第008話〜二人だけの時間〜
〜〜登場人物〜〜
ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降はルノの魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
カラット (魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
「フユナぁ……ちゅちゅちゅ……」
「むぐ……」
現在の時間帯は太陽が中天に登ったお昼時。
ある人は、心地よいひんやり感を肌に感じつつ、溺愛している娘と過ごすような幸せ絶頂の夢の中。またある人は、締め付けられるような息苦しさを覚える、幸せとは程遠い夢の中。
言うまでもなく前者が私で、後者がフユナ。先日のアルバイトが思いの外ハードだったらしく、こうして寝ぼけて奇行に走る程度には疲労が残っているみたいだ。
「うーー!」
「ふへへぇ……」
「く〜〜る〜〜し〜〜い〜〜……」
「ぶっ!?」
静かな空間に響く『バチン!』と弾ける音。そして一斉に飛び立つ窓辺の鳥達。
「うぎゃ!?」
「あ」
次に訪れるのは『ドスン!』と重たい何かが落下した音。無論、私が不意の衝撃によってベッドから落ちた音である。
「いたた……い、いったい何!?」
「はわわっ……!?」
何かが尋常ではないスピードで逃亡したような気がしたが、顔面を弾かれたのと落下したのと二重の痛みで苦しむ私はそれ所ではない。
「あ、あれーー? ルノ、起きたんだね。えっと、おはよう?」
そこへ登場したのは、相変わらず寝癖頭が可愛らしいフユナ。少し挙動不審なのが気になるがそれはさておき。
「おはようフユナ。はは、寝相悪くてベッドから落ちちゃったみたい。あとなんか顔が痛い。……なんでそんな遠くにいるの?」
「えっ? あ、えと……トイレ行ってただけ……かな? あはは……」
「ふーーん?」
「そ、そうだ! もうお昼だし、スープでも作ってくるね!」
「うん、ありがとね。私もすぐ行くよ」
「う、うん! (サササッ!)」
「???」
まるでこそ泥のような足取りで去っていくその姿を不思議に思いつつ、未だに痛む顔を擦りながら、重い腰を上げた。そして……
「フユナのお手製スープかぁ。ふんふふ〜〜ん♪」
先程までの痛みはどこへやら。私は愛娘の手料理に思いを馳せるのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私が着替えてリビングやって来ると、フユナお手製のスープのいい匂いが部屋を満たしていた。
「んーーいい匂いだね」
「キャベツのスープだよ。もうすぐ出来上がるからちょっと待っててね」
「はいはーーい」
まるで奥さんができたみたいでついテンションが上がってしまう。いや、そっちの気はもちろん無いけど。
「お待たせーー!」
「おぉ、美味しそう!」
なんて出来る子なんだ。ぜひ親の顔を見ていたいものだ。……後で鏡見に行こっと。
「いやぁ、ありがとね。アルバイトの疲れも抜け切ってないだろうに……」
「ううん、気にしないで。カフェでのお仕事は楽しかったし、いい思い出になったよ」
「そっかそっか。私も楽しかったし、また機会があったらサトリさんの所でアルバイトするのもいいかもね」
「そうだね! ところでその……おでこ大丈夫?」
視線が向くのは先ほどよりも腫れた私のおでこ。場所が場所なので若干のお間抜け感が否めないが、気にする程でもないのでとりあえず前髪で隠している状態だ。
「こんなの平気平気。フユナの美味しそうなスープ見たら全部吹き飛んだよ」
「ほっ」
「でもなんだろ……誰かに叩き落とされたような気がするんだよね。私、寝相は良い方だと思うんだけど」
「ぎくっ!」
私の言葉を聞いたフユナの肩がビクッと跳ねる。スープで火傷でもしたのかな?
「ま、そんな事はどうでもいっか。冷めないうちに食べよう」
「そ、そうだね! いただきマーース!」
「いただきます」
という訳で、待ちに待ったフユナ特製のお昼ご飯。
寝起きで時間も無かったため、テーブルの上に並ぶのはパンとスープといった簡単なものだったが、その味はまさに至高。お店で出されても不思議ではない完成度のスープからはフユナの愛を感じる。
「ほんとに美味しいよフユナ。料理の腕前がどんどん上がっていくねぇ」
「ほんと? このスープね、サトリちゃんが教えてくれたんだよ」
「へぇ、いつの間に。料理の特訓もしてるの?」
「お稽古の休憩中にいろんなお話をするんだけど、その時に教えてもらったの!」
「ほうほう」
双剣の使い方から料理まで。楽しそうに語るフユナを見ているとこっちまで幸せな気持ちになってくる。……しかし、これはいかんな。このままだと、フユナがサトリさんの娘になってしまう。私も親として何かを伝えなければ。
「そうだ。この前、魔法云々って言ってたけど、良かったら今日教えてあげようか?」
「いいの? うん、教えて!」
「よし、じゃあこの後は魔法の特訓だね。打倒・サトリさんだ! おーー!」
「お、おーー……?」
よっし! サトリさんには負けないぞ! と、妙なやる気を出す私だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
昼食を終えてやってきたのは、自宅の横にある庭。対面の人間が米粒に見える程のこの広大な草原には私の家を除いて、遮蔽物は一切存在しない。どれだけ走り回ろうが、魔法を使おうが、この広さなら問題なし。特訓の場としてはうってつけだろう。
「んじゃ、これから魔法の特訓を始めるけどその前に。サトリさんからエンチャントの力については聞いてるよね?」
「うん。魔法より効果は劣るけど魔力を使わないし、詠唱もいらないって。あとは、ルノちゃんはすごい魔女だとも言ってたよ」
「ふ、ふーーん? なんか照れるなぁ〜〜」
「すごい嬉しそうだね……」
ついついニヤけてしまったが仕方ない。自分がいない所で褒められてたら誰だって嬉しいのは当然だ。
「コホン。じゃあ気を取り直してと。まぁ魔法っていってもつまりはそういう事だね。自分の魔力を使って、イメージし、詠唱する。それだけ!たまに詠唱無しでもできちゃう人もいるけどとりあえず今は考えなくていいかな」
教える立場の人間としてこんな説明でいいものかと若干不安になる私だが、多分合ってるはず。もう少し捕捉しておくか。
「でも、それ以前に魔法を使えるって事自体が珍しくてね。少しの火やら水やらを出すくらいなら割といるんだけど、それ以上となるとあんまりいないかな。言っちゃえば魔法を使えるかどうかは才能の有無で、その壁は努力とかじゃどうにもならないかも」
「エンチャントの能力を使う才能とはまた別のものなの?」
「ちょっとだけ違うかな。さっきフユナも言ってたけど、魔力を使うか、使わないか。つまり魔力を引き出さなきゃいけない分、魔法の方が難しいかもしれないね」
「そうなんだ……」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。イコールとまでは言わないけど、エンチャントの能力を使えるなら魔法も多分いけると思うよ」
「う、うん!」
「それにフユナはサトリさんとの特訓でエンチャントの能力使うの上手だったんでしょ? それならあとは自分の魔力を引き出すだけ!」
「サトリちゃんにね、フユナちゃんは妄想力があるって褒められたんだけど……うーーん」
「はは、サトリさんさんらしいね」
妄想力か。確かに的を射ているけど、それだと変な人みたいに聞こえるから素直に喜べないのも頷けるな。
「なんにしてもやっぱりフユナには魔法の才能もあるのは間違いないみたいだね。とりあえずサトリさんとの特訓の成果を見せてもらえるかな?」
「うん、わかった。い、いくよ? むむむ……」
本当だ、妄想してる。……可愛いな。
「えいっ!」
「おぉ……!?」
バキン! と音を立てて地面から突き出したのは大人の人間程の氷の槍。私がエンチャントした能力のそれ自体がそれなりのものだと自負しているが、それを踏まえてもなかなかの練度なのが見て取れる。
「へぇ。まだ冷気出すくらいかと思ってたけど……頑張ってるんだね」
「うん!どうかな……?」
「なかなか良いと思うよ! これだけでも並の魔法より強いんじゃないかな?」
「ほんとに!?」
「ほんとほんと。これは予想以上に早く魔法が使えるようになるかもね。でもどうせ目指すならもっと上を目指そう。ふっふっふっ、いいものを見せてあげよう。ちょっと離れててね。……ロッド」
私は手を前に構えると、声に応えるようにピキピキと音を立て、手の中に氷の杖が現れた。そして空に命じるかの如く、詠唱を開始した。
「凍てつく空気……凍える大地……時を止めるは氷の化身。今こそ我が命に従い世界を変えよ」
ガガガガっと響き渡る数多の轟音。
私の声に応え、地面から突き出したのは特大の氷槍。その数、計七本。
そこに出来上がったのは氷山を連想される程の氷槍の密集地帯だった。それを目の当たりにしたフユナはというと――
「ぽかーーん……」
口を半開きにしたまま、その表情を固まらせていた。
「ふっふっふっ……これが真の魔法だよ、エンチャントでは越えられない一線ってところだね。魔力を使って詠唱をする。威力は見ての通りだね」
「ぽかーーん……」
「おーーい、フユナーー? ぽかぽか言ってても始まらないからやってみよう?」
「……」
「あ、もしかして白けちゃった? まぁ、これくらいならサトリさんに見せてもらってるよね」
「す……」
「ん?」
「すごい!!」
「うわっ、なに!?」
フユナのこんな大きな声初めて聞いたよ。聴覚破壊の魔法か。
「ルノすごい! ルノさん! ルノ様!」
「ちょ、ちょっと。そんな大げさだよ……サトリさんだってこれくらいやってたでしょ?」
「やってないよ、こんなこと!」
「え、そうなの?」
ふむ。サトリさんは一応、昔は私に魔法を教えてくれた時期もあったりして師匠と言えなくもないんだけどな。
「まぁいっか。とにかく、せっかく魔法を覚えるならエンチャントよりは強力なものを目指そうか。まずはこれくらいを目標にね」
「はい、ルノ様!」
ルノ様か。なんかだかやけに火がついてしまったみたいだけど本人はやる気みたいだし良しとしよう。
その結果――
「えい!」
「お」
バキン!
フユナの魔法はかなり成長した。エンチャントの能力で生み出した氷よりも巨大かつスピードもある。
「うん、良い感じ。次はもっと集中して。せっかくだから、さっき私が見せた魔法をイメージしてみるといいよ。『見た事がある』っていうのは思いの外、大きな武器になるものだよ」
「こ、こうですかルノ様!?」
バキバキン!
「んーーそう……かな? そ、その『ルノ様』ってやめない? なんかむず痒くて……」
「分かりました、ルノ様!」
「う、うん。まぁいっか……」
そんなこんなで、少々フユナがおかしな事になってしまったが、特訓を続けた結果――
「氷槍・フユナーー!」
「おぉ、いいね!」
フユナが生み出す氷槍はかなり強力なレベルにまでなった。その数は計三本。大きさも最初に比べたら倍くらいある。
詠唱というか名前というか……突っ込みたいところはあったが、これなら充分に『魔法』と言えるレベルだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
特訓が終わった頃には既に空は夕焼けに染まっていた。お互いに思った以上に特訓に夢中になっていたらしく、気付けばこんな時間だ。
「よし。今日はこの辺で終わりにしようか。ずいぶんと良くなったよ」
「うん……なんだかすごく疲れた気がする」
「魔力を結構使ったからね。最初は魔力を引き出すだけでも難しいんだよ?」
「そ、そうなんだ。ふぅ……」
その辺りはさすが私の娘! と褒めておこう。
「またいつか、サトリさんも誘って討伐に行きたいね。フユナの魔法みたらきっと驚くよーー?」
「うん。頑張って練習する!」
その意気や良し。双剣といい魔法といい、将来が実に楽しみだ。握り拳にガッツポーズがなにより可愛い。
「よし。じゃあ、家はすぐそこだけど……今からはお楽しみの時間だ。とりゃ!」
私が手を翳すとあっという間に氷の箒が完成した。箒と言えばやはり誰もが一度は経験したくなる定番のアレだろう。という訳で――
「さ、フユナも乗って。しっかりつかまってるんだよ」
「え? うん」
「それっ!」
私達二人を乗せた氷の箒が空に向かって一気に加速した。これこそ魔女と箒のあるべき姿だろう。
「うわ、わわっ……と、飛んでる……!?」
「すごいでしょ。魔法はこんな事も出来るんだよ」
「す、すごい……!」
心地よい風が全身を包み込み、この草原一帯が静寂に包まれる。自然の祝福とも言えるその恩恵を存分に受けながら、私とフユナはゆったりと家族水入らずの時間を空で過ごした。
そして数分後。
「ねぇ、ルノ」
「なに? フユナ」
「フユナも練習すればルノみたいな立派な魔女になれるかな?」
「私みたいになんてなんか照れちゃうな。……そうだねぇ。こればっかりはそう簡単に『なれるよ』なんて言えないけど……諦めずに目標を追い続けるその気持ちが何より大切だよ」
「……うん」
「フユナは飲み込みは早いし、才能もあると思う。あとはねぇ……いつかは私を超えるくらいになってくれたら嬉しいかな。私もこうやって特訓に付き合うし、そんなに心配しないで」
「うん」
「フユナなら大丈夫だよ」
私はそう締め括ってから、安心させるように頭を撫でた。そういえば――
「「……」」
不意に私とフユナの目が合い、同時に笑った。
「初めてフユナが人の姿になった時もこんなやり取りしたね」
「うん、同じ事思ってた」
そう言ってからフユナは私に身体を預けるように寄りかかってきた。
「わわ、危ないよフユナ」
「ふふっ。大丈夫だよーー! ルノが支えてくれれば」
「しょうがないなぁ」
なんだかうまく言えないが、こういう些細な触れ合いが今はとても心地良い。
一人暮らしをしていた『過去』に後悔などないが、フユナという新たな家族ができたこれからの生活。その『未来』に思いを馳せるだけ心が熱くなってくるのはきっとこれもまた『幸せ』が待っているという事なのだろう。
「フユナ」
「うん?」
「これからも、一緒にいようね」
「もちろんだよ、ルノ!」
その後、私達は家に到着するまで言葉を交わすことはありませんでした。
ただひたすらに、二人だけの時間――その幸せを噛み締めるように、ゆっくりのんびりと空を進むのでした。