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☆氷の魔女のスローライフ☆  作者: にゃんたこ
198/198

第197話〜コーヒーを飲むのも一苦労〜


○○○主な登場キャラクター○○○


・ルノ (氷の魔女)

 スローライフが大好きな物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女で、氷のような美しい青髪が特徴。得意の氷魔法は右に出る者がいないほどの実力。


・サトリ (風の魔女・風の双剣使い)

 ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にしたカフェの看板娘。風の魔法だけでなく、双剣の扱いに関してもかなりの腕前。


・フユナ(氷のスライム)

 氷漬けになっている所をルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人間の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。


・グロッタ (フェンリル)

 とある人物の手により洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放され、番犬として一緒に暮らしている。ちょっぴりアホキャラ。


・レヴィナ (ネクロマンサー)

 劇団として村にやって来たルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかるくらい長いことから、第一印象は『幸薄そう』の一言。ひょんなことから一緒に暮らすことになり、同時に劇団を引退してからはカフェでアルバイトしている。


・コロリン (コンゴウセキスライム)

 スライムの島から連れてこられた超防御力を誇るスライム。フユナと同様、人間の姿に変身してルノと共に暮らしている。イタズラが大好き。




 穏やかな晴れ模様の本日。暇を持て余した私はヒュンガルにあるお馴染みのカフェに向かっていた。

 村に到着してしばらく歩くと、見えてきたのは森からそのまま切り取ってきたかのような剥き出しの柱と白い壁が特徴の美しいカフェ。

 開店直後に来たかいもあって、お気に入りのテラス席にはまだお客さんもおらず、小鳥の囀りや風に揺れる木の葉だけが心地よい音を奏でている。


「うんうん、この時間はいつも貸し切りだからいいね。お店も暇だろうしレヴィナのことからかってあげよっと」


 シフトに入っていることを知っていてわざとやって来た私は少しだけ悪い笑みを浮かべていざ入店――と思いきや、手をかけようとしたドアノブが一足先に動いてガチャリ。ちょうどお店から出てきたレヴィナと鉢合わせになってしまった。


「あっ、いらっしゃいませ……」


「あは。もしかして聞こえてた?」


 今やレヴィナもフユナと並んで立派な店員さんだ。悪質なお客さんとして入店拒否になるんじゃないかと身構えたが、しかし決してそういう意味で出てきた訳ではなさそうで安心した。

 聞くところによると、少なくなっている食材があるので今のうちに調達に行くんだとか。


「そっか。気をつけて行ってきてね」


「はい……ルノさんもごゆっくり……」


 残念ながら私の悪巧みは決行前に潰される結果になってしまったが用事があるなら仕方ない。

 レヴィナを見送った後、気を取り直しいざ入店――と思いきや、またしても手をかけようとしたドアノブが一足先にガチャリ。今度はサトリさんが現れた。


「あっ、やっぱりルノちゃんだ」


「どうも。一応言っておきますけど、レヴィナの代わりにサトリさんをからかってあげようなんて思ってませんから」


「よく分からないけどなんでやねん、ってツッコミは置いておくとして……ちょうど良かった。今レヴィナさんが出て行ったでしょ? 手伝ってあげて!」


「はい?」


 厳密にはまだ足すら踏み入れていないが入店早々何を言い出すのやら。私はお客さんとして来たのであってレヴィナのようにアルバイトしている訳じゃないんだぞ。


「てことなので早速いつものやつをお願いしますね。ほらほら、お客さんという名の神様がコーヒー&チーズケーキをご所望ですよ。早くいつものテラス席に案内してご奉仕するんです。最優先、超特急で!」


「ウチにそんな精神はありません! 帰ってきたらコーヒーくらいサービスするから早く追いかけて! 詳細はレヴィナさんからよろしく!」


「ちょ、お客様をそんな……うわっ!?」


 バタ〜ン!

 こうして、何も悪いことはしていないのにカフェから追い出されてしまった可哀想な私は、ハンカチでもあれば噛み締めたい心境で遠くなってしまったレヴィナの背中を追いかけるのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「お〜い、レヴィナ〜」


「ルノさん……? カフェに用があったんじゃないんですか……?」


 小走りでレヴィナに追いついた私は少しだけ息を整えてから事情を説明し、そして説明された。とはいえ、すれ違った時に大まかな状況は聞いていたのでやっぱりかぁと言った感じではある。要するに食料調達、あとは荷物持ちだ。


「サトリさんめ……貴重なお客さんを手足に使うなんて許せないな。レヴィナは大丈夫? さっきの私みたいな感じでいじめられたりしてない?」


「あはは……今日はたまたま当番だっただけなので大丈夫ですよ……。私の方こそなんかすいません……今度、何かご馳走しますよ……」


「いいっていいって。終わったらサトリさんがコーヒーのサービスしてくれるみたいだし、なんならレヴィナの分も用意してもらうから一緒にのんびりしよう。休憩くらいもらえるよね?」


「そうですね、帰ってからもお仕事があるので少しくらいでしたら……」


 そんな小さな楽しみを控えた私達は少しだけ軽くなった足取りで談笑をしながら村を突き進む。

 中央の噴水広場を抜けて雑貨屋を通り過ぎ、野菜が並ぶ八百屋の棚を横目に、やがて『ヒュンガルへようこそ!』の看板が立つ村の入口に到着し、それでもさらに突き進む――


「ちょっと待って。色々通り過ぎちゃったけど調味料とか野菜を買うんじゃないの? まさか山奥にある秘蔵の窯でパンを焼いてこいなんて言われてないよね?」


「山に行くのは当たりですけどすぐ取れるものばかりなので安心してください……。えっと、たしか『アカイハルノサンサイ』と『キイロイハルノサンサイ』、あとは『トリカブベリー』と『トリスライム』ですね……」


「ふむふむ」


 ハルノサンサイシリーズは今が旬だから問題無し。トリカブベリーもグロッタに教えてもらった秘密の収穫ポイントがあるから大丈夫だろう。トリスライムだけは生き物なので見つけるのに多少苦労するかもしれないが、その時は【幻蝶・氷華】の蝶をばらまいて探索すれば一瞬だろう。


「変な無茶振りじゃなくて安心したよ。というかあのカフェはついにスライムを食すようになったの? 私達が言えたことじゃないけど……」


「あのお姉さんの腕なら心配いらないと思いますよ……? それに、使うのはあくまでも出汁って言ってたので、その……見た目じゃお客さんは分からないとかなんとか……」


「なるほど。形が無くなるくらいドロドロに煮込んで原型を分からなくすると。……ねぇ、これ知っちゃっていいやつ? 後で証拠隠滅のために握り潰しの刑にあったりしない?」


「だめ……でしたかね……? じ、じゃあ今のは聞かなかったということで……」


 そんなこんなで程よく裏事情を把握したところで山菜が生い茂ったポイントに到着。前述の通りハルノサンサイは特に珍しくもなく、さらには旬なのでちょっと脇道に逸れるだけでカゴいっぱいに収穫できた。

 次はトリカブベリーだ。収穫ポイントは把握しているが少しばかり歩く必要がある。と、ここで一つ閃いた。


「どうせ収穫するだけの似たような流れだし省略しちゃおっか」


「えっ、どうやって……?」


「ふっふっ。この世には便利な魔法があってね。まぁ百聞は一見にしかずってことで、合図するから一緒にジャンプしてね。いくよ〜? せ〜のっ、はいっ!」


「ぁ、えっ……!? は、はいっ……!?」


 その場でジャンプ! そして着地した次の瞬間――


「へっ? えええええっ〜!?」


 瞬時に切り替わった景色の中、どこからともなく現れた大量のトリカブベリー入り袋を抱えて目を丸くするレヴィナ。彼女にしては珍しく、その大声は辺り一帯に響き渡り、我が家のちょっとしたニュースとしてしばらく語り継がれるのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 いよいよ最後の食材(?)であるトリスライムの捕獲に取り掛かる私とレヴィナだが、ここでとある問題が発生してしまった。いくら探しても肝心のトリスライムが見つからないのだ。


「あ〜あ、さっきレヴィナが大声出したからだよ」


「えぇ……!? だっていきなりあんなスゴ技を見せられちゃったからつい……」


「いやいや、照れちゃうなぁ。でもどんなに褒めたってレヴィナの大声が原因なのは変わらないよ! まったくもう」


「そんなぁ……!? 樹の上に隠れてるとかは……?」


 信じられない気持ちも分かる。しかし残念ながらこれは【幻蝶・氷華】による超広範囲探索で周辺の山を満遍なく調べての結果なので間違い無い。

 レヴィナの責任かはさておき、私の中でも山菜を集めの片手間くらいで見つかると思っていたので少し意外だ。


「それにしても珍しい事があるもんだねぇ。どこかのマニアが狩り尽くしちゃったのかな?」


「ど、どうしましょう……!? 私、このまま帰ったらお姉さん……いや、店長に握り潰されてしまいますよ……!」


「ははっ、また冗談言っちゃって。でも確かにそういうなんちゃらハラスメントで精神崩壊に追い込まれる人もいるって聞いたことはあるからレヴィナも早く出るところに出ないと危険だね。このままだと散々弄ばれた挙句に突然の戦力外通告で路頭に迷う羽目になるかも……!」


「ひぃ……!? だったら一匹だけでもなんとかしないと……!」


 不安を煽っておいてアレだが、頑張った結果ならいくらお姉さんが極悪でも多少叱るくらいで勘弁してくれると思う。普段からどこぞの看板娘みたくおサボり全開なら話は別だが、さすがにレヴィナはそんなキャラじゃないだろう。


「そ、そういえばっ……! 家にトリスライムありましたよね……!?」


「あったっけ? ごめん、ちょっと記憶に無いけど」


「ほら、今朝もコロリンさんがお散歩がてら何匹か持って帰ってきて……!」


「今朝……あぁ、トリスライムってなんか聞き覚えがあると思ったらここ最近コロリンがやたらと仕留めてくるようになったやつか。けどアレってグロッタ用でしょ? 何かの仇みたいに口に放り込んでるのを見たよ」


「えぇ……!? 余ってたら分けてもらおうと思ったのに……! ううん……もしかしたらまだ食べてない可能性も……! ルノさん、かまいませんよねっ……!?」


「ちょっ!?」


 ここでついに目を血走らせたレヴィナがガバッと勢いよく私の肩を掴んだ。完全に後が無い人の目付きである。


「近い近い! 私は別にいいけどそれはグロッタ次第だから! 主に胃袋の中にあるか外にあるかの問題で!」


「で、では急ぎましょう……!」


 ここからのレヴィナはとにかく凄まじいの一言――それはもう、飛行スピードにそれなりの自信があった私でも追いついたときには既にグロッタとの交渉が終わっていたくらいだ。

 幸いにもトリスライムは一匹だけ残っていたようだが、やはり簡単にはいかなかったようで自宅脇にある大草原で睨み合う二人からは一触即発の空気が漂っていた。

 

「構えるがいい、レヴィナよ!」


「ま、負けませんよ……!!?」


 詳細は不明だが、あの大食いグロッタのことなので恐らく実力で勝ち取ってみろ的な流れになったんだと思う。

 普段ならともかく、今は必死のレヴィナさんだからひとつ返事で受けちゃったんだろうな。一応、危なくなった時に止める準備だけはしておこう。


「いくぞッ!」


 勝負が始まると、先手必勝と言わんばかりに高速で走り出すグロッタ。

 

「は、速いっ……!? でもっ……!!」


 一方でレヴィナは、獣のスピードを活かしたグロッタの素早い攻めに対し、過剰とも言える数のゾンビを呼び出して物量で押し切る作戦らしい。


「出てきてください……!」


 掻き消えたグロッタを追うように砂埃が舞い上がり、あっという間に距離が詰まる中、しかしそれよりも早くレヴィナが行使した死霊術によってボコボコと盛り上がった地面から次々とゾンビが現れる。

 十や二十ではきかないゾンビ達はレヴィナの周りをぐるっと囲んで強固な肉盾となり、幾度となくグロッタの突進を阻んで見せた。


「次から次へとこしゃくな! ならばこのグロッタ様のリーサルウェポン、光る大顎(装備アイテム)とのコンボで噛み砕いて――」


「今です……! 皆さん、どんどん入っちゃってください……!」


「オゴゴゴッ!?」


 思いのほか熱い勝負を前に、ここからどうなるのがワクワクしているとまさかの展開が繰り広げられた。

 持ち前の鋭い牙に加え、リーサルウェポン(?)の光る大顎を装備したグロッタがゾンビを噛み砕こうとしたまさにその瞬間。隙を見出したレヴィナがゾンビに命令を下し、なんと一斉にグロッタの口に飛び込ませたのだ。

 さすがのグロッタでも予期せぬタイミングで口に突入されたのはダメだったようで、しばらくジタバタしていたと思ったらついに「オエエエエエッ!?」とゾンビを吐き出してしまった。


「うぐっ、なんのこれしきっ……! 誇り高きフェンリルがこの程度で――」


「チャンスっ……!」


「んなっ!? ぎゃあああああ!?」


 そしてなんやかんやあった末、ついに決着。

 少しの静寂を経て、勝利をもぎ取ったレヴィナが「やったっ……!」と握り拳を作って勝負は終わった。


「まさかこのグロッタ様が……ガクッ……」


 最後にグロッタは無念を滲ませた表情で崩れ落ちた……らしい。

 というも、私はグロッタが吐いた辺りからちょっと見ていられなくなったので、最後の方に関しては後にレヴィナが解説してくれたのを聞いただけなのである。


「大顎が迫ってきた時に閃いたんです……! どうせ食べられちゃうならこっちから――」


「うんうん。絵面を想像するだけでもいかにグロい決着だったか分かるよ。あっ、別に『グロッタ』にかけてる訳じゃなくて割と本気でえげつない攻め方してたからねレヴィナさんは」


「そ、そうでしょうか……? でもアレは我ながら良い選択だったと思います……! 特にトドメのアレは――ほにゃららほにゃらら……!」


「うぇ……!」


 カフェに戻るまでの道すがら。

 お姉さんのおしおきを回避できたのが余程嬉しかったのか、勝利の余韻に浸るレヴィナは勝ち取ったトリスライムを抱えながら何度も同じ話を繰り返してくれたのでした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 こうして無事に食材の調達を済ませた私達はカフェに戻って来た。

 私は約束通りコーヒー、さらにチーズケーキまでゴチになりながら、休憩という形で時間をもらったレヴィナと共にいつものテラス席で一緒にのんびり過ごしている。


「ふぅ……急に押し付けられた時はなんだと思ったけど、やっぱり働いた後のコーヒーは最高だねぇ。しかも滅多にサービスしてくれないサトリさんがチーズケーキまで付けてくれるなんてびっくりしちゃったよ」


「ふふっ……それだけ感謝してくれてたってことですね……」


「うむ、そういうことにしておこう」


 コーヒー片手に一息つくと、そもそもなんで私は働かされていたんだというツッコミをする気もすっかり失せてしまい、今はただこの平和な時間を過ごせる幸せだった。

 人間、怠惰はよろしくないと感じると同時に、普段からもっとサービスしてくれたら嬉しいなんて思ったり思わなかったり。


「コホン。それにしてもレヴィナはなんかこう、いつの間にかずいぶんと成長しちゃったみたいだね」


「いきなりどうしたんですか……? そんな遠い目をして……」


「いやね、グロッタとの勝負はもちろんそうなんだけど、その前にレヴィナが血走った目で家まですっ飛んで行っちゃったシーンを思い出してさ。後ろから追いかけてて、あぁ背中を見せられてるなぁ……なんて思いながら胸が熱くなっちゃったわけですよ」


「あ、あれは必死だったというか……。その……恥ずかしいのであんまり掘り返さないでいただけると……」


「な〜に言ってるの。あんな力を隠してたくせに謙遜するなんてレヴィナも策士だね。このこの〜!」


「だ、だからそういうのじゃないんですってば……!?」


 そうこうしているうちに楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

 チーズケーキだけでは物足りなくなった私は、タルトやロールケーキなどのお供を追加してはレヴィナとシェアしては雑談を重ねていった。

 そしてコーヒーのおかわりが三杯目に達した頃、いよいよ痺れを切らせたお姉さんが登場し、無慈悲にレヴィナを連れ去ってしまったことで楽しい時間は終わりを告げた。


「さてと……じゃあ私もそろそろ帰るとしましょうかね。サトリさん、ご馳走様でした〜」


 お昼が近くなってきたということもあり、次第にお客さんの数が増えて賑やかになる店内。

 少しだけ名残惜しい気持ちを抱えながらお店を出ようとした私だが、しかしドアノブに手をかける直前で「ちょっと待った」と不意に肩を掴まれれた。

 振り返ってみると目の前にいたのはサトリさん。今日はやたらと出入りに邪魔が入るなぁと私が目を細めると、何故か満面の笑みが返ってきた。


「あっ、もしかして今日のお礼にお土産でもくれるんですか? そんなに気を使わなくてもいいですけどご安心ください。私は差し出された物を拒んだりしませんので」


「おっ。その言葉、後悔しない?」


「……と、言われると訂正したくなりますけど本当です。ちょうどフユナとコロリンへのお土産にロールケーキでも欲しいなって思ってたんですよ。タルトでも全然OK」


「へぇ? ふ〜ん? ならルノちゃんにはこれをあげよう」


 変わらない笑顔で手渡されたのは一枚の紙切れ。よく見るとそこにはコーヒー×2、フルーツタルト、イチゴのロールケーキ・ホイップクリーム乗せの文字が書かれており、一番下には合計金額が示されていた。


「あの……一応お聞きしますけど、あれってサービスですよね……?」


「うん、コーヒーとチーズケーキはね。でもその後の追加分は違うよ?」


「なっ!?」


 ズガ〜ンと雷が落ちた瞬間、私はあまりの衝撃に思わず一歩下がった。完璧な不意打ちである。


「これはサービスという美味しい言葉で油断させてからぼったくる極悪な商法っ……! 心までお姉さんに染まっちゃったんですかサトリさん……!」


「人聞きの悪いこと言わないでよ。うちがそう簡単にサービスしないことは知ってるでしょ? ほら、さっさと払わないと怖〜い姉さんが来ちゃうよ!」


「くっ、なんて恐ろしい脅し文句……! いいです、分かりました。でも次来た時は細かい注文繰り返してお返ししてやりますからね! お水のお代わりも繰り返してやる……!」


「次も来るって言っちゃう辺り恨めないよねルノちゃんは」


「グスッ……さようなら!」


 泣く泣く代金を支払った私はすっかり小さくなってしまった背中を晒しながらカフェを後にした。

 苦労した末に飲むことを許された至高のコーヒー、そしてチーズケーキの味は後から注文したタルトとロールケーキ(有料)に塗り替えられ、甘くも苦い記憶を植え付けたのでした。




























 家までの帰り道。


「ルノちゃ〜ん! 待って待って!」


 負のオーラを撒き散らしながら噴水広場周辺をゾンビのように彷徨う私を引き止める声があった。

 ついさっきまで聞いていた声なので誰なのかは分かりきっているが、呼び止められた理由は不明だ。己の悪行に気付いて謝りにでも来たのかな、なんて思いながらゆっくり振り返ると、やはりそこに現れたのはサトリさんだった。


「またですか? この短い間隔で登場シーンを使うなんてズルいですよ。見せ場が欲しいならサトリさんもおつかいについてくれば良かったのに」


「ごめんごめん。渡し忘れてたものがあってさ、ほらこれ!」


 謝罪と同時に笑顔で手渡されたのは一枚の封筒だった。中からはチャリチャリとお金の音が聞こえてくる。


「ほほう? まさかお金を返すからさっきのは無かったことにしてなんて言いませんよね? いいですか? たとえお金が戻ってきても私の心まで元には戻らないんです。ペンでもあれば今すぐにでもそのおでこに『極悪』の二文字を書き込んであげたいくらい私のハラワタは煮えくり返ってるんです」


「根に持ちすぎだってば!? そんなんじゃなくて、それ、今日のお給料だから受け取って。本当にありがとうね」


「どういたしまして。……っていやいや」


 お給料ならコーヒーとチーズケーキをしっかりと頂きましたけど? そう目で訴えるもサトリさんは嘘偽りとは無縁の笑顔のままだ。自分で言うのもアレたが、まさかあんなおつかい程度で本当に?


「正気ですか? ぶっちゃけハイキングしながら面白おかしく山菜集めをしてただけですよ。途中でチート使っちゃいましたし、最後に関しては必死モードのレヴィナさんが奮闘してくれたおかげで私は何も関与してません」


「謙遜しなくてもいいのに。ルノちゃんが広範囲を一気に探索してくれたおかげで時間を無駄にせず済んだってレヴィナさんが言ってたよ」


「まぁそれは……っていうか! だったらさっきの不意打ちいらないですよね? しかもこの封筒の中身……うんうん、なるほどなるほど。追加注文した分を差し引いても全然おつり来るって私の勘が言ってますね。どうなんです? んん?」


「あはは……だからごめんってば。結果的にこうしてプラスになったんだからいいじゃない。あれはあれ、これはこれってことで素直に受け取っておきなさいな」


「なんかうまく丸め込まれた気がしますけど……そういうことでしたら遠慮なく」


 ここで改めて封筒の中身を覗くと、食料調達だけにしてはなかなかの金額が入っていることが分かった。

 実働時間としてはほんの一時間か二時間程度だが、もしかしたら最後のトリスライムの調達をモンスター退治として計算してくれたのかもしれない。だとすれば大した相手じゃないにしても報酬が良くなるのは当然――とふんぞり返る気分にもなれなくて。


「なんか、ありがとうございます。少し見直したのでサトリさんの異名は『ちょいワル』に昇格しておきますね」


「はいはい、嬉しゅうございます。んじゃそういうことで、また何かあった時はお願いするかもしれないけどその時はよろしくね。バイバイ!」


「うわ、絶対に嫌なやつ……」


 明確に拒絶の意を示した私の呟きだったが、しかし素早い身のこなしで逃げ去ってしまったサトリさんには最後まで届くことは無かった。

 今回のことで味を占め、毎回お仕事を押し付けられるカフェにだけはなりませんように。そう願いながらも、まさかの臨時収入に懐を温かくした私は気分良く帰路についたのでした。





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