第187話〜暇な鍛冶師と売れない武器達〜
〜〜これまでの登場人物〜〜
・ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
・サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
・フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
・カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
・グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
・ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
・スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
・レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
・コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
・フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
・にゃんたこ (神様)
『天空領域・パラディーゾ』にその身を置く神様。『遊び』と称して様々な強者を襲撃する事が多々あり、その中でもルノは『当たり』らしい。
・フウカ (妖精王)
妖精の秘境『妖精郷』に住まう妖精の王。神様とは友人関係にあり、その実力も折り紙付き。風の魔法を得意としており、中でも【風刃・風華】は風魔法最強を誇る力を持っている。
・プウ、ペエ、ポオ(小鳥の親子とリス)
小鳥の親がプウ、子がペエ、リスがポオ。ペエのみが人間に変身できる魔法陣を身体に刻まれており、人間になってはプウやポオと一緒に村へ行ったりルノの家に遊びに来たりなどして美しい歌声を披露している。
・ライカ(獣王)
グロッタを以上の体躯と金色の体毛が特徴の獣の王様。何かあれば自ら動くところから同胞からの信頼も厚い。出会いが出会いなため、ルノからは『勘違いライオン』の烙印が押されている。
「こんにちは」
ギィっと扉を開いて入ると店内はどこか懐かしい鉄臭さに満たされていた。鍛冶屋特有のこの匂いはフユナと初めて訪れた時のことを思い出させるので何だか感慨深い気持ちになるのだ。
「それにしても相変わらず種類が多くてびっくりしちゃうな」
店内の至る場所に設置されているショーケースの中には剣や槍などの違いはあれど、並べられている物のほとんどが武器の類だ。
中には例外もあって、少し横に移動すると武器と同じ素材で作られたアクセサリーが並んでいる場合もあるので、私のように武器を扱わない人間でも楽しめてなかなか良い。
毎日来たい! とまではならないが、博物館感覚でたまに来るくらいならアリだと思う。現にこうして来た訳だし。
「静かだね。カラットさんはいないのかな?」
「お店は開いてるからそんなはずないんだけどなぁ。ちょっと奥を確認してくるからフユナは好きに見てていいよ」
「わかった。じゃた双剣コーナー行ってくる〜〜!」
ピュ〜〜っと元気よく去っていくフユナを見届けてから私はお店の奥にある居住スペースを目指して歩き出した。
お店自体はそんなに広くないので少し探せば見つかるはずだ。途中途中ですれ違う武器達に目をやりながら特に深く考えることなく歩いているとあっという間に居住スペースへと続く扉の前まで辿り着いてしまった。
やはり奥にいるのか。まったく……おサボりとは感心しないな――なんて思いながら扉を軽く叩こうとしたその時。
「わっ!!!」
近くにあった棚の影に身を潜めていたらしい誰かに突然の大声と共に私は背後から両肩をガシッと掴まれた。
負けず劣らず店内に響き渡る程の大声で「うわあああ!?」と驚きの声上げて数秒。一瞬だけ命の危機を感じながらもどこか既視感のある現状にハッとした私が勢いよく振り返るとそこにいたのはやはり見知った顔だった。
「あっはっはっ! いいリアクションだなルノちん!」
「もぉ〜〜!?」
ここはヒュンガルにある唯一の武器屋『カラット』
悪びれることなく元気な笑い声を上げる店主のカラットさんは今日も今日とて暇そうな店内で退屈な時間を過ごしていたのでした。
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「いやぁ、よく来てくれたな二人とも!」
カラットさんは場所を双剣コーナーに移してから私とフユナに笑いかけた。
言葉にこそしなかったが、暇で退屈していたところに知り合いが来てくれたことが相当嬉しかったのだと思う。その証拠に、暇を極めた店主様は鼻歌を歌いながら武器が並べられているガラスのショーケースをテーブル代わりにしてお茶会の準備まで始めてしまっている。
「ほい、お茶。あとお菓子も。あっ、飯の方がいいか? 腹減ってる?」
「ストップストップ!? 一旦落ち着いてください! ご飯も食べて来ましたから結構です!」
「そっか? フユナちゃんも?」
「う、うん!」
珍しく引きつった笑顔を見せるフユナの言葉でようやくカラットさんは引き下がってくれた。……と思ったら今度は人数分の椅子を持って来るなりどかっと腰掛けてしまう始末。まぁ、私達も座るくらいならいっか。
「最近どうだ? レヴィちんとは仲良くしてるのか?」
「なんか誤解を招きそうですけど……それはまぁご安心ください。ほら、レヴィナがここで買ってくれたペアのネックレスもちゃんとつけてますよ」
「そりゃなによりだ。フユナちゃんは先週ぶりかな? また稽古に呼んでくれれば喜んで行くからな」
「うん! またお願いします!」
どうやらサトリさんとのお稽古にカラットさんもちょくちょく顔を出してくれているらしい。ランペッジさんを含めた武闘派三人にはとても良くしてもらっているようで私も安心だ。
「んで今日はどうしたんだルノちん。もちろん遊びに来てくれるだけでも大歓迎だが武器に興味が出たって話だとなお嬉しいな。それともまたフユナちゃんの双剣が折れちまったとか?」
談笑から始まり本題に入る。暇とはいえ、流石はお店を切り盛りしているだけあって話がスムーズだ。残念ながら本当に遊びに来ただけなのでフユナの双剣はピカピカだし売上には全く貢献できないけど。
「そうか……いや、いいんだ。店ってのは客あっての物だからルノちんやフユナちゃんみたいにまずは遊びに来てくれるってのが一番大事なんだよ。購入するかどうかなんて二の次さ……」
「カラットさん……」
突然しょんぼりと肩を落とすカラットさんを前にしてフユナが明らかに動揺し始めた。だめだよ、フユナ。これも営業手法の一つなんだから。
「元気出してよカラットさん! フユナ達、今日はお買い物のために来たんだよ! えと……こ、これ! この双剣『カモ・ネギィ』ください!」
「さすが私のフユナちゃんだ! 毎度ありがとう!」
誰の誰やねんというツッコミはさておき。
フユナが出した答えは本物のネギが二本セットになっただけの双剣『カモ・ネギィ』を購入することだった。「今夜のおかずになるよね?」という目線に「もちろんだよ」と静かに頷き、全員が幸せになる道を見つけ出したフユナには心の中で賞賛を贈っておいた。
「割と売れるんだけどその度に思うんだよな。これだけある武器の中からネギが選ばれるってことは私に鍛冶の才能が無いんだって」
「カラットさん……」
「いやいや、味を占めないでください! さすがにもうその手には乗りませんから! フユナもその優しさは美徳だけどこれ以上は私の財布が許しません!」
「えぇ〜〜」
まったく……ここぞとばかりに叩き売ろうとするんだから。
「まぁそう言うなルノちん。フユナちゃんだって年頃のレディなんだからお洒落の一つくらいしたいだろ。てことでどうだ? ほら、これなんてフユナちゃんにピッタリだと思うけど」
「かわい〜〜!」
カラットさんが近くのショーケースからおもむろに取り出したのはコンゴウセキスライムの欠片が嵌め込まれた綺麗なネックレスだった。お値段なんとゼロが一、二、三……七個というふざけた数だったのでもちろん断っておきました。
「なんだ勿体ない。フユナちゃんならタダでいいのに」
「なおさら断りますってば!?」
ただでさえフユナの双剣を頂いた恩があるというのにこれ以上積み上げられてしまっては頭が上がらなくなってしまう。
そもそも暇していたくらいだからお店は決して繁盛していないんだし、そうポンポンと高価な商品をプレゼントしてしまうのは良くないのでは……?
「と言うか前から思ってましたけど、カラットさんて店主の割にそこまで利益に拘ってないですよね。営業トークだって純粋に会話を楽しんでるみたいですし」
あとはさっきみたいに人を驚かせて遊んだりね。
「なんだよく分かってるじゃないか。武器作りは楽しくてやってるし、店は半ば趣味みたいなもんさ。金に関しても最悪、ヒュンガル山にでも行って金ピカスライムを捕まえればどうとでもなるからなぁ」
「同業者発見。やっぱりここらに住んでるとそうなりますよね」
妙な仲間意識が芽生えた瞬間でした。
「けどまぁ、正直言うとそろそろ在庫は減らしたいと思ってるんだよ。見ての通り店は武器で埋め尽くされてるし裏の倉庫もいっぱいだからこれ以上新しいのを作っちまうとルノちんの家に置くしかなくなっちまうんだ」
「我が家に繋がる意味が分かりませんけど……冗談だと信じてスルーします。でも場所が無いのは確かに困っちゃいますね」
椅子に座ったまま全身をクルリと一周させるとカラットさんの言う通りで、入店した時には気付かなかったがショーケースの下にあるちょっとしたスペースにまで箱に詰められた武器達が眠っている。
我が家でもフユナの本がいっぱいになって似たような状況になったことがあるので気持ちは分かる気がする。
「こうなりゃロッキの街にでも行って営業してくるか。大量注文を受けて一発逆転、そうじゃなくても少し売れれば宣伝になるし」
我が家を倉庫代わりにしようとした時は焦ったが、どうやら思いのほか真っ当な方法で行くらしい。
ロッキならすぐに行ける距離だし、街の大きさとしても申し分無し。取引先としてはなかなかの好条件だ。
「あわよくば国のお偉いさんの目に止まるなんて可能性もあるからな。あの辺だとリトゥーラの――」
と、そこまで言ってピタッと固まるカラットさん。次の瞬間、真正面から私の両肩をガシッと掴んだと思うと、目を輝かせながら「それだ!」と叫んできた。
「ありがとう! ルノちんがいてくれてよかった!」
「さ、左様ですか。いったい何を閃いたんです?」
「ふっふっふっ……聞きたいか?」
聞きたいも何も明らかに私ありきっぽいので知らんぷりはできないだろう。内容によってお断りする可能性もあるしね。
「こういう時こそ人の繋がりが大切ってな。てことでルノちん、頼んだ!」
「はぁ?」
勿体ぶった末にカラットさんの口から出たのは当然と言えば当然の人物の名前。
話題に上がった『国のお偉いさん』であり、私の可愛い教え子でもあるフィオちゃんことフィオ・リトゥーラ王女様。彼女の存在がこの問題を解決する糸口になるのだと、カラットさんは胸を張って言ったのだった。
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「ふ〜〜ん? パッと見すごそうだけどそれにしては安すぎて逆に怪しいわね。実は中が紙でできてるとかそういうオチじゃない? オリーヴァ、どうなの?」
「フィオ様。疑いたくなる気持ちも分かりますがどれを見ても紛れもない一級品でございます。……バッカ、これ、わたくし達の武器より上ですよ」
「確かに。これを騎士団の連中に標準装備させるとか贅沢過ぎないか? ……あの、ルノ嬢。こう言っちゃアレですが後で変な請求書が届いたりしませんか?」
――とは、疑いながらも確かな質の武器に目を輝かせるフィオちゃん、オリーヴァさん、バカさん三人の言葉である。
カラットさんの武器を見るなり特に飛びついたのはオリーヴァさんとバカさん。フィオちゃんとは違い、護衛という立場の二人はそれぞれ思い思いに武器を眺め、時には手に取り、それを繰り返す度に驚きの声を上げながら信じられないといった様子で私に目を向けてきた。
「怪しい取引じゃないので安心してください。武器の質は私もフユナも保証しますよ。……たまに食材が置いてあるのはスルー推奨」
「うん! カラットさんの武器は間違いないからオススメだよ!」
カラットさんのご要望だったとはいえ、ここまでいい反応を示してくれると紹介した私まで誇らしく思えてくる。
現在、お店の中では「一級品装備がお手軽価格で購入可能ですがいかがでしょうか!」という商談が繰り広げられている。
この素晴らしい武器の数々をリトゥーラの騎士団達にどうか。定期的に武器を卸してもらうことは可能かなどなど。あぁだこうだと難しい会話が飛び交っているみたいだが、多分これはもう結果は見えてると思う。
しばらく見守っていると商談が成立したらしく、ショーケースを挟んで熱く語り合っていたカラットさん達の間に何枚もの書類が用意され、次々とサインをしては固い握手が交わされていった。
「結構アッサリと話が進んだみたいだね。よかったよかった」
「うん。それだけカラットさんの武器が認めてもらえたってことだと思うからフユナも嬉しいな」
言えてる。そもそもこんな平和な場所でなければカラットさんの武器を求める人はたくさんいる。それが今日、私達の目の前で証明されたのだ。
「それもこれも先生達のおかげですね!」
「あっ、やっぱり来た」
私とフユナの間にニョキっと現れたのは商談をほったらかして来たフィオちゃん。
最初こそ素晴らしい武器の数々に目を輝かていたフィオちゃんも商談という堅苦しい場の雰囲気には耐えられなかったらしい。まぁ耐えられたとしても一国の王女様が直々に商談の場に立つのは違和感しかないけど。
「それにしてもすごいです。カラットさんって魔女なのに鍛冶師としての腕前まで一流なんですね」
「私としては魔女より先に鍛冶師が来てる気がするけど、まぁそうだね。てかあの人、ゴリゴリの武闘派で武器の扱いもお手の物だから本職はそっちかも」
「魔女なのがオマケみたい……」
「武器ならサトリちゃんもすごいよ。フユナの中ではサトリちゃんも魔女より双剣使いのイメージが強いかも!」
そんな流れで私とフユナ、そして魔女達のスペック高さに驚くフィオちゃんで『魔女とは何か?』について語り合っていると思いのほか早く時間が経過し、商談の最終確認が終わった頃には既に夕方に差し掛かっていた。
その後、店内で談笑という名の暇つぶしをしていた私達は当然のように武器の運び出し作業まで手伝う羽目になり、王都行きの馬車に積み込み終わった頃にはすっかり日も暮れてしまった。
「ふぅ。ちょっと遊びに来たつもりだったのにすごく疲れた……」
「お疲れさん! ルノちんが手伝ってくれたおかげで早く済んだよ。フユナちゃんもありがとな!」
「うん! たくさん買ってもらえてよかったね!」
予想外の労働が発生してしまったがカラットさんの悩みの種(?)は綺麗さっぱり消えたようだしひとまずよしとしよう。
充実したスローライフをおくるには程よい労働が必要不可欠なのだと実感できたことは私にとっても収穫だったのだから。
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翌朝。
お礼にお茶をご馳走するからと再びお店に呼ばれた私とフユナは、昨日までとは一転してスッキリした店内を見てどことなく寂しさのようなものを感じていた。引越し直前の荷物がほとんど無い部屋みたいだ。
「ショーケースもずいぶん寂しくなっちゃいましたね」
「ホントだな。けどありがたいことだ! おかげでしばらくは在庫を気にすることなく武器が作れるぞ!」
生き生きとしたカラットさんは腕をブンブンと振り回しながらやる気を漲らせていた。生き甲斐を取り戻したように光り輝いてい目は寂しさなど微塵も感じさせない。
「二人には改めて礼を言うぞ。やっぱり人と人との繋がりは大切だよな!」
「私はほとんど何もしてませんけど……まぁそうですね。カラットさんが喜んでくれてるならよかったです。武器作り、応援してますね」
「頑張ってね、カラットさん!」
「おう、ありがとな二人とも! よっし、明日からはしばらく休み無しだぜ!」
こうして、リトゥーラという大口との商談を見事に成功させたカラットさんはしばらくの間、忙しくも充実した時間を過ごすことができたと後に語るのでした。