第092話〜王女様がやって来た① 突然の訪問者〜
〜〜登場人物〜〜
ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
「ごめんください」
それは突然の訪問者だった。またカラットさんかと疑ったものだがそれにしては言葉使いが丁寧だ。知り合いならもっと軽いノリで来るのでおそらく全くの他人。
「はい、どちら様?」
念の為、扉をわずかに開けて覗くように確認する私だが、扉に鎖がついているわけでは無いのでぶっちゃけ意味は無い。最悪、襲われたりした場合は特大の氷槍をお見舞いしてやるのみ。
扉を完全に開け放つと、目の前には整った身だしなみの三人の男女の姿があった。一人と思わせておいて、複数で襲うつもりとは……姑息なやつらめ。
「突然の訪問、どうかお許しください。わたくし、王都からやって参りましたオリーヴァと申します」
金色の髪を肩まで伸ばし、腰にはレイピア。いかにも大人な雰囲気の女性、オリーヴァさんとやらがそう言ってきた。声からしてたぶん最初の挨拶もこの人だろう。エメラルド色の瞳が美しい。
「同じく、自分はバッカといいます(キリッ)」
次に口を開いたのはキャラ作りをしているっぽい男性、バカさん。金色の髪にエメラルド色の瞳は同じだが、こちらは短髪のくせっ毛。この人も武器はレイピアだが、ちょっとランペッジさんぽい。
「わたくし達はこちらのフィオ・リトゥーラ様の付き人となります。以後、お見知りおきを」
「は、はぁ……」
と、言われても正直まだ状況がよく分からない。自己紹介を終えた御二方は『知ってるよね? 知ってますよね?』みたいな顔をしているが、私からしてみれば『そのフィオなんちゃらって誰?』って感じ。
その時、私の視線に気付いたご本人が一歩前に出た。二人の付き人を従えているくらいだから、おそらく一番上の立場なのだろう。この子も二人と同じ、金髪にエメラルド色の瞳。しかし、腰あたりまで伸ばしたその髪はとても綺麗で、美しさのレベルは頭一つ抜けている。年は見たところ私よりも下。これが若さか……
「貴方が氷の魔女のルノね? 自己紹介なんて必要ないと思うけど、ご存知の通り私はフィオ・リトゥーラ。まずはそうね、跪きなさい」
「は……?」
見惚れるほど綺麗な瞳で私を見下ろしながら意味不明な事を言うフィオ・リトゥーラさんとやら。上から目線のつもりなのだろうが、私よりも背が小さいのでイマイチ締まらない。そして何より『私は王女様よ。知ってて当然よね?』みたいな空気で迫ってこられても初対面の私としてはイラっとするしかない。
なので。
「とりゃ」
「うげっ!?」
相変わらず状況はよく分からない。が、とりあえずムカついたので氷塊のプレゼントと共にフィオ・リトゥーラさんには跪いてもらいました。立場が上なのはあくまであの三人の中での話だ。
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その後、フィオ・リトゥーラさんが泣き崩れてどうしようもなかったのでとりあえずリビングに通したのだが――
「つまりフィオ・リトゥーラさん……いえ、王女様が魔女に憧れているからはるばる私の元にやって来たと?」
「そういう事になります」
頷いたのはオリーヴァさん。
聞くところによると、この三人はここから離れた場所にある国の王都『リトゥーラ』からやって来たという。そして私が先程跪かせたのが件の王女様、フィオ・リトゥーラさんであったらしい。よくあのレイピアでグサッとやられなかったものだ。
「それはとんだ御無礼を。でも、ごめんなさい。私は弟子なんて取れるほどできた人間でもなければ、それこそ時間の問題もあるので暇を作れるかどうか……」
後半は嘘。スローライフが私のモットーなので時間に関してはむしろ問題無し。
「ごっこでもいいんです。フィオ・リトゥーラ様が飽きるまでで構いませんのでどうか!」
「えぇ……?」
バカさんが王女の目の前だというのに平気で失礼な事を言っている。ほら、睨まれてるぞ。
「バッカ。貴方は少し黙ってなさい。馬鹿丸出しよ」
「しかしお嬢。せっかく来たのにこのままでは引き下がれないでしょう?」
「おいこら。誰がお嬢よ。田舎に異動させるわよ?」
「ご、ごめんなさい!?」
目の前で繰り広げられる妙なコント。泣き止んだ王女様はすっかり調子を取り戻したみたいだが、これ聞く必要あるのか?
「あ、あの……ルノさん。これ、いつ終わるんですかね……?」
「やっぱり思った? でもほら、一応王女様らしいから黙って聞く姿勢だけでも見せておこう。それよりもリトゥーラってどこ?」
「知らないんですか……!? 王都ですよ、王都……!」
「いや、だからそれどこよ。私、この辺以外だとロッキの街にしか行ったことないからさ。正直、王都とか言われてもピンと来ないんだよね」
むしろこの世界は私の家。すぐそこの村ヒュンガル。そしてロッキの街で全てとさえ思っていた。それはさすがに言い過ぎか。
するとそこで……
「ま、とりあえず一度貴方の魔法を見せてちょうだい」
「え? ですから私は」
「今後の事はそれから決めるわ」
どうやらこちらに選択肢は無いらしい。上から目線だなぁと思うところは多々あるが王女様だから仕方ないのかもしれない。遠路はるばるやって来たのだし記念に見せてあげるのも悪くないか。
「はぁ、分かりました。おうじょさまのご希望に添えるように、全力の魔法をお見せ致します」
「貴方……絶対に私のこと敬ってないでしょ……」
「そんな事はございませんよ、おうじょさま。では、参りましょうか」
という訳でやってきたのは自宅すぐ横の草原。『参りましょう』と言った割には一瞬で着いてしまったがわざわざ遠くに行くこともあるまい。
ちなみにこの場にいるのは、王都からやって来た三人と私のみ。レヴィナは目の前にいるのも恐れ多いらしく、全てを私に丸投げした。ひどい。
「では始めなさい」
「えっと……何をすればいいんです?」
「攻撃、防御、支援。どんな魔法でもいいわ。思い付く限り見せてみなさい」
「はいはい仰せのままに……」
私は王女様の声に従うように『魔杖・コロリン』を構えた。
「さて、威力の方は……まぁ適当でいいや」
少し悩んだがそれも一瞬。どうせ初見の王女様達には分からないのだ。とりあえずお馴染みのアレでいこう。
「とりゃ」
バキバキバキィン!
激しい音と共に地面から突き出した氷槍の数は計三本。数秒後、合図と共に砕け散った氷は辺り一面を彩る宝石となり、幻想的な空間を作り出した。
「ん、いいねいいね。次は……っと」
「すごいっ!?」
「ん?」
「魔女というのは本当だったのね! 見直したわ!」
「お嬢! これはもう決まりですね!」
「そうね。異動」
「ごめんなさい!」
ちょろっと魔法使っただけでこの反応。もしやこれはコントで、それに私も付き合え――ってところかな? 会話ができる人に聞いてみるか。
「あの、オリーヴァさん? これはどういうことです?」
「はは……恥ずかしながら王都には魔法を使える者がほとんどいないもので。フィオ・リトゥーラ様が魔法を見た回数も片手で足りる程かと」
「あぁ、なるほど」
確かに魔法を使える人はあまり多くはないがまさかそこまでとは。私の周りにはサトリさんやカラットさんという魔女がいるので、すっかりそれが普通の認識になってしまってたな。
「でもその……申し上げにくいのですが今の魔法、手抜きもいいとこのしょぼい魔法ですよ? それこそ手頃な氷の魔法を砕いて散らかしただけみたいな」
「なんですって!?」
「あ、やば……」
王女様こと、フィオ・リトゥーラさんに聞かれていた。この反応はさすがに怒ってる……よね? 全力でやりますみたいな事を言っておいてこれだもんな。ここはもう地面におでこを擦り付けて謝るしかない。
「申し訳ございません。今度はちゃんとやるのでどうか命だけは」
「あれで手加減しているなんて……!? やはり私の目に狂いは無かったわ!」
「はい?」
逆効果。むしろ褒められてしまった。
「決めたわ! 貴方……いえ、ルノさん! いやいや……先生。うん、先生! 私、先生に魔法を教わるわ!」
「せ、先生……?」
王女様に先生呼ばわりされるってどうなんだ? 私、田舎に住んでいるただの魔女ですよ? そしてこの豹変ぶりにはちょっとついていけないぞ。
「でも先生か。悪くない響きかも……!」
世の中に尊敬されて不快な人などいないだろう。ましてやその相手が王女様。少なくとも私は良い気分だ。
「だけど、こんなあっさりでいいんですか……?」
「ルノ様さえ宜しければぜひお願いします……」
草原の真ん中で喜びに打ち震える王女様に若干呆れる私とオリーヴァさん。この人もなかなか苦労しているらしく、付き人というより保護者に見えてきたな。
「まぁ、弟子にするかは別として。王女様も満足してくれたみたいなのでとりあえず戻りましょうか」
「はい」
ところが。
「先生! もっと! もっと色々やってみてください!」
「えぇ……?」
「もっと! 見ーーたーーいーー!」
「は、はいはい!?」
先程までの王女らしい雰囲気はどこへやら。これじゃ駄々をこねるただの子供である。
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あれから一時間後。
場所は変わって再びリビング。
テーブルを挟んで目の前に座っている王女様の表情は、欲しい物を手に入れた子供のようにニコニコしたものになっていた。
「えっと……王女様?」
「名前で呼んでくれてかまいませんよ?」
「左様ですか。では改めて。フィオ・リトゥーラ様」
「ルノ先生、なんで敬語なんです? 先生は先生なんですから先生は先生らしく敬語なんて使わなくていいんですよ?」
「えぇ!? まだ先生になるって決めた訳じゃないから抵抗あるんだけどな。じゃあ……フィオちゃんでいいかな? フルネームだと長いし」
「フィオちゃん!?」
「あ、ごめん。流石に馴れ馴れしいかな?」
「最高です!」
「さ、最高……?」
この子、先生って呼ぶようになってから私のこと全肯定だな。うん、これも悪くない。
「そんな親しみのこもった呼び方はお父様とお母様くらいにしかされたことが無いのでとても嬉しいです!」
「そりゃ王女様だからね……」
そんなことを言いながらフィオ・リトゥーラ……改めフィオちゃんはニコニコと歳相応の笑みを浮かべていた。こうなってくるとすごく可愛く見えてくるから不思議である。
「ちなみに、オリーヴァさんとバカさんはいいんですか? 王都の事とか、その……国王様のお許しとか」
「問題ありません。王女様ですから!」
そんなおバカな返答をしてくるバカさん。王女様なんだから王都にいなきゃダメなのでは? てか、名前に関してはスルーなのね。この人は案外いい友達になれそうな気がする。
「ご心配には及びません。ここへ来ることにも国王様はご理解してくださりましたので。『可愛い子には旅をさせよ』という事ですね。さすがにお一人でという訳にはいきませんので、私達が付き人として付いて行く事が条件ですが」
「なるほど……」
そういう事ならとりあえずこれで王女を拉致したと言われることもないので安心だ。となるとあとは――
「じゃあ、フィオちゃん、オリーヴァさん、バカさん。今後の事ですが……あ、ちなみにまだ弟子にするとは決まった訳ではないのでそのつもりで。あくまでまずはお話を……」
「はい、先生!」
「いや、だから……」
「何です、先生?」
一応、私の中で考えはまとまってはいる。とは言え、まだ『先生』ではないんだけどなぁ。
まぁ、それはまた次のお話で。