第002話〜氷のスライム・フユナ〜
〜〜登場人物〜〜
ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
サトリ (風の魔女)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法に関してはかなりのもの。
フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、一緒に暮らすことになった。
村から数分の場所にある拓けた草原。
そこへ建てられている我が家。一階にはリビングとキッチンがひとまとめになったメインとなる大部屋があり、隣にはお風呂やトイレ、洗面所など。二階部分には寝室と、洗濯物が干せる程度の広さがあるベランダ。極めつけは外に広がる大きな庭――と言っても前述の草原の事だけれど。
兎にも角にも、そんな我が家は村の建物と比べてもなかなかに立派なものだ。雰囲気的にはサトリさんのカフェに似ていて、むき出しとなっている大木の柱と純白の壁が自然の風景の中で存在感を放っている。
「うぅん……もう朝か」
氷のスライムを家族に迎え入れた日の翌日。疲れが抜けきっていない私の顔を起きろと言わんばかりに照らすのは、登って間もない早朝の太陽だ。
「いたた……筋肉痛が酷いなぁ。やっぱり急に動くものじゃないね」
登山をしつつ片手間でスライムの討伐、山頂にて氷のスライムをゲット。文字にしてみればそれだけだが、ニート一歩手前だった身体にはそれなりのダメージとなっていたらしい。
「不老不死でも疲れは溜まる……と。ふむふむ」
となると、優先すべきは心と身体をリフレッシュするための朝風呂だ。一日のコンディションは朝風呂で決まるってね。
「てな訳でお風呂入るよ。って……氷のスライムはどこ行っちゃったんだろ。おーーい?」
昨晩は私と一緒に枕元で眠りについたはずなのだが……何かの拍子でベッドから転がり落ちてしまったのだろうか。
「でもパッと見、この部屋にはいないなぁ。ふむ……」
あっちへコロコロこっちへコロコロ。私のチーズケーキを捕食しようとしていた時もそうだが、意外にも機敏な動きを見せていたあの子の事だ。もしかしたら寝室を抜け出して一階のリビングまで移動したのかもしれない。なんて考えながら、なんとなしに浴室へ向かうと――
「なんだろうこの既視感」
目の前にはつい最近……というか、昨日見た光景と同じものが広がっていた。指定した時間に発動する魔法によって沸かされた湯がカッチコチに凍り、その中には同じく瞬きをしながらこちらを見つめる誰かさんの姿がある。言うまでもなく私の使い魔さんだ。
「まさか昨日も今日も自分から飛び込んで――ってこと? もしかしてこの子、アホな子なんじゃ……」
私はショックを受けながらも、ひとまず昨日と同じ火の魔法を使って救出にかかる事にした。相変わらず氷とスライムの境目が分かりずらいが、溶かしていけば自分から出てくるだろう。
「ピキピキーー!」
「ほらね。分かってたぞ、このこの」
昨日のワンシーンを再現するかの如く『ピョン』っと私の頭に乗っかる氷のスライム。習性なのかどうかはさておき、お陰様で私の頭はキンキンに冷されて目覚めはバッチリだ。
「まったく……。まさかこのやり取りがしたくてやったんじゃないでしょうね。氷のスライムなんだから氷に振り回されてたらダメでしょ?」
「ピキピキ……!」
「ん? クッキーならもう無いよ。あれはサトリさんのオリジナルなんだから。知らないけど」
「ピキピキ……!?」
一晩とは言え、共に暮らした仲だ。動きや鳴き声(?)で、ある程度の意思は分かるようになった私は、もはやスライムだということも忘れて一人の人間と過ごしているような錯覚に陥っていた。
「これはまさかの『前世がスライム説』が浮上してきたな。サトリさんの言葉もあながち間違いではなかったのかも」
「ピキピキ……」
そんなどうでもいい事を言いながら、今度こそお風呂に入るため、先程よりも強めの火の魔法を発動させお風呂を沸かしにかかる。カチコチの氷だったものが水になり、それが次第にお湯へ。心地良い湯気が立ち上り始めると、あろう事かまたしても氷のスライムが湯船に入ろうとしていたので、すかさず桶の中へポイ。
「まったく。アホな子説を身をもって証明しちゃだめだよ。てか君、そんなにお風呂が好きなの?」
「ピキピキーー!」
「ふーーん?」
好きだよーーん! と言っている。
「ピキピキーー!!!」
「うわっ!? ご、ごめんって。『好きだよ』かな?」
「ピキピキ」
「うんうん」
とまぁ、大体こんな感じですよーーということで、氷のスライムとのコントはこの辺でおしまい。
「とりあえず今日もカフェに行こうね。君の冷気対策も考えなきゃだし、サトリさんに相談すれば何かいい方法が見つかるかも」
「ピキピキ……!」
こうして、苦労の末にようやく入る事を許された朝風呂。湯船に浸かる私と、隔離された桶の中でコロコロと転がる氷のスライム。静寂な空気の中、本日の予定を立ててほっと吐いた息が平和な浴室によく響いた。
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村までの道中。普通に歩けばほんの十分程の道のりだが、使い魔となった氷のスライムが一緒という事で、新しい発見や思いがけない一面など、思いのほか充実した時間となった。
「ピキピキーー!」
「ん、なになに?」
すっかり定位置となってしまった私の頭の上から聞こえてきたのは喜びの類を示した声だった。なんとなしに手に取って観察してみたところ、行われていたのは氷のスライムによる捕食。木の実でも落ちてきたのかな? なんて考えながらその様子を暖かい目で見守っていると、不意に飛んで来た小さな羽虫が吸収され……溶けた。
「うぇ……!?」
つまりはこれも捕食。氷のスライムの身体は文字通り透き通っているので、木の実ならまだマシだが、現在のように虫を消化する過程が丸見えとなるとなかなかにグロいものがある。本日の知りたくなかった現実ナンバーワンだ。
「昨日はクッキー食べてたし、君はよく食べるねぇ。もしかしてなんでもいける感じ?」
ポイッ!
「好き嫌いしないのはいい事だけどグロいのは控えてほしいかなぁ。あ、でも『タンパク質豊富!』みたいな意味もあるのかな?」
ポイッ!
「それなら栄養バランスもら考えないと。ほら、そっちの方に野菜があるよ」
家族の健康管理は大事だ。なので私は、道を彩っている赤青黄色などの様々な野菜達――と言っても花や薬草なのだが、とにかく『肉の次は野菜』理論を実行するために、道から外れて氷のスライムを下ろしてあげた。
ちなみに、先程からポイポイやってるのは氷のスライムが冷たくて、左右の手で交互にポイポイしてるから。
「ピキピキーー♪」
「お、食べてる。えらいえらい」
待ってましたとばかりの勢いであっちへコロコロこっちへコロコロ。そんな調子で、どこぞのゲームのように転がりながら捕食する氷のスライムを追いかけて、文字通り道草を食いながらカフェに向かったのだが、村に到着するまでに掛かった時間は約一時間。そりゃ充実もするはずである。
「あはは、道草食いすぎちゃったね」
「ピキピキ……」
のんびり過ごすのは勿論、相談するという目的もあるので、混んでいる時間ではコーヒーセット(サトリさん付き)も注文できないので意味がない。急がねば。
「まぁ、いつも私が注文してる訳じゃないんだけどね。さ、早く行こ!」
「ピキピキーー!」
そんな訳で、村に到着した私達は目的達成のために、少々早足でカフェに向かった。
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「おはようございまーーす」
カランカランと静かな店内に響くベルの音が、私達の来店を伝えてくれる。氷のスライムとのお出かけという事で舞い上がっていた私は、思いのほか早く家を出ていたらしく、幸いな事に開店して間もない時間に到着する事ができた。
「いらっしゃい、ルノちゃん。おやおや、なんか頭の上に乗っかってるよ? ぷぷっ!」
「知ってるくせに……」
いつものように花咲くような笑顔で出迎えてくれる看板娘のサトリさん。普段ならこちらも笑顔を返すところだが、残念ながら入店早々に揶揄われたので白い目を向けつつ、いつものテラス席へ向かった。
「あはは、ごめんごめん。常連さんが増えてわたしも嬉しいよ。よしよし」
「それは良かったですね」
そう言って嬉しそうに氷のスライムを撫でるサトリさんだが、傍から見たら私が撫でられているような絵になっていて少々恥ずかしい。
「じゃ、いつものコーヒーとチーズケーキを二つでいいのかな?」
「二つ?」
「うん、氷スライムの分」
「あ、なるほど。でもこの子は来る途中で虫という名の道草を食べたのでお腹いっぱいです」
「うぇ……なんでも食べるんだね。じゃあコーヒーとチーズケーキ一つね」
「はい、お願いします」
注文を受けるや否や、ササっと一切無駄の無い動きで去っていくサトリさん。
待っている間、私は氷のスライムを撫でたり転がしたりして遊んでいたのだが、暇を持て余す間も無く注文した品を持ったサトリさんがやってきた。すでに用意されてたんじゃないかと思う程の早さだ。
「お待たせしましたーー!」
「ありがとうございます。……ん?」
注文したコーヒーとチーズケーキは私の目の前に置かれたというのに何故かお盆の上にはコーヒーが一つ。その疑問に答えるように、サトリさんは私の前の席に座ると、流れるような手並みで自分の目の前にコーヒーのセッティングを完了させた。
「ふ……(ドヤァ)」
「……」
もはやお馴染みとなったその光景には何の言葉も出てこなかった。何故なら今は私しかお客さんがいないからーーというのは入店した時に確認済みだ。
「ところで氷スライムとの生活は順調?」
「ん……」
コーヒーを一口飲んでから話を切り出すサトリさん。とりあえずのんびりしてからにしようかと思っていたが、目的の半分はそれなので丁度いい。
「お風呂ごと凍りました」
「なるほど」
端的に述べたその言葉だけで察してくれたのは、氷のスライムを見つけた時にはサトリさんも一緒にだったからで『?』マークが出なかったところからも分かるように想像するのは容易だったみたい。
「毎回そうだと困っちゃうね。こういう時こそ魔法でなんとかしてみたら?」
「ふむふむ。例えば?」
「そうだねぇ……一緒に暮らすんだからいっそのこと魔法で人の姿にしちゃうとか。ついで冷気も抑えてしまえばあら不思議。可愛い娘の誕生だよ」
「娘前提なのは置いておくとして。それはいいかも」
「でしょーー?」
さらっと魅力的な提案をしてきたのは流石である。今のスライム状態でも普通に話しかけていたが、それが人の姿だったらなんて考えた事も無かった。なんでもありのファンタジー世界ならではの解決法だ。
「んじゃ、ぜひその魔法教えてください」
「え? 当然、ルノちゃんが考えるんだよ?」
「えぇ……」
「ほら、私達は何? これくらいできないで何が魔女さ! 口より先に手を動かしな!」
「いや、先に詠唱しなきゃだから口の方が」
「できるまでコーヒーとチーズケーキはお預け!」
「うわ、横暴だ……」
私が注文した品々をスーーっと自分の方へ手繰り寄せて、チーズケーキに至ってはそのままお口にポイするサトリさん。おい。
「ほらほらルノちゃん? 大好物のチーズケーキが無くなっちゃうよ? んーー美味しい」
「くぅ、この悪魔め……!」
兎にも角にもやってみろ! という事らしい。まぁ、案を出してくれただけでも御の字だ。もちろん、後で新しいものは頂くが。
「それじゃあ……冷気で困らないようにするのは当然、どうせならかわいい子にしたいですね。ふふ……ふふふ……!」
「確かに。人間の姿で氷漬けはホラーだからね。まぁ、今のルノちゃんの顔もなかなかホラーだけど」
なんだか失礼な事を言われた気がするが今はそれどころじゃない。私は指先に魔力を集中し、その効果をイメージしながら氷のスライムの周りに魔法陣を描いた。冷気の緩和……そしてかわいい子……かわいい子……かわ(以下省略)
「よし、できました。イメージは完璧です」
「どんなイメージなのかは触れないでおくよ。なんかドキドキしてきた……!」
サトリさんが前のめりになって見ているが、私もかなりドキドキしている。これが成功した日には生活が変わるのなんの。
「よーーっし。ではいきますよ」
「ごく……! (ゴク)」
「今、さりげなくコーヒー飲んだでしょ。それも新しいのもらいますからね」
「バレたか。とにかく早く早く!」
「まったくもう。では今度こそ……とりゃ!」
意を決して魔法陣を発動させると、溢れ出てきた光が氷のスライムを包み込み、直視できないほどの輝きを放ち始めた。他にお客さんがいなくて良かったなぁなんて思いながらしばらく見守っていると、やがて光が消え、そこには人間の姿になった氷のスライムが現れて――お行儀が悪いのですぐにテーブルから下ろしました。
「「おぉ……!?」」
私達はお互いに驚愕の声を上げ、その姿に魅入るばかりだった。背は私より少し小さく、うなじが隠れる程度のショートカットに前髪ぱっつん。そこから覗くパッチリと開いた目が透き通った氷のように美しい。
「ルノちゃんはこういう子が好みなんだね」
「私が変な性癖持ってるみたいに言わないでくださいよ。あくまで、かわいい子にしてあげたいっていう親心です」
「ふぅーーん?」
確かに私好みなのは否定しないが、その含みのある目はやめて頂きたい。そして早く新しいコーヒーとチーズケーキを持ってきて頂きたい。
「いやいや、可愛いなぁと思ってね。ほい、新しいコーヒーとチーズケーキ」
「それはどうも……」
そんな事を言っている間もなんだかんだでサトリさんの視線は氷のスライムに釘付けだ。肝心の本人はキョロキョロして落ち着かない様子たが、いきなり人間の姿になったのだから無理もないか。
「よし」
私はポンと氷のスライムの頭に手を置いて、まずは安心させる為にやさしく話しかけた。
「それじゃ、改めて。私はルノ。あなたの……あなたの? ……お母さんだよ」
「ぷっ! お母さんなんだ?」
「そ、そうですよ……」
急遽思い付いた事なのであまり突っ込まないでほしいな。恥ずかしいので。
「うぅ、顔が熱い。えっと……言葉は分かるかな?」
「……」
そもそもの問題だがそれは杞憂だった。私の言葉に、氷のスライムはコクンと頷いて反応を見せるとニコッっと微笑み――
「うん、分かるよ。ルノ」
「……!」
少し戸惑っているものの、会話は出来るようだ。むしろその可愛らしい微笑みに射抜かれた私の方が――と、そんな事は置いておこう。とにかく微笑んで私の名前を呼ぶその姿は可憐そのもの。一番の悩みの種だった冷気対策も問題無さそうで、撫でてみたところ、少々ひんやりするがそれだけだ。
成功して何より! というか、これは想像以上だ。これから一緒にお話したり、買い物行ったり、あとはご飯を作ったりしてーー
「おーーい。ルノちゃん、帰っておいでーー!」
「はっ……!?」
今後の生活を夢見て自分の世界に入っているとサトリさんの声によって引き戻された。危ない危ない。
「すいません、出掛ける時にどんな服を着せようか悩んでて。お揃いにしちゃおっかなぁ〜〜?」
「こりゃだめだ……」
相変わらず氷のスライムの頭を撫でる私だが、ふと思った事がある。自分の子供(?)が出来た時に誰もがぶち当たるあの壁。
「そうだ……名前」
「ねぇ、ルノちゃん。わたしにも撫でさせてよ。おーーい」
なんだかペチペチと走る衝撃と共に声が聞こえるが少々お待ち頂きたい。今、良い名前が思い付きそうなのだ。こんなにも可愛い姿になったのにいつまでも『氷のスライム』なんて呼ぶのは可愛げがない。……閃いた!
「あなたの名前は『フユナ』ね」
「フユナ……?」
「そう、あなたの名前はフユナ。これからよろしくね」
「うんっ! よろしくルノ!」
氷のスライム、改めフユナは何度か瞬きをした後にニコリと笑った。天使ですか? 天使ですね。
「いい名前だねーー! こんにちは。わたしはルノちゃんの友達のサトリだよ。よろしくね!」
「よ、よろしくお願いします。えっと……」
「だめだよフユナ。この人はケーキを横取りする横暴な悪魔――ぐえ」
「まったく、誤解を招くような事言わないでよね。私の事は『サトリちゃん』でいいよ。フユナちゃん!」
「うん、よろしくねサトリちゃん!」
「あ、それなら私も『ルノちゃん』にしようかなぁ? ちょっと呼んでみてよフユナ」
「ル、ルノ……ちゃん」
「ぽっ」
「まったく、何を張り合ってるのさ。あれはルノちゃんのボケだからスルーしていいんだよフユナちゃん」
「うん、分かった」
「ひどい」
割と本気だったのだがボケたかいもあって、フユナも少しずつこの空気には慣れてきたみたいだ。時折、笑いながら会話に加わってくる辺り、なかなか良い出だしではないだろうか。
「そうだ、ちょっと待っててね!」
会話に一段落した所で突然立ち上がったサトリさんは厨房へ一直線。そして大した時間も掛けずにコーヒー、そしてローソクが一本立ったチーズケーキを持って戻ってきたのだが一体……?
「はい、どうぞ。わたしからフユナちゃんへのプレゼントだから遠慮しないで食べてね!」
「わ、ありがとうサトリちゃん!」
地の利を活かして一気にフユナとの距離を縮めてきたサトリさん。こしゃくな。
「じゃあ私も食べたいなぁ」
「はい、ご注文ありがとうございます!」
「あ……!?」
どうやらフユナのは誕生祝いで、私のは『ご注文』らしい。分かってました。分かってましたけど!
「美味しいね、ルノ」
「ん、そうだね。ぐすっ」
少々の涙が出てきたが、とても嬉しそうにケーキを食べるフユナを見てみると、それだけで全てがどうでも良くなってきた。これが癒しの力か。
「そういえばさ、フユナってスライムの時は色々と食べてたけど、好き嫌いはないの?」
「うん、人間としての食事はまだ分からないけど大体は大丈夫だと思う。このチーズケーキは好きだよ」
「ほうほう」
言われてみれば確かに昨日は私のチーズケーキを捕食してたからな。好物だったのか。
「なるほどねぇ。あ、でも人間の時に虫は食べないで欲しいかな」
「え?」
「なっ!?」
ふとフユナの手元を見ると綺麗な指に掴まれた茶色くてピカピカのコオロギがいた。それはもちろん捕食のための行為であり、今となっては阻止せねばならない!
「だめ! だめだよフユナ!? ちょっとサトリさん! なんで店内にコオロギなんているんですか!?」
「何言ってるの。それはゴキブリさ」
「なお悪い! フユナーー? そのコオロギは外にポイしようね。あと手もちゃんと洗うんだよ」
「う、うん……? 分かった」
可愛い女の子が虫を食べる姿なんて一部のマニアしか喜ばない。共存の道はなかなか険しいようだ。
「ところでさ、フユナちゃんは魔法は使えるの?」
「魔法?」
「そそ。氷のスライムだから……氷の魔法とかさ」
「うーーん?」
フユナが転校してきたばかりの子みたいに質問攻めにあっているが、それは私も気になる所だったので黙って見守ってみた。
「えっと、魔法についてはよく分からないけど、こうやって冷気で――」
「!?」←私
質問に答えるかのように、近くのカップに手をかざすと、あっという間に氷になった。それ、私のコーヒーですフユナさん。
「ぐすっ……!」
「やるねぇ、フユナちゃん!」
「えへへーー!」
私はお察しの通りだがサトリさんは感心していた。それもそのはずで、手をかざしてから氷になるまでほんの数秒。元からの能力なのかはさておき、冷気をコントロールするその力は魔法と大差ない威力だった。
「これならフユナも一緒にモンスター討伐行けそうだね」
「討伐?」
「そうそう。スライムとかを倒したりするの。あ、でもそれだと同士討ちみたいになっちゃって嫌?」
「ううん、そんなことないけど……フユナにできるかな?」
「今のを見る限り全然大丈夫だと思うよ。それに何かあれば私が守ってあげるから安心して」
「うん。それなら行ってみたいな」
心なしか、討伐の話になってからフユナがワクワクしているように見えた。意外と好戦的なのかも。
「面白そうだね。良かったらわたしも連れてってよ」
とのこと。サトリさんは好戦的でも特に違和感はない。横暴だから。
「分かりました。それなら今度三人で行きましょう」
「オッケー!」
「うん!」
そんな感じで、急遽三人でスライム討伐に行く事が決定。なんだかピクニックに行くみたいなノリで緊張感に欠けるが、正直な気持ちで言えば私もかなり楽しみなのでテンションは上がる一方だ。
「でも良かったね、ルノちゃん。これでお風呂が氷漬けになる心配もないんじゃない?」
「そうですね。冷気のコントロールまで出来るなんて予想外でした。これからは一緒にお風呂入れるねフユナ」
「うん、楽しみ!」
「いいなぁ、わたしも今夜はルノちゃん家のお風呂にお邪魔しようかな」
「ぶぶーー。今夜は家族水入らずの時間を過ごすのでダメです」
「ちぇーー!」
来たばかりよりも遥かに賑やかさが増す店内。これからフユナという新たな家族と過ごせる事を考えると私も楽しみで仕方がない。食事やお出かけ、なんでもないような事でも新鮮に感じることだろう。
「さてと。それじゃそろそろお店も忙しくなる時間だと思うので、私達は帰りますね。行こっか、フユナ」
「うん」
「うぅ、わたしも一緒に行きたい。はぁぁぁ……」
相談に乗ってもらった手前、言わないでおくがあなたは元々仕事中でしょうに。今度お礼に何かご馳走してあげよう。
「じゃあ、また来ます。お仕事頑張ってくださいね」
「うん。またね、ルノちゃん。フユナちゃんもまたいつでもおいでね」
「ありがとうサトリちゃん。ごちそうさまでした」
なんていい子なの! なんて言いながらサトリさんはフユナに抱きついていた。あげませんからね。
「今日は相談に乗ってくれてありがとうございました。ではでは」
「はーーい、気を付けてね!」
いつものように、入り口まで見送りに来てくれるサトリさんとそれに応える私。そしてその隣にはフユナ。ここからまた新しい生活がーー
ボン!
「「んっ?」」
私とサトリさんの声が重なった。音の発生源――つまり私のすぐ横に視線を向けるが、そこにいたフユナの姿が見当たらない。
と思ったら……
「ピキピキーー!?」
「あ、いた」
「これはこれで可愛いねぇ」
視線を下に向けると、魔法陣の効果が切れてスライムの姿に戻ったフユナが入り口の階段から転がり落ちていた。どうやらまだ人間化の魔法陣には改善の余地があるようだ。
「ピキピキーー! (ピョン)」
「おっとと」
「おぉ、なんか懐かしい」
そんなこんなで結局、朝と同じように私の頭の上にスライム状態のフユナを乗っけて帰ることになったのだが……これはこれでいいかもね。
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カフェからの帰り道。
「ふーーむ。もっと効果が持続するように対策をしないといけないな。むしろ永遠に。いや、もちろんスライム状態のフユナもかわいいんだよ? うん」
「ピキピキ」
そんな親バカみたいな発言にもしっかり反応を示すフユナ。やはりこちらの姿も捨て難い。
「でもやっぱり冷たい。まぁ、これでとりあえずの心配事は無くなったから良かったよ。改めてよろしくね、フユナ」
「ピキピキーー♪」
氷の魔女と氷のスライム。氷の繋がりから始まった新しい生活。その未来に思いを馳せる私は、踊るように軽い足取りで自宅までの道を歩くのでした。