第186話〜氷の魔女はアレコレソレでほにゃららほにゃらら〜
〜〜登場人物〜〜
・ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
・サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
・フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
・カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
・グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
・ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
・スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
・レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
・コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
・フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
・にゃんたこ (神様)
『天空領域・パラディーゾ』にその身を置く神様。『遊び』と称して様々な強者を襲撃する事が多々あり、その中でもルノは『当たり』らしい。
・フウカ (妖精王)
妖精の秘境『妖精郷』に住まう妖精の王。神様とは友人関係にあり、その実力も折り紙付き。風の魔法を得意としており、中でも【風刃・風華】は風魔法最強を誇る力を持っている。
・プウ、ペエ、ポオ(小鳥の親子とリス)
小鳥の親がプウ、子がペエ、リスがポオ。ペエのみが人間に変身できる魔法陣を身体に刻まれており、人間になってはプウやポオと一緒に村へ行ったりルノの家に遊びに来たりなどして美しい歌声を披露している。
・ライカ(獣王)
グロッタを以上の体躯と金色の体毛が特徴の獣の王様。何かあれば自ら動くところから同胞からの信頼も厚い。出会いが出会いなため、ルノからは『勘違いライオン』の烙印が押されている。
プウ、ペエ、ポオがやって来てから早数ヶ月。
なんやかんやあった末に我が家のすぐ隣――と言うか敷地内に引っ越して来た小動物トリオだが、家が目と鼻の先なだけあって遊びに来る日はとても多くなった。
窓から少し顔を覗かせただけでも待っていたかのような勢いで駆け寄って来るし、誰かが村に行こうと家を出れば大喜びでついて来る。そんな感じで毎日のように同じ時間を過ごせば人間の生活に染まってしまうのは当然で。
ここ最近は一緒にお風呂へ入る機会も増え、食べ物に至っては同じ食卓の物を摘むのが当たり前。一日を共に過ごすことも珍しくないため、隣人なのか家族なのかかなり曖昧な存在になってしまった。
それは今日も今日とて変わらず――
朝のひんやりとした空気が心地よいヒュンガルのカフェ。
お馴染みのテラス席でコーヒーを片手に優雅なひと時を過ごす私の目の前では、例の如くちょろちょろとついて来たプウとポオがテーブル上で仲良く戯れている。
時々お遊びが過ぎて床に転げ落ちたりしていたが、所詮は小動物同士のお戯れなので可愛らしいもの。鳴き声なんかも含めてちょっとしたBGMとして私のスローライフに貢献してくれていた。
「うんうん、やっぱり大自然の中で味わうコーヒーとチーズケーキは最高――ってあれ? なんかケーキの減りが早い気がする。……あっ!?」
「ピピピッ!」
「キキッ!」
心地よい空気に思わず目を閉じて深呼吸。ふぅ、息を吐いて改めて目を開けるとあらビックリ。数秒前まで戯れていたはずの小鳥とリスが休戦とばかりに私のチーズケーキに齧り付いているではないか。
さらにここで忘れてはならない存在がもう一人。
小動物トリオの中でも唯一人間になれるペエ。対面の席に腰掛けていた彼女がこれを黙って見ているはずもなく――
「ルノちゃん、私も〜〜!」
バクッ! 豪快に抉り取られたチーズケーキはもはや原型も分からないような欠片に成り果てた。
「おいし〜〜い!」
「…………」
優雅なひと時とは一体なんだろうか?
今のペエは人間モードなのできちんとフォークを使ってお行儀よく食べてこそいるが、ジャンルが小動物のプウやポオとは一口の重みがまるで違うため、狙いを定めてから行動の早さも相まってこの私をもってしても防ぐことはできなかった。
「許せない……!」
まだ一口しか食べてないんだけどなぁなんて心の中で泣きながら仕方なくお皿に残った欠片たちを集めて口の中へ放り込む。すると、僅かに広がった風味が確かにチーズケーキがそこにあったと証明してくれたようで本当に涙が出た。
「これはアレだね。可愛いだけでペットを育てちゃうとこうなるっていういい見本だ」
すっかり人間の食事にハマってしまった三匹を見て自分の教育方針は間違っていたのだと反省。
フユナやコロリンの例があるので人間に変身できるペエはまだいい。しかしプウとポオは見たまんまの小鳥とリスだ。食事に関して少し気にかけた方がよろしいのでは?
「まったく……こんなにお腹パンパンにした獲物が転がってたら猛獣は大喜びで集まってくるだろうなぁ。ほら、テーブルの上で寝てたらお行儀が悪いでしょ」
なんとも今さらなツッコミを入れつつ、満腹になって仰向けにひっくり返っているプウとポオは隣のイスへポイ。されるがままの二匹は着地と同時にコロンと転がり、再び仰向けになるとそのまま眠ってしまった。
「これはひどい。可愛さは抜群だけど野生を忘れてしまったこの子達を自然界に帰すなんて怖くてできないよ。これを見てどう思いますかねペエさん」
「うとうと……」
将来に不安を覚えた私がそれとなく皮肉を込めて話を振ってみたのだが、肝心のペエはだらしなく顎をテーブルの上に乗せてうつらうつらとおやすみモードに突入している。こちらもまたひどい。
「うりゃ」
「あたっ!?」
いよいよ寝息を立て始めたペエのおでこをピシッと指で弾く。
ビクッと肩を震わせて起き上がったペエが顎にテーブルの跡を付けたまま恨めしそうな目を向けてきたので、私は心を鬼にしてビシッと言った。
「あのね? 人間の食べ物が美味しいのは分かるけどそれをメインにしたらだめ。ペエはともかくこっちの二人は――ってほら、君たちだよ君たち。このダブルメタボめ」
「ピッ!?」
「キッ!?」
肝心の二匹が隣でお昼寝していたので、風船のように膨らんだお腹をそれぞれ一発ずつ太鼓の如くこれまた指で弾く。思いのほかいい音がして面白かったが、この中にケーキが詰まってると思うとやはり心配だ。
「よくグロッタやスフレベルグに木の実を貰ったりしてるし嫌いって訳じゃないんでしょ? 人間の食べ物、しかもケーキなんかでお腹いっぱいになんてしてたらいつかペエまでメタボになっちゃうよ」
「木の実だってちゃんと食べてるから安心してよ。それに私達みたいなちっちゃい動物にとってはここまで来るだけでも結構な運動になってるからエネルギー補給は大切なの。プウとポオだって大変なんだよ?」
「大変ねぇ」
なるほど、と思いつつ今朝の光景を思い出す。
早朝。カフェでのんびりしようと思い家を出ると、狙っていたかのように現れた三匹が揃ってついて来た。
人の姿がすっかりお気に入りのペエ。両肩には心做しかぽっちゃり気味のプウとポオ。一人の女の子が両肩に小鳥とリスを乗せて歩く姿はとても微笑ましいものだったが――
「…………」
歩いていたのはペエだけ。プウとポオは磁石でくっ付いているかのように肩から離れなかったな。はいアウト。
「うん。更にまん丸になった二匹がペエに持ち運ばれる未来が見える」
挙句の果てには手提げ袋に入れられて文字通りお荷物になってしまうんじゃないだろうか。そうなったらもう我が家で飼うしか道はない気がする。ペエも時間の問題だろう。
「なにぶつぶつ言ってるの? 食べ終わったならそろそろ出よっか」
「ツッコミどころ満載だけど、お代わりなんてしたらいよいよプウとポオのお腹が破裂しちゃいそうだから帰ろう。えっと……これ、持っていってね?」
「は〜〜い」
再び眠りに落ち、起きる気配が皆無となったプウとポオはペエが責任持って連れて帰ることに。
両手に一匹ずつ、まるでリンゴを持ち帰るかのような仕草で歩くペエを見て、こりゃ本格的に対策を練らなければならないなと密かに決意した私だった。
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翌朝。
今日も今日とてカフェにやって来た私は、プウ、ペエ、ポオの食生活を改善すべく、その第一歩としてミックスナッツ&お水という、普段なら絶対にしないであろう注文をした。
まず最初に反応したのは注文を取りに来たサトリさん。
「ルノちゃんにしてはずいぶんシブいやつを頼むね。頭でも打った?」
私がコーヒーとチーズケーキを注文しなかったことなんて数えるくらいしかないから当然と言えば当然の反応だが、それにしてもお客さんに対する対応がちょいと雑なんじゃないですかね。後でお姉さんにチクってやる。
「今日はたまたまそういう気分なんです。あ、でもこの新商品のケーキ美味しそうだなぁ」
「おっ、ルノちゃんならそう言うと思ったよ。んじゃいつも通りコーヒーのセットで――」
「コホン! 以上でお願いします!」
危ない危ない。思わず目移りしてしまうような色鮮やかな新商品はとても魅力的だったが注文は以上だ。
今日はただのんびりするために来たのではない。人間の生活に染まってしまったペエ達に少しでも野生を取り戻してもらうために来たのだ。
「だから……っと。いつまでもメニューなんて見てたら悪魔の囁きが聞こえてきそうだからしまっておかなきゃ。私が注文しちゃったら昨日の繰り返しになりそうだからね」
てな訳で、ひとまず第一関門はクリア。
念の為、今からでも遅くはないと揺れ動く心を振り切るためにメニュー表はしっかり遠ざけ、注文した品が届くまでの時間はペエと取り留めのない話題で面白おかしく過ごせばあっという間だろう。
「って思ったんだけど……お〜〜い?」
絵に描いたような平和なプランを考えていた私だったが、しかし肝心のお相手にはそんな雰囲気が微塵もなくて言葉が詰まってしまった。
ペエ達の周りだけ、雨が降る直前みたいにどんよりと重い空気になっているのだ。
昨日までの元気はどこへやら。思わず苦笑いをしながらしばらく見つめていると、放心状態のペエ、そしてその膝の上にちょこんと座っている涙目のプウとポオと目が合って――ボソッと。
「ルノちゃん。ケーキは……?」
ようやく口を開いたかと思えば出てきたのは呟きに等しい小さな声。
予想はしていたが、ケーキがここ最近の楽しみになっていたこの子達にとって直前でお預けをくらうのはかなりのダメージになってしまったようだ。ダイエットも初めが辛いと言うがそんな感じだろうか?
なんだかいたたまれない気持ちになってしまったのでとりあえず言い訳だけしておく。
「いやね、今日はなんだか自然の恵みを堪能したい気分でさ。たまにはこういうのも良いんじゃないかなって思ったり思わなかったり? ほら、ペエ達が美味しそうに木の実を摘んでる姿を見てるから私も食べたくなっちゃって!」
「………………珍しいね」
納得とまではいかずとも仕方ないと受け入れてくれた様子のペエ。
注文した品が届くまでにも何度かメニュー表をチラチラ見ていたのはちょっと可愛かったがそれに乗せられてしまっては元も子もないので、私はテーブルの上でチョロチョロ動き回っていたプウやポオをこねくり回して気を紛らわせた。今この瞬間だけはまん丸なのも可愛いねぇなんて癒されながら。
数分後。
「お待たせしました〜〜! いやぁ、ルノちゃんがいつものセットだと思ってたから用意してあったんだけどさ、注文見せたらあの姉さんですら驚いてて笑っちゃったよ。おっと、心配しなくてもわたしが食べるから安心してね」
言いながら、私が注文した品の他にも自分が食べるつもりのコーヒーとチーズケーキのセットを持って堂々とおサボり宣言をするサトリさん。
ペエ達にお預けをくらわせてといて私だけケーキを食べるのは可哀想だと思ったからこそ我慢したというのにこの人は見事にやってくれたな。
「なに、やっぱり食べたいんでしょ。チーズケーキといえばルノちゃんの大好物だもんねぇ?」
「べ、別にぃ? 私達にはこの美味しいナッツがありますから問題ありません。さて、じゃあみんなで食べましょうね〜〜!」
私は悪魔の囁きを振り切るように、小皿に盛られたナッツをテーブルの中央に引き寄せた。
こうして目の前にしてみると意外にも自然の豊かな香りが鼻腔をくすぐり、一つ二つとナッツを口に放り込む手が止まらなくなって思わず笑顔がこぼれる。半ば無理矢理だったが今後はこういう注文も本当にアリかもしれない。
「うん、結構いけるもんだね。よし、君達には特別に一番質の高いナッツをあげよう。たんとお食べ」
気分を良くした私は適当に見繕ったナッツをプウとポオに、残りを小皿ごとペエの前に差し出した。これならペエ達が野生を取り戻すのも時間の問題だろうと自信満々で。
ところが。
「「「…………」」」
確かに私と同じようにナッツを摘む手は止まらなかったものの、残念ながら視線の向かう先にはサトリさんが美味しそうに食べているチーズケーキがあった。こうなるだろうと思ったからこそ私も我慢したというのに。
「サトリさん。そのケーキ、なるべく早く食べちゃってくださいね。あとペエが大変なことになってるのでよだれかけがあると助かるんですけど」
「ん〜〜そういう訳にはいかないよ。ケーキってのはね、一口一口をゆっくり味わいながら楽しむ至高の食べ物なんだから。ペエちゃんだっけ? キミ達もどうかな? 新商品はもちろんオススメだけど、その他にもチョコレートケーキやフルーツタルト、いちごのローレルケーキなんかもあるよ。あ〜〜ん……もぐ♪」
ちなみによだれ掛けのご用意はございません。キリッと言い切ったサトリさんは私達の置かれている状況をなんとなく察しているだろうに、あろう事か隣にいるペエを誘惑しながら大袈裟なリアクションと共にゆっくりとケーキを見せつけるように口に放り込んだ。
もちろん、ケーキが口の中に消えてから飲み込まれるまでずっとペエ達の視線は釘付け。
この後の流れはなんとなく予想できた。
「食べます! 私はフルーツタルトで、プウとポオはいちごのロールケーキ! あと、コーヒーにホイップクリームが乗ってるやつもお願いしま〜〜す!」
「こら!?」
吹っ切れたとばかりの笑顔で次々と注文をするペエに待ったをかける。これでは野生を取り戻すどころかよりいっそう遠いところに行ってまうじゃないか。
「サトリさんも至高とは程遠いおサボりのくせにあんまり煽らないでください。その身を店長サマに差し出してもいいんですからね」
「あっ、そういうこと言っちゃうの? ペエちゃん達にサービスしてあげようと思ったんだけどなぁ?」
「わぁ!!!」
悪質なサービスをチラつかされたことで、ペエ達の表情はパアッと一気に明るくなり、まるで神様を見るような目でサトリさんをうっとりと見つめている。完全に手のひらの上だ。
「はいはい。ここ最近はケーキ生活が続いてたんだからせめて明日までは我慢しようね。だめとは言わないからまずは一日おきくらいの頻度にしてどんどん間隔を広げていこう。最終的には仙人の如く水だけの生活になってくれると私のお財布も助か――」
「もうルノちゃんは黙ってて! 私、決めた! ご馳走してもらえないなら自分のお金で食べるもん!」
「ちょっと!?」
ついにペエがグレた。
「一旦落ち着こう、ね? あれはサトリさんのボケなだけで実際にはお金払わされるっていうオチだから」
「だから自分のお金で食べるって言ってるでしょ? だいたい今日のルノちゃんはアレコレソレでほにゃららほにゃららなの!」
「ひ、ひどい! そこまで言うなんて!?」
どうやらペエの逆鱗に触れてしまったらしく数々の暴言が私の心を貫く羽目に。これはサトリさんに責任を押し付けている場合じゃないぞ。……と、気付いた時には既に手遅れ。
「もう帰る。これ、テイクアウトにしてください」
「そんな高度な技まで! ちょっとペエ、ほんとうにメタボになっちゃってもいいの!? 前例が目の前に転がってるんだからちゃんと見て!」
「だ〜〜か〜〜ら! そういうところがアレコレソレでほにゃららほにゃららだって言ってるの! バイバイ!」
「また言った!? ちょっ――」
バタ〜〜ン!
言葉とは裏腹にケーキの包みから香る甘い匂いを堪能したペエは微妙にニヤついた表情を浮かべて、次の瞬間には席を立ってそそくさとお店を出て行ってしまった。
その場に取り残された私は思わぬ展開について行けず、ただひたすらにポカンと口を開けたまま一点を見つめることしかできない。
自然とその場に残ったサトリさんに視線が引き寄せられて『どうしよう?』という意味を込めて一言だけ呟くのがやっとだった。
「怒らせちゃった……」
「ドンマイ」
残念だがこれが現実だ。
ケーキを食べながらゆるい言葉を投げかけてきたサトリさんには冷めきった目を向けて、私はしばらく放心状態のまま過ごしたのでした。
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徐々にお客さんが増えてきたことでサトリさんが仕事に戻ってしまったので私もお会計を済ませてお店を出た。
そして現在。
当てもなくしばらく村を彷徨った私は噴水広場をぐるっと一周した後に中央の噴水の縁に腰を下ろし「はぁ……」と溜息を一つ。余計なお世話だったかなぁと改めて後悔の念に押し潰されて今に至る。
「初めて壁にぶつかった気がする。フユナもコロリンもこういう時期は無かったからなぁ……」
どういった時期かはさておき、自分で言うのもアレだが私がこうして真正面から誰かと衝突するというのはなかなか珍しいことなのだ。
しかもこの状況。
お相手のペエがその場に留まっていてくれたならまだいい。ところが現状、お互いが離れ離れになっており、距離を置いていると言えば聞こえはいいが、まるでマンネリ化した恋人のようで私的にはこのまま絶縁関係に発展してしまうんじゃないかと内心ドキドキしている。
「とりあえず家に帰ろうかな。ペエ達もこの辺にはいないみたいだし、もしかしたら家でコロリン達と遊んでるかも」
まずは物理的に距離を縮めようと思ったが、あんな別れ方をしてしまった後なので家までの短い道程で答えを出せるかどうか一か八かみたいなところはある。
いっそのこと手が届かないようなどこか遠くの地にいた方がまだ気が楽だったかもしれないが、それはそれでやはり私的には絶縁関係に――(以下省略)
「こういう時こそペエ達の上司がいてくれたら相談の一つでもできるんだけどなぁ。はぁ……現実逃避してても仕方ないか」
何気なく呟きながら重い腰を持ち上げるがなかなか一歩目が踏み出せない。このままでは事態が良くなる可能性は限りなく少ないのに、心の中の私は何かが変わるなんて都合のいいことを期待しているみたいだ。これはいかん。
「ふむ……」
これはいったん落ち着かないとダメだ。
あの状況下でどんなやり取りをしていたか、ペエの地雷を踏み抜いていなかったか、こんな時こそ自分を切り離して客観的に物事を見ることが大切だろう。
「……よし!」
そうと決まればまず必要なのはお昼ご飯だ。
お腹の様子からしてもあながち間違ったことは言っていないので、頭の回転をスムーズにするためにもここは一旦カフェに戻ってゆっくりのんびりスローライフ――なんて最後まで現実逃避していたそんな時。視線の先から見知った顔が近付いて来るのが見えた。
あれは――
「にゃんたこ様」
「……っ!」
私の死んだ目に驚いたのか、どこか気まずそうに視線をさ迷わせるという少々珍しい反応をするにゃんたこ様。
絶妙に遅い足取りなので待ってるだけというのも申し訳ないと思った私は、残った距離を埋めるためにやや早足で近付き、いつもよりしおらしい雰囲気のにゃんたこ様の目の前で立ち止まった。
すると、ようやくこちらに視線を向けたにゃんたこ様が片手を控えめ目に胸の高さまで上げて――ニコリ。
「やぁ」
「あ、はい。こんにちは……?」
なんか可愛いなぁなんて感想はさておき。
私が挨拶を返すと、なにやらホッと息を漏らしたにゃんたこ様は「よしっ」と呟いていつもの物静かな空気を纏った。
「いい天気だね」
「なんか無理にネタを引き出してきた人みたい。でもそうですね。にゃんたこ様はお散歩ですか?」
「そう。これから、その……どうする?」
「えっ?」
流れ的に――いや、流れ的にもちょっとおかしいんだけど、おそらく『どこか行こうよ』みたいな意味合いなんだと思う。にゃんたこ様からのお誘いとはなかなか珍しい。
「あっ、それなら」
いい機会かもしれないのでそれとなく相談でもしてみよう。
ペエは私達の共通の友人でもあるし、何より神様直々のアドバイスでももらえれば仲直りの道が開けるかもしれない。行き詰まった時に第三者の意見が聞けるのは良いことだ。
という訳で、直前まで考えていた現実逃避プランを提案してみると。
「うん!」
「……へっ?」
誰これ可愛い。何かいいことでもあったのだろうか?
花咲く笑顔に疑問を覚える一方、普段ならなかなか見ることのできないレアなにゃんたこ様にドキドキしてしまった私はいくらか元気を取り戻した足取りでカフェに向かったのだった。
時刻はちょうどお昼。
いつもなら問答無用で付いてくるサトリさんも今ばかりは忙しなく店内を駆け巡っており、看板娘らしい眩しい笑顔を振りまきながらあっちこっちに料理を運んでいる。
にゃんたこ様を連れて本日二回目の来店を果たした私に気付くと「うわ、また来た」と言わんばかりの目――なんなら実際に口に出してたかもしれないが、とにかくそんな感じで私達は運よく空いていたいつものテラス席に向かい合う形で腰を下ろした。
「ふぅ。ずっと外にいたからいい感じにお腹空いてきちゃったな」
なんやかんやあって噴水広場に辿り着いた時はまだまだお昼には程遠い時間帯だったはず。となると、おそらく三時間か四時間、実際に意識してみると我ながら長い時間落ち込んでいたんだなぁと思わず苦笑いがこぼれてしまった。
「ずっとって何してたの?」
にゃんたこ様がメニュー表の上から顔を半分だけ出して問いかけてくる。
「いやぁ、特に何かをという訳ではなかったんですけど、その前にちょっとペエと衝突しちゃったので考えごとを……あはは」
「…………」
午前中のやり取りを思い出して引き攣った笑顔を見せる私を前に、やはり興味のない話題だったのか、投げる言葉は無いとばかりににゃんたこ様はスっとメニュー表の裏に隠れてしまった。
楽しいお昼の席でネガティブな話題からスタートするのはまずかったかな、と反省がてら水を一口。
「ルノちゃんはさ」
「ぶっ!?」
リフレッシュがてらゴクッと喉を鳴らしたのとほぼ同時にありえない言葉が飛び出してきて思いっきり噎せた。
聞き間違いだろうか? にゃんたこ様がこんな親しみを込めた呼び方をするなんて……!
「ちょっとお客さん。そういうのは控えてくださいねぇ?」
「すいません、ありがとうございます……」
絶妙なタイミングでおしぼりを手渡してくれたサトリさんに感謝しつつ視線を目の前に戻す。
話の腰を折ってしまったことでお怒りの一つや二つ頂くかと思ったが、幸いなことに水を吹き出した私に対する驚きの方が勝っていたようでにゃんたこ様からのお咎めは一切無しだった。
「大丈夫……?」
「ゲホッ……こ、これはとんだ失礼を。なんか今日のにゃんたこ様、女子力が高すぎて私には刺激が強いと言いますか……」
「そ、そっかなぁ?」
「はい、なんかいちいち可愛いです。特に呼び方をいきなり変えられるのはドキドキしちゃうので、できればいつも通り『ルノ』って呼んでいただきたいですけど……って聞いてます?」
「うん、聞いてるよ。可愛いんだよね? えへへ……」
「いや、あの……できれば後半も……」
私の言葉を聞いたにゃんたこ様は両手の人差し指をツンツンしながら顔を真っ赤にして俯いている。
そういう反応ですよと心の中だけでツッコミを入れつつ、一方で普段のにゃんたこ様とはかけ離れた反応の数々に、私は夢でも見ているような気分になってしまった。
「まぁ、一旦この話は終わりにしよ。ずっと外にいたからお腹すいてるんでしょ? えっと……ルノはさ」
「そうですけど、せっかく言いかけてたんだし全然聞きますよ? 外にいたって言ってもただ自分を見つめ直そうと反省した末に結局なにも解決できなくて現実逃避してただけですから。あっ、いえね? なんか私ってば無意識のうちにお節介焼きなこと言ってペエを怒らせちゃったのでどう仲直りすればいいのか悩んでたんですよ。なんとか謝りたいんですけど、まだ怒ってたら話すら聞いてもらえないんじゃないかなぁって考えると今一歩が踏み出せなくて。その……私、別れ際に『ルノちゃんはアレコレソレでほにゃららほにゃららなの!』って言われちゃったんです。それで気付いちゃいましたよね。私って……あは、はは……はぁ……。……ぁ、すいません、私ばっかり話しちゃいましたね……。多分こういう所がアレコレソレでほにゃららほにゃららなんだろうなぁ……」
「うっ……」
いけない。急にお口の滑りが良くなり過ぎてにゃんたこ様も引いているではないか。
暗い話は置いておいて、せっかくお昼ご飯を食べに来たのだから雑談して過ごすにしてもまずは料理を注文してからがいいだろう。
お店の人にも文句言われそうだし、なにより美味しいものを食べながらの方が会話にも花が咲くというものだ。
「んじゃ気を取り直してっと……私はランチセットにしようかな。この時間帯に来るのって珍しいからなかなか食べる機会がないんですよね。メインのホットサンドが既視感しかなくて絶対美味しいと思うんです」
「そうなの? じゃあ私も同じやつにしてみよっと!」
てな訳で、私達は揃って『ランチセット』を注文することにしたのだがこれまた珍しい。
こういう時、にゃんたこ様はわざわざ同じものを注文したりしない。私のチョイスによって結果的に被ることはあっても、それを分かっていてやるくらいなら別の料理を注文した末に『シェアする』という聞こえのいい言葉で人の料理を強奪し、しかも満足いくまで無限に再生させて食べ続けるのだ。
それがまさかこんな仲良しカップルみたいな展開になるとは、やはり今日のにゃんたこ様は女子力が高い。
「それで?」
料理を食べ始めてしばらくした頃。
短い言葉と共に先程の話の続きを促してきたにゃんたこ様は思いのほか私の話に興味を持ってくれていたようだ。
「あ〜〜、っと……自分で始めといてアレですけど聞いちゃいます? たぶん面白いものじゃないですけど……」
「いいの。外でずっと思い詰めちゃうような大切なことなんだよね? ルノちゃ――ルノは謝りたいって言ってたけど、相手だってきっと謝りたいって思ってる……よ?」
「そうですかね?」
いや、別にペエにそんな気持ちがないとかではなく、あくまでもやらかしてしまったのが私の方なのだ。まぁ『アレコレソレでほにゃららほにゃらら!』はけっこう傷付いたけどあれはまぁ……うん。
「か、神様が言うんだから間違いないよ。色々と口走っちゃったのは本当かもしれないけど、最後のは言い過ぎた……って。わた――その子にとってはルノとの時間を失うのはもっと嫌なはずだから、次会った時は難しいことを考えずにいつも通りに話しかけてみて?」
「そう……ですね」
確かにそこまで思い悩む必要はなかったのかも。
短い時間とはいえ、特にここ最近は家族同然の生活をしていたのでペエ達との時間が私にとっても良いものだったことは言うまでもないのだ。
根本にある気持ちが同じだとするならやるべきことは簡単だ。
「一応聞くけど……ルノだって、その……ペエちゃんとはこれからも仲良くしたい……よね?」
「もちろんです!」
ペエ達との時間が無くなるのはもちろん、このまま気まずい生活を続けていくなんて考えられない。
妙な説得力があるにゃんたこ様のお言葉で元気が出てきたぞ。
「ほっ。ならひとまず安心かな。まったくもう、ルノちゃんは変なところで真面目なんだから。お互いしっかり謝って仲良くしようね」
「はい! でも変なところとは失礼ですよ。私にとって今日のことは死活問題だったんですからね。ペエがどっか行っちゃったら私はしばらくショックで引きこもってたかも……あ、にゃんたこ様だから言いますけど、最近は家でも無意識のうちにペエ達の分の席を用意しちゃってたりして、きっと自分が思ってる以上にあの子達のことが好きになっちゃってるんだなって気付いちゃいましたよ」
「えへへ」
「それに、なんだかペエって『ザ・女の子』みたいな可愛さがあってこう、とにかく可愛いんです。なんか空気からして既に女子力高いんです! 歌も上手だし、フユナやコロリンとはまた別の癒しが……ってなんでにゃんたこ様が照れてるんですか?」
「えへ……はっ!? べ、別に照れてない、けど? も、もうさ、解決したなら早く行きなよ」
「えぇ。ここに来て急なツンデレはズルいですよ。でもやっぱり今日のにゃんたこ様は可愛い」
「も、もう分かったってば。……えへへ」
そんなこんなで前向きになれた私は、残りの料理を食べながらにゃんたこ様と面白おかしく雑談をして過ごした。
時折ペエの話題を出すと、やはり顔を真っ赤にしたにゃんたこ様がパタパタと両手で顔を扇ぎ始めたり、料理を異常なほど口に詰め込んだりと、数々の謎リアクションを見ることができてとても充実した時間を過ごすことができたのだった。
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その後、私はにゃんたこ様と共に帰路についた。
現在地は自宅との中間地点に続いている並木道。
にゃんたこ様という第三者の意見が聞けたおかげでペエとの問題はほぼ解決したと言っていいだろう。あまり気負い過ぎずに自然体で『ごめんね』が言えれば案外簡単に仲直りができるはずだ。
私の中では不思議とそれが正解なんだという確信がある。だから現在も何一つ心配せず、隣を歩いているにゃんたこ様と面白おかしく話していられる訳で。
要するに、今の私は肩の荷が下りたことでとても気分がいい。
「ちょっと買いすぎたかな? まぁにゃんたこ様もいるんだし多いくらいが丁度いいですよね」
言いながら、今もぶらぶらと揺れているお土産のケーキが入った包みを覗くと甘い香りが漂ってきた。
正直、ケンカした原因が原因なのであまりよくないのかもしれないが、今夜はペエ達と共に仲直りを記念したケーキパーティーをするのだから多少の贅沢はオッケー!
「ペエちゃんも大好きなルノからのプレゼントなら喜ぶと思うよ」
「だといいなぁ」
ペエが喜ぶ姿を想像すると自然と私も笑顔になれた。
今日は本当ににゃんたこ様にはお世話になりっぱなしだ。これは別の機会を設けて改めてお礼をしなくては。そんなことを思いながら歩いていると、楽しい時間というのは早いものであっという間に我が家に到着してしまった。
「…………ぁ」
「どうかしました――ってうわ、なんかでっかいのがいる」
ちょうど玄関前まで来た時だ。
自宅のすぐ横にある広大な草原。そのど真ん中に巨大な物体がゴロンと横たわっているのが見えた。見た目だけならライオンのそれだが、遠目からでも分かるほど規格外な大きさをしたライオンなんて確認するまでもなくライカしかいない。
あんなのが敷地内にいると防犯対策としては最高だなぁなんて思うと一つの希望が頭をよぎった。
「上司がいるならペエがいるかも――ぐえっ!?」
いよいよ玄関の扉を開こうとした時だった。
何者かに――というか一人しかいないのだが、とにかく不意に髪の毛を引っ張られたせいで首はゴキッと折れ、しかし危うく落としそうになったケーキだけは意地でなんとか守りきった。
「な、何するんですかにゃんたこ様……!?」
「て、てへっ」
涙目で振り向いた先には『やっちゃった感』を醸し出しながら可愛く舌を出す、これまた珍しいにゃんたこ様がいた。なんとなくだが、また同じことをしようものなら語尾にハートマークを付けて今度こそ首を折られる気がする。
「まったくもう。女子力で誤魔化そうとしてもダメですよ」
「いやぁ、そんなんじゃないだけど? そうじゃないんだけどぉ……?」
「???」
何にせよ普通に声をかけてくれればいいのになぁなんて思いながら数秒。最後のアドバイスでもしてくれるのかと待ってみたがどうも違うようだ。
「まぁいっか。とりあえず中に入りません? たぶんペエもいるから早く――」
「うわあああ!? 待って待って! 私が、先に、入るから! その、えと……ルノちゃんはここで待ってなよ」
「なんですかそのドッキリの前フリみたいなの。でもこの理不尽な感じ、ちょっといつものにゃんたこ様らしいですね」
「でしょう? いつものにゃんたこちゃんなんだから大人しく言うこと聞いた方が身のためだよ?」
「別に構いませんけど、なんか嫌な予感がする……」
「い、いいから。ペエちゃんのことも私が呼んできてあげるから。いい? ルノちゃんは、ここで、私がいいよって言うまで、待ってるの。分かった?」
「わ、分かりました……」
らしいっちゃらしいけど目が怖い。ここで大人しくしてるのが本当に身のためな気がしてきた。
「うん、分かればよろしい。大丈夫、そんなに待たせないから――」
ガチャリ。
不本意ながら外で待たされることになった私の目の前で、玄関のの扉を通せんぼしていたにゃんたこ様がホッと一息ついて振り返る。
すると、にゃんたこ様が扉を開くまでもなく誰かが内側から扉を開けて――にゃんたこ様が出てきた。
「……はっ?」
もう一度簡単に言う。にゃんたこ様が扉を開けようとしたらにゃんたこ様が出てきた!
「えっ? はっ? にゃんたこ、様???」
「「…………」」
黙りこくるにゃんたこ様とにゃんたこ様。
状況についていけない私は一度目を閉じてきっかり十秒。結果、何一つ理解できなかったのでそのままゆっくり目を開けてみたがやはりにゃんたこ様は二人だった。
「おかえり」
「……はっ!? た、ただいま帰りました……でいいのかな? えっ、にゃんたこ様……ですか?」
「見れば分かるでしょ?」
「はい……いや、えぇ……?」
分からないから混乱してるんです。
「落ち着け私。今さっきまで私はにゃんたこ様と過ごしていたはずだ。まさかにゃんたこ様が双子だったなんてオチ……は、まぁ割とありそうだけど多分違う。何故なら私が話しかけているのに返事をくれたのはいま現れたぽっと出のにゃんたこ様だけだから。じゃあついさっきまで話してたこっちの――背中が汗だくで無言のにゃんたこ様は……?」
石像のように固まった汗だくにゃんたこ様は相変わらず背中を向けたまま動かない。
代わりに動いたのは、呆れたような目をしたぽっと出にゃんたこ様。
「まったく。声がするから出てきてみたら……そのまま一緒に帰ってきちゃうなんてね」
「うっ……!」
ビキッとひび割れでも起こしたように痙攣する汗だくにゃんたこ様。
どことなく上下関係がはっきりしたこのやり取りをみると、にゃんたこ様はどちらか、と考えた時に自然とぽっと出にゃんたこ様の方に目が向いてしまう。たぶん正解だ。
「じゃあこれは誰……? もしかしてニセルノと同じ感じのやつ? もしくは本当に双子とか? ワンチャン、コロリンが変装してる説なんてのも……」
「ルノは想像力が豊かだね。でも残念。……ペエ」
「ちょっ、待っ――あたっ!?」
私には目もくれずに、ぺしっと汗だくにゃんたこ様のおでこを叩くぽっと出にゃんたこ様。
すると不思議なことに、汗だくにゃんたこ様の全身が目も開けていられない程に光り輝き、次の瞬間には口をわなわなさせながら取り乱すペエが現れていた。
「あわわわっ!?」
「え、なんで……? にゃんたこ様がペエで、にゃんたこ様はにゃんたこ様? あ、だめだ、私も混乱してる」
よくよく考えてみれば女子力高かったよなぁとか、全体的に可愛いかったよなぁとか、色々なことが頭の中を駆け巡り今日という一日を思い出させる。
まさか今日、私が一緒にいたのは最初から最後までペエだったと?
「えっとつまり……カフェでペエとのんびりしてたけどケンカしちゃって、それで一旦は離れたけどまたペエと一緒になって、そのままお昼を食べながら相談にまで乗ってもらった結果、仲直り用のケーキを買って今に至る……ってことかな?」
「説明ご苦労さま。付け加えると、ペエが『ルノちゃんに酷いこと言っちゃったよぉ!?』って助けを求めてきたからかくかくしかじか――って事情が間に入るね」
「な、なるほど」
あんなことがあったからだろう。気まずさから顔を合わせづらくなったペエがにゃんたこ様に変身してなんやかんやと探りを入れに来た、ということらしい。
それだけなら可愛らしいなぁくらいのものなのだが、私としてはそうとも知らずに恥ずかしいことを言ってなかったかの方が気になってしまう。たぶん大丈夫……だったと思うけど。
「ま、まぁいっか。とりあえず中に入ろう? ほら、ケーキも買ってきた――ってペエは一緒にいたから知ってるのか。紛らわしいなぁ」
逆ににゃんたこ様にはさっきまで一緒に過ごしてた体で話しかけてしまいそうだ。今日のノリでいたら絶対にお仕置されるから気を付けないと。
なんたってこの後は仲直りを記念したケーキパーティーを、と思ったら。
「待って、ルノちゃん!」
「ん?」
私を引き止めたのはペエだった。
どこか戸惑いを含んだ声から察するに、おそらくペエの中では未だ解決していない部分があるのだろう。本人からしてみれば不本意なネタバレになってしまったので当然と言えば当然か。私的にはこのまま無かったことにできれば良かったが仕方ない。
「どうかした? 心配しなくても今回のことをダシにして今後しばらくペエをからかうなんでマネはしないよ? なんちて」
「それ、フリみたいで怖いんだけどそうじゃなくて。えっと……」
冗談交じりに言ってみたら思いのほか真面目な顔で返されてしまった。噴水広場で悩んでた私もこんな顔をしていたのかなぁなんて思うと親近感が湧いてくる。
「怒ってないの……?」
「いや、むしろ私が怒らせちゃった側だと思ってたから真相が分かって正直ホッとしてるよ。あとはまぁ、ずっとにゃんたこ様と過ごしてたつもりだったからシンプルにまだ動揺してるかな。あはは……」
思うところはある。けれど中身がペエだったとはいえ、にゃんたこ様に助けを求めたという意味では私も同じなのだ。そもそも私はどうやって謝ろうか悩んでいたのであって怒ろうなんて気持ちは微塵も無い。
「こうなったのも私が変にお節介焼きなこと言っちゃったのが原因だと思ったからね。ペエがそこまで罪悪感を抱く必要なんてないよ」
「それでもでもやっぱり最後のは……ごめんね」
「うぐっ!?」
まぁたしかに? アレコレソレでほにゃららほにゃららなんて言われちゃったし? 誰かに変身して探りを入れるなんてずいぶん面白そうなことしてたじゃん? と思わなくもないから少しくらい仕返しをしたい気持ちはあるかなぁ?
「なんか悪い顔してる」
「ハッ!?」
いかん。ここでペエの弱みに付け込むようなことをしたら人としてのナニかを失ってしまう。
いくら言葉の暴力が私の胸を抉ったとはいえ、ペエもペエでいろんな葛藤があったようなので、今回の件は『お互い様』ということで穏便に終わらせるのがベストなのではなかろうか?
つまりここから先はもう難しく考える必要はない!
「てことではい。ペエも考えるのはやめましょう。私達は強い愛で結ばれてるんだから」
「じゃあ仲直りしてくれる?」
「もちろんだよ!」
「うわっ!?」
仲直りの気持ちをめいっぱい表現するため、そしてこれからもよろしくという意味も込め、私は今できる最高のハグをプレゼントした。
これにて一件落着――なのだが、こうなってくると気持ちに余裕が出てきてやっぱり少しは仕返ししたくなってしまうのが私という人間。
「そもそもさ。にゃんたこ様も言ってたけど難しく考える必要はないよね!」
「うん?」
急な話題変更にきょとんとするペエに近付きつつ、私はニヤつきそうになるのを堪えながらそっと耳元に顔を寄せた。そして何かに気付いたペエがこちらを見るよりも早く。
「私もペエのことが大好きだよ」
「……ッ!?」
ボンッ!
突然の不意打ちに大爆発を起こしたペエを見て「してやったり!」と心の中だけでガッツポーズ。抵抗する暇も与えずに背中に回り込んだ私は両肩に手を置いてグイッと無理矢理家の中へ押し込んだ。
「今日はごめんねペエ。離れ離れにならずに済んで私は嬉しいな。……ふふっ!」
「も、もぉ〜〜!」
思わず吹き出してしまった私に物申したい様子のペエだったが、残念ながらこの状況で反撃はもちろん、振り向くことすらできないだろうからしばらくはされるがままでいてもらおう。
素直な気持ちも伝えたし、流れに身を任せて渾身のハグだってプレゼントした。冗談半分に聞こえたかもしれないが、それでも確かに伝えられたことがあるからこうしてペエだって真っ赤になってくれた。
けれどもやっぱり冷静になってみたら少し恥ずかしい。だから――
「今の覚えとくからねルノちゃん」
「どうどう。後ろがつっかえちゃうから進んでくださいね〜〜」
今この瞬間だけは自分を褒めてあげようと思う。
負けず劣らず真っ赤になってしまっている顔を見られずに済んだのだから。
そんなこんなで今度こそ仲直りを祝したケーキパーティーをするために私達は揃ってリビングに集まった。
フユナやコロリン、レヴィナはもちろん、さらに加えてプウ、ペエ、ポオ、そしてにゃんたこ様もいるので、普段なら四人で使っているテーブルも今は手狭だ。
テーブルの上に所狭しと並べられているケーキは十種類以上、しかもそれぞれ二つ、ものによっては三つもあるのでちょっとしたバイキング状態である。
「はい、それじゃあみんな取ったみたいなので――」
いただきます!
賑やかな声と共にスタートしたケーキパーティーは最初からなかなかの盛り上がりをみせていた。
カフェに行っても基本的に一つしか食べないケーキが選び放題なのだ。誰もが目を輝かせて目の前のケーキに夢中なのはごく自然のことだろう。
ところが。
一口目を食べようとしたところで、この賑やかな空間にて約一名、浮いている人がいることに気付いた。にゃんたこ様だ。
「あっ、もしかして……」
同じように異変に気付いたペエが私の肩をチョンとつつく。
聞くところによると、にゃんたこ様には既に沢山のケーキを賄賂として献上してあるので多分もうお腹いっぱいかのかも、とのこと。
「ひょっとしてペエが持ち帰りにしたあのケーキ?」
「うん。事情はさっきにゃんたこちゃんも言ってた通りなんだけど、その時にタダじゃ悪いと思ったから全部あげちゃったの」
「えぇ……」
なんか前にも似たようなことでフィオちゃんに手懐けられていた気がするけど、にゃんたこ様は食べ物をチラつかせると途端に弱くなるんだよな。暗殺依頼でも簡単に請け負ってしまいそうでちょっと心配だ。
「だ・か・ら。我慢した分、今は贅沢してもいいよね!」
「なんで!?」
キラリンと目を輝かせたペエが大義名分を得たことで獲物を狙う猛獣と化した瞬間である。
「もぐ! もぐ! もぐ! おいし〜〜い! これもまだ食べてないから――もぐ!」
もぐ! と一回言う度に一つのケーキが消える恐ろしい光景だった。
だが恐ろしいだけに私の行動は早い。次のケーキに伸びようとしていたペエの手をピシッと叩き、両肩を掴んでグイッとこちらに向かせると、つい最近聞いたようなセリフを真正面からぶつけてやった。
「ちょっと落ち着いてペエ。ほら、前例が目の前に転がってるんだからちゃんと見て!」
テーブルの片隅で仰向けになっているプウとポオをビシッと指し示す。
「メタボになっちゃってもいいの? せめてあと一個だけにして残りは私――」
「もぉ〜〜うるさぁ〜〜い! だからルノちゃんはそういう所がアレコレソレでほにゃららほにゃららなの!」
「あがっ!? ねぇ、それ三回目だからね!? 私の心は深く傷付いたからね!?」
「ん〜〜おいし〜〜い!」
「スルーしないで!」
とまぁ、なかなか騒がしいパーティーになってしまったが今回のはあくまでも盛り上がった雑談の延長線上みたいなものなので、私も余裕を持ってペエの相手をしつつ沢山のケーキを堪能したのでした。