されるんじゃないか? と、そんなことを思いながら、私は渋々玄関に向かった。
「はーーい……(怒)」
玄関に辿り着いた私は相変わらず不機嫌な顔で扉を開けたのだが――
「先生、おはようございます! はいこれ、王都から取り寄せたチーズケーキです!」
「ありがとう、フィオちゃん! どうぞ、上がって♪」
フィオちゃんの太陽のように眩しい笑顔とチーズケーキで一瞬の内に浄化された。うん、やっぱり早起きはしてみるもんだね。実に清々しい朝だ!
「あら、今日もお付の二人はいないの?」
「はい、まだ寝てます」
「ふーーん……」
思うところはあるが別にいいか。フィオちゃんも付き人がいない所でのんびりしたいだろうしね。
という訳で。私はフィオちゃんをリビングに案内し、さっそくチーズケーキを出してみた。一応断っておくがこれに目がなくてテンションが上がっている訳じゃないぞ。断じて。
「おぉ! よく分かんないけど、さすが王都のケーキなだけあって美味しそう! はい、フィオちゃんもどうぞ」
「ありがとうございます、先生!」
朝からケーキってどうなの? とか思ったがせっかく頂いたのだからすぐに食べるのが正解というもの。おぉ、これめちゃめちゃ美味しいぞ!
「んーーうまうま! ……で。今日はどうしたの?」
「あの、先生? ケーキへの対応と、私への対応の差が激しすぎません?」
「そん事ないよ? でもこの際だから先生としてはっきりと言っておくけど、来るならお昼頃がいいかな。この時間ってまだみんな寝てるし」
「うぅ、だって……私は先生と暮らしてるわけじゃないからこうでもしないと一緒にいられる時間がないんですもん。 もっと一緒にいたいんですもん!」
そんな言葉と同時にガバッと抱き着いてくるフィオちゃん。あれ……なんだこれ。可愛いぞ。
「そ、そっかぁ……仕方のない子だな。それならもうここに住んじゃえばいいんじゃない?」
「いいんですかっ!?」
「いや、それはだめだよ。オリーヴァさんやバカさんはどうするのさ」
「ひ、ひどいっ!? ちょっと期待したのにっ!」
「あはは」
ぷんすか怒りながらがむしゃらに私を攻撃してくるフィオちゃん。叩けば叩くだけ鳴るものだからついからかってしまう。
「ふふ、可愛いなぁ。ん? 何これ?」
ボッ。っという音と共に、服の袖に咲き誇る紅の花。私、こんなアクセサリーしてたっけ?
「いや、待って。熱い……? 熱い熱い!?」
「天罰です!」
そうだった。この子は昨日覚えたばかりではあるが、動く小動物を生み出す火の魔法を使えるようになっていたのだった。ちなみに袖に発生した火はフィオちゃんが生み出した火のネズミがその場所を齧ったから。
「ちょっ!? ストーーップ! 火事になるから!?」
「そしたら先生も一緒にヒュンガルの宿で暮らしましょ♪」
「こわ!? この子怖い!!」
仕方なく私も氷の魔法で阻止。こんなにも自然に魔法を操れるようになってくれて嬉しいやら恐ろしいやら。なんで家の中で魔法勝負を繰り広げなきゃならんのだ。
「もぉ……私が悪かったよ。はい、いい物あげるから落ち着いて。はい、あーーん」
「あーーん。……あれ?」
「ぷっ!」
お詫びにお菓子でもあげようと思ったのだが、生憎クッキーは昨日食べてしまったので我が家には先程フィオちゃんからもらったチーズケーキくらいしかない。それも既に食べ終わっているのでつまり――
「もうっ! 何も無いじゃないですかぁ!?」
「いやぁ、私もやってから何も無かったことに気付いたからさ。ぷふっ!」
「うぅ………………ぐすっ」
あ、やばい。泣き始めちゃった……
「よーーし、フィオちゃん。せっかく来てくれたのにあれだけど村に行こう。私の行きつけのカフェに案内してあげるよ」
「先生の行きつけ!? やったーー!」
「そうと決まればさっそく行くよ!」
「はーーい!」
何とか話題を変える事に成功。
それにしてもフィオちゃんは表情がコロコロ変わって面白い。私の勝手なイメージかもしれないが、王女様というのはランペッジさんばりに『キリリッ』としているものだと思っていた。いや、これだと例えが悪いか。
まぁ、要するにフィオちゃんは、フユナともコロリンともまた違った可愛さがあるという事だ。これは本当に家族に加えてもいいんじゃないかと思った事は心の中にしまっておこう。
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こうして、私はフィオちゃんを連れて村に到着したのだが、なんだか今日はいつもと雰囲気が違った。やけに村人がそわそわしているのだ。決して事件の臭いがする訳ではないのでそこまで気にする事ではないが。
「でさ、ペラペラペラペラ」
「ふむふむ!」
そんな中、私達は他愛のない話をしながらあっちへ行ったりそっちへ行ったり、カフェへ行くまでにも道草を食いながら散歩を楽しんでいた。お供が違うだけで周りの風景がいつもと違って見えるのだから不思議なものだ。
「とまぁ、こんな感じにヒュンガルはなかなか発展しているのだよ」
「ふむふむ。流石は先生の地元なだけありますね!」
「でしょでしょーー?」
やがて、道を曲がると一人の村人に出会った。一応知っている顔ではあるので、軽く会釈して通ろうとしたその時。
「サササッ……ペコリ!」
「え?」
「……(お辞儀中)」
「あの……?」
なんだこれは。いつもなら向こうも微笑みながら挨拶を返してくれるのに、今日は何故かサササッっと道を開け、ペコリと深々と頭を下げてくる始末。この距離感は一体……?
「先生? 行かないんですか?」
「あぁ……うん、ごめんね」
多少疑問は残ったが、フィオちゃんもいるので待たせるわけにもいかない。ひとまずあの人の事は忘れるとしよう。
ところが。
「サササッ……ペコリ」
「サササッ……ペコリ」
「サササッ……ポロリ」
「あ、何か落としましたよ?」
カフェに着くまでの間、ずっとそんな調子が続いた。全員とまではいかなくとも、出会った村人のほとんどはサササッっとしてペコリと、その様子は相変わらずだった。まるでどこかの王女様がお通りになっているかのようだ。
「本当にどうしたのかな。……ととっ、着いた着いた。ここが私がいつも来るカフェだよ」
「へぇ、綺麗なカフェですね!」
「ふふん。でしょ? ここのテラス席がお気に入りでーーって体験した方が早いね。さっそく入ろっか」
「はい!」
それではいざ入店。カランカランと鳴り響く心地良い音に懐かしさに似たものを感じながら店内へと足を踏み入れると、待ってましたとばかりに看板娘のサトリさんが出迎えてくれた。
「おはようございます」
「お、ルノちゃん久しぶりだね! まったく、今までどこで何……し……て……」
「???」
何だ? せっかく私も流れに乗って『お久しぶりですねーーふふふ!』とかやろうと思ってたのに。そんな青ざめた顔&小声で話されたらこちらまでテンションが下がってしまうではないか。
「あの、サトリさん? どうしたんです? お久しぶりですね? おーーい」
「あ……ぅ……!?」
「ちょっと……看板娘の名が泣きますよ? ……まぁいっか。私はいつもの席に行きますね? 行こ、フィオちゃん」
「はーーい!」
「!!?」
最後まで謎の反応を示していたサトリさんだった。あぅあぅ言ってたけどついにボケてしまったのだろうか?
「先生? なんでボーーっとしてるんですか?」
「ごめんね。何でもないよ。それよりほら、ここがさっき言ったお気に入り席だよ。綺麗なテラス席でしょ?」
「はい、とっても! 先生はいつもここへ?」
「そ。ここでお決まりのコーヒーとチーズケーキを食べるのが好きなんだ。昔は毎日のように来てたもんだよ」
「へぇ。じゃあ私もこれからは毎日来ますね!」
「あ、うん。一応言っておくけど私に会える保証は無いからね……?」
「でもでも! もし先生のお家に行ってもいなかった場合は結構な確率でここにいるんじゃないですか?」
「むむ、なかなか鋭いねフィオちゃんは……」
「ふふーー! 先生の弟子ですから!」
そんな言葉と共に目をキラキラさせて店内を眺める可愛い我が弟子。気に入ってくれたなら連れて来たかいがあったというものだ。
「ちなみにね。ここの看板娘の人が私の一番の友達なの。これ、本人には内緒ね? さっき出迎えてくれたのがその人で、サトリさんって言うんだけど……あの人も私と同じ魔女なんだよ?」
「え、先生以外にも魔女が!?」
「さらに言うと、この村にはもう一人魔女がいるのだ」
「えぇーー!?」
「そのもう一人――カラットさんは武器屋の店主でもあるんだよ。『炎の魔女』なんて呼ばれてるからフィオちゃんにとってはいい師匠かもしれないね」
「いえいえ! 私の師匠は先生だけですから! でもすごーーい! ほぇーー……」
「あはは。確かに魔法を使えるだけでも珍しいのに魔女が三人も集まってたらそりゃ驚くよね」
「本当ですよーー! あ、先生のお友達……サトリさんですよね。来ましたよ」
「ん……?」
私達の視線の先には見慣れたエメラルドのお団子ヘアー。そして輝く笑顔にエプロン姿の紛うことなき看板娘がお盆片手にこちらへやって来た。
「ギクッ……シャク……ギクッ……シャク……!」
訂正。壊れたオモチャ(サトリさん)がやって来た。
「先生。その……サトリさん? の動きがおかしくないですか?」
「確かに。まぁ、いつもあんなだから気にしないで」
「ちょっとルノちゃん何を言ってるのかな! 聞こえてるよ!?」
「あ、やっといつものノリになりましたね」
「はっ……!?」
らしくなってきたと思ったら再び青ざめシャキッと姿勢を正す始末。村人といい、サトリさんといい、やっぱり何か変だぞ?
「えーーと……ごめんなさい、サトリさん。そのギャグは何ですか?」
「ギンッ!」
「ひえっ!?」
やっぱり今日のサトリさんは絶対おかしいぞ!
「ほ、本日はご来店いただきまして誠にありがとうございます……! えと……お、お水! (ガチャン!)ご、ご注文はお決まりでしょかっ……!?」
「ね、ねぇ先生。このちょっと壊れちゃってる人がほんとに『一番の友達』なんですか?」
「あ、こら! 内緒って言ったでしょ! これか、このお口が悪いのか!」
「い、いたひですへんへーー!?」
『一番の友達』なんてそれこそ心の中に留めておいて初めて輝く言葉だ。それを本人の前で暴露される事がどれだけ恥ずかしいものか、このいけないお口に分からせてやらねば。……聞かれてなかっただろうな?
「はあっ!!?」
「あ、やっぱり聞こえてました? もちろんギャグですよ」
「いやいや……はあっ!!?」
「いやいや。いやいやはこっちのセリフですよ。何ですか、はあはあっ言って。フィオちゃん、こんな大人にはなっちゃダメだからね?」
「大丈夫です! 私が目指してるのは先生ですから!」
「あはは、照れちゃうなぁ」
「!?!?」
そんな私達のやり取りを見て固まるサトリさんを他所に、いつまでも注文を取ってこないことに痺れを切らしたのか、キッチンの方からお姉さんがずかずかとやって来た。お久しぶりです。
「サトリ! いつまでそうしてる気!?」
「だ、だってこれ見てよ! ルノちゃんが……!?」
「だっても何も……! も、申し訳ございません王女様! 大変お待たせしました! どうぞご注文を!」
……ん?
「どうしたんだろね、これ?」
「うーーん……行きつけのカフェなんだから先生の方が詳しいでしょ?」
「いや、まぁそうだけどさ。……あの、お姉さん? 私、王女様になった覚えはありませんよ?」
「はあっ!? ま、まさかあなたがそこまで頭の回らない人だったなんて……!? 見損ないましたよ!」
「えぇ……いきなりひどい……」
私にそんなアホキャラ設定は無かったはずなんですけど。
と、そんな場違いな勘違いをお姉さんが訂正してくれた。
「王女様はこちらの方に決まっているでしょう……!あのフィオ・リトゥーラ王女ですよ!?」
「「あ」」
偶然にも私とフィオちゃんの声が重なった。お互いフィオちゃんだの先生だの呼んでいたものだからすっかり忘れていた。
「なるほど。つまりはそういうことか」
村人、そしてサトリさんやお姉さんの態度。いつもと違うと思っていたそれは、つまりは王女様に対して畏敬の念を抱いていたことに他なりませんでした。