第八十六話〜新生コロリン⑥ イタズラ好きの優しいコンゴウセキ〜
〜〜登場人物〜〜
ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
新生コロリンが誕生した日の翌日。
私は洗面所で寝起きの顔を洗い、髪を整えて廊下に出たところ、何かを踏んだ。
ゴリッ!
「うぎゃ!?」
すてーーん!
「うぎゃ!?」
まさかの二連撃。そして相変わらずの一回転。こんな転び方に慣れつつある自分に若干呆れながら、踏んだものに目を向けると……いや、確認するまでもない。
「コロコローー♪」
「またこの子は!」
廊下をわざとらしく転がっていたコロリンをガバッと捕まえ、お説教開始。すると『ぼんっ』と音を立ててコロリンが人の姿になった。
「おはようございます、ルノ。どうかしましたか?」
「なんで朝から人のことすっ転ばせるの!」
「偶然ですよ。私も顔を洗いに来たんです」
「絶対うそ!『コロコローー♪』って言ってたもん。絶対狙ってたでしょ!」
「では、私は顔を洗いにーー」
「あっ」
コロリンはそのまま私の横をすーーっと通って洗面所に行ってしまった。逃がさんぞ!
「えっと、タオルタオル……」
「はい♪」
「あ、ありがとうございます」
お礼を言うとコロリンは蛇口を捻って水を出した。
「じゃあ、私が洗ってあげるよ」
「えっ? ……わぶっ!?」
私はさっきのお返しとばかりにコロリンの顔をもみくちゃに洗ってやる。『お返し』と言ってもちゃんと顔は洗ってあげてるよ? 隙を突いただけで。
「と、突然何をするんですか!?」
「違うって。私が顔を洗おうとしたら偶然、コロリンのお顔があったの」
「そんな偶然あるもんですか! それに顔ならさっき洗ってたでしょう!」
「おやおや? なんで知ってるのかな?」
「はっ……!?」
「ほらほら、お顔に書いてあるよ? やっぱり私にイタズラしようと、出口で控えてたんでしょ?」
「う、うぅ……!?」
「ん? ん?」
ぼんっ!
「コロコローー!」
「あっ、待なさい!」
こうして今日も、私とコロリンの慌ただしい一日が始まったのでした。
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本日は朝から、フユナはサトリさんのお稽古。レヴィナはーー。グロッタはーー。スフレベルグはーー。要するに、今朝は私とコロリンの二人きりという訳だ。
「はい、コロリン。朝ご飯できたよ」
「な、なんですかこれ?」
「お、気付いたみたいだね? そう、これは『新生・ルノサンド』だよ! 元から美味しかったルノサンドに、私の美味しい手作りアイスをトッピングしてみたの」
「まさか……『美味しい×美味しい=美味しい』とか言う気じゃありませんよね?」
「さすが! 分かってるね!」
「……」
こんな感じで、朝から新メニューという最高の朝食を堪能した私達は、ひとまずコーヒーを飲んでまったりとした時間を過ごした。
ちなみに、新生・ルノサンドのお味の方は『美味しい×美味しい=まずい』でした。そんな馬鹿な。
「さてと……この後はどうしようかなぁ。久しぶりの一人だから迷っちゃうな」
「ちょっと。あなたの目は節穴ですか」
私の真正面では、コーヒーを飲み終えたコロリンがテーブルに顔を乗せてこちらを見つめていた。
「かわいいなぁ」
「!? 何を言ってるんですか、まったく……」
「あはは、冗談だよ。あ、かわいいのは本当ね」
「わ、分かりましたからっ……!」
一通りコロリンをいじくり倒した後は改めて今日の予定を考える。
「ふーーむ」
「うとうと……」
「うーーん」
「すぅ……すぅ……」
コロリンが私を見つめたままのポーズで寝てしまった。顎に跡が付いちゃうぞ。
「よし、決めた。とりあえず外に出よう。ほら、コロリン!」
「ふぇ……!?」
私はコロリンの手を取ってそのまま外へ出た。特に目的地は決めてないが、今日は空の旅をしよう。
「てことで……とりゃ」
ピキーーン! という音と共に氷の箒が完成。
「んじゃ、行こっか。コロリンはうしろに乗ってね。スライムになって漂っててもいいけど」
「せっかくだからルノのうしろに乗りますね」
「おっけー!」
こうして始まった空の旅。ところが、目的地を決めていないので早くも飽きてきた。
「ちょっと……まだ五分程しか経ってないじゃないですか」
「え、うそ? もう一時間くらい経ったかと思ってたよ」
「まだ寝ぼけているんですか? ……それなら何か面白い話をしてください」
「面白い話ねぇ……そうだ」
「何です?」
「これは私が『スライムの島』に冒険に行った時の話ね。最初はそんなつもり無かったんだけど、偶然コンゴウセキスライムが現れてさ。『これはお金になる!』と思って捕獲したんだよ」
「……」
「そしたらさ。捕獲して連れて帰ったはいいんだけど、そのまま忘れちゃってね。そんである日、家の中でコロコロしてるのを見つけてさ……売ろうと思ったのにそんな愛くるしい姿を見せられたらその気も無くなっちゃうじゃん? とんだ策士スライムだよ!」
「と、とんだ言いがかりですね! それ、私の事じゃないですか!?」
「あ、そうだったっけ? 面白い話だったでしょ?」
「全然!」
「あら……」
どうやらコロリンはお気に召さなかったらしい。
「でも……そっか……」
今思えばそれは、コロリンを故郷から引っ張り出してきたという訳だ。悪い事しちゃったな。
「……」
「ルノ……?」
まずい。ルノ(闇)が再び出てきてしまいそうだ。『魔杖・コロリン』を家族に贈ってもらった時にもう大丈夫だと思ったのに。
「……」
「???」
チラッとコロリンの方を見てみたら目が合った。怒っては……いないかな?
「……」
それから無言の時間がしばらく続いた。今度ばかりは本当に一時間くらい経ったかもしれない。
「あ」
「……」
いつからだろう。箒の柄を掴んでいた私の手に、コロリンの手が重ねられていた。ほのかに温かい……やさしい感触だった。
「ルノ?」
「ん?」
「私、別にスライムの島に帰りたいなんて思ってませんよ?」
私の心を読んだかのように、コロリンがそんな事を言ってきた。
「あそこに帰っても、ルノはいないでしょう? フユナもレヴィナも……グロッタもスフレベルグもいないでしょう?」
「つまり……そういう事?」
「はい。つまりそういうことです」
たったそれだけのやり取りだったが、私は一気に気持ちが楽になったような気がした。
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それからさらに一時間、空の旅を楽しんだ私とコロリンは、とある山の頂上にやって来た。山の頂上といえばもちろんあの場所。
「んーーうまうま。あ、それ私の!?」
「何言ってるんですか。ルノはさっき食べてたでしょう?」
「んじゃこっちはもらうね!」
「あぁ!? それ、最後の楽しみに取っておいたのに!」
私達がいるのはフユナと出会った場所。売店で買ったサンドイッチやらコーヒーやらを綺麗な泉のすぐ横で食べている最中だ。
「「ごちそうさまでした」」
獣のように、食事の奪い合いを繰り広げながらも、無事に食べ終えた私達。
「そう言えばさ。『あの時』魔法陣を解いたのにコロリンは私のそばにいてくれたよね」
『あの時』とは、私がルノ(闇)になってやさぐれていた時に、この場所で色々と葛藤していた時の事だ。
「あの時のルノは見ていられませんでしたからね。あの時にこそ、私を人の姿にしてくれれば良かったものを……」
「はは、そうかもね」
そう考えると、コロリンともけっこう長い付き合いになるんだなぁ。
「コロリンてさ、イタズラ好きだけど意外と優しいよね」
「イタズラって何のことですか? というか、意外って何ですか。私は普通に優しいですよ」
「ふふっ、分かってるよ」
なんたって私が一番お世話になってるんだから。もちろん、これからもそれはずっと続くだろう。
「まぁ、とりあえず……」
「???」
コロリンがきょとんとした表情を浮かべているが、私にとっては重要な事だ。
「これからもよろしくね。コロリン」
「はい。こちらこそ」
大切な家族なんだからね。