第007話〜フユナのカチコチ成長記 その1〜
『フユナのカチコチ成長記』は氷のスライム・フユナ視点のお話です。
普段は語られる事の少ないフユナの心情をお楽しみください。
〜〜登場人物〜〜
ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降はルノの魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
カラット (魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
『双剣の使い方を教えてください!』
勇気を振り絞って自分の気持ちを伝えたあの日。
それはわたしに師匠ができた日。
本の中にいた憧れの『その人』は身近にいました。
「ボーッとしてどうしたの? フユナちゃん」
「あ、何でもないよ、サトリちゃん」
目の前にいるのがまさにその人。わたしと同じ双剣『カラット・カラット』を持つのは、カフェの看板娘でもあるサトリちゃん。とは言っても、あの日からというもの、わたしにとっては師匠としての意味合いの方が強いかもしれません。
ちなみに、憧れ人と同じ武器なのはちょっとした自慢です。
「ふーーん? まぁいいや。んじゃ、どんどんいくよ!」
「は、はい!」
現在、わたし達がいるのは村の近くにあるヒュンガル山に入ってすぐの特訓場。サトリちゃんがわたしの師匠になったあの日から、特訓するのはいつも決まってこの場所です。聞くところによると、この場所はサトリちゃんにとっても馴染みのある場所なんだとか。……それはさておき。
「よろしくお願いします!」
今日も今日とて、厳しい特訓が幕を開けたのです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
緑に彩られた自然豊かな森。平和そのものを絵に書いたような風景の中、不似合いな速度で打ち鳴らされる無数の斬撃音。そんな異質な空間の中心にいるのはもちろんわたしと師匠。
「えいっ! やっ!」
キンキィン!
「ん、悪くないね。だけど双剣は手数が売りとはいえ、攻撃の中に決め手となる一撃を入れないとその連撃も意味をなさないよ。ただしそこを狙われないように気を付けて」
「はい!」
わたしは返事をするのもやっとだというのに、アドバイスをしながらも手を止めることなく鋭い斬撃を繰り出す師匠。普段、カフェで働いている姿からはかけ離れたその動きは並の冒険者なら武器を捨てて逃げたくなったとしても不思議ではないでしょう。
特訓とはいえ、気を抜いたら命の危険さえある……そんな恐怖を感じる事も珍しくありません。現に今も。
「いくよっ!」
「……っ!?」
キィィィン!
「わっ! ……え?」
「勝負ありだね」
防御に徹していたかと思えば突然の反撃。師匠の鋭くなった視線を最後に武器を握っていた腕に衝撃が走り、瞬間、背後に現れたのは師匠。そして左肩に置かれた手と、右の首に添えられた緑の双剣。全てを理解したのは水色の双剣……すなわち、わたしの武器が離れた地面に落下した時でした。
「双剣使いに限った事じゃないけど、武器を奪われるって事は負けに繋がるよ。手放さないように気を付けるようにね?」
「う……はい……」
「よし。それじゃ、ちょっと休憩しようか!」
緊張感のあった雰囲気を一気に飛散させたかと思えば、そこに居たのは『師匠』の仮面を外したいつもの優しいサトリちゃん。それを休憩の合図として、わたし達は一旦近く川まで移動して腰を下ろしました。
「うぅ、全然動けなかった……」
「ふふん、これでもフユナちゃんの師匠だからね!」
わたしは変に気休めを言ってこない師匠の性格が好きでした。
「でもやっぱり悔しい……」
「なに言ってるのさ。少しの間でもこのわたしと打ち合えるだけ凄んだからね。普通の人なら一瞬で首チョンパだよ? だからその気持ちは大切にしてこれからも精進なさい、我が弟子よ」
「うん……!」
その言葉を締め括りとし、圧倒的な力の差を見せつけられ落ち込むわたしの頭を優しく撫でるサトリちゃん。戦っている時とは別人のような笑顔です。
「とは言え、こうして特訓をするようになってからまだ数日しか経ってないのになかなかやるもんだね。今度ルノちゃんの討伐にでも行ってみようか。あはは」
「えぇ〜〜!?」
戦っているところをあまり見た事がないですが、ルノはサトリちゃんと同じ魔女です。確かに双剣使いではありませんが、わたしがちょっと特訓したからといってそう簡単に勝てるとも思えません。強い人特有のオーラというか……とにかくそんな雰囲気があるのです。
「冗談冗談。ルノちゃんはああ見えて強いからね。確かに双剣の腕はわたしの方が上だけど、魔法に関してはあの子の方が上だろうね」
「そうなんだ……でも、ルノもサトリちゃんはすごい魔女だって言ってたよ?」
「ふ、ふ〜〜ん? まぁそれも事実だね!(ドヤ) でもね、実は昔、ルノちゃんに魔法教えたりもしたけどそれが無くてもあの子は凄かったよ。と言うか、教えた魔法だってわたしより確実に上行くから悔しいのなんの。山一つくらい簡単に消し飛ばしちゃうんじゃないかなぁ? 本人には言えないけど氷の魔女を名乗るだけはあるよ」
「そ、そこまで……?」
普段は大体、カフェでのんびりしてる姿しか見ないからちょっとびっくり。そんな場面に出くわさないのが一番なんだろうけど、ルノが本気で魔法を使う所を見てみたいものです。
「そんな訳だから、魔法に関してわたしはルノちゃんより多少多くの知識があるってだけかな。もし気になるならルノちゃんに魔法教わってみたら? 魔法も双剣も使えたら最強だよ。私みたいにね。ふっふっ!」
「うん。帰ったら色々聞いみる!」
「ただし、 わたしより強くなっちゃダメだよ? 師匠としての立場があるからね」
「え〜〜? そこは『師匠を超えてくれ!』とか言うものじゃないの?」
「だめだめ! フユナちゃんは一生わたしの可愛い弟子としてそばに置いておくんだから!」
「やだ〜〜! いつかぜったい追い越してみせるよ!」
「言ったなぁ?」
わたしはこうやって特訓の合間にする会話がとても好きです。師匠なのに友達みたいな感じで毎回たくさんの表情を見せてくれるのです。
「ま、せいぜい頑張りたまえ!」
「むぅ〜〜!」
この日、わたしに一つの目標が出来ました。いつか師匠から一本取る! ……事ができたらいいな。
「う〜〜ん! なんかテンション上がってきたなぁ。よし。剣技も大切だけど、わたし達はそれだけじゃないよ。覚えてるかな?」
「……? あっ!」
そう。わたし達の双剣『カラット・カラット』は属性がエンチャントされた特別製。武器でありながら、魔法の能力まで使える優れ物。
「エンチャントされた属性でいろんな事が出来るんだよね」
「そうそう。今日はそっちの特訓もしようか。まず、強力なエンチャントの特権とも言える遠距離攻撃からだね」
「すごい便利だよね。魔法みたい」
「ね。敵も双剣使いが遠距離攻撃をするなんて思わないからびっくりするよ」
「サトリちゃんのやつは風の刃を飛ばせるんだよね?」
「覚えててくれたみたいだね。ほかにも風で身を守ったり、単純に敵を吹き飛ばしたりも出来るよ。わたしとルノちゃんは魔女だから、魔法を使った方が有利な場面もあるんだけどね」
「いいなぁ」
「そんなに心配しなくても、エンチャントの方が優れている部分もあるよ。魔力切れが無いとか、詠唱がいらないとかね」
「ふむふむ」
「百聞は一見にしかず。やって見せた方が早いね」
そう言って、近くにあった木……ではなく、さらに向こう側にある大岩に双剣の一本を向けるサトリちゃん。
「え、あれを? いくらなんでも……」
「ふっふっ、まぁ見てなさい。とう!」
ブンっと双剣を一振り。すると――
ゴオッ!
「うわっ!?」
まるで何かが爆発したかのような衝撃と、激しい暴風。大岩がまるで落ち葉のように吹き飛びました。
「えぇっ!?」
そして数秒後――ドスンと落下。
「ま、こんな感じかな。発動が早い分、さっきみたいな打ち合いの中で使ったりもできるよ。『決め手となる一撃』にこれを使うのもアリだね」
「すごい……!」
「使い方は精神論みたいな部分があるけど、とりあえずやってみようか。わたしの場合は『吹き飛ばすぞ!』なんて感じだけど、フユナちゃんは『凍らせるぞ!』とか、そんなイメージかな」
「うん。分かった!」
とは言っても、初めてなのでそれだけでもなかなか難しい。なのでわたしはピクニック(?)の時にサトリちゃんが見せてくれたものをイメージしてみました。たしかあの時は槍。地面から突き出す一本の氷槍でした。よし!
「むむむ……えいっ!」
バキンッ!
「おっ」
「や、やった!」
氷槍と言ったら少し大袈裟ですが、目の前に現れたのは小さいながらも立派な氷。イメージ通りとまではいきませんでしたが、一応は成功と言えるのではないでしょうか。
「やるじゃん! フユナちゃんは妄想が得意なんだね!」
「妄想……」
嬉しいような恥ずかしいような、複雑な気持ちになる表現でした。それでもやはり最後には嬉しい気持ちが勝って。
「えへへ。でもやっぱりあの時みたいな立派な物は出なかったなぁ」
「いやいや、初めてでこれなら上出来だよ。この調子なら氷飛ばしたり、動き止めたりすぐに出来るようになるんじゃないかな? センスあるよ!」
「ほんとに!?」
「なんなら今日中にでもできる! ほら、どんどんやってみよう!」
「は、はい!」
その後もいろいろ試してみたところ、氷を飛ばしたり、標的を凍らせたり割とすぐにできました。氷槍の攻撃に関しては実戦でも使えるレベルとの事。
「順調だねぇ。こっちの道に関しては教える事がすぐになくなりそうだよ」
「そ、そう?」
「うん。今日やったやつ以外にも色々試してごらん。妄想力がかなり高いみたいだからなかなかいい線いくと思うよ」
「妄想力……あ」
わたしは思い付いてしまいました。
武器を奪われる事は負けに繋がる。それは何も双剣に限った事じゃない。
サトリちゃんの武器の一つでもあるあのスピード。つまり、足を止める事ができればもしかして……?
「ふふ……!」
わたしは一筋の光を見つけて、ついらしくもない笑顔を浮かべてしまいました。
「急にどうしたの、フユナちゃん? 笑顔が怖いよ……?」
「サトリちゃん。……ううん、師匠! いざ勝負!」
「え?」
ピキーーン!
「んなっ!?」
わたしは不意打ちで師匠の足を氷漬けにしました。
「ちょ、フユナちゃん!? う、動けない!?」
「ふふふ……覚悟〜〜!」
「ひぇぇぇ!?」
ビュオオオー!
作戦成功。それからしばらくの間、わたしは動けない師匠が負けを認めるまで持ち前の冷気で凍えさせるという、悪行の限りを尽くすしたのでした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
特訓が一段落し、空がすっかり夕焼けに染まった頃。わたしはこの後の予定も特に無かったサトリちゃんとお茶でもしようと思い、家に連れて帰ってきました。
現在は出迎えてくれたルノと共に、リビングのテーブルで三人で仲良く談笑中です。
「それでね、フユナちゃんがいきなり悪魔みたいな顔になってね。わたしの脚を氷漬けにして倒そうとしたの。うぅ、反抗期だ……」
「ははぁ。フユナ、サトリさんを討伐したかったの?」
「ご、ごめんなさい。お話聞いてる内にちょっと閃いて、凍えさせちゃった。……えへ」
「ふむふむ、それはフユナの発想を褒めるべきだね。次は丸ごと氷漬けにして家に飾ろうか」
「う〜〜ん、それはちょっと不気味かな……」
「確かに。ならテキトーにポイだね」
「ルノちゃんは元からだけど、フユナちゃんまで悪魔になった……ぐす!」
師匠がテーブルに突っ伏して泣いてしまい……と思ったらケロッと顔を上げました。何となく性格が分かってきた気がします。
「でもびっくりしたよ。双剣の扱いもなかなかだし、エンチャントの能力もかなり使いこなせてるんじゃないかな」
「へぇ、さすが私の娘ですね。それならフユナ。今度、私が魔法を教えてあげるけどどう? エンチャントの扱いと通じる部分もあるし、魔法と双剣使えればサトリさん討伐も夢じゃないよ?」
「うん、教えて!」
「ルノちゃんわたしと同じ事言ってるね、まったく……」
二人とも何故だか、わたしを最強に育て上げてお互いを討伐したいらしいです。こういう所を見ると、なんだか子供みたい。
「それはそうと、いい時間だしサトリさんも一緒に夕飯どうです?」
「お、いいね! ぜひご一緒させてもらおうかな!」
それでもわたしの恩人のルノ。そしてその友達であり師匠でもあるサトリちゃん。そんな二人に囲まれて生活できる今の環境がわたしにとっては宝物です。
「やった〜〜! それじゃ、フユナも何か作るよ!」
「お、いいね。おいでフユナ」
「ふっふっ……二人共。ここにカフェの看板娘がいる事をお忘れかな?」
こうして、わたし達は三人で仲良く夕飯を食べることになりました。
「ん、これ美味しい! さすがフユナだね」
「それ作ったのサトリちゃんだよ? フユナはこっち!」
「あ、やっぱり。断然こっちの方が美味しいよ」
「まったく。そんなに褒められるとてれちゃうよルノちゃん!」
同じテーブルを囲むわたし達は最後まで賑やかで、まるで家族のようで。この大切な人達と出会えて本当に良かったと改めて思った一日でした。