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☆氷の魔女のスローライフ☆  作者: にゃんたこ
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第189話〜クレープ屋のお姉さん〜


〜〜これまでの登場人物〜〜


・ルノ (氷の魔女)

 物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。


・サトリ (風の魔女・風の双剣使い)

 ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。


・フユナ (氷のスライム)

 氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。


・カラット (炎の魔女・鍛冶師)

 村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。


・グロッタ (フェンリル)

 とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。


・ランペッジ (雷の双剣使い)

 ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。


・スフレベルグ (フレスベルグ)

 白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。


・レヴィナ (ネクロマンサー)

 劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。


・コロリン (コンゴウセキスライム)

 ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。


・フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ

 魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。


・にゃんたこ (神様)

『天空領域・パラディーゾ』にその身を置く神様。『遊び』と称して様々な強者を襲撃する事が多々あり、その中でもルノは『当たり』らしい。


・フウカ (妖精王)

 妖精の秘境『妖精郷』に住まう妖精の王。神様とは友人関係にあり、その実力も折り紙付き。風の魔法を得意としており、中でも【風刃・風華】は風魔法最強を誇る力を持っている。


・プウ、ペエ、ポオ(小鳥の親子とリス)

 小鳥の親がプウ、子がペエ、リスがポオ。ペエのみが人間に変身できる魔法陣を身体に刻まれており、人間になってはプウやポオと一緒に村へ行ったりルノの家に遊びに来たりなどして美しい歌声を披露している。


・ライカ(獣王)

 グロッタを以上の体躯と金色の体毛が特徴の獣の王様。何かあれば自ら動くところから同胞からの信頼も厚い。出会いが出会いなため、ルノからは『勘違いライオン』の烙印が押されている。



「あれ、魔女様?」


 様々な露店が並ぶ賑やかな区画にて。

 とある一角で色とりどりのクレープが描かれたメニュー表と睨めっこしていた私に声をかけてきたのは店員のお姉さんだった。

 リトゥーラにおいて『魔女様』と呼び止められるこのは決して珍しくないので、今回もまた魔女を崇める人間の一人かなぁなんて思いながら軽く会釈してさっそく注文しようと思ったのだがどうも様子が違う。


「やっぱり。魔女様――いえ、お母さんってお呼びした方がよかったですか? なんて」


 会話の切り出し方や空気、そして最後にくすっと笑う姿がどことなく知人に対するそれに近い気がしたから。


「ふふっ。冗談はさておき、お久しぶりですね。今日はおひとりですか?」

 

「ま、まぁおひとりです……けど……?」

 

 ところがどっこい。一見すると再会した店員さんとの平和な会話だが、残念ながらお相手のことを正しく認識できていない私はろくに言葉を返すこともできずに自問自答するばかり。

 私がリトゥーラを訪れたことがあるのは数える程度しかない。その中で行ったことのある場所や知り合った人の数は決して多くはないので、こうして「お久しぶりですね」なんて言われるくらいの関係を築いた店員さんならすぐ思い出せるはず。

 はずなのだが――


「もしかして覚えてらっしゃいませんか?」


「ぎくっ!?」


 いまいち反応の薄い私を見て店員のお姉さんが何かを察してしまった。

 しばしの沈黙を経て私の頭がフル回転を始める。

 店員さんとの接点ということは、もしかしたら前回このエリアでブレッザさんをエスコートした時にクレープ――は食べてないからその時は違う食べ物やってたとか? しかし仮にそうだとしてもあの時はジェントルマンなブレッザさんがほぼ全てやってくれてたので私は店員さんとの会話なんてほとんどしなかったはずだ。

 ならどこぞの門兵さんのように一方的に私を知っているだけの他人? そもそももっと昔のことで、初めてリトゥーラを訪れた時に過剰なサービスをしてくれたアイス屋さん、もしくは歯ブラシやら帽子やらをくれた店員さんの誰かな?

 考えに考えた結果。


「あは」


 悪いとは思いつつもお手上げなので愛想笑い一択。

 正直言うとリトゥーラでは魔女様魔女様と声をかけられる機会が多過ぎて少し喋った程度の人ではよほど印象に残らない限り覚えていられないのだ。

 てな訳でこの件は一旦ポイ。私はいずれ思い出すことに期待しながら本来の目的であるクレープに頭を切りかえた。


「ほら、カップル割引きのくだり。あの時は可愛いお嬢さんもいましたよね」


「あ、まだ逃がしてくれないんだ……でもやっと聞き覚えのある言葉が出てきたな。こうなったら意地でも思い出してやる」


 大前提として、まず私に恋人はいない。しかし店員のお姉さんが言った『カップル割引き』とやらは過去に一度だけ使ったことがあるのを思い出した。

 あれは前回リトゥーラを訪れた時、フユナとお散歩に行く途中でバカさんがくれた物だ。その日はフユナのドッキリ(?)のインパクトが強すぎてそればっかりになっていたが、たしかに早朝のクレープ屋さんに行った記憶がある。

 これだけ聞いたらクレープ屋なんていくらでもあるだろと思うかもしれないが『早朝の』という部分が重要だ。そしてそれは正解だったようで、当事者だった店員のお姉さんにはちゃんと伝わったらしく「ですです!」と嬉しそうに頷いてくれた。

 思い出した一番の要因が、席を外している間にフユナと仲良さそうにしててちょっぴり嫉妬しちゃったから、というのはここだけの秘密。

 

「改めてお久しぶりです魔女様。そしていらっしゃいませ」


「いやいやどうもお久しぶりです。あの時は二人で随分と楽しそうにして――じゃなくて、コホン! 今日はお仕事終わりで時間ができたので一人でぶらぶらしてたところです」


「ふむふむ。それじゃあ労いの意味も込めてお一つサービスしますね。ご苦労さまです」


「あっ、なんか変な風に聞こえちゃったかな。それは悪いのでお気持ちだけありがたく。はい、ちゃんとお金は払います」


「まぁ。魔女様はお堅いですね」


 差し出したお金を受け取りながらクレープ屋のお姉さんがくすくすと笑った。

 とても嬉しい申し出だが、数秒前まで記憶にも残ってなかっただけにそれを受け取ってしまったら私はいよいよダメ人間になりそうだったので丁寧にお断りさせてもらった。

 そもそも顔見知りなのはどちらかと言うとフユナの方なので私と店員さんはほぼ他人。ちょっと冷たいかもしれないが今の私達の関係はそんなものだ。


「でもたしかにお堅すぎるのもアレですから店員さんも魔女がどうとか置いといて気楽に行きましょ。私も遊ぶぞって気合い入れて来たのでその方が嬉しいです。てことで『トリカブベリークレープ』一つくださいな」


「あはは、ありがとうございます。それにしても魔女様、それを選ぶなんてなかなかの冒険者ですね」


「うん?」


 冒険者とはなんぞや。青ざめた顔でそんなことを言われると毒でもあるのかと心配になるからやめて欲しいんだけど。


「もしかしてご存知ありませんか? 『トリカブベリー』って猛毒なんですよ。よっ、冒険者!」


「本当に毒だった……」


 これはもしやお店選びを間違えたというやつでは? ここで楽しい時間を過ごせるのか不安になってきたぞ。


「冗談です魔女様。あくまでも風味なので安心してお召し上がりください。甘酸っぱくて美味しいですよ」


 クレープなんて名ばかりの毒物と思っていたらやんわりと訂正が入った。メニューにあるくらいだし当然と言えば当然か。風味とはいえ猛毒ベリーの味が楽しめるなんて面白い。本物の味なんて分からないから比べようもないけど。


「ん〜〜ならせっかくだしこれも飲んでみようかな。すいません、この『トリカブベリージュース』ってやつもお願いします」


「はい、ありがとうございます。魔女様は本当に冒険者ですね」


「はいはい。一応聞いておきますけど風味だけですよね?」


「…………」


「毒じゃないですよね!?」


「あはは!」


 思わずといった感じで吹き出す店員のお姉さんの反応で、ようやくからかわれていることに気付いた。

 気軽に行きましょうと言ってすぐにこれだから元々の性格なのだろう。たまに本気で突っ込みたくなってしまうが、今は慣れない土地で一人なのでこうした友達のようなやり取りができるのはちょっと嬉しい。


「さてさて、冗談はこれくらいにしておいてと。魔女様をお待たせする訳にはいきません。すぐにお作りしますね」


 パンっと両手を合わせて満面の笑顔を浮かべる店員のお姉さん。この切り替えの早さは流石と言うべきか、オンオフの切り替えハッキリできる人って尊敬しちゃうな。


「お待たせいたしました。こちらトリカブベリークレープと、トリカブベリージュースです。ごゆっくりどうぞ〜〜」


 しばらくして、できたてのクレープを受け取った私はすぐ横に設置された簡易的なテーブルに腰を下ろしていざ実食に移る。

 こんなやり取りをした後なので若干サクラみたいで恥ずかしいが、それを言ったら備え付けのテーブルが可哀想なので気にするのはやめだ。こんなのはヒュルガルのドーナツ屋さんで慣れてるしね。


「ん〜〜いい匂い。いただきます」


 さっそく一口、ガブりと齧り付く。

 まず初めに感じたのはほんのり温かいクレープ生地の優しい甘さ。何度か咀嚼すると滑らかなクリームと冷たいバニラアイス顔を出し、やがて大本命であるトリカブベリーの甘酸っぱい風味が口の中いっぱいに広がる。今回は一風変わったトリカブベリーで不安があったが、その美味しさに思わず笑顔がこぼれてしまった。

 これがトリカブベリーかぁなんて感動する傍ら、この美味しさなら実物を食べてみるのもアリかもと馬鹿なことを考える私はその後も夢中になってクレープを食べ続けたのでした。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 それからしばらくした頃。


「あそこにいるのいつかの魔女様じゃないか?」

「食べてるのはクレープかしら。何故かとても美味しそうに見えるわね」

「魔女様マジックだな。魔女だけに」


 日当たりのいいベンチでクレープ片手にのんびり日向ぼっこをしていると、遠目からこちらを覗く街の人々の声が聞こえてきた。

 ナニがナニだけにかはよく分からないが、聞こえる声のほとんどは私、そして半分ほど食べてしまったクレープに向けられたものだ。

 実は店員のお姉さんに大声で冒険者扱いされた時点で視線は感じていたのだが、やはり魔女が尊いものとして扱われるリトゥーラにおいて私は目立ってしまう存在らしい。


「まぁ、前回囲まれたことを考えれば随分とマシなのかな。ブレッザさんがボディーガードみたいなことしてかなり目立ってくれたからみんな一線を引いてるのかも」


 少し寂しい気もするが別にチヤホヤされるために来た訳ではないので結果オーライ。

 しかし一線引いても魔女の存在には絶大な宣伝効果があるようで、訪れたお客さんのほとんどが私と同じ『トリカブベリークレープ』と『トリカブベリージュース』を注文していてなかなか面白い光景だった。


「魔女様のおかげで大人気です。ありがとうございます」


 いよいよクレープも食べ終わり、ただのんびりするだけの時間を過ごしていると店員のお姉さんが背後から湧いて出た。

 どうやらお客さんの波もひとまず落ち着いたようで、売り上げに貢献してくれたお礼にと持ってきたトリカブベリージュースを私にプレゼント――


「って期待しつつも素直に受け取るのは申し訳ないから形だけでも遠慮しようと言葉を選んでたのに……」


「えっ?」


 流れるような手際の良さで私の隣にストンと腰を落としたと思うと、持ってきたジュースを当然のように口に運ぶ店員のお姉さん。少しばかり期待してしまった自分を恥じると同時に、どこか既視感のある行いが地元の看板娘と重なってため息がもれた。

 する必要のない心配をしながらチラッと視線を送るとやはりお店は空っぽ。これは休憩時間……ではない気がする。


「ご安心ください。今はお客さんもいないのでフリータイムです」


「やっぱり聞いたような理論が出てきた!」


 思わず突っ込んでしまったがこれはどう見てもただのおサボりである。地元に似たようなサボり魔がいるから私の目は誤魔化せないぞ。


「こういう油断してるときに限って怖い店長様が様子見に来たりするもんですよ。で、化け物じみた握力で頭を潰されるんです。そりゃもうリンゴみたいに」


「ふふっ、これまたご安心を。店長は私なので誰からも叱られることはありません」


「よし。帰ったらサトリさんには店長を任せちゃだめですよってお姉さんに教えてあげよう」


 脳内に浮かぶ別のお姉さんの偉大さを実感しつつ、あるかもしれない未来のサトリさん像に目を向けると店員のお姉さんは太陽のように眩しい笑顔で問題なしと胸を張っていた。

 ちなみに、いま出てきた『お姉さん』というのはサトリさんのお姉さんの方で店員のお姉さんとは別人である。紛らわしいけど。


「う〜〜ん、ややこしくなりそうだからこの店員さんのことは『クレープお姉さん』と呼ぼう。あっちの元祖お姉さんは『極悪お姉さん』てことで」


 まるで天使と悪魔。向こうで口を滑らせないようにしなければと、密かに決心していたそんな時。


「私、魔女様にお名前教えましたっけ?」


 突然の質問だった。名前も何も私はつい先程まで出会っていたことすら忘れていたのでクレープお姉さんについては見た目以上のことは何も知らないはずだ。


「いいえ。私達は魔女様店員様の関係なのでそれ以上の踏み込んだことは知らないですよ」


「ん〜〜???」


 何故か首を傾げる店員のお姉さん改めクレープお姉さん。密かに命名した呼び名に物申してきたという訳ではなさそうだが、しかしどこか噛み合っていない反応に私も困惑気味の返事を返すしかできなかった。

 『クレープお姉さん』という言葉に反応したことから察するに、おそらく以前にも同じ呼び方をされたことがあるのだろう。立場を考えれば自ずと答えは出てくる。


「分かった。この辺りでは『クレープお姉さん』って呼び名で親しまれてるとかそんなオチですよね? このクレープもすごく美味しいし納得です」


 クレープ屋のお姉さんが反応した意味を考えれば簡単だ。当たらずも遠からず――と思っていたら何故かそれを聞いたクレープお姉さんは両手を顔の前でブンブン振り回しながら慌てふためいていた。


「そんな滅相もない! 私は魔女様を差し置いて親しまれるようなできた人間じゃありません。そうではなくて、私の名前が『クレープ』っていうんです」


「お〜〜……」


 ヒュンガルにも同じようなジャンルのおじさんがいるからその延長線で決めたあだ名がまさかの正解でびっくり。食い気味で返答するくらいだからクレープお姉さんはもっとびっくりしていたと思う。

 もしかしたらあのおじさんも『ドーナツ』なんて名前で、いつの間にか名前呼びしていたなんてことになっているのだろうか。いや、最初にあった時はシュークリーム作ってたからシュークリームさん? 二度目に会った時のことを考えるとチョコレートさんかもしれない。今度会った時に聞いてみようかな。

 

「憧れの魔女様に名前を覚えていただけているなんて感激です……! お嬢さんにも名乗ってなかったはずなのでおそらく魔女様ご自身で調べてくれてたんですよね? あぁ、なんてこと」


「おっと、まだこっちが終わってなかった。全くの偶然なんですけど……聞こえてなさそう」


 なんかいつの間にか距離が近くなってるし手まで握られてるし、なんなら新しいお客さん来てるけど私しか目に入ってないなこの人。そんなストーカーみたいな真似はしてないぞ。


「なんだか今日は良い日です。ですがお仕事はお仕事なのでちょっと行ってきますね」


「はい、行ってらっしゃい。……なんだ、ちゃんと見えてたのね。やっぱり切り替えが素晴らしい」


 心做しか表情をキリッと引き締めたクレープお姉さんはすっかり店員さんの顔になってお店に戻って行った。なんだかんだで楽しい時間もあっという間に終わり、いよいよ私もこの場所から離れる時がやってきたようだ。

 また戻ってきますみたいなニュアンスだったのでこのまま去ってもいいものか悩んだが、最初にも言った通り私達はあくまでも『お客さんと店員さん』の関係なのでまたいつか会えるかなぁくらいの気持ちで問題無いだろう。

 これだけのやり取りがあったのだからもう忘れないはず。次の機会にまた巡り会えたならその時は友達位の関係に発展するかも。そんな思いを胸に、居心地の良かったベンチから立ち上がった瞬間。


「あ、あの! 魔女様ですよね? 握手してください!」

「さっきのクレープ、美味しかったですか?」

「よかったらおれにサインを!」


「おっと?」


 一歩踏み出そうとした矢先の出来事。目を輝かせて次から次へと押し寄せて来たのは遠巻きに私とクレープお姉さんのやり取りを見ていた人達だ。

 ある人は握手を、ある人はクレープの感想を、またある人はサイン。表情からも分かる通り、共通して魔女様が大好きな人達からの猛アタックである。

 楽しそうに会話していたのがいけなかったのだろう。だったら私もみたいな感じで、一人でも許してしまえば大変なことになるアレを私は身をもって味わうことになってしまった訳だ。

 

「まぁ、時間はあるし別にいっか。はいどうもどうも」


 この際だからリトゥーラの人達と接する機会を得たと思って一言返しながら握手くらいしてみようじゃないか。サインに関しては書けないのでお断りさせてもらうけど……と、そんな前向きな考えもリトゥーラという広大な土地に住まう人々の数の力には勝てなかったようで。


「ちょ、意外と多いな……。あの、できたら一人一回でお願いしたいんですけど……というかそろそろ通して欲しいなんて思ったり思わなかったり……」


 一人一秒もかけなければワンチャンあるかもと思ったが早くもお手上げ状態。

 というのも、きちんと並んでいたのも最初だけで途中から握手を求める手は四方八方から伸び、しかも中には何度も求めてくるガチ勢も現れて終わりが見えないカオスな空間になってしまったのだ。

 こうなってしまっては逃亡あるのみなのだが、ファンの方々(?)の圧力が凄くて身動き取れない。全員を氷像の刑に処するという最終手段もあるが、ここはやはりシンプルに空を飛んで――


「魔女様、こちらへ!」


「わっ、とと……」


 平和な食べ歩き計画のはずがまさかの逃亡生活。そう覚悟した瞬間、聞き覚えのある声と共に手を引っ張ってきたのは先程まで一緒に盛り上がっていたクレープお姉さんだった。

 困り果てた姿を見かねて助けに来てくれたのか、もしくは戻ってきます風な言葉を残していったのに立ち去ろうとした私を捕まえに来たのか、同じ女性とは思えない力強さでグイッと私を引っ張るとほんの一瞬だけ揉みくちゃにされる感覚を味わい、気がついた時には二人きりの空間――クレープの露店の中へ避難することに成功した。……いや、まって。


「おぉ! 魔女様がクレープを作ってくださるのか!」

「キャ〜〜! 私に一つ! ううん、二つお願いします!」

「バカ! 押すんじゃねぇ! おれが先だ!」


 確かに物理的な安全は確保された。しかし店内から見た外の景色は人間一色で、むしろ精神的にものすごい圧力がかけられている感覚がある。

 妙な勘違いをされているのはもちろん、露店という小さな空間に押し込まれてしまったせいで唯一残っていた飛んで逃げる案もこれで不可能になってしまった。袋の中のネズミとはまさにこのとこだ。


「危ないところでしたね魔女様。ここなら誰も入って来られませんからご安心ください」


「お気持ちは嬉しいんですけど……これ、意味ありました?」


「えへ」


 逃げ場の無くなった私は、隣でいそいそと身だしなみを整えるクレープお姉さんを力なく見つめてボソッと言葉を投げかけるのが精一杯。

 この後、もうひと仕事する羽目になるのはほぼ間違いなさそうだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「では魔女様。こちらがエプロン、そして帽子です。髪の毛はこんな感じで私と同じように後ろで纏めてくださいね。成り行きとは言え、こうしてお店に立つ以上は身だしなみは大切です」


 この世に『成り行き』という言葉ほど便利なものはなかなか無いと思う。

 成り行きだから仕方ない、成り行きだから頑張ろう、成り行きだから許してね♪ などなど。受け取り方は様々だが、これさえ言ってしまえばとりあえず何とかなるだろうその場しのぎの便利な言葉。私は今日ほどこの言葉を恨んだことはない。


「魔女様。時には成り行きに身を任せることも大切です。何が起きても最悪『成り行きだから』でなんとかなるのでご安心ください。職場体験だと思って気楽に行きましょう」


「言っちゃったこの人。私が言った気楽にはそういうつもりじゃなかったんですけど……帰ってもいいですか?」


「でも魔女様。お店の周りまでぜ〜〜んぶ人、人、人ですよ。いま出ていったら先程の二の舞になってしまいます」


「ですよね。仕方ない……」


 結論。私はクレープお姉さんとクレープ屋さんをやることになりました。成り行きで。


「魔女様、こんなのもあるんですけど使いますか?」


「もう今さら感ありますけどありがとうございます。なんで伊達メガネなんかあるのかな……」


 エプロン、帽子、伊達メガネの変装セット。

 この三つを身に付けた私は今や立派な『クレープ屋さん』に大変身していた。これだけ注目されている場所での変装だからほとんど意味無いけど。


「成り行き(?)とは言え申し訳ございません。でも魔女様と一緒に働けるなんて夢みたいです!」


「後半にほとんど感情が持っていかれてますよね。まさか計算ですか? 私がまたいつか来ることを見越して計画を練っていたとか」


「そんな滅相もない! 私はだだ、その……えへ」


「その笑顔にはもう騙されません」


 成り行きなんて言葉で締め括るのは癪だったので思いつく限りの恨みつらみをぶつけてみたが、クレープお姉さんの切り替えは既に完了しており逃げ道は完全に塞がれてしまっていた。楽しみにしていた食べ歩き計画が……


「まぁ、クレープ屋さんってちょっと夢だし考え方次第ってことにしよう。それで? 私はお会計しながらスマイルする係でいいですか? どちらかと言うとそっちの――」


「その前に魔女様に聞くべきことがあります」


「なんでしょう? 一応言っておきますけどシフト希望は本日のみですよ」


「ちょっと残念ですけどそうじゃありません。お名前を教えていただけますか?」


「あ、そうですよね。ルノと言います。よろしくお願いします」


「ありがとうございます」


 うむ、と頷いて数秒の沈黙。やがて目を開けたクレープお姉さんはもはやお馴染みとなった切り替えの早さを発揮して、引き締まった表情で私を見つめ返してきた。

 真面目でありながらも、接客に必要な笑顔を忘れない立派な店員さんの顔だ。


「では『ルノちゃん』にしましょう」


「ちゃん……?」


 まさかの急接近に戸惑う私の横でクレープお姉さんは「ルノちゃんルノちゃん」と呪文のように呟きながら何やら嬉しそうにしている。

 私が怖いような気持ち悪いようなよく分からない感情を抱き始めた頃、ようやく顔を上げたクレープお姉さんは「はい、どうぞ」と言いながらTの文字を模した木製の道具を手渡してきた。これはもしや例のアレでは!


「いきなりこれをやらせてもらえるんだ……!」


 思わぬ大抜擢に目を輝かせていると、露店の前で様子を見ていた大勢のお客さんから「おぉ〜〜!!」と大歓声が上がった。まだ何もしていないのだが試しに手を振ってみると再び「おぉ〜〜!!」と大歓迎が上がる。まるでヒーローにでもなった気分だ。


「ちょっと楽しくなってきちゃったけど現実はクレープなんて作ったことのないただの素人がいるだけなんだよね。大丈夫かな……?」


「もちろんですよ。お客さん達は至高のクレープを求めて並んでいるのではなくルノちゃんの――いえ、ここは『魔女様が作ったクレープ』と言った方が正しいですけど、それが食べたいんです」


「そういうものなんですか?」


「そういうものなんです」


 うんうんと我がことのように語るクレープお姉さん。

 そこまで言われてしまったらもうやるしかない。それに何度も言うようだがクレープ作りをやってみたい気持ちはあったのでこれはチャンスだ。


「それに目が言ってます。ルノちゃんがやりたいのも接客じゃなくてそっちですよね? なので私はこっちで注文を取りながら仕上げの作業をします」


「うっ、バレてた」


 そっち。言いながら手で示したのは早くも熱々に熱された円形の鉄板と既に仕込み終わっているたっぷりの生地達。クレープの生地を焼く係というわけだ。

 さて。やることはなんとなく分かるがぶっつけ本番でできるだろうか?


「ん〜〜ルノちゃんのことがだんだん分かってきましたよ。なるほどなるほど、では最初にどんな感じかやって見せますね」


「怖いから勝手に人の心を覗かないでください。そういうことしていいのは神様だけ――いや、神様ですらダメです。プライバシーの侵害」


「ふふっ、冗談ですよ。なんでも初めての時はまずお手本を見せる、というだけです。私が手取り足取り教えますのでご安心ください。うちは教育体制の整ったホワイトな職場ですので」


 本当に冗談か怪しいところだが、しっかり教えてくれるのは嬉しいポイントだ。


 私の隣に並ぶなり「ただ今から魔女様の練習時間なので少々お待ちくださ〜〜い!」などと、猛烈に恥ずかしいセリフを吐いてからクレープお姉さん直々の指導が始まった。

 なお、目の前に大勢いる人々は相変わらず「おぉ〜〜!」とよく分からない歓声を上げ、最前列にいる人に至っては私達の手元を興味深そうに覗きこんだりなど、プレッシャーはより一層の強くなったと言える。


「はいルノちゃんこっちこっち。ではよく見ててくださいね。まずは――」


 流れるような手際のクレープお姉さんはさすがの一言だった。

 まず『レードル』とやらのパッと見お玉のような道具で掬った生地を熱々の鉄板に落とし、件のT字の道具『トンボ』をクルっと回して薄く綺麗な円形に広げる。

 それから体感で十秒くらい。生地から甘い香りが漂って来た頃に金属でできた細長いヘラ『スパチュラ』をスっと生地と鉄板の間に滑り込ませてあっという間にひっくり返してはい完成。

 クレープお姉さんの手際の良さもあってのことだと思うが、思いのほか短い時間で一枚の生地が焼き上がってびっくりだ。


「とまぁ流れとしてはこんな感じ。最初なので失敗すると思って気軽にやってみましょう。はい、じゃあまずは〜〜?」


「えっと……名前忘れちゃったけどこのお玉的なやつで掬った生地を――」


「お玉的な何か、ではなくレードルです。はいもう一度〜〜?」


「ひぇ……笑顔なのに結構スパルタだ。レードルレードル」


 気を取り直して、さっそく熱々の鉄板に落とした生地をトンボで綺麗な円形にクルっと伸ばす。伸ばす! 伸ばす……


「あ、あれ? クレープお姉さんみたいに上手く円形に広がらないな」


 それどころか生地はすでに焼け始めており、苦闘の末にお手本とは程遠い、クレープとしては分厚く、ホットケーキにしては薄いよく分からない歪な何かが完成してしまった。

 クレープお姉さんの手際の良さにまんまと騙されてしまったが、あの数十秒には道具の名前から技術まで、見た目以上に沢山の情報が詰め込まれていたということらしい。


「う〜〜ん……勿体ないことしちゃったなぁ。よし、次こそは!」


 多少の失敗なら試食くらいには使えたかもしれないがこれはもう完全アウトだろう。そもそも分厚過ぎてクレープには使えないし開き直ってホットケーキだなんて言ったらいくら魔女様のお手製でもクレームの嵐だ。


「ってことでこれはゴミ箱にポイして――」


「待ってくださいッ!!!」


「うわっ!?」


 ホットケーキもどきをポイっとゴミ箱に投げ入れようとした瞬間、ものすごい形相で迫ってきたクレープお姉さんがサッとお皿を滑り込ませて見事キャッチした。捨てるな、ということらしい。


「いや、えぇ……? まさかそれを出すなんて言いませんよね?」


「そのまさかです。捨てる理由がありませんので」


 言いながらクレープお姉さんはホットケーキもどきを一口サイズに切り分けてお客さん達に差し出してしまった。そして運良くそれに手にすることができた数名の人が「っしゃあッ!!!」などとガッツポーズをしながら喜んで口に放り込む。そして「うまいッ!」と言って再びガッツポーズをする姿は恐怖でしかなかった。


「言いましたよね? 魔女様が作ったものが食べたいんだって」


「こわ……」


 ちゃっかり自分の分も確保していたクレープお姉さんがもぐもぐと口を動かしながら言った。こっちもこっちで恐怖でしかない。


「さぁルノちゃん、次を早く。もうクレープを作ろうとしなくても結構ですから」


「ひどい!? 一生懸命作ろうとしてるのに!」


 そんなに酷かったのかなぁなんてショックを受けつつも気を取り直して次に挑む。

 さっきは生地を伸ばす前に固まり始めてしまったので今度はさらに手早くやってみよう。クレープお姉さんのように手際良くササッとね。


「おっ、さっきより伸ばせたし結構いい感じ。楕円形になっちゃったけどこれならクレープに使えるんじゃないかな?」


 成功とは言えないまでもかろうじてクレープ生地と言える程度には形になったと思う。なってる……よね?


「ほら見てください。クレープ生地ですよこれ」


「ふむ、いい感じですね。では皆さん、ホットケーキ第二弾が完成しましたよ〜〜!」


「また言われた!」


 これでもまだホットケーキ扱いされるなんて。


「クレープ屋さんへの道のりは険しいなぁ……」


 予想外に難しいクレープ作りに早くも心が折れそうになってきた。やっぱり夢を仕事にすると理想と現実のギャップで心がやられるんだ。


「いやいや、まだたったの二回だ。失敗なくして成功はありえない……!」


 ということで再チャレンジ。するとここで思わぬ助け船が。


「いいですかルノちゃん。生地を伸ばすコツは一発でやろうとしないことです。手際の良さは大切ですけど……まずはこう、真ん中に落とした生地をある程度まで端に伸ばしてから一気にクル〜〜っと。分かりますか? こうやって、サッ、サッ、クルル〜〜みたいなイメージ。で、私はやってますよ」


「ふむふむ」


 後ろに回ったクレープお姉さんが私の手を動かしながらとても丁寧に教えてくれた。

 まるで自分がクレープお姉さんになったように錯覚してしまうサポートと、イメージしやすい説明は私の中に確かな経験として蓄積されたような気がする。


 その結果。


「できた! こんな薄いホットケーキはありませんよね!?」


「素晴らしいです! 紛れもなくクレープです!」


 形、薄さ、焼き色など、さすがにクレープお姉さんと比べたらその差は歴然だが、ひとまずクレープ屋として合格点をもらうことができた。

 となればいよいよトッピングに入るわけだが、その辺はクレープお姉さんにお任せなので私は今の感覚を忘れないうちに次の生地を――


「ちょっと待ってくださいルノちゃん。これ、よかったらやってみませんか? 好きにトッピングして構いませんから『魔女様オリジナルクレープ』を生み出してください。今日だけの限定クレープとして売り出しましましょう」


「いいんですか!?」


 予想外の提案に目を輝かせた私はテンションアゲアゲでクレープお姉さんに向き直った。

 好きにトッピングしていいとなると、あんなものやこんなものを山のように入れつつトドメにチーズケーキをドカッと二個、いや、オリジナルなんだから三個くらい乗っけても文句は言われないはずだ。


「あっ。一応言っておきますが、いくら魔女様限定クレープでもあくまで売り物です。ある程度ご自由にやっていただいて大丈夫ですけど、トドメにケーキ三つ乗っけて夢のマウンテンクレープだぁ! なんて原価度外視のトッピングはダメですよ?」


「そ、そこまで子供みたいな考えしてませんから!」


 まったく失礼な。私はそこまでお子ちゃまじゃないし限度くらい弁えてるぞ。


「こう見えても地元じゃカフェの新商品を考案した経験もありますからね。こういうのはシンプル・イズ・ベスト。そうだなぁ……イチゴをメインに生クリームで飾り付けて赤と白のコントラストで攻めよう。トリカブベリーのソースも美味しかったからあれも使いたいな。チーズケーキも捨て難いけどシンプル・イズ・ベストだから我慢」


 てなわけで方向性が決まるのは一瞬。

 焼きたてのクレープ生地に真っ赤に熟れたイチゴのスライスを乗せ、隣にはミルク香る生クリームをトッピング。そして美しい薔薇のごとくクルっと巻いたクレープの上にトドメの生クリームを山のように盛り、仕上げにトリカブベリーソースをかけて完成だ。

 頭上に掲げられたクレープは神々しく光り輝き、私とクレープお姉さんはもちろん、ここまでの様子を眺めていたお客さんまで全員の視線を一身に集める感動作となった。


「うん、いいんじゃないかな。魔女だってことを抜きにしても売れる気がする!」


「私も素晴らしい出来だと思います。ところでルノちゃん。このクレープの名前はどうしますか?」


「そっか、オリジナルだから名前もですよね。まんま『魔女のオリジナルクレープ』じゃ味気ないし……う〜〜ん」


 急に振られると困ってしまうが、幸いなことにクレープ自体はシンプルなので名前を決めるのにこれまた時間はかからなかった。

 私のネーミングセンスが光る!


「『イチゴのクレープ・ホイップクリーム乗せ』の完成!」


「きゃ〜〜!」


 パチパチパチパチ!

 クレープお姉さんの拍手を皮切りにお客さんの拍手が一斉に鳴り響き渡り、その場の全員が私を祝福するように大歓声を上げた。

 後になってから既視感のある名前だなぁと思わなくもなかったが気付いた時には既にその名前で浸透してしまったので仕方ない。

 大事なのは売れるかどうか。そしてその結果は既に目に見える形で現れており、嬉しい悲鳴が響き渡るクレープの露店には予想以上にたくさんの人達が足を運んでくれた。


「ルノちゃん、追加で三つ入りましたよ。生地が足りません!」


「はいはい、どんどん焼きますから少々お待ちを〜〜!」


 魔女様考案の絶品クレープ。

 噂が噂を呼び、当初よりも大幅に膨れ上がった人数を捌くために私はひたすらにクレープの生地を焼き続け、クレープお姉さんはひたすらに同じクレープを仕上げていった。

 途中から同じ作業をひたすら繰り返す機械になっていた気がするが、それだけお店が繁盛しているということなので喜ばしいことだ。


「予定変更します。ルノちゃんクレープが大人気すぎて他のメニューが見向きもされないので一旦休止にしちゃいましょう。ルノちゃん、この調子だと売り切れ間違いなしなので後先考えないで全部焼いちゃってください」


「分かりました! すぐに完売――」


「そうそう。言い忘れてましたけど生地が無くなったら冷蔵庫に予備のバケツがもう一つあるのでそれを使ってくださいね」


「…………」


 忘れたままでよかったのに。そんな愚痴を飲み込みつつ念の為に後ろの冷蔵庫をそっと開くとクレープお姉さんが言ったようにドドンと特大のバケツとご対面。たっぷりと入った生地に私は絶望した。


「やめよ。こういうのは考えないようにした方が案外早く終わったりするんだよね。焼くの自体は楽しいし、こっちのバケツだってもう半分……半分……? まだ結構深いな」


「ルノちゃん、追加で三つ入りましたよ。生地が足りません! ……ふふ。来る人来る人み〜〜んな同じ注文でおかしくなっちゃいますよねぇ」


「なんか聞いたようなセリフ――って、うわ! 目が死んでる! まだまだ先は長いですよ!」

 

 ベテランのクレープお姉さんがコレなので普段と比べても忙しいのかよく分かる。この状況でも目が生きてるだけ私は頑張ってる思う。

 無理やりな鼓舞で自らを奮い立たせて数時間。地獄にも思えるような時を経てようやく。


「これでラスト! 完売で〜〜す!」


 そんなこんなで結果的に魔女様のオリジナルクレープとして売り出された『イチゴのクレープ・ホイップクリーム乗せ』は夕方になった頃、完売の文字と共に華々しい成果を残して一日を締め括ったのでした。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「お疲れ様ですルノちゃん。初めてのクレープ屋さんは楽しめましたか?」


「はいお陰様で。クレープお姉さんもお疲れ様でした」


 オレンジ色に染る夕方の街並み。

 露店のあと片付けを終えた私達は揃って歩きながら本日の成果を振り返りお互いの健闘を称えあった。

 程よい疲れと満足感。苦楽を共にしたことで芽生えた仲間意識のおかげで、私とクレープお姉さんは当初のようなよそよそしさは抜けて自然と笑顔を交換できる仲になっている。半ば巻き込まれる形で始まったイベントも振り返ってみればいい思い出だ。


「ふふっ、ありがとうございます。では、今日一日頑張ってくれたルノちゃんにはこれを上げましょう」


「もしかしてお給料ですか? 私はてっきりクレープお姉さんの策略でタダ働き……え、本当に?」


 ポンと手渡されたのは一枚の封筒。中に入っていたのはお金――つまりお給料だ。

 今の今までその存在すら意識してなかったが、あの充実した時間は労働としてしっかり評価されていたらしい。


「お詫びの分も含めて多めに入れてあります。申し訳ありませんでした、魔女様」


「ありがとうございます! ってなんで謝りながら……?」


 それからクレープお姉さんは重々しく口を開き、成り行きとはいえ巻き込んでしまってことを改めて謝罪した。

 私としてはものすご〜〜くどうでもよくなっていたことなので言葉の意味を理解するのに時間がかかってしまった。頑張って頑張って理解して、やはりどうしても最後の呼び方が気になってしまって。


「自分で言うのもアレなんですけど『ルノちゃん』って呼ばないんですか? いいんですよそのままで」


「いいえ。もう店長と従業員の関係ではありませんので魔女様を失礼な形で呼ぶわけにはいきません。魔女様は魔女様ですから」


「えぇ……切り替えが完璧すぎる……」


 見えない壁と距離感に私の心は豪快に抉られた。この切り替えの良さは全然よろしくない。


「ひどい。さっきまでの私とはお遊びだったんですか? ほら、私は未だにこうして『クレープお姉さん』って呼んでるんですよ。ね、クレープお姉さん」


「はい、魔女様に名前を覚えていただけて光栄です」


「うぅ……まったく同じ笑顔なのに辛い……」


 苦楽を共にしたでしょう。

 お互いに畏まることなく名前を呼びあったでしょう。

 ついさっきまで友達みたいに笑顔で笑いあってたでしょう。


「そうだ、それですよクレープお姉さん。私達は数秒前まで友達みたいにしてましたよね? それが最新の関係。魔女様店長様はもう過去です」


「友達、ですか?」


「お店を切り盛りしたってだけなら微妙なラインですけど、こうして帰り道まで一緒に歩いてたらそれはもう友達です。まぁどうしても嫌ならその時は私が立てた『クレープお姉さん呼び捨て計画』が無かったことになるだけなのでお気になさらず」


「いいえッ!!!」


 親しき仲にも礼儀あり。友達という関係を主張したとしてもついさっきまでは店長、それがなくてもお姉さんと呼んでいた人だ。いきなり呼び捨ては失礼極まりないと反論されてしまったらそれまで。そうなっても私の結論は変わらないので気軽に呼び捨てできる日を目指すまで――なんて考えてたら予想以上に食いつかれてしまった。


「び、びっくりした……。落ち着いてくださいクレープお姉さん」


「失礼しました。でも魔女様からそんな風に言って頂けるなんて思ってもいなくて。あぁ、どうしましょう……!」


 グワッと急接近するや否やがっつりと私の手を握り締めて一人葛藤するクレープお姉さん改めクレープ。なんだか鼻息が荒すぎて怖いのは一旦置いておくとして、その表情からは思った通りの眩しい笑顔が満ち溢れていた。

 正直、喜びの度合いが半端ではなかったので選択を間違えたかなと思わなくもなかったが時すでに遅し。先程よりも親しみ(?)が込められた瞳を向けるクレープの心は完全に友達に対するそれに切り替わっている。


「ではその計画通り、今後も末永く『クレープ』とお呼びくださいルノちゃん。敬語も必要ありませんので、その……友達らしくしてくれると嬉しいです」


「うん。クレープも敬語は――」


「私はこれが標準語なのでお気になさらないでください。それにルノちゃんが魔女様である事実も変わりませんので」


「さ、左様ですか。まぁ、私もその辺は気にしないからご自由にね。じゃあ改めてよろしくクレープ」


 こうして晴れて友達となった私とクレープは早速とばかりに寄り道をすることに。

 小腹が空いていたので通りかかったお店で小さめのパンを買って食べたり、ショーケースに並べられた洋服を外から眺めるだけ眺めて、再び小腹が空いてはアイスを買って無意味に歩き回るなどなど、特別なことは何もしていないが友達でなければ過ごすことのない時間を共に過ごした。

 まだ二回目、それも間を空けて忘れかけていた相手にも関わらずここまで気楽に過ごすことができたのはきっと相性が良かったからなんだと思う。口に出したら押しがさらに強くなりそうなので絶対に本人には言わないけど。


「どうかしましたかルノちゃん。さすがに疲れました?」


「あぁごめん、全然そんなんじゃないよ。こういうの久しぶりだなぁって思ってさ。帰り道の食べ歩きって最高だよね」

 

「ならよかった。ところでルノちゃん。アイス、シェアしません? 友達らしく」


「強調してくるね……まぁいいけど」


「私にとっては夢みたいなことですから。それじゃ、はいあ〜〜ん」


「……え? あ〜〜ん?」


「はい、あ〜〜ん、です。いらないんですか?」


「あ、あ〜〜ん」


 一応、道の脇に寄ってはいたものの人通りはそれなりにあったのでこの急接近は少し恥ずかしかった。実際にどうかはさておき、少なくとも私の中ではすれ違う人々にもれなくチラ見されていた気がするのでさっさと完食したい気分である。

 恥ずかしさからいつもより喉の通りが悪くなったアイスをなんとか飲み込んでホッと一息。気付けば私のすぐ横で「あ〜〜ん」と口を開けて待機しているクレープが目に入った。


「なにしてるの?」


「もぉ……ルノちゃんだけ美味しい思いしてたらずるいじゃないですか。あ〜〜ん」


「そんな美味しい思いしたかなぁ。はい、あ〜〜ん」


「ん〜〜♪」


 そんなこんなで若干ハメられてしまった感はあるものの、至福の表情を見せるクレープとの食べ歩きはとても楽しい時間で、気が付いた時には日も沈みリトゥーラはすっかり夜の顔になっていた。

 昼間とはまた違った煌びやかな光に彩られた街並み。目を引くのは道沿いに植えられた木やお店の看板などに施された過剰とも言えるイルミネーションの数々だ。この時期だからおそらく『聖夜の光』関係だろう。実に懐かしい。


「今日は本当にいい思い出ができました。ありがとうございますルノちゃん」


 中央に噴水が見える広場に辿り着いた頃。こちらに向き直ったクレープが唐突に感謝を述べてきた。そろそろいい時間だ。


「うん。そんなストレートに言われると照れちゃうけど私も楽しかったから、ありがとね」


 今日という日の終わりが近付きつつあることを意識すると妙に寂しく思えてくるから不思議なものだ。

 広場から四方に広がる四本の道。引き返すことはないので私達は三本の道の中から選ぶことになる。

 一つは住宅街への道。

 一つは飲食店が建ち並ぶレストラン街。

 と、そもそもお別れするのかどうかさえ決めていないのでまずはそこからだ。真っ暗とは言ってもまだせいぜい夕飯時。遊ぼうと思えばいくらでも時間はあるのが悩みどころ。

 そんな時、目に付いたのが最後の選択肢――私達が通ってきた道の延長とも言える真正面の商店街。

 

「「…………」」


 お互いに顔を合わせて数秒。体の向く方向が完全に一致していたのが決め手となった。


「寄り道しちゃおうか?」


「ふふっ。今さらですね」


 こうして時間を忘れての食べ歩きは続く。続いて続いてその結果、お給料の袋が空っぽになっていたのはいい思い出になりました。





















 それはなんてことはない会話の一幕。


「それにしても新年からこうしてルノちゃんと過ごせるなんて嬉しいです。今年はいい年になりそうですね」


「またそんなこと言って。年明けの話なんて気が早いよ。まだ『聖夜の光』も終わってないでしょ?」


「……はい?」


 キョトンとした表情で首を傾げるクレープ。その顔には「こいつ何言ってんだ?」と書いてあるようで、今日一番の噛み合っていない会話に私は大いに困惑した。


「あっ、そうですよね」


 しかしこの困惑――いや、驚きは序章に過ぎず。


「ルノちゃんが私のお店の前で立ち尽くしている間に数ヶ月が経過して……もう新年を迎えてしまったんです……」


「そんなばかな!?」


「ふふっ……あははっ!」


 これもまた冗談なのかそうでないのか。よく分かっていない私は寒い夜空の下をあるかもしれない現実に震えながらクレープと共に歩いていくのでした。



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