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☆氷の魔女のスローライフ☆  作者: にゃんたこ
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第006話〜アルバイト始めました〜


〜〜登場人物〜〜



ルノ (氷の魔女)

物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。


サトリ (風の魔女・風の双剣使い)

ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。


フユナ (氷のスライム)

氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降はルノの魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。


カラット (魔女・鍛冶師)

村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。


 



 夏風邪に苦しめられながらも、幸せだったあの日から数日後。


 私は村にあるお馴染みのカフェにて、フユナと共に本日のスローライフのお供をメニュー表の中から選抜中だ。



「んーーたまには甘い系の物にしてみようかな。抹茶ラテ……か。うん、これにしよう。あとチーズケーキも」


「フユナはこれにする。コーヒーに生クリームが乗ってるやつ。あとチーズケーキも」



 いつも注文するコーヒーも最高だが、たまにはこういう時もある。私もフユナもチーズケーキLOVEなのは相変わらず。



「すいませーーん、注文お願いしまーーす」


「はいはーーい! 只今お伺いしますので少々お待ちをーー!」



 珍しくそれらしいやり取りをする私(客)とサトリさん(店員)である。というのも、本日は私達の来店時間が遅かったため、お昼のピーク間際となった店内はお客さん達でそこそこ賑わっているのだ。おかげで、いつもは何食わぬ顔でサボっているサトリさんもご覧の有様。いや、それが当たり前なのだが、いつも当然のように一緒にお茶してたので、多少の違和感がある。



「ま、これが本来の姿だと思って諦めようか」


「うん。でもサトリちゃん、大変そうだね」



 今のサトリさんは完全に仕事モード。この忙しい中でもスマイルを忘れていないのは流石は看板娘と言うべきか。ちょっと尊敬。



「はいはーーい! お待たせしました! ご注文どうぞーー! (ニコッ♪)」



 おぉ、いつもより笑顔が眩しい気がする。



「あ、それじゃあ。抹茶ラテと、コーヒーに生クリームが乗ってるやつ。あとチーズケーキ二つで」


「はい! 抹茶ラテと、コーヒーに生クリームが乗ってるやつと、チーズケーキお二つですね! ご注文ありがとうございます。さらば!」


「あら……」


「行っちゃったね」



 注文を取り終えると、そのままピューーっと去っていってしまうサトリさん。あまりの仕事モードで話し掛ける隙さえ与えてもらえなかった。最後、若干ふざけてたけど。



「意外と余裕みたいだし、ピークが終わればまたいつもみたいに来るよ。なんなら私達もここでお昼食べちゃえばいいしね」


「うん!」



 お客さんで溢れかえってる中、空になったカップをお供に時間を潰すというのも少し気が引ける。究極なまでにスローペースを突き詰めるという手もあるがそれは窮屈すぎる。



「そう言えば、あれからサトリさんとの修行は順調に進んでる? もしスパルタ教育の度が過ぎて、いたぶられたりしてるなら今から細かい注文繰り返して復讐を」


「だ、大丈夫だよ。サトリちゃん、すごく教え方が上手で分かりやすいんだよ。この前なんて筋がいいって褒めてくれたの」


「へぇ?」



 あまり心配はしていなかったが、この二人の師弟関係もなかなか良好らしい。嬉しそうにその時の事を話すフユナの顔がその証拠だ。



「でも、この前ちょっと失敗しちゃった時があってね。その時はもう悪魔みたいに」



 そこへ件のサトリさん(悪魔)が登場。



「お待たせしましたーー! こちら、お客様の抹茶ラテとチーズケーキでございます!」


「ありがとうございます」


「そしてこちらがお・きゃ・く・さ・ま・の! コーヒーに生クリームが乗ってるやつと、チーズケーキでございます! (ニコリ♪)」


「ひっ……! あ、あり……ありがとう……ございます……」


「あっ!?」



 この人今、悪魔みたいな顔してフユナを威圧してたぞ! 子供に年齢を暴露された時の親みたいに!



「すいません、お水ください。……からのコーヒー追加で。ちなみに言い忘れてましたけどデザートは食後で。あとテーブルがちょっと汚れてるので拭いてください。あ、お水もう飲んじゃいました。もう一杯ください。あと」


「それではごゆっくりどうぞ〜〜♪」


「……」



 私のしょうもない復讐だと見抜いた看板娘は華麗にスルーしてそのまま業務に戻ってしまった。虚しい。



「サ、サトリちゃんって……その……綺麗だよね。えへ……」


「フユナ、悪魔ならもう行っちゃったから大丈夫だよ。よしよし」



 これも師匠との微笑ましいやり取りだと信じたい。次の特訓の時はこっそり覗いてみるか。



「そんなことよりほら、はやく食べよ!」


「う、うん! いただきまーーす!」



 気を取り直して、私達は忙しなく動き回るサトリさんを横で優雅な時間を過ごした。なんだかんだで昼食を終え、食後のコーヒーを飲んでいた頃にはお客さんもひいて店内はすっかり静まり返っていた。太陽の位置さえ違えば、早朝の静かな時間だと勘違いしてしまいそうだ。



「うむ。やっぱりカフェといったらこの静かな空気の中で飲むコーヒーに限るねぇ」



 しみじみと呟くと、キッチンの方から見慣れたエメラルドのお団子がヨロヨロと左右に揺れながらコーヒーを持ってやってきた。先程までのキレのある動きとは雲泥の差だな。



「はぁ、疲れた。フェアやってる日だと、この時間は地獄だよ……」


「お疲れ様です。でもサボりはいけませんよ」


「さすがに今はちゃんと休憩もらってきたよ。二人ともいらっしゃい」


「こんにちは、サトリちゃん」



 ピークを乗り切ったサトリさんに労いの言葉をかけると、あの猛烈なピークを乗り切っただけあって、その顔には疲労の色が濃くでていた。頬は痩せこけ、げっそり。その姿はまるでミイラ……



「だれがミイラじゃーーい! って突っ込んであげる元気も無いよ。最近さ、思うんだよね。人手が欲しいなぁって。せめてピークの時間だけでもさ。……チラッ!」


「サッ!」


「なんで顔を逸らすのさ!」


「うげっ! げ、元気じゃないですか!?」



 話の流れ的に嫌な予感がしたので明後日の方向を向いたら、両手で顔をサンドイッチされて無理矢理目を合わされる羽目に。首が折れる所だったんですが。



「こんなに素晴らしいカフェなんですから、アルバイトくらいすぐに見つかりますって。私以外で」


「だといいんだけどね。そもそもここの村にニートなんていないから、誰かが移住して来ない限りアルバイトできるようなフリーな人の確保なんてなかなかできないんだよね。……チラチラッ!」



 今度は二連続のチラ見。顔を背けると首をやりかねないので目線だけササッと逸らして華麗にスルー。



「大丈夫です大丈夫です。小さいとはいえ、ここも立派な村ですからフリーな人の一人や二人いますよ。もしくは仕事してるけど明日なら暇だよーーみたいな。無論、私以外で」


「そうだね、頑張るよ……。日中は忙しいからアルバイトの勧誘は仕事終わってからしなきゃだけど、そうなると時間がなぁ……。いや、休憩時間を使えばなんとかなるか。あとは一日や二日寝なくても生きていけるから睡眠時間を削って、深夜に各家庭にビラでも放り込んで。食事も一日一回にまとめれば時間はそこそこ作れる。うん、それで頑張ろう……」



 なんだか目の前で俯きながらとんでもなくブラックな事言い出したけど、あなたけっこうサボってるでしょうに。仕方ないなぁ。



「えっと、そのフェア? とやらが終わるまでで良ければ私が手伝いますよ?」


「いや、悪いよ。わたしなんかのために……(ニヤリ)」


「……」



 してやったり! みたいな顔して何を言ってるのやら。



「そうですか。それなら無理しない程度に頑張ってくださいね」


「えぇ!? やってくれるって言ったじゃん!?


「いや、だって拒否したじゃないですか……」


「あれはルノちゃんがさらに押すところでしょ! 『それでも手伝わせてください!』ってさ」


「はいはい、それでも手伝わせてください」


「いいの!?」


「おーーけーー……」



 という訳で、半ば強制的に手伝わされる事に。



「それに……夏は暑くて討伐にもあまり行きたくないですしね。そういう意味じゃここは涼しいですし、働かせていただけるなら喜んでやりますよ」


「そう言ってくれると助かるよ! それならお言葉に甘えようかな。お給料は弾むから安心してね!」


「はい、ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」



 と、そこで現在まで聞き役に徹していたフユナ不意に……



「サトリちゃん、フユナもお手伝いするよ!」



 話がまとまってしまいそうな雰囲気を感じ取ったのか、慌てたように言ってきた。



「え、いいの? こう言っちゃアレだけど……ルノちゃんならともかく、フユナちゃんまでこき使うのは心が痛むというか」


「ほんとにアレですね。まったくもう」


「あはは、まぁそれは冗談として。それなら是非、フユナちゃんにも手伝ってもらおうかな」


「うん、任せて!」


「うんうん、やっぱりフユナちゃんは出来る子だ。まるで天使だね! ちゅちゅちゅ!」


「く、苦しいよサトリちゃん」


「あ、こら!? それ以上は許さないぞ!」



 よほど嬉しかったのか、可愛い弟子を抱きしめ、頬ずりするサトリさん。私の時と喜びの度合いが全然違うんですけど。



「フユナちゃんは出来る子なんだから当たり前だよ。ルノちゃんはダメダメ!」


「なっ!? 完全に怒りましたよ! この悪魔めっ!」


「なにおぅ!?」



 そんなこんなで、傍目から見たらぎゃあぎゃあ騒ぐ私達の席はピークの時以上にうるさかったことだろう。他にお客さんいなくてほんとに良かったと思う。


 そういう訳で。



「それじゃあ、二人共。明日からよろしく頼むよ! 必要な物はこっちで用意しとくから手ぶらで来て大丈夫だからね」


「はい。分かりました」


「よろしくお願いします。サトリちゃん!」



 こうして、急遽決まったアルバイトはフユナまで巻き込むまさかの展開となったが、これも一つの経験にはなると思えばいい事づくめである。楽しみにしている自分がいるという自覚もあるので、サトリさんに感謝だな。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 そしてアルバイト当日。



「ふぁ……眠い……」



 いつもとは違って本日の私達は従業員なので、集合時間は当然ながらオープン前の早朝。若干の眠気に目を擦りながらもカフェに辿り着くと、そこには既にサトリさんの姿があった。



「二人ともおはよう! 今日はよろしくね!」



 眠気を吹き飛ばすような元気な声と明るい笑顔。さっそく看板娘としての本領を発揮するその姿は、周りの人間まで元気にしてしまう不思議な力がある。



「こちらこそ、よろしくお願いします」


「よろしくお願いします!」


「んじゃあ、入って入って」



 私達は簡単に挨拶を済ませて、すぐさま店内の更衣室に案内された。中央には休憩に使う大きなテーブルが一つ。そして壁際にはロッカーがいくつか並んでおり、いかにも『従業員の部屋!』といったその造りについつい緊張してしまう。



「見ての通り、ここが着替えたり休憩したりする部屋ね。てことでまずは着替えちゃおうか。これがルノちゃんのやつで」


「おっと」


「んで、こっちがフユナちゃんのやつね」


「はいっ!」



 従業員としてのユニフォームだ。サトリさんが、シャツやらエプロンやらがひとまとめに入った袋をポイッと渡すや否や「着替え終わったら呼んでね」と言ってそそくさと部屋を出てしまった。やはり仕事の場では動きがスピーディーだ。



「んじゃ、着替えよっか」


「う、うん」



 雰囲気に気圧されつつも私達が上着に手をかけたところで。



「二人とも着替え終わったかな!?」


「ま、まだですよっ!」


「わわっ!?」



 まるで扉の向こうでタイミングを測っていたかのように再び入室してくるおちゃめな看板娘。そんなお決まりのギャグをかましてニヤニヤとするその表情のおかけでちょっとだけ緊張感は和らいだので良しとしよう。



「はぁ、びっくりした。着替え終わりましたよサトリさん」


「お、なかなか似合ってるね!」



 気を取り直して、身も心も従業員となった私とフユナが次に案内されたのはお馴染みの店内。主に厨房と接客の二つの仕事があるらしいのだが、本日の私達の担当は後者だ。



「さて、今日は私達三人で接客する事になるんだけど、基本的にルノちゃんは注文聞いたり料理運んだりで、フユナちゃんにはお客さんの案内とかお会計係を任せようと思うんだけどできそうかな?」


「任せてください」


「が、頑張ります」


「まぁ、何か分からないことがあればその都度聞いてくれればいいし、わたしは臨機応変に動くから安心してね。基本は元気な挨拶! とりあえず簡単に仕事の流れだけ説明するけどーー」


「「ふむふむ」」



 そうして一通り説明を受けてみると、慣れれば意外と簡単にできそうだったので少し安心した。私は注文をメモして、厨房前のボードに貼り付けるだけ。料理を運ぶのも文字通り。フユナのお会計係もお金をもらってお釣りを渡すだけだ。



「はい、それじゃああとは開店まで店内の掃除だよ! おら、散った散った!」


「いや、誰ですかあなたは」


「散った散ったぁ!」


「は、はいはい……!?」



 背中をムチで叩かれるような感覚を味わいながら時計を見てみると、開店まで残り僅かの時間しかなかったが、掃除は割と得意だったので割と早く済ませることができた。



「ん、オッケーオッケー! それじゃ、そろそろお店開けるけど気楽にね。気楽に明るく!」



 そしてついにやって来た開店時間。私はこのカフェをよく利用するので分かるが、午前中のこの時間帯はぽつぽつとしかお客さんは来ないはずなので、新人の私やフユナにとっては仕事に慣れるための貴重な時間だ。ピーク前にある程度動けないと困るので丁度いい。


 そして。


 カランカランと静かな店内に響くのはお馴染みの鐘の音。本日の記念すべきお客さん第一号がやって来た。



「い、いらっしゃいませーー!」



 そして次に響くのはフユナの初々しくも元気な声。その姿は実に微笑ましく、私だけでなく、お客さんまで暖かい目で見ている。まさにこの瞬間、新しい看板娘の誕生によりサトリさんの時代は終わったのだ。さようなら。



「ルノちゃん。今、なんか失礼な事考えてたでしょ?」


「そんなことありませんよ。サトリさんの時代は終わったなって思ってただけです」


「それ、失礼そのもの! まったく……ほら、ルノちゃん! さっそくお水持って注文聞いてきて!」


「まずはぜひサトリさんのお手本を……」


「何言ってるの。お手本ならいつも見てるでしょ?」


「え? あれはサボり方のお手本」


「……(ギロッ!)」


「ひぇ!? い、行ってきまーーす!」



 ものすごい目で睨まれたけどあながち間違いでもないでしょうに。てか、初めての接客って事前対策していようが無条件で緊張するんだよね。なので、とりあえず私は昨日見たサトリさんの笑顔を意識してみた。



「いらっしゃいませーー! (ニ、ニコリ……)ご注文はお決まりでしょうか?」


「じゃあこのモーニングセットを下さい」


「モーニングセットですね、ご注文ありがとうございます!(ニヤリ……)」



 無事に本日初の接客が完了。笑顔も意識して出来たので私としてはなかなかだと思うのだが、先輩の評価は如何に。



「あのーールノちゃん。笑顔が硬いよ? それに最後の方、笑顔と言うよりも変態……」


「むむ、なかなかうまく出来たと思ったんですけど……サトリさんは辛口ですね。私、褒めないと伸びませんよ?」


「うん、自分で言っちゃうところがなんとも。まぁ、最初にしては上出来か。よし、この調子で頑張って行こう!」



 こうして、ぎこちないながらも徐々に成長していく私とフユナ。スムーズな動きができるようになるまで大した時間も掛からなかったこともあり、先程までの緊張していた自分が嘘のようだ。



「ありがとうございましたーー! またのご来店をお待ちしております!」


「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」


「うんうん、いいねいいね」

 


 そんな思いも束の間、ついにやって来たお昼のピーク。先程までの落ち着いた空気は一転し、カフェと言うよりはファミレスと言った方がしっくり来るくらいに賑やかだ。こうして従業員としての立場で見てみると、昨日までのサトリさんが如何に苦労していたかが身に染みて実感できるというものだ。……なので。



「サトリさん。お先に失礼します」


「ちょっとルノちゃん!? これからって時になんで帰ろうとしてんのさ! わたしとフユナちゃんを殺す気なの!?」


「いえ……まさかここまで混むとは思わなくて。昨日よりすごいんじゃないですか?」


「そう思ったならほら、動いて動いて! 水持って行って! 注文とって! 食器下げて!」


「ひぇぇぇ!?」


「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ、いらっしゃいませーー!?」



 あの元気なサトリさんが助けを求める訳だ。フユナに関してはもはや壊れたロボット。どうやらお昼目当ての村人がどんどん流れ込んできているようだ。こりゃ、気合いを入れ直さないといかんな。



「よーーっし!」



 バシィィン! と気合い注入。弾けるような乾いた音の発生源は、私の両手で勢い良くサンドイッチされたサトリさんのお顔。



「痛っ! ちょっとルノちゃん!? 当たり前みたいにやってるけど気合い入れるなら普通は自分にでしょうが!」


「私なら気合いマックスなので安心してください」



 という訳でここからが本番。若干の変顔になったサトリさんに元気をもらった私はいざ接客へ。



「いらっしゃいませ。ご注文どうぞ! はい、抹茶ラテですね。ありがとうございます! (ニコ♪)」



 まずは白い髭を生やしたおひとり様のご注文。



「いらっしゃいませ! 本日はご来店ありがとうございます! ご注文お決まりになりました声をかけてくださいね! (ニコリ♪)」



 次に仲睦まじいお二人さんの対応。む、料理ができてるな。



「お待たせしました! ランチセットでございます! ごゆっくりどうぞーー! (ニコリン♪)」


「うむ、ご苦労」



 そして何故か上から目線の金髪のチャラそうなお兄さん。なにはともあれ、ここまで流れるような手際で笑顔もオッケー。なんだか調子も出てきて身体が自然に動くというか、妙にテンション上がってきた気がする。これがピークか!



「ランチセット二つ入りマーース! これでオーダー待ちゼロです!」



 そんなこんなで、私とフユナは新人とは思えない程の働きであれだけ押し寄せてきたお客さんたちを捌ききった。サトリさんは言うに及ばず。



「ルノちゃんお疲れ! 予想以上の働きぶりでびっくりしたよ。後半の方、いろいろ目覚めちゃったみたいだけど大丈夫?」


「もちろん大丈夫ですよ。最初はどうなるかと思ってましたけど慣れちゃえば楽しいものですね! (ニコリン♪)」


「えっと、ルノちゃん……? 今はそんなに笑顔じゃなくてもいいんだよ?」


「何を言ってるんですか。接客というのはいつもお客様に見られてるくらいの覚悟じゃないと務まりませんよ。笑顔はユニフォームと同じ! しっかりしてくださいサトリさん!」


「お、おぉ……ルノちゃんが覚醒した」



 自分でも何を言ってるんだと思ったが、これも忙し過ぎるこの環境の影響だろうか。なんだかこのために生まれてきた気さえしてきたぞ。



「オーダー待ちもなし……か。よし、ひとまず落ち着いたからフユナちゃんも呼んで休憩に入ろうか」


「かしこまりました! ごゆっくりどうぞーー! (ニコッ♪)」


「だめだこりゃ。ほら、ルノちゃんも行くんだよ。おーーい、フユナちゃんも今のうちに休憩行こ!」


「分かったーー!」


「うん、フユナちゃんは壊れてないみたいで安心したよ」


「ふふ、最初は忙しくて大変だったけど、慣れてきたら楽しくなってきちゃった!」


「そっかそっか! それなら良かったよ。休憩室に賄い持って行ってあげるから先に行って待っててね。あ、ついでにルノちゃんも持ってっといて」


「うん、ありがとうサトリちゃん。行こう、ルノ」


「はい、少々お待ちくださいーー!」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 場所は変わって休憩室。


 私はフユナと共に、向かい合う形でテーブルを挟んでしばしの休憩を満喫していた。



「ふぅ。人間やればできるもんだね。お疲れ様、フユナ! (ニコッ♪)」


「うん、ルノもお疲れ様。なんかいつもと雰囲気が違うね……?」


「そう? 接客に目覚めちゃったのかな。後半、妙にテンション上がってきちゃったんだよね」


「その気持ちわかる気がする。なんだか楽しくなってきたよね」



 こうしてしばらく雑談してると、サトリさんが三人分の賄いを持って部屋にやって来た。飲食店の宿命、少し遅めのお昼である。



「お待たせ。賄い持ってきたから食べよう!」


「あっ、これってこの前のサンドイッチですね。また食べたいと思ってたんですよ」


「いただきます、サトリちゃん!」


「うん、遠慮せずどんどん食べて。ルノちゃんは元に戻っちゃったのね……」



 残念そうな表情でよく分からないことを言われたが、今はお昼を食べることが最優先だ。お腹の虫が今にも鳴きだしそうである。



「あと、二人の好きなチーズケーキもあるよ」


「おぉ!」


「やったーー!」



 デザート完備の嬉しい誤算で再びテンションマックスになった私とフユナの疲れは一瞬で吹き飛んだ。



「それにしても実際に働いてみて分かりましたけど、サトリさんはいつも大変なんですね。サボってばかりかと思ってましたよ」


「うん。尊敬しちゃうなぁ」


「えーーそんなに褒めても何も出ないよ? ケーキのおかわりいる?」



 嬉しかったらしい。ピクニックの時もそうだったが、サトリさんを褒めちぎるとチーズケーキが出てくると。ふむふむ。



「でも、今日は二人が手伝ってくれたから乗り越えられたんだよ。後半もよろしくね!」


「コツは掴んだので任せてください。笑顔笑顔……」


「フユナも頑張るよ!」


「よし! んじゃ、後半に備えてじゃんじゃん食べよう。二人とも期待してるよ!」


「「おーー!」」



 そして迎えた後半。


 私は妙なテンションと笑顔で。フユナは新たな看板娘らしい愛くるしい笑顔で、無事にやり遂げることができましたとさ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 そして閉店後の店内。



「二人ともお疲れ様! 今日はほんとに助かったよ! ありがとう!」



 やり遂げたとばかりに明るく響くのは感謝の気持ちを贈るサトリさんの声。そして休憩室のテーブルの上に並ぶのは人数分のコーヒーだ。仕事が終わって『はい、さようなら』というのも味気ないので、軽い打ち上げ……みたいなものだ。



「いえいえ、どういたしまして。こちらこそいい経験になりましたよ」


「うん。楽しかったよ!」



 少々お別れの挨拶感が否めないが、これも素直な気持ちなので良しとしよう。



「さてさて。んじゃ、お待ちかね。これが今日のお給料ね。はい」


「ありがとうございます。また人手が足りない時があればいつでも手伝いにきますよ。……やっぱり怖いんで、たまーーに。」


「うん、困ったら呼んでね!」


「うぅ、泣かせてくれるじゃないか……。ルノちゃんは減給ね」


「ひどい」


「あはは、うそうそ。でも、困ったらその時はまた頼らせてもらうね。とりあえずフェアも終わってまた平和な時間が戻ってくるから、お客さんとして来てゆっくりしていきなよ」


「はい、それはもうぜひ。でもいくら暇だからって私達の席に来て堂々とサボってはだめですよ」


「とか言って、それも楽しみの一つなんでしょ?」



 とか何とか。否定はできないが素直に認めるのもアレなので……



「さて、帰ろーーっと。さよなら!」


「あ、待ってよルノーー!? またね、サトリちゃん!」


「はいはーーい。気を付けて帰ってね!」







 なんとも締まらない終わり方ではあるが、それも含めて良い経験なったと言っておこう。堅苦しい挨拶も私達らしくないと思うので、ある意味これが正解。……なんて思いながら私達はカフェを後にしたのでした。




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