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☆氷の魔女のスローライフ☆  作者: にゃんたこ
189/198

第188話〜荷物をお届けに参りました〜


〜〜これまでの登場人物〜〜


・ルノ (氷の魔女)

 物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。


・サトリ (風の魔女・風の双剣使い)

 ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。


・フユナ (氷のスライム)

 氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。


・カラット (炎の魔女・鍛冶師)

 村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。


・グロッタ (フェンリル)

 とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。


・ランペッジ (雷の双剣使い)

 ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。


・スフレベルグ (フレスベルグ)

 白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。


・レヴィナ (ネクロマンサー)

 劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。


・コロリン (コンゴウセキスライム)

 ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。


・フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ

 魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。


・にゃんたこ (神様)

『天空領域・パラディーゾ』にその身を置く神様。『遊び』と称して様々な強者を襲撃する事が多々あり、その中でもルノは『当たり』らしい。


・フウカ (妖精王)

 妖精の秘境『妖精郷』に住まう妖精の王。神様とは友人関係にあり、その実力も折り紙付き。風の魔法を得意としており、中でも【風刃・風華】は風魔法最強を誇る力を持っている。


・プウ、ペエ、ポオ(小鳥の親子とリス)

 小鳥の親がプウ、子がペエ、リスがポオ。ペエのみが人間に変身できる魔法陣を身体に刻まれており、人間になってはプウやポオと一緒に村へ行ったりルノの家に遊びに来たりなどして美しい歌声を披露している。


・ライカ(獣王)

 グロッタを以上の体躯と金色の体毛が特徴の獣の王様。何かあれば自ら動くところから同胞からの信頼も厚い。出会いが出会いなため、ルノからは『勘違いライオン』の烙印が押されている。



 リトゥーラとの取り引きによってカラットさんの武器が大量に売れてから数日。

 武器作りに燃えていたようだしそろそろ在庫も復活してるかなぁなんて思いながら様子見も兼ねて武器屋『カラット』に立ち寄ってみると、ここ最近聞いていなかったカンカンという金属を打ちつける音が鳴り響いていた。


「やってるやってる。裏の鍛冶場かな。オープン前だし直接行っちゃおっと」


 どうやら今日も今日とてお店の在庫確保――と言うよりも単純に武器を作るのが楽しくて無我夢中で武器作りに励んでいるようだ。この調子ならかつての武器屋『カラット』に戻るまで大した時間はかからないだろう。


「おじゃましますよっと。カラットさ〜〜ん」


 カンカンカンカン!!!


「うっ、声がかき消される。こんにちはぁ〜〜!」


 カンカン!! ガンガンガンガン!!!


「ひぃ〜〜!? ちょっとカラットさ〜〜ん!!?」


 音に圧倒されながらもなんとかカラットさんの後ろまでやって来たのにすっかり仕事モードで声が全く届いていない。

 おそらくこの音が鳴り響いている限りはこれ以上の声掛けをしても無意味なので、私は背後霊に徹するべく近くにあった椅子に腰掛け、普段はあまり見ることのできないカラットさんの仕事風景を眺めることにした。

 

 カンカン! カンカン!


 しばらく聞いてると不思議なことに最初こそうるさかった金属音も味のあるものに思えてくる。

 時折やってくる熱い空気と鉄の匂い、そしてその中心で真っ赤に熱された武器と向き合うカラットさんはとてもかっこよく見えた。仕事とプライベートのギャップとはこういうことを言うのだろう。

 そしてついに。


「よし……!」


 汗を拭いながら立ち上がるカラットさん。どうやら武器が完成したらしく、空高く掲げた槍が太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。

 人知れず完成の瞬間に立ち合った私も感動で思わず拍手をして――


「誰だッ!!」


「ひっ!?」


 ダァンッ!!!

 仕事モード故か。警戒心マックスのカラットさんが振り向きざまに強烈な突きを繰り出すと、出来たてホヤホヤの槍が私の髪の毛を数本を落として後ろの壁に深く突き刺さったのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「まったく……来たなら来たで声をかけてくれりゃよかったのに。危うくルノちんの頭を吹き飛ばしちまうところだったぞ」


「はい、それはもう痛感しております……」


「本当かぁ? 鍛冶師の後ろに立つのはアウトだからよく覚えておくように!」


「はい、ごめんなさい……」


 しょぼん。思わぬお説教を受ける羽目になった私は椅子の上で身を小さくした。鍛冶師の背後は危険地帯。とても勉強になりましたとさ。


「で、今日はまたどうしたんだ? 武器を使わないルノちんが一人とは来るなんて珍しい」


「そろそろ在庫も復活してるかなって来ました。なんだかんだでヒュンガル観光名所の一つとして名高い武器屋『カラット』が恋しくなっちゃって」


「上手いこと言うなぁ。でも残念ながらまだショーケースはスッカスカだぞ」


「えっ? でも――」


 視線を少し動かせば鍛冶場の至る所に先程の槍の他にも剣や斧が数多く並んでいるのが見える。

 確かにショーケースが埋まる程ではないかもしれないが、少なくともお店をやっていけるくらいの数はあると思う。もしかしたら失敗作でお店に並べられないという可能性もあったが、それはカラットさんによってすぐに否定された。


「ふっふっふっ……聞いて驚け。これらは全部リトゥーラ行きの武器達だ!」


「???」


 それならこの前の商談で終わったのでは? 謎に積み込みを手伝わされたあの分で。


「店の在庫じゃ足りなかったのと、あとは追加が少し入ってな。いま完成した槍でひとまず注文は全部だ」


「ははぁ……本当にたくさん買ってもらえたんですね。こうして居合わせちゃったことですし、積み込むなら手伝いまよ?」


「おっ、そりゃ助かる! ぜひ頼む――と言いたいところだけど別の頼みがあるんだよな〜〜?」


 ニヤけながらチラリと視線を送ってくるカラットさんにはもはや嫌な予感しかしなかった。軽々しく手伝い宣言をしてしまった自分の良心を恨みたい気分だ。


「とりあえず聞くだけ。内容によってはお断りする場合もあるのでそのつもりでお願いしますね。本当ですからね?」


「ありがとうルノちん、そのフリだけで十分だ。じゃあこの箱と、あとはこっち、で最後にこれも。この三箱を今日中にリトゥーラへよろしく!」


「絶・対・いやです!?」


 どどんと積まれた木箱は計三つ、それぞれが武器の運搬するためのものだ。

 一応言っておくとそれぞれに一本の武器ではなく、カラットさんが手当り次第に詰め込んだ一箱数十本単位の武器が入った超大箱だ。私の家にある大型のベッドを三つ抱えてリトゥーラへ行ってくれと言われているようなものである。

 本来ならカラットさんが自ら配達する予定だったらしいのだが、ちょうどいいタイミングで私が現れたのでその役目は私に任せて自分はこのまま武器作りを継続したいんだとか。


「魔女なら荷物の一つや二つ余裕だろ? 多少距離はあるかもしれないがその点もルノちんのスピードなら問題なし! 謝礼もちゃんとするし、なんなら前払いでもいいからほら、少し遊んできたらどうだ?」


「おっ……」


 ビラッ。手に乗せられたウン万円が怪しいオーラを放ちながら私を誘惑している。これだけあれば一月分のカフェ代になるぞ。


「たまにはのんびり日帰り旅行なんてのもいいと思うぞ。普通なら今から行っても遊べる時間なんてたかが知れてるがルノちんなら昼前には着くだろう? あぁ……美味い料理を食べて午後は観光なんて胸が弾むよなぁ?」


「ごくっ……!」


 それはつまり時間の許す限り遊びまくれると。武器を届けるついでにこの軍資金で遊びまくれと、そういうことか。


「うんうん……そういうことならまぁ仕方ないですね。お仕事ですもんね?」


「あぁそうだ。大事な仕事だから頼んだぞ!」


「えへへ……!」


 頭の中がお遊び一色に染まったこの瞬間、私は本来の目的である武器の運搬の苦労をなど全く考えずに笑顔で出発したのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 てな訳で行ってきます――到着!

 なんて都合のいいことは当然なく、ヒュンガルからしばらく続く山の上を私は荷物と共に飛んでいた。


「あ〜〜……そろそろ腕が攣りそう……」


 左手で箒を掴み、上に掲げた右手には件の大荷物が三つ。魔法で浮かせているので重量がそのまま疲労として蓄積される訳ではないが、それでも普段はしない格好を一定時間続けるというのはそれなりに疲れる。


「今さらだけどスフレベルグに乗せてもらえばよかったなぁ。私ってばなんでこんな無謀なことを……」


 お金をチラつかされたからです、と心の中で自分にツッコミつつ荷物を持つ手をチェンジ。

 周囲を見渡してみると徐々に山の緑が少なくなり、次第に目に入る街並みが増えてきた。ということはそろそろリトゥーラが見えてくるのでもう少しの辛抱だ。

 到着したら真っ先に武器を届けて仕事は完了。その後は自由気ままな観光の時間が待っている!


「よ〜〜し、いっちょ最速で飛ばしてみましょうかね。なんせ早く到着すればそれだけ観光の時間が増えるんだから――ねッ!!」


 ドヒュンッ!!!

 明るい未来で気力を回復させた私は、凄まじい速度で撃ち出される鉄砲玉の如く、魔力を爆発させて自らを弾き出す。

 これまでの移動がおふざけだと思えるほどに増した勢いはリトゥーラまでの距離をあっという間に無くし、瞬間移動したと言っても過言ではない結果をもたらしてくれた。


「はい、今度こそ到着! いやぁ、懐かしいなぁ」


 少しばかり気合を入れすぎたせいで城下町をすっ飛ばしていきなり目的地の王城まで来てしまったようだ。上空から見下ろした先には何度かお世話になった懐かしの建物が広がっている。

 特に騒ぎにはなっていないようだが、門兵の一人が丸い目でこちらを見上げていたのでちょっとだけ反省。下手をしたら突然の襲撃者として撃ち落とされても文句は言えなかったと思うので、次回からは城下町に入った時点で馬車を呼ぶなりして節度ある行動を心がけよう。

 ただでさえリトゥーラでは何かと魔女がヒーロー扱いされて目立ちやすいのだ。今のように大荷物を抱えてでもない限りは空を飛ぶのは控えた方が無難だろう。


 今回はもう仕方ないので、まずは下に降りて門兵さんに事情を――とその前に。


「さすがに飛ばし過ぎて髪がボサボサだ。こんなんじゃ王城に入るまでに不審者扱いされちゃうから、ちょちょいのちょいっと」


 せめてもの礼儀としてちょうど近くにあった喫茶店の窓ガラスで身だしなみを整える。当たり前だが店内の人達からは丸見えなので結局は不審者扱いされることになったのはここだけの秘密。


「そういえば……今までは誰かしらがいてくれたから何も心配無かったけど今回は一人きりだからちょっと緊張しちゃうな」


 多少慣れた土地とは言ってもそれはあくまで王城だけの話。他にも足を運んだ場所はいくつかあるが、どこも鮮明に覚えてる訳ではないので脳内マップで再現して辿り着くなどとても無理だ。そう考えると一番の目印になる王城が目的地なのは良かったかもしれない。


「まぁ見知らぬ土地を歩くのも観光の醍醐味だから考え方次第だね。さ、行こう行こう」


 前向きな結論さえ出てしまえば足取りは軽くなるというもの。

 私はさっそくドドンと立ち塞がる王城の門へと進み、両側で直立不動となっている門兵さんの内の一人に声をかけた。


「おぉ! やはり魔女様!」


「おっ……と?」


 声をかけるなり目を輝かせたのは先程こちらを見上げていた門兵さんだった。

 確かに箒で飛んでいた訳だから魔女だと判断するのは当然のこと。しかしこの門兵さんに至っては別の理由で私のことを既に知っているようだった。


「失礼しました。以前にも何度かここを通る魔女様を拝見していたら目に焼き付いてしまいまして。どうかお忘れください」


「は、はぁ。いや、こちらこそ突然すいません……」


 ナンパかな? とも思ったが、以前も王城でお世話になっているのでその時のことを言っているのだろう。先にも言った通り、私がリトゥーラで一番足を運んでいるのはこの場所なのだ。もちろん、この門もその度に通っているので顔を覚えられていても不思議じゃない。

 では改めて。


「コホン。えっと、今日はほにゃららほにゃらら――ということで来たんですけど検問みたいなのはやってるんですかね? すいません、田舎者で勝手が分からず……」


「とんでもございません! では一度こちらでチェックしますので拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」


「どうぞどうぞ。あっ、その前に……これ、配達するにあたって必要になるからってフィオちゃ――いや、王女様にサインを貰ってきたんですけど」


「ふむふむ……なっ!? これは重ねて失礼しました! んっ! よしオッケー! どうぞお通りください!」


 フィオちゃん直筆のサインを見るなり顔を真っ青にした門兵さんが何かに怯えるようにビシッと敬礼して固まってしまった。

 正真正銘、本物のサインなので問題はないのだが、もう少し念入りにチェックしてもいいのでは。一瞬だけ蓋を開けて終わったぞ。


「まぁいっか。ところで荷物はどこへ――」


「あああああ!!? 気が利かず本当に申し訳ごさいません! わたくしの部下共に運ばせますので魔女様はどうかごゆるりと!」


「そ、それはどうも。てか私、今日はただの配達員なんであんまりビクビクしないでくださいね? 普段もする必要ないんですけど……」


 門兵さん的には重ねた失礼が三回目に達して焦っているんだと思うが、別に私は仏の顔を演じていた訳じゃないしクレーマーでもないので平常運転でいて欲しいな。


「お待たせいたしました! 我ら一同、魔女様のお荷物を誠心誠意運ばせていただきます!」


「なんかいっぱい来ちゃったな……」


 こうして、過剰とも言える護衛の兵士を引き連れて王城に足を踏み入れた私は周囲の視線を一身に浴びながら長い道のみを歩いた。

 異様ともいえる光景、さらに魔女として顔が知れているせいか、近くを通り掛かる人々がもれなく頭を下げてくれるのでとても恥ずかしい。

 以前お世話になった時にみた顔ぶれもあったので、その度に故郷に帰って来た気分になってはまた見知らぬ顔にお辞儀をされて恥ずかしい思いをする。そんなことを繰り返しているとようやく武器庫らしき場所に到着して無事に任務完了となった。


「魔女様、ご苦労さまでした! これらの武器はリトゥーラの治安維持のため、有効に活用されるのでどうかご安心を!」


「さ、左様ですか。それは良かったでございます……」


 最後まで堅苦しい姿を見せられて、仕事って大変だなぁと思わずにはいられない一日でした。


「さてと。やる事やったしどこかでお昼ご飯でも――っと、そうだ」

 

 仕事とは言え、せっかく王城に来たのだからあの人達に挨拶しない訳にはいかない。残念ながら今回はお泊まりの予定はないので近況報告がてら少々の雑談をして終わりになってしまうけど。

 とりあえずさっきの門兵さんに聞いてみよう。


「あの、国王様と王妃様に合わせていただくことはできますか? ルノが来たって伝えてもらえれば話は早いんですけど」


「魔女様!? お、お疲れ様でした! 大変申し訳ないのですが、本日は会談の予定がございまして一日中手が離せないと伺っております! 本当に申し訳ごさいませんッ!!」


「それは残念。いや、こっちも急な訪問だったのでお気になさらず。じゃあ私はこれで帰るので失礼でなければ国王様によろしく言っておいてください。失礼なら私が来たことは内密に」


「ははっ、確かに承りました! 必ずや国王様にお伝えしておきます!」


 この門兵さんにとって私と国王様は同じくらいのお偉いさんという扱いなんじゃないだろうか? 無駄に高圧的な態度で接してくるよりは余程マシだが、あくまでも私は外部の人間なのでもう少し肩の力を抜いた方がいいですよ……と、心の中だけで呟いた私でした。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「さて、思ったより早く終わったからけっこうのんびりできるぞ!」


 現在はお昼ちょっと前くらい。

 気の向くままに歩いてお店が立ち並ぶ賑やかな大通りにでてみると、串に刺さった肉を頬張る人や色鮮やかなアイスを持っている人など、食べ歩きしている人がやたらと目につくようになってきた。

 時間が時間なので当たり前かもしれないが、それとは別にとある見覚えのある区間が目に飛び込んできて私はなるほどと納得した。


「ブレッザさんを護衛してる時に来た場所だ。あの時は色んな意味で目立っちゃってたからゆっくりできなかったけど」


 確かブレッザさん曰くいつでもお祭り気分を味わえる人気スポット、だったかな?

 どこかお洒落なお店にでも入ってリッチなお昼ご飯を――なんて思っていたが、せっかくなので周りの人達に倣って食べ歩きしながらお祭り気分をエンジョイしてみようか。


「一人でしかできないスローライフってのもあるしね。よし!」


 そうと決まれば行動あるのみ。

 私はさっそく目に付いた露店に足を運んでみた。


「お昼ご飯を食べなきゃいけないのに真っ先にスイーツを選んじゃうとか……私ってばなんて罪深い……」


 やって来たのはクレープの露店。

 果物やケーキが描かれたポップな雰囲気の露店では、ちょうど出来上がったばかりのクレープを受け取ったお客さんが万弁の笑顔を浮かべて去っていくのが見えた。

 ここが正解だと確信するには十分な光景だ。最高の笑顔を獲得できるクレープもまた最高のクレープなのだから。


「でも迷っちゃうなぁ。普段なら迷わずチーズケーキ味のやつにするんだけどたまには冒険して……そうだなぁ、このトリカブベリー味の――」


「あれ、魔女様?」


 せっかく夢を膨らませているんだからゆっくり選ばせて欲しいなぁなんて思いながらチラリ。

 私のことを『魔女様』と呼び、しかしリトゥーラでは定番となっている尊敬よりも、どちらかと言うと友達に近い慣れ親しんだ空気を醸し出すのはクレープ屋の女性店員さんだった。

 ただ、私はそんな距離感で会話できるほどの常連客になった覚えはないので正直対応に困ってしまうのだが、店員さんは追い打ちをかけるように。


「お久しぶりですね。覚えてらっしゃいますか?」


「え?」


 お久しぶり、とは。

 予想外の言葉にどちら様でしたっけ……とは言えなかった私はしばらくの間、賑やかな街並みに取り残されたかのように無言のまま立ち尽くすしかなかったのでした。




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