第二十話〜氷の魔女VS風の双剣使い〜
夜も更けて、誰もが寝静まる時間帯。
我が家もそれは同じで、今から寝るところだ。
「さて、そろそろ寝ようか?」
そう言いながらフユナに視線を向けてみると、見慣れた光景が広がっていた。フユナがベッドの上で『双剣使いサトりんのワクワク冒険記』を読んでいる。
「ちょっと待ってー」
「いいけど……それ、まだ最後まで読んでなかったの?」
「ううん、読んだよ。今は十回目くらい」
「え、そんなに読んだの……」
読み過ぎじゃない? 飽きないのかな? なんて思っていると不意に……
「ねぇ、ルノ」
「うん?」
「この本、次のやつは無いのかな?」
「あー、考えたことなかったな。サトリさんて今はカフェの看板娘だし。無さそうな気がするけど」
「そうだよね……」
今のサトリさんが本を出すとなると『看板娘サトりんのドキドキ接客術』になってしまう。そんないかがわしい響きの本は読ませられないよ!
「いい機会だから、明日カフェに行って聞いてみようか」
「うん!」
フユナもこう言ってるし、なんとか本を出してくれるといいな。いかがわしい響きじゃないやつね。
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そして次の日。
私達は朝からサトリさんのカフェに来ていた。もちろん空いている時間を狙って。
「二人とも、いらっしゃい!」
「おはようございます」
「おはよう、サトリちゃん」
私とフユナはいつものテラス席に腰を下ろした。続いて、サトリさんがいつものように私達は前の席に腰を下ろす。もはや定番だよね。
「サトリさん。早速ですが……今日は大切なお話があって来ました」
「ごく……」
「え、なに? 改まっちゃって……」
場の空気がいつもより重い……気がする。
「まずは……」
私はそこでフユナと顔を見合わせ、頷きあった。
「コーヒーとチーズケーキを二つください」
「ズコッ! 思わせぶりな態度とっておいてそれ!?」
「いえ、これは別に話とは全く関係無いですよ?」
「と、とりあえず用意してくるからお待ちを……」
その後すぐにコーヒーとチーズケーキを持って、サトリさんが戻ってきた。ちゃっかり自分の分もあるし!
「お待たせー! それで……話って何かな?」
「はい。では、改めて。サトリさん」
「はい……」
「次の本はいつ出すんですか?」
「え、本?」
「フユナも楽しみにしてるんです!『看板娘サトりんのドキドキ接客術』を!」
「そんないかがわしい響きの本は出す予定ないよ!?」
「ルノ! フユナもそんな本はいらないよ!」
「フユナ……安心して。私が説得してみせるから。それでサトリさん。一体いつその本は……」
「ルノのばかー!」
「ひぇぇぇ!?」
私は猛吹雪を浴びました。ちょっとふざけすぎちゃった……
「コホン。つまりですね、あのサトリさんの本。その続編みたいなものを出す予定は無いんですか?」
「続編かぁ。っていっても、あれは昔の話だし、今のわたしが本なんて出してもカフェのお話になっちゃうよ?」
「やっぱりそうですよね……」
「しゅん……」
そこでしばらくの間、沈黙が続き。
「完全に妄想でいいなら書けないこともないないよ? わたしならあーするかなーみたいな」
「ほんと? 読んでみたい!」
「ふむ。そこまで言われちゃ仕方ないね。今こそわたしのフユナちゃんの願いを叶えようじゃないか」
フユナを取られた!? そういう事なら本はいらないですよ!
「でも、うーん……そうなるとネタが必要になってくるね」
「ネタですか? 妄想ならテキトーにやりたい事を書いてみては?」
「それもありだけど……でもほら、やっぱり体験出来ることならしたいじゃない?」
「まぁ、そうですね」
「……よし、ルノちゃん。付き合って」
「ごめんなさい」
「なんで断るのさ!?」
「いや、だってそういう趣味は……」
「今の『付き合って』は協力してって意味だよ! 話の流れで分かるでしょ! まったく、ルノちゃんはアホな子だなぁ」
ちょっとからかったらアホの子認定されてしまった。
「いいですけど何をするんですか?」
「ふふ……わたしと勝負だよ!」
今回ばかりは本当に話の流れが分かりませんでした。
私達はその後すぐに外へ連れ出されてしまった。サトリさん……お仕事は?
「よし、ここがいいかな」
現在の場所は私の家の近くの草原。そびえ立つロッキの樹がとても目立っていた。
つまりサトリさんの言い分はこう。
私と魔法で勝負し、それを元に戦闘シーンを考えるらしい。
「とりあえず雰囲気を味わえればいいからそんなにガチな勝負じゃないよ」
「なるほど。具体的にどうしますか?」
「双剣使っちゃうとルノちゃん瞬殺だからお互い魔法だけで勝負って感じかな」
プッチーン!
「何を言ってるんですか。魔法だけだとサトリさんが瞬殺ですよ?」
プッチーン!
「ふ、ふふ……いいのかな? わたしは双剣の方が本業と言っても過言じゃないんだよ?」
「私も魔法が本業ですよ。では、お互い本業同士にしましょう。その方が本のタイトルにも合っていますし」
「ふむ、確かに。んじゃそういう事にしよう」
という訳で急遽、私とサトリさんの決闘が決まりました。
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「妙な事になってますな」
「あ、あの……本当にやるの?」
フユナが不安そうに聞いてくる。グロッタもその場に駆けつけた。
「もちろんだよフユナ。私達が最高の本を完成させてあげるからね」
「そうだよフユナちゃん。憧れのヒーローが勝利する所を見てて」
ゴゴゴ……!
「恐ろしい展開にはしないでね……?」
「安心して、フユナ。サトリさんが氷漬けになるだけだからね!」
「ふふん、ルノちゃんが吹き飛んで終わりだよ!」
「それでは、勝負開始です!」
なぜかグロッタが審判みたいな事をやっている。
「いきますよ、サトリさん」
「どこからでもおいで!」
私はすぐに氷の杖を生成した。すると
ヒュッ……!
いきなりサトリさんが目の前まで来ていた。流石に速い。
私は地面に杖を一突。瞬間、氷の槍が突き出す。
「おっと!」
サトリさん距離を取るが、その後を追うように氷の槍が一本、二本、三本。ふむ、なかなか捕まらないな。
「速いですね、サトリさん」
「ルノちゃんこそよく打ち込めたね。すぐに吹き飛ばしちゃおうと思ってたのに」
「ふふ、本業ですからね」
よし、十分な距離もあるし試してみよう。
『迫る終焉……氷の牙……全てを砕け! 怪狼・フェンリル!』
私の声に応えるようにサトリさんの足元から特大の氷の牙が現れる。
「おぉ! あれは!」
「なにあれ!?」
そう。グロッタに教えてもらったフェンリルの魔法。サトリさんも初見の魔法に驚いている。
「くっ!?」
それでも反応したサトリさんは流石だった。風の双剣を巧みに使い、舞い踊るかのようにすべての牙を打ち砕いた。
「今ので氷漬けにできると思ったんですけどね」
あくまでただの手合わせなので、噛み砕くような魔法の撃ち方はしていない。
「ふぅ……ルノちゃん。とんでもない魔法撃つね。ホントに終わったかと思ったよ」
「ふふん」
「今度はわたしも行くよ!」
ビュッ……!
さっきより速い。このままじゃ間に合わないな。
「よし」
私はさっきと同じように氷の槍で迎撃しつつ、空いた手を前に。そしてもう一本杖を生成した。氷の槍と氷の弾丸。二つの技で対応する。
「むむ!」
キィンッ……!
私は片方の杖で防ぐ。槍と弾丸。これをくぐり抜けてきた。
ビュッ……!!
まずいな、まだ速くなってる。
キィンッ! キィンッ!
「まだまだ終わらないよ!」
ビュッ……!!! キンキン、キィンッ!! ビュッ……!!
「流石にそろそろ限界かな……このままじゃ」
私は一旦周りに氷の槍で壁をつくる。きっとすぐに壊されるかな。それとも上から来たりして?
「とにかく」
私は二本の杖を地面に突き刺す。続いて空いた両手で杖を追加。それを手には持たず、自分の周りに浮かせる。そうして杖の数は合計七本。突き刺した杖を再び両手に持つ。
その瞬間、氷の壁が一気に砕けた。
「風の魔法……すっかり忘れてた」
サトリさんは双剣が本業とはいえ、魔女でもあるのでかなりの魔法を使える。
「ルノちゃん……ヤバいね、その杖の数」
「サトリさんが速すぎて二本じゃおいつけないので……」
「ふふ。その様子だともっと速くても大丈夫そうだねっ!」
ビュッ……!
再び加速するサトリさん。だけどこっちもさっきとは違うからね。氷の槍、氷の弾丸。周りの五本の杖によって次々に繰り出されていく。
「それじゃまだまだ捕まえられないよ!」
「どこまで速くなるんですか……」
仕方ない。まだ両手の杖は空いている。再び詠唱開始。
『凍てつく空気……凍える大地……時を止めるは氷の化身。今こそ我が命に従い世界を変えよ!』
ガッガッガッ! ガガガガッ!
『迫る終焉……氷の牙……全てを砕け! 怪狼・フェンリル』
バキンッ!
氷の槍に氷の牙。しかも特大サイズ。結果は見えてるけどね。
「ふぅ、躊躇ないね……」
「サトリさんなら避けるって分かってたので思い切りやりました」
「避けるのも大変なんだからね!」
その後もしばらく勝負は続き、ついに夕方になってしまったようだ。
「んーこんなもんでいっか。日も暮れそうだしね」
「久しぶりに楽しかったですよ」
「はは、私もこんなスピードで動いたの久しぶりだよ」
「これで本は書けそうですか?」
「夢中で忘れてたけど、書ける書ける!」
私達は久しぶりに動いた事で心地良い爽快感に包まれていた。
うん。たまにはこうして身体を動かさないとだめだね。
こうして、ちょっと激しい一日は無事に終わりました。
その頃、私達の闘いを遠くで見ていたフユナとグロッタは……
「グロッタ」
「はい、フユナ様」
「もう双剣やめていい?」
「ふっ、わたくしはフェンリルやめます」
二人は私達の勝負を見て、心が折れていました。