第九十一話〜レヴィナの日常③ 見慣れた光景〜
〜〜登場人物〜〜
ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
「ただいま帰りました……」
「ただいまーー!」
私は、アイスパーティーを終えた後、皆さんとは別れてグロッタさんとフユナさんと共に帰宅した。
「二人ともおかえり」
出迎えてくれたのはルノさん。最近はコロリンさんも人間の姿でいることが多いのだが今は見当たらない。
と、思ったら……
「コロコロ……」
「あっ……」
私の前を歩くフユナさんの足元に、物陰から狙ったように転がってくるスライム形態のコロリンさんの姿が見えた。確かルノさんの話だと、コロリンさんがスライムの時はイタズラをする時らしい。
「わっ!?」
コロリンさんの存在に気付かずにゴリッ! と踏んで、すてーーん! とひっくり返るフユナさん。どうやら頭を打ったようでその場で転げ回っている。
「いたーーい!?」
「だ、大丈夫ですか……?」
こう言っていいのかは分からないが、見慣れた光景なので、特に心配はない。ひとまずフユナさんの頭を撫でながら落ち着くのを待とう。
その時。
「こらーー! またやったの!? フユナのお顔はコロリンのお顔みたいにカチカチじゃないんだからね!傷付いたら大変でしょ!」
ルノさん登場。これも見慣れた光景だ。同時にコロリンさんが『ぼんっ』と音を立て、人の姿に。
「失礼ですね! コンゴウセキ魔法も使ってないし、私のお顔だってカチカチじゃありませんよ!」
「この際コロリンのお顔がカチカチでも豆腐でもどっちでもいいの! イタズラすること自体がいけないの! また同じ事したら1ダメージ与えるからね!」
「こ、この悪魔ーー!」
1ダメージのお仕置き。コンゴウセキスライムのコロリンさんはとてつもない防御力のため、普通ならたとえ1ダメージでも与えることは限りなく不可能に近いのだが、ルノさんにはそれが可能みたいだ。
「人の姿の時なら関係無いと思うんですがね……」
「だめだめ。コロリンってばお仕置きしようとするといつもスライムになっちゃうんだから……」
そんな事を言いながら、やれやれといった様子でこちらに向かってくるルノさん。
「フユナ、大丈夫? コロリンは今度ちゃんと炒めとくからね」
「ルノさん、炒めとくって……?」
「うん。コロリンは防御力はすごいけど温度までは遮断できないみたいでね。手っ取り早くお仕置きする時は炒めるの」
そういう事だったのか。コロリンさんが去り際に言ったあのセリフの意味が分かった気がした。
「とりあえずコーヒー用意するからリビングにおいでよ。夕飯まではまだ時間あるからね」
「はい、分かりました……」
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手を洗ってからリビングに行くと、テーブルには既にコロリンさんとフユナさんの姿があった。先程のやり取りが無かったかのようにケロッとしている。
「つまり……レヴィナとグロッタが付き合ってるということですか?」
「うんうん。アイス取り合ってる時なんてすごく楽しそうだったもん」
「壁を越えた恋愛……これはルノに報告ですね。レヴィナが不良になったと」
私のいないところでまたしても妙な噂が流れようとしている。
「まったく……あのお二人は仲が良いのか、すごく良いのか……」
言うまでもなく仲がすごく良いのだろう。とにかくその妙な噂は阻止させてもらいました。
「でもアイスなんて羨ましいですね。美味しかったですか? ん? ん?」
「はい。とても美味しかったですよ……?」
「むむ……!」
私が席に着くと、自分は食べられなかったことに拗ねているコロリンさんが若干、トゲのある言葉をかけてきた。なので、私も正直に感想を述べてあげました。少々誇らしげに……
「ほらほら、何を拗ねてるのコロリンは。まったくお子様なんだから……」
「別に拗ねてませんよ? ……あ」
「……?」
なんだかコロリンさんが驚いているが一体どうしたのか。
「あ、アイス……」
妙に遅いなーーと思っていたらこういう事だったのか。
「ルノさん……それ、作ってくれたんですか……?」
「うん。なんだかコロリンが嘆いていたみたいだからね」
「何のことだか全然分かりません。ほ、ほら……ルノも座って。早く食べましょう?」
口では平静を装っているが、表情はまったく伴っていないコロリンさん。待ちきれないといった様子でにやにやしている。
「レヴィナとフユナはさっき食べてきたのならいりませんよね? 私が食べてあげます」
「なーーに言ってんのこの子は。そんなに食い意地張ってるとグロッタになっちゃうよ」
「ふふ、そうですよコロリンさん……」
「なっ!? 分かりました……ルノ、今日レヴィナとグロッタがデートしていたみたいですよ?」
「え」
「ち、違いますからね……!?」
「アイスを奪い合うその姿からは確かに愛を感じたとか……」
「ちょっとレヴィナ……まさか禁断の恋に落ちちゃったの!?」
「分かりました! 分かりましたから……ほら、コロリンさん。アイスですよーー……」
「誤魔化すって事はやっぱり……!?」
「ほら、フユナさんのアイスもどうぞーー……」
「いただきますね」
「えーーん!」
「はいはい、その辺にして。アイスはみんな一つずつだよ。成立してしまったものは仕方ないからみんなで応援するよ!」
「ルノさんこそその辺にしといてくださいよーー!?」
「てへぺろ」
こうして私は、今日何度目かも分からない誤解を必死に解いてから、ルノさんの手作りアイスに舌鼓を打つのでした。
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「ふぅ、今日は色々ありましたね……」
現在、私は寝る準備を済ませて寝室で横になっている。今の言葉も誰かに向けたものではなく、自然にもれたものだ。
ただ何となく出掛けただけだというのに……こうして振り返ってみると私にも沢山の友達や家族ができたものだ。
「ルノさんだけじゃない……みんなに感謝だ……ふぁぁ……」
急激に眠くなってきた。思いの外、疲れていたらしい。
「すぅ……」
その時、同じく寝る準備を済ませたみんなもやって来た。
「あれ……レヴィナもう寝ちゃってる」
「デートで疲れちゃったのかな?」
「そこまでアツアツだったんですね」
またしても妙な噂をされる私だったが、既に夢の中。もはや止めることはできなかった。
「まぁいっか。私達も寝るよ」
そう言って、ベッドに近付いてくる三つの足音。そしてこれからの展開は……言うまでもない。
「よいしょ……」
「ぐぇ……」
「ほいっと……」
「ぐぇ……」
「にやにや……」
「ぐぇぇ……!?」
いつもの位置……ベッドの一番手前に寝ていた私の上を次々通るフユナさん、ルノさん、コロリンさん。ある意味、これもこの家では見慣れた光景だ。
「げほっ……せっかく寝てたのに……コロリンさんは明らかに狙ってましたね……?」
「すやーー」
「またそうやって……怒りましたからね……!」
「わぶっ……!?」
下手な寝たふりで誤魔化そうとするコロリンさんには、お仕置きとしてお顔を揉みくちゃにしてあげた。豆腐みたいな柔らかさだ。
「このこの……ふふっ……!」
「ちょ、ちょっと……ルノ、止めてくださいよ! レヴィナが反抗期ですよ!」
「はは、仲がいいなぁ」
「薄情者ーー!」
私はそのまましばらくコロリンさんのお顔で遊んでから眠りました。本気で抵抗してこなかった所を見ると、まんざらでもなかったのかもしれない。
昔の私ならこんな風にふざけ合える家族ができるなんて思いもしなかっただろう。人生、分からないものだ。
ただ一つ、絶対と言えることがあるとすれば……
「これからもずっと一緒ですよ……」
そんな誰に向けたとも分からない呟きが寝室に響いたのでした。