第205話〜ゾンビ役募集中!〜
〜〜主な登場人物〜〜
・ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。お化け屋敷は大の苦手。
・レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
ある日のティータイム。
太陽に照らされた心地良いソファーでのんびりしていると、同じく対面の席でのんびりしていたレヴィナが突然何かを思い出したかのようにハッとした。
「どうしたの? 平べったいコオロギでもいた?」
「い、いえ……そういえばルノさんに聞いておきたいことがありまして……これなんですけど……」
「なんか怖い切り出し方だね」
聞かなかったことにしようかと思いつつ待っていると、レヴィナが一枚の紙を差し出してきた。
冒頭には大きな文字で『ゾンビ役募集中!』と書かれており、勤務期間やお給料なの大まかな募集要項が記されている。
「お化け屋敷のスタッフ募集か。これやりたいの?」
「は、はい……! 私、実は前々から興味があって……! 私の魔法でゾンビが出せるじゃないですか? それをーー」
語り始めるレヴィナの目には熱が籠っている。
思えばレヴィナもカフェでのアルバイト以外はほとんど我が家の畑にあるキャベツ達と戯れているだけだ。この機会に自分の技能を活かせることを始めれば生活もより豊かになるだろう。
「勤務地はロッキの街ですけど飛んで行けばすぐなので……! ど、どうでしょうか……?」
「うん、いいじゃん。泊まり込みになるんだったらちょっと寂しくなるなって思ったけどこれなら大丈夫そうだね」
「はい……! 毎日お土産買って帰りますから……!」
まだ採用が決まった訳でもないのにテンションMAXのレヴィナはすっかりその気だ。
前向きなのは素晴らしい事だが、まずは採用試験を受けて合格しなければーー
「ってレヴィナなら余裕か。なんたってネクロマンサーだもんね」
「そ、そうですかね……? えへへ……」
口には出さないがレヴィナ自身も採用されることには何の不安も無いらしい。
それもそのはずで、彼女は泣く子も黙るネクロマンサー。蘇らせたゾンビを操ることに関して右に出る者はいないので、文字通り百人力の働きができること間違い無しだ。
「これは一人分のお給料じゃ足りないんじゃない? なんたってレヴィナの独壇場なんだから!」
「そ、そんなぁ……。そんなことも……あっちゃったりしますかね……?」
「も〜! その気しかないくせに〜!」
いつの間にか私までテンションが上がってしまいちょっとしたお祭り騒ぎになる我が家のリビング。
なんにせよやると決まれば行動あるのみ。自称合格間違いなしの私達は改めて募集要項に目を通してピキッと固まった。
「あの……レヴィナさん? 今日は何日かご存知で?」
「えっと……ぁ」
採用試験は現地にて随時行われております。尚、締め切り日はーー
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大樹の街ロッキ。
メインストリートには街の名前を象徴する『ロッキ』の大樹が左右に三本ずつ、計六本並んでおり、それぞれが雲を突き抜ける高さを誇っている。
頂上付近に築かれているのは同じく六種類のイベントエリア。食事、お土産、安らぎ、恐怖、空中列車、湖といったテーマが大樹ごとに設定され、一つの遊園地のようになっている訳だ。
そして本日。より具体的に言うなら採用試験の受け付け最終日。
お化け屋敷がある『恐怖の樹』に慌ただしく息を切らせてやって来たのは言うまでもなく私とレヴィナである。
「今更だけどなんで私まで? 保護者同伴は分かるけど私達ってそんなちっぽけな関係だったの!?」
「ひえぇ……!? す、すいません……! あくまでもあそこはルノさんの家なので……!」
とまぁ、そんな冗談はさておき来てしまったものはしょうがない。
幸いにもお昼前の受け付けにはギリギリ間に合ったようで当然と言えば当然だが私達ーーと言うよりレヴィナで最後だった。
「ど、どうしましょう……? 家ではあんなこと言いましたけど急いで来たので何の準備もできてません……」
「う〜ん、まぁ最後の希望者ってことである意味しっかり覚えてもらえるから大丈夫だよきっと」
「うぅ……そうだといいんですけど……」
緊張するレヴィナの背中を擦りながら待つこと数分。
現在地が『恐怖の樹』ということもあって、辺りは生い茂った葉の薄暗さと、時折聞こえてくるゾンビのような呻き声で昼間とは思えない不気味な空気に満たされていた。
過去に私もここのお化け屋敷を体験したことはあるが、よくもまぁ我慢できたなぁと我ながら感心する。
「そういえばルノさん……ここのお化け屋敷ですごい悲鳴上げてましたよね……」
「ち、ちゃんと我慢できたから! ちょっとしか叫んでないから!」
「ふふっ……」
徐々に落ち着いてきたのか私をダシにしてリラックスするレヴィナ。
すっかり緊張もほぐれたようなので摩る手を下ろすと、ちょうど係の人がやって来てレヴィナが呼ばれた。
「そちらは付き添いの方でしょうか? 良ければご一緒にどうぞ〜」
「えっ?」
一瞬迷ったが、チラッとこちらを見るレヴィナが一緒に来てと目で訴えてきたので私も同席することに。
「って、なんでよ!? これじゃ本当に保護者じゃん!」
「ご、ごめんなさ〜い……!?」
これは後でアイスでも奢ってもらうしかない。そんなことを考えながら近距離でボソボソ争っているとついに試験官らしき人が現れた。
「では君達で最後だね。ギリギリに現れて友達と一緒とはねぇ……ま、よろしく頼むよ」
ピシッとスーツの襟を整えながらため息混じりに語る試験官殿はかなり面倒くさそうに言った。いきなり辛口だ。
「お遊びじゃないのは分かってる? んん?」
「ひぇ……!?」
早くも圧力に屈したレヴィナが私の腕にくっついて来た。そこはせめて仰け反る所でしょうが。
「ちょっとレヴィナしっかりして……! 世の中にはこういう頭のイカーーコホン! こういう圧力で受験者を試すタイプの試験官もいるんだよ……! お化け屋敷の係なんだから肝が据わってなきゃアピールにならないよ……!」
しかし人間そう簡単に割り切れるはずもなくーー
「じゃあ試しに今から一分以内に私を驚かせてみてよ。はい、スタート」
「えっ……!?」
「始まってるよ。ほら、何でもいいから早くやってごらん? できないの? はい、時間切れね」
「…………えぇっ!?」
突然の無茶振りに狼狽えたり。
「君、ここのお化け屋敷に入ったことある? ゾンビ役はお客さんを驚かせるのが仕事なんだよ? こうやって………………ヴアァッ!!!」
「ひゃあああっ!?」
突然の大声に目を回したりなどなど。
完全に試験官のペースでもはやレヴィナの存在は無きに等しいものに成り下がっていた。
そしてトドメの一言。
「帰っていいよ。やる気ない人はいらないから」
「そ、そんなっ……!?」
何とか食い下がろうとするレヴィナだが、既に結論を出してしまった試験官は席を立ってしまった。
そして部屋を出る直前。チラッとレヴィナの方を向いて軽蔑するように「フンッ」と鼻を鳴らすと、最後に私の方を向いてーー
「君も友達なら向いてないものは向いてないとはっきり言ってやったらどうだ? 仲良しごっこなら他でやるといい」
「カッチーン!」
次の瞬間、思わずブチ切れ音を口に出して立ち上がってしまった私は出口を極厚の氷で覆い、試験官の背を睨み付けた。
「勝手に人の気持ちを決めつけないでもらえます? 私は向いてると思ったから背中を押したんですけど」
「ルノさん……! お、落ち着いてください……!?」
「落ち着いてるよ。ねぇレヴィナは悔しくないの? あんな矢継ぎ早に言葉を発して喋る機会も与えないなんてズルいじゃん」
「それは……えっと……」
「安心して。レヴィナさえ言ってくれれば私、この手を今すぐ汚してもいい。咲き誇れ……っ!!」
「わぁ〜!!? や、やっぱりちゃんと落ち着いてくださいルノさん……!?」
今にも氷像の刑に処する勢いの私を宥めるレヴィナ。すると、振り返った試験官はニヤリと笑い、傍にあったテーブルにドカッと腰を下ろした。
「魔法とは面白い。君も魔女か?」
「は、はい、一応……」
「いいだろう、もう一度だけチャンスをやる」
そう言いながら挑発的な態度でレヴィナを見る試験官は、親指を立てた手で私の氷を示しーー
「こういう事をやってみろ」
そう言い放ち、改めて試験官の仮面を付け直したのだった。
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もう一度だけチャンスをやる。
その言葉を受けて後には引けなくなったレヴィナは意を決して試験官に言い放った。私のお化け屋敷を体験してみてください……と。
「よく言ったよレヴィナ! それでこそ私が認めたレヴィナだよ!」
「ありがとうございますルノさん……私、頑張りますっ……!」
試験会場を出てやって来たのは急遽貸し切りになったお化け屋敷の一角。
広さだけで言えば全体のほんの一部に過ぎないが、それでも徒歩なら五分は楽しめる十分な距離がある。実力を示すにはうってつけだ。
「さて、もうすぐアイツが来るよ。どうするレヴィナ……この機に乗じてやっちゃう?」
「も、もう……! 冗談はその辺にしてください……!」
今現在、私は良い感じにリラックスしたレヴィナと共にお化け屋敷を見渡せる木々の高台に身を潜めている。
この場所を司令塔とし、そこら中に配置したゾンビで試験官を驚かせる。もちろん、全てのゾンビがレヴィナの死霊術によって生み出された正真正銘、本物のゾンビだ。
「じゃあ私は一足先に行くね。ファイトだよレヴィナ」
「はい……!」
もちろん、これだけで合格できるとは思っていない。
仮にも相手はお化け屋敷の経営者。いくら本物のゾンビを使ったからといって驚く保証はないので、だからこそ私の出番という訳だ。
手始めに黒い袋を被ってお化けに扮した私が飛び出す。当然、雑な驚かせ方で試験官は呆れるだろう。だからこそ、後に続く本物のゾンビ達が活きる!
「ふっふっふっ……! 驚かせる側になるとこんなにも楽しいものなんだね……!」
お化け屋敷最高!
そんな風に心の中で叫びながら待っているとついに試験官が現れた。
「今だっ…………ぐおおお〜っ!!!」
「お〜っと、これは驚いたなぁ」
ガサガサガサ〜!!!
予想はしていたが、やはり勢いよく飛び出した私に試験官はまるで驚いていない様子だった。それどころかいとも簡単に被っていたゴミ袋を引き剥がし、私の素顔を晒してきた。
「ちょっと。お化け屋敷でお触りは禁止ですよ」
「こんな子供騙しはお化け以前の問題だ。もう一人はどこだ?」
「先に進めば分かりますよ。ご自分のペースでどうぞ」
「ふん、いいだろう。期待するだけ無駄みたいだがな」
作戦成功。余裕たっぷりの試験官はレヴィナも似たようなレベルの驚かせ方をしてくると油断している。これなら私の犠牲にも意味があるというものだ。
「ふむ、まだ出てこないな。君を置いて逃げたんじゃないのか? ははっ!」
薄暗い森を彷徨うように、しかし迷う事なく進む試験官は後ろを付いて歩く私に勝ち誇ったように言葉を投げかける。
そんなことを言ってられるのも今のうちだ。心の中で不気味に笑いながら私は試験官が腰を抜かす姿を想像して今か今かとゾンビの登場を待った。
それからしばらくして。
「おかしいな」
前を歩く試験官が立ち止まったかと思うと辺りをウロウロし、何やら考え込んでから私の方へ近付いてきた。
「迷ってしまったようだ」
「はっ?」
意味が分からず呆然とする私の前で試験官は強気の態度を崩さず「迷ってしまったようだ」と同じ言葉を繰り返す。なので同じく私も「はっ?」と繰り返した。
「そんな訳ないじゃないですか。私ですら迷いませんよ」
「それはこちらとで同じだ。だが事実、未だに出口に辿り着けていない。私が一度でも足を止めたか?」
「…………止めてませんね」
ではなぜ?
疑問符を浮かべつつも止まっていては意味が無いので渋々進む私と試験官。
いつの間にかお互いに並んで歩いていることにも気付かず、正体の分からない不安に駆られるように進み続ける。
やがて辿り着いたのは行き止まりだった。
「どういうことだ?」
「さ、さぁ……」
私にも分からない。
準備の段階でレヴィナと一緒に高台から全体像は把握済みだ。それなりに歩く距離はあってもほぼ一本道で、少なくとも行き止まりなど存在しなかったはず。
ならこれはいったいどういうことか?
私達の目の前には行き止まりしかなく、視線を上げても複雑に絡み合った蔓や枝が行き場を無くしているのだ。極めつけは私達が歩いてきたはずの道。それすらも壁に遮られている。
「「…………」」
沈黙。そして今度こそ混乱の極地に至る私と試験官はお互いに顔を見合せて黙り込んだ。
次の瞬間。
「ヴアアアッ!!!」
「アアアアアッ……!」
「グオオオオオッ!!!」
四方八方、あらゆる方向から伸びて来る不気味な物体達。
グニョグニョと蠢きなから分裂した壁だった何かがヨロヨロとなだれ込み、木々の隙間を縫って迫る何かが無作為に首筋や脇腹を摩るーー逃げようにも逃げられない原因の数々は、暗闇で呻き声を上げる正真正銘、本物のゾンビ集団だった。
「「うぎゃあああああッ!!?」」
その日、恐怖の樹を象徴するお化け屋敷に響いた悲鳴はアトラクションの域を優に超えており、ちょっとした騒ぎになったらしい。
噂によると、その後しばらくの間はお化け屋敷の経営は中止せざるを得なくなり、その原因は恐怖に押しつぶされた試験官とそれに関わる二人の魔女が原因だったんだとか。
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数日後。
「レヴィナ〜? あのお化け屋敷から手紙が来てるよ」
「あっ、それって……!?」
我が家のリビングでのんびり寛いでいるレヴィナに届いた手紙を渡すと、彼女はついに来たかと目を輝かせながら封を開けた。
「えっと……!」
言うまでもなく合格通知だろう。
蘇るあの日の思い出。度が過ぎた恐怖体験のおかげか、ある意味で仲良くなった私と試験官が大人気なく涙を流しながら元凶のゾンビ達に救い出されるという前代未聞の騒ぎを考えれば当然の結果だ。
私としては正直二度と味わいたくない体験だったが、だからこそお化け屋敷にやって来る人々には刺さるアトラクションになるはずだ。
「あの試験官にも感謝して欲しいよね。あそこでレヴィナを落としてたら今頃きっと後悔してるーーってどうしたの?」
「…………」
合否を確かめるにしては随分と長い。まさか上から下まで一言一句読んでるんじゃないだろうな?
「も〜レヴィナってば焦らさないでよ。そういうのって合否が大きく書いてあるからすぐ分かるでしょ? もういいや、言っちゃうね。おめでとうレヴィナ!」
「不採用です……」
「んっ?」
「不採用です……」
「……なんで」
不採用。聞き間違えるはずのない三文字に絶句しながらここにはいない試験官の顔を思い浮かべる。私達はあの至高の恐怖体験を経験した仲間じゃないのか?
「仲間になれたと……思ったのに……!」
悔しい。まるで見知らぬ土地で一人だけ取り残されてしまったような気持ちだ。胸が締め付けられる……!
そんな風に思っていると。
「『怖すぎて無理。あの至高の恐怖体験は刺激が強すぎる』って書いてあります……」
「…………」
ですよね。
改めて芽生えた仲間意識を胸に秘め、私はレヴィナを慰めることに集中するのでした。




