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☆氷の魔女のスローライフ☆  作者: にゃんたこ
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第003話〜魔女鍛冶師・カラット〜


〜〜登場人物〜〜



ルノ (氷の魔女)

物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。


サトリ (風の魔女)

ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法に関してはかなりのもの。


フユナ (氷のスライム)

氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降はルノの魔法で人間の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。


 



 カーテンの隙間からこぼれる春の木漏れ日が室内を優しく照らし、今日も一日の始まりを知らせてくれる。


 冷え込む外気から身を守るように布団に包まる私は、大自然の祝福とも言えるその陽光に目を細めながら意味も成さないうめき声と共に寝返りを一つ。二度寝しろと言われれば躊躇無くそうするだろう状況の中、しかしそれが無理だというのはこの場違いな室温がすぐに理解させてくれた。



「うぅ……ん……寒い……」



 現在の季節を冬だと錯覚しそうになったが、春の木漏れ日――つまりはそういう事だし、昨日だってぽかぽか陽気だったのは間違いない。というか、寝返りを打った時におでこから何かが転がり落ちたがこれはもしや?



「頭がキンキンする……フユナぁ〜〜?」


「ピキーー……ピキーー……」



 寝ぼけ眼のまま視線を横へずらすと、そこにいたのは氷のスライム状態のフユナ。昨夜は遅くまで人間状態のフユナと女子トークを繰り広げてそのまま一緒に就寝した筈なのだが、またしても効果が切れてしまったみたいで、結果はご覧の通り。途中から氷嚢のごとく私のおでこで寝ていた訳だ。



「しょうがないなぁ。ほら、朝だよ〜〜」



 寝起きから頭がキンキンに冷えていて、とてもじゃないが二度寝する気分にはなれなかったので、起きるついでに再びフユナの周りに魔法陣を描いて人間化の魔法をかけることに。何度か経験すれば慣れるもので、あっという間に可憐な少女と化したフユナとご対面した私は、未だ熟睡中のお顔を眺めて癒し成分の補給を完了させた。



「て言うか……」



 ふと気付いた。この魔法、意図していない時に解けてしまうのが難点だったが、そもそも身体に直接魔法陣を描き込んでしまえばいいのでは? それならフユナの意思一つでいつでも人間になれるし逆もまた然り。うん、それだ。


 ちなみにこの世界において、魔法陣の効果は有限だが、魔法陣自体は描いた本人が消さない限り残り続ける。



「よし。イメージイメージ……っと」



 指先に魔力を集中させて準備完了。可愛い寝顔をもう少し堪能していたい欲望を抑えながら、フユナの脇腹の辺りにその指先を這わせて――



「ほいほいほいーーっと。この魔法陣があればいつでも変身できますよ」


「あははっ!?」


「あ、こら。暴れないで……ぐえっ!?」



 ものすごい腹パンチをごちそうさま。描く場所を間違えた感が否めないが、ここまで来たら完成まで持っていかせてもらう。



「あと少し……! あと少しだから大人しくしてて……!?」


「あは! あははっ!?」



 そんな調子で『うげっ!』だの『ぐふ!』だの言いながらもなんとか完成。スライム討伐より余程苦労した事をここにこっそりと記しておく。



「んんーールノぉ……? おはよぉ」



 まだ寝ぼけているのかイマイチ気合いの足りない挨拶をしてくるフユナだが、私としてはくすぐり倒した事実を隠蔽できるので願ったり叶ったりだ。一応断っておくが、途中から楽しくなって魔法陣そっちのけでちょっかい出していた訳ではもちろん無い。



「こほん。おはようフユナ。いい天気なんだからいつまでも寝てたら勿体無いぞ。起きよ?」


「うーーん……」



 私もついさっき起きた所なので人の事を言えないが、放っておいたらこのまま二度寝しかねないので、布団をぐいっ〜〜っと剥ぎ取ると、あろう事かそのままフユナがゴロゴロと転がって行き――消えた。



「うぎゃ……!」


「あら」



 とまぁそんな事ある訳もなく、その変な声はフユナがベッドから落下した証拠であり、当然、その引き金は私自身の行動によるものだった。


 ごめんね、フユナ。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 なんやかんやでようやく揃って起床し、現在の場所は一階のリビング。すぐ外の草原が見渡せる大きな窓の近くには二人掛けのソファー。少し離れた場所にはキッチンに、食事をするテーブル。それらがひとまとめになっているこの部屋が日中、主に過ごす場所でもある。



「うーー……なんかおでこが痛い」



 席に着くなりそんな事を呟くフユナ。よく見れば、先程ベッドから落下した時にぶつけたらしい部分が少し赤くなっていた。


「き、気のせいじゃないかなぁ? それよりほら、今朝はなんでかチーズケーキが一つだけあるんだよね。フユナにあげる!」


「いいの?」


「もちろん! ベッドから落としちゃったお詫びとかではないから気にしないで食べてね!」


「あ、やっぱりルノが落としたんだ。あとその前にはずっとくすぐられてたような気がする。もしかして……」


「そうだ、コーヒーも淹れてあげるね!」


「むむ……」



 スライムの第六感とも言うべきか、もはやバレバレみたいだが不可抗力という事で勘弁して頂きたい。



「「いただきまーーす」」



 何はともあれ、今日もフユナとの新しい生活が始まった。テーブルの上にはパンと、ヒュンガル山で採れた山菜とキノコを炒めただけの簡単な朝食が並んでいる。パン、山菜、パン、キノコ……やがて半分程食べた所で私は口を開いた。



「フユナ。朝ご飯食べ終わったら村に行こっか」


「うん。サトリちゃんのお店? それならまたチーズケーキ食べたいなぁ」


「お、いいね。でも今日はフユナの村デビューって事で色々と案内してあげるからカフェはその後ね。ヒュンガルは小さな村だけど結構色んなお店があるんだよ。あんなお店やこんなお店まで色々あってーー」


「へぇ?」



 村だからと侮るなかれ。よく行くカフェの他にも、服や食材は勿論、本や雑貨、武器などを売っているお店まであり、さらには温泉ができる予定まであるとか。一日じゃ回りきれないーーなんて程ではないがそれなりに楽しめるはずだ。



「それなら本が売ってるお店に行ってみたいな」


「ふっふっ……任せなさい。おすすめの本屋があるからそこへ行こうか」


「やったーー!」



 無駄に胸を張って言ってみたが、本屋は一件しかないのでオススメもくそもない。そんな私をよそにフユナは。



「ふんふんふ〜〜ん♪ 楽しみだなぁ」



 鼻歌混じりのそんな一言に、可愛らしいなぁなんて微笑ましく思いながら改めて食事を再開する。ゆっくりと経過していくその時間がひたすらに平和だなと実感しながら、私達は『家族』の団欒に花を咲かせるのだった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 そういう訳で、本日の予定は村の散策。


 村に到着してまず最初に向かったのはフユナご希望の本屋だ。大きさ的には我が家とそこまで大差のない個人経営の小さな本屋と言ったところだが、様々なジャンルを取り扱っているだけあって、品数はなかなかに豊富。店内に入るや否や、フユナの目が輝いているのがよく分かった。



「すごーーい! どこから見たら良いか分からないよーー!」


「あはは。ゆっくりで大丈夫だよ」


「じゃあまずはあっちーー!」


「あ、ストップ」


「うぎゃ……!?」


「店内では走っちゃだめだよ。ほら、他のお客さんに迷惑でしょ?」


「わ、分かった……ごめんなさい」


「うんうん。さ、行こ」



 前に一歩踏み出したフユナの頭をガッチリとサンドイッチして静止を促す。共に暮らしていくにあたってのマナーを教えていくことも大切だ。



「そういえば、今更だけどフユナは文字は読めるの?」



 素朴な疑問だった。今でこそ人間の姿になっているが、元々は氷のスライムだ。しかし――



「ふっふーーん。スライムはみんな知性が高いから、会話は無理でも、ある程度の事は理解してるんだよ。それにフユナは落ちてる本を読んだりしてたからバッチリだよ」


「ほうほう」



 なるほど。フユナの文学少女っぷりはスライム時代からのものだったか。と、そんな風に感心していると、ある一冊の本の前でフユナの足が止まった。



「気になるのでもあった?」


「これ……かっこいい……!」



 手に取った本を恋する乙女のように見つめるフユナだが、そこまで虜にさせる本とは一体何か。気になった私はその手元を覗き込んでみると、表紙にはエメラルドの様に美しい緑髪をなびかせながら、風を纏った双剣を構える女性が描かれていた。微妙に既視感のある人物だが一旦置いておく。



「なになに……えーーと」



 次に目に留まったのは本のタイトル。表紙の上の方に綴ってある文字を視線で辿ると『双剣使い・サトりんのワクワク冒険記』と書いてあった。あ、これサトリさんだ。

 


「フユナ。多分それギャグ漫画だよ?」


「ち、違うよ!? ちゃんと『冒険記』って書いてあるでしょーー!」


「いや、そうなんだけどさ。うん……まぁ確かに面白そうだね」


「でしょでしょ。あの……」


「ん?」



 フユナの目はさっき以上に輝いているが、遠慮して何か言い淀んでいる様子だ。その表情で分かるけどね。



「んじゃ、それ買おうか」


「……! ありがとう、ルノ!」



 もはや直視できない程にぱぁぁっと顔を輝かせるフユナ。こんな事で喜んでくれるならお安い御用だ。何冊でも買ってあげちゃう。



「それにしても『冒険記』かぁ。フユナはそういうのに興味があるの? はいどうぞ」


「ありがとう。えっとね……」



 手早くお会計を済ませてサトリさんの冒険記をプレゼント。『友人の冒険記に惹かれる我が娘』という少々複雑な絵だが、嬉しそうに本を抱えるフユナを見て意外だなと思ったのが正直な感想だ。



「うん。もちろん本を読むのも好きなんだけどね。……この前、サトリちゃんと討伐に行こうって約束したでしょ? だからこういう冒険のお話が気になっちゃって。すごく楽しみなんだ」


「そっかそっか。それならちょうど良かったかもね」


「え?」


「今から面白い所に連れて行ってあげるよ。冒険に必要なお店」


「うん……?」


 

 村の散策ーーとは言ったが、実はこれから行く場所が本日のメイン。フユナにとっては初めてのモンスターの討伐なのだ。『武器』の一つくらい持っておかないといけないよね。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 こうして私達がやって来たのは本日のメイン。村の武器屋『カラット』だ。どうやら武器を作る為の鍛冶場も併設されているらしく、お店の裏手にある煙突からは火事もかくやという程の煙が立ち上っている。



「とと……今日は鍛冶場見学に来た訳じゃなかった。こっちだこっちだ」



 気を取り直して本命の武器屋へ。


 武器についての知識が乏しい私でも分かるくらいに立派なものが表のショーケースに並べられているが、この村で討伐に行く人なんておそらく私とサトリさんくらい。失礼ながらあまり買う人もいないのでは?



「ひぃ、ふぅ、みぃ……けっこうなお値段ですな」


「チーズケーキが千回は食べられるね」


「お、フユナ天才。それ言われるとカフェに行きたくなっちゃうな」



 と言うか元々、今日はフユナの武器を買いに来た訳で、ぶっちゃけ私は武器を買わない側の人間。使うのは専ら杖だし、それも氷の魔法でその都度作り出しているので討伐に行くにあたって必要な物といえばおやつくらい。



「まぁ、本当は杖にしてもちゃんとしたものを持つのが一番なんだろうけどね。とりあえずは色々見てみようか」


「うん!」



 そしていざ入店。表のショーケースに並んでいたのはほんの一部だったようで、店内には剣や槍、斧に杖……弓矢まで揃っており、流石は武器屋と言うべき形相を呈していた。



「うわぁ、すごいね」


「ほんとだねぇ。私もここまで品数豊富だとは思わなかったよ」



 前述の通り、私自身、武器の知識が乏しいだけにどこから見ていいものか悩んでしまうところだが、フユナの足は迷うこと無く双剣のコーナーへと向かって行った。先程購入した本の主人公、サトりん (サトリさん)が余程かっこよかったらしい。



「あ、見て見て! 色んな色があるよ」


「属性の付いた双剣かぁ。投げられる双剣なんてのもあるのね。回収が大変そうだね」



 どうやらこのお店のイチオシは双剣のようだ。他の武器と比べて、やたらとオススメが多いのは勿論、中には『食べられる双剣 〜〜カモ・ネギィ〜〜』などと謳った二本セットのネギ……カモはどこへいった? などとと突っ込みたくなるものまであった。



「大丈夫かな、このお店……」


「ふふっ、面白いね」



 私が少々このお店の方針に不安を覚えていると、フユナがくいっと私の袖を摘んできた。



「ねぇねぇ、ルノは武器使わないの?」


「んーー私の場合は魔法一筋だし、氷で杖を作れば事足りちゃうんだ」


「ふーーん?」


「でもこうして実際に見てみると興味は湧くね。せっかくの機会だからフユナとお揃いの武器でも持とうかなーー? なんちゃって」


「ほら、見てルノ。すごく綺麗な双剣がある!」


「あ、うん……」



 フユナLOVE故に湧いてきた欲望を軽くスルーされ項垂れる私だが、顔を上げるとそこには確かに美しい双剣があった。



「へぇ、これはほんとにガチの双剣みたいだね」


「うん。宝石みたいで綺麗」



 その美しさにはつい無言になって見惚れてしまう魅力があった。一際厳重に管理されたショーケースの中、非売品と言わんばかりに神々しい存在感を放つそれは、まるでダイヤモンドで出来ているのかと思う程の美しい逸品だった。


 『無限の切れ味! 〜〜カラット・カラット〜〜 製作者:カラット』


 お値段はなんと。



「おぉ……ヒャクマンイェン……」



 絶句。確かに納得してしまうだけのものは感じられるが……欲しいとか言わないよね? 私もちょっと欲しいけど。記念日って事でフユナと一本ずつ持つ?


 とその時。



「おっと、お客さん! なかなかお目が高い!!」


「「うわっ!?」」



 ショーケースに張り付く私達の背後に、突然人が湧いて出た。『こいつはいける!』とでも思ったのだろうか……こういう店員さん、よくいるよね。



「それはあの超有名な世界一の魔女であり、世界一の鍛冶師でもある絶世の美女、カラットが作ったものですよ! でも残念、申し訳ない! それは私の試練を乗り越え、認められた者にしか手にする事は不可能!」


「へ、へぇ……」



 今しがた、謎のマシンガントークを終えた元気な店員さん。話を聞くに、おそらくカラットさんらしいその人は、腰まで届く燃えるような赤い髪を、うなじで一つ、そして同じく長い前髪をおでこで一つにまとめた綺麗な女性だ。サトリさんよりも少し年上くらいだろうか。



「ってなんだ。ルノちゃんじゃないか」


「えっ?」



 と、まるで旧知の仲だと言わんばかりに親しく接してくるカラットさんとやら。



「ルノ、知り合いだったの?」


「いや、知らないよこんな暑苦しい人。私の記憶の中じゃ『ルノちゃん』なんて呼び方をするのはサトリさんくらいだよ」


「さり気なくひどいこと言うなぁ……」


「あ、いやごめんなさい。失礼ですがどこかで会いましたっけ……?」



 知らない人に名前を呼ばれるという、まるで有名人にでもなったかのような気分。身に纏う空気は人当たりの良い感じで決して嫌いではないし、そういう意味じゃサトリさんに近いものを感じる。


 私の質問にカラットさんは。



「君、サトリの友達だろう? よくあいつから話は聞いてるし、カフェでぽけーーっとしてのをよく見るぞ。それにお互いこれだけ長い間村にいるんだ。顔くらい覚えるさ」


「は、はぁ。覚えていないだけになんだか申し訳無い……」


「あはは! まぁ、いいさ!」



 なるほど、サトリさんの知り合いだったか。と言うか、カフェで寛いでいる時は完全に我が家感覚でいたので見られていたとはまったく気が付かなかった。



「こうして実際に話すのは初めてだからな。では改めて。私はここの店主のカラットだ。よろしくな」


「はい、こちらこそよろしくお願いします。ルノと申します。……軽く流しちゃいましたけどカラットさんも魔女なんですね」


「お、よく知ってるな?」


「いえ、先程の自画自賛マシンガントークの中に情報がありましたので。サトリさんのお友達みたいですし『お互いこれだけ長い間村にいる』っていうのはそういう事ですよね」


「なかなか鋭いじゃないか。お察しの通り、私も不老不死の魔女! これから長い付き合いになるな!」



 サラッと言ってのけるが、かなりすごいことなんですけどね。いつか魔法を見せて欲しいものだ。



「さらに言えば、私はサトリの友達じゃなくて師匠だぞ?」


「え、接客の?」


「なんでやねーーん。君、ちょいちょいボケるなぁ」


「けっこう真面目に言ったつもりですけど……。ほら、人当たりの良さそうな接客術が似てるなぁって」


「ふむ、まぁ褒め言葉として受け取っておこうじゃないか。師匠ってのは勿論魔女としてのって事さ」


「ははぁ、なるほど。魔女ってだけでも珍しいのにサトリさんの師匠ですか……世の中は狭いですね」


「ははっ、本当だなぁ!」



 白い歯を見せて笑うカラットさん。サトリさんもなかなか明るい性格だが、この人はさらにその上……こちらまで元気になってくる、そんな雰囲気だ。



「いや、忘れてた。武器の扱いって部分でも師匠だからダブル師匠だな」


「へぇ、ダブル師匠なんですねーー(棒読み)」



 カラットさんこそなかなかボケてくれるじゃないか。サトリさんは私達と同じ魔女でありそれ以外のなんでもないでしょうに。いや、あの冒険記の件もあるし本当なのか? まぁ、今はいいや。



「それよりこの双剣なんですけど」


「そうそう、まだ途中だったな。色々言ったが、要するにその双剣は永久の切れ味、そして魔法のエンチャントも可能な優れものだ!」


「ほうほう。さっきのマシンガントークが嘘みたいに端的ですね」



 だが納得。双剣のことは詳しく知らないが、最高の鍛冶師と最高の魔女が組み合わさると、武器に魔法を付与できるというのは聞いた事がある。カラットさんの場合は魔女であり、鍛冶師でもあるのだから、それはもう立派なものができる訳だ。



「でもほら、この村って私以外の魔女なんて君とサトリとーー……それくらいしかいないだろ? だから『魔法をエンチャント可能!』なんて売り出しても、出来ない人からすればただの高額な武器だからほぼ売れないんだ。それにこの双剣は並大抵のものじゃないから私の試練を乗り越えた者しか――ペラペラ」


「ヒャクマンイェンですしね……」



 最後の方はほとんど聞こえなかったが……確かに武器を扱う人間が少ないこの村で、更には私とサトリさんだけにしか扱えないような高額武器ではそりゃ売れる訳もない。しかも私に至っては買うつもりも無ければ、武器屋に来たのも今日が初めてだし。



「ところでルノちん」


「ル、ルノちん……?」


「君、いつの間に子供なんてできたんだい?」


「は?」



 ズコッ! っとショーケースに頭をぶつけそうになった所をカラットさんが見事にキャッチ。


 改めて言葉の意味を理解するべく顔を上げると、カラットさんは、未だに双剣『カラット・カラット』に見惚れているフユナにチラッと視線を送ってから、ニヤニヤして私の脇腹をつついてきた。



「あぁ、そういう事ですか。この子はフユナ。元々は氷のスライムなんですけど、私の魔法で人間の姿になってるんですよ。今はその双剣にゾッコンで思考停止してますけど」


「へぇ?」


「私の娘ですよ? 私の」


「ずいぶんとそこを強調するんだなぁ」


「ふふ、可愛いでしょう?」


「ああ。ショーケースに突っ込みそうになった事といい、その自画自賛っぷりといい、なかなかだな」


「いや、可愛いってフユナがですよ」


「そっちか。確かに可愛いな。あ、ルノちんも可愛いから安心してな?」


「そうでしょそうでしょう。……え?」



 何故に最後気を遣われたんだ? まぁ、間違ってないからいっか (自画自賛)



「それにしてもスライムの人間化なんてすごいことやってのけるなぁ」


「ふっふっふっ。すごいのはそれだけじゃないんですよ。なんとフユナは持ち前の冷気をコントロールしてホットなコーヒーすらあっという間にアイスなコーヒーにしてしまうんですよ。それで今度、サトリさんと三人で討伐に行く事になったんです。今日はそのための武器選びですね」


「ほう、サトリと三人でか。そうかそうか」


「カラットさん?」



 何やら黒い笑顔を浮かべるカラットさんが何を思ったのか、そのままフユナの背後へと忍び寄って行った。


 そして――



「そりゃーー!」


「わふ!?」


「あ、ちょっと。粘土じゃないんですからあんまりこねないでくださいね」


「ははっ、可愛らしくてついな。さてと」



 一通り両手でこねくり回したカラットさんは、ようやく我に返ったフユナの頭にポンと手を置いて話しかけた。



「初めまして、フユナちゃん。私はこの店の店主、カラットだ。その双剣が気に入ったのかな?」


「は、はい……よろしくお願いします。あの……すごく綺麗だなぁって」


「ふむ。分かってるじゃないか」



 そう言うと、カラットさんはやけに上機嫌になりながらショーケースの裏へ。そして戻ってくるなり、差し出してきたそれは件の双剣『カラット・カラット』だった。



「ほい、あげる」


「「……」」



 この人は何を言ってるの? とばかりに顔を見合わせる私とフユナ。展開に追いついていけないのは鈍いから――という訳では無いはずだが。



「これに目を付けるなんて見どころあるじゃないか。こうして出会ったのも何かの縁だ。私からのプレゼントさ。エンチャントはルノちんにしてもらうといいよ」


「え、でも……?」



 フユナの手が戸惑うように空中をさまよっている。『受け取る』半分『受け取れない』半分……若干、受け取る寄りかな。



「あの、カラットさん? ボケなのかどうかはさておき、タダじゃ悪いので普通に買いますよ? ……百年払いくらいで」


「魔女が言うとシャレになってないな。至って真面目だぞ」


「試練をなんちゃらかんちゃらーーはどこへいったんです?」


「あれは顔パス。まぁこうして友達になれた記念だから気にするなって。返品は受け付けませーーん!」



 何がカラットさんのお眼鏡に叶ったのかはよく分からないが、当の本人は指でバツを作って引く気は無い様子。



「うーーん……ありがとうございます?」


「うんうん。どんどんぶった斬ってくれよ!」



 まぁ、フユナも欲しそうにしていたし、頂けるというのなら有難く頂くとしよう。



「良かったねフユナ。そういう事だから遠慮しないで受けとって大丈夫だよ。でもぶった斬るのは野蛮だからやる時には華麗にお料理してあげてね」


「う、うん。ありがとうございます、カラットさん!」


「どういたしまして。武器の事で困った事があったらまたうちにおいで。用が無くても来ていいぞーー!」



 カラットさんは満足そうな表情でフユナの頭を優しく撫でているが、なんだか孫にプレゼントをあげるおばあちゃんみたい。いや、ごめんなさい。



「ところでルノちん。言った通りエンチャントは任せるけど、やり方は分かるかい?」


「はい。どんな能力にするかも、何となく決めました」


「うむ、なら良し。一応言っておくけど、エンチャント出来るのは一回きりだからそこだけ注意してな」


「もし失敗しちゃったらまた加工し直してください」


「ルノちん? それ、めっちゃ大変なんだぞ? (ニコッ♪)」


「頑張ります……てへ」



 こうして、私はカラットさんから『本気でやれ、ばかやろう』の笑顔を頂いて本日は終了となった。まさか魔女で、しかもサトリさんの師匠と友達になる日が来るとは思いもしなかったが、これは良い話のネタができたものだ。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「「ごちそうさまでした」」



 その日の夜。心做しかいつもより早く夕食を終えた私達に、さっそくエンチャントタイムがやって来た。テーブルの上には本日の戦利品『カラット・カラット』が置かれている。



「なんだかドキドキするなぁ。さっそくだけどフユナはどんな能力にしたいとかあるかな?」



 一応、私の方でも考えてはあるが、使うのはフユナなので、要望があるなら取り入れていきたい。



「えっとね、属性で言うなら氷がいいなって思ってる」


「ふむふむ」



 私はてっきりサトりんと同じ風、と言うかと思っていたのでちょっと意外だった。やはり根っこの部分は氷のスライムなんだな。じつは私が考えていたのも氷なのでちょうど良かった。



「よし。それなら属性は氷で、さらにフユナが元から持つ冷気の力で威力上昇、あとは冷気の結界なんてかっこいいなぁ」


「そんな事もできるんだ?」


「ふっふーーん。武器の事はあんまりだけど、魔法の事なら任せてよ。最高のエンチャントをしてあげるからね」


「ドキドキ……!」



 さらに悩むこと数分。イメージが固まったところで属性や能力、その他諸々を魔力と共に指先に集中し『カラット・カラット』に注ぎ込んだ。すると、ダイヤモンドのような無色透明の刀身が薄い水色に変化し、まるで氷のようになった。無事に成功したみたいだ。



「ほっ。緊張したぁ」


「綺麗だねーー!」



 私とフユナはお互いに双剣を一本ずつ手に取ってじっくり眺めてみると、色が変わった『カラット・カラット』は、命を吹き込まれたようにひんやりと冷気を漂わせているのが分かった。最高の武器に最高のエンチャント。世界最高の双剣がここに誕生した瞬間であった。



「そしてその使い手。最高の双剣使い『フユりん』だね」


「なんかそれやだーー!」


「あはは……どうどう」



 憧れのサトりんからとった名前だったのだが、お気に召さなかったらしく、ぷりぷりと怒って頬を膨らませてしまうフユナ。失礼ながら可愛いと思ってしまった。




 こうしてフユナはめでたく双剣使いとしての第一歩を踏み出し、数日後、憧れのサトりんの弟子になるのだが……それはまた別の話ということで。




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