第二十九話〜忘れられた看板娘〜
ヒュンガル温泉に初めて行ったあの日、私達はすっかり温泉の虜になってしまった。そういえばあの時、サトリさんがこんな事を言っていた。
『二人とも、温泉にうつつを抜かしてないでカフェにも来てよね。わたし泣いちゃうよ?』
「うーん、ここ最近出掛けるといったらここばかりだったからなぁ。食事スペースがあるからお茶もできるし」
そろそろサトリさんが泣いている頃だろうか?
「どうしたの、ルノ。ぼーっとして」
「ん、なんでもないよ。ここの温泉が気持ちいいなぁーと思ってね」
「うん。結局、あれから毎日来ちゃってるね」
そう。あれから一週間、毎日来ているのだ。冗談半分で言ってたであろうサトリさんの言葉が現実となってしまったのだ。
「でも、まだ一週間だしこのくらい普通でしょ。こんなに気持ちいい温泉なんだから。……フユナ、明日も来ようか」
「うんっ。毎日でもいいよ」
うんうん、フユナも気に入ってるみたいで良かった。とりあえず飽きるまでは毎日来ようかな。そうすればそのうち飽きて落ち着くでしょ。
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そうして次の日も。また次の日も、温泉に通った私達。気が付いた時には……
「ルノ、もう一ヶ月もここに来てるね」
「あれ? もうそんなにか。飽きちゃった?」
「ううん、全然。明日も来るでしょ?」
「うん。もちろんだよ」
そしていつしか、毎日温泉に通っていた事で、きれいさっぱり記憶から消え去ってしまったのです。カフェのこと。そしてサトリさんのことも。
そしてさらに次の日の事。
「わーい、一番だ!」
私達は朝から温泉やって来ていた。もはや家でお風呂に入る感覚と変わらない。
「ふぅ、一番風呂は最高だね」
「フユナ達だけの温泉みたいでいいねー」
と、そんな時。
ガラッ……!
「あ、他のお客さんが来たみたいだね」
「ほんとだ。綺麗な人だね」
そんな言葉を交わし、再びまったりする私達。すると、その女の人が私の横に来た。おー、緑の髪が綺麗だなぁ。
「あのーお隣よろしいですかぁ?(ニコッ♪)」
「あ、はい。どうぞどうぞ」
「最近、よくここに来てるみたいですね(ニコニコ♪)」
「あーそうなんですよ。ものすごく気に入っちゃって。ほら、この村ってここくらいしか楽しめる所ないじゃないですか」
「えーそうですかぁ? ほら、カフェなんかもあるじゃないですか(ニコリン♪)」
「え、カフェ? ……あったっけ、フユナ?」
「カフェってなに?」
「だよね。ほら、あなたの気のせいですよ。そんなへんちくりんな建物は存在しませんよ」
「へんちくりん……(ピクピク!)」
「はい。この村にはこの温泉施設と、ほかには武器屋とか本屋とかほかにも色々ありますけど。仮にその、カフェとかいうものがあったとしてもただの積み木ですよ」
………………ブチッ!
「ん、あれ……大丈夫ですか? なにかブチ切れた音がしましたけど」
「うがぁー! さっきから聞いてれば好き勝手言っちゃって! なに他人のフリしてるのさ! わたしのこと忘れたの!?」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください! わたしさん!」
「誰よ、わたしさんて! サトリだよ! サ・ト・リ!」
「サ・ト・リさん!? ……って誰? フユナ知ってる?」
「サ・ト・リさん!? ……ううん。知らないよ。サソリさんなら知ってるよ?」
「二人とも覚悟しろよー!」
メキ……!×2
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「いやぁ、一週間ぶりですね、サトリさん。てへぺろ」
「一週間ぶりだね、サトリちゃん! てへ」
「一ヶ月以上経ってるけどね……」
「あ、なにか食べます? 私、ご馳走しますよ」
「じゃあフユナはお水もってきてあげるね」
「……」
「「サササッ……!」」
数分後。
「はい、サトリさんの好きなテーショク!」
「はい、サトリちゃんのために丹精込めて入れたお水!」
「……ぐす」
あー! 泣いちゃった!
「ほ、ほら、サトリさん? 機嫌直してください。美味しいですよ?」
「どうせわたしのカフェなんて積み木だよ……」
「いや、ほら……あれはちょっとしたギャグですよ? て、てへぺろ?」
「じゃあなんで一ヶ月以上も来なかったのさ」
「え、何言ってるんですか? たったの一週間しか……いえ、ごめんなさい」
「……ぐすっ!」
「ちゃんと理由はあるんですよ? ほ、ほら、サトリさんに関する記憶が温泉にきれい上書きされたっていうか?」
「つまり忘れてたんでしょ?」
「そんなことないですよ?」
「嘘だ! タイトルにも書いてあるじゃん!」
「……」
「うわぁぁぁん! ひどすぎる!」
また泣いた! 大泣きしちゃった!! フユナー! 助けてー!(チラッ)
「サトリちゃん……? 会いに行けなくてごめんね? フユナは積み木なんて思ってないよ? ルノだけだよ?」
「!?」
「だよね! やっぱりわたしの味方はフユナちゃんだけだよ! うぅっ……!」
「そ、そうですよ! サトリさんのカフェは村の埃ですよ!」
「ひ、ひどいっ!」
「あ、間違えた。誇り! 誇りです!」
「うわぁぁぁん!」
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あの後、数十分かけてようやくサトリが泣き止んで落ち着きを取り戻した。顔を上げたと思ったらケロッとしていたけど……ネタじゃないよね……?
「ふぅ。お腹いっぱい」
「食べ過ぎですよ……」
サトリさんは定食を食べて、デザートを食べる。それを三回ほど繰り返した。しょっぱいものの後は甘いもの的な法則だろうか。
「いやぁ、久しぶりに二人と話せて楽しかったよ」
「楽しかったって……やっぱりあれはネタだったんですか?」
「ん? 何のことかな?」
「今度はカフェに会いに行くね、サトリちゃん!」
「うん、楽しみにしてるよ」
そうして、私達のサトリさんに関する記憶は無事に戻り、平和な日常が戻ってきたのでした。
「一ヶ月で人の事きれいさっぱり忘れるなー!」
「ぐえっ!?」
めでたしめでたし。




