第185話〜レヴィナの日常その2 何度も頭を下げた一日〜
〜〜登場人物〜〜
・ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
・サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
・フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
・カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
・グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
・ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
・スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
・レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
・コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
・フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
・にゃんたこ (神様)
『天空領域・パラディーゾ』にその身を置く神様。『遊び』と称して様々な強者を襲撃する事が多々あり、その中でもルノは『当たり』らしい。
・フウカ (妖精王)
妖精の秘境『妖精郷』に住まう妖精の王。神様とは友人関係にあり、その実力も折り紙付き。風の魔法を得意としており、中でも【風刃・風華】は風魔法最強を誇る力を持っている。
・プウ、ペエ、ポオ(小鳥の親子とリス)
小鳥の親がプウ、子がペエ、リスがポオ。ペエのみが人間に変身できる魔法陣を身体に刻まれており、人間になってはプウやポオと一緒に村へ行ったりルノの家に遊びに来たりなどして美しい歌声を披露している。
・ライカ(獣王)
グロッタを以上の体躯と金色の体毛が特徴の獣の王様。何かあれば自ら動くところから同胞からの信頼も厚い。出会いが出会いなため、ルノからは『勘違いライオン』の烙印が押されている。
この日、私は早朝の眩しい陽射しで目を覚ましました。
少し肌寒い気もしましたが、ゆっくりと深呼吸をするとひんやりとした空気が身体中を巡ってとても爽やかな気分になれる、そんな朝。
「ん〜〜……! なんだか今日は良い日になりそう……」
大きく伸びをして、特に根拠のない期待に胸を膨らませる私はさっそく外にでも出てみようと思い、今も気持ち良さそうに寝息を立てている皆さんを起こさないように注意しながらゆっくりと寝室を出ようと――その途中。
ガタンッ!
「ひっ!?」
カランッ!
静かに部屋を出ることだけに集中していたせいで疎かになっていた足の悪戯でした。
不意に蹴飛ばしてしまったその杖は、静寂に満ちたこの空間においては騒音と言っても過言ではない音を響かせながら、今も私から逃げるようにカラカラと転がり続けています。
さらなる焦りが生まれたのはすぐです。なぜならこのままの勢いではいずれ壁に衝突して『ガンッ』と音を立てた後に、眠りについている皆さんを起こしてしまう可能性があったから。そうなる前に!
「まって……!」
寝起きにしては珍しく――いえ、そうでない万全の状態だったとしても滅多に発揮できない瞬発力をもって、なんとか途中で捕まえることに成功しました。
大袈裟かもしれませんが火事場の馬鹿力とはこういうことを言うんだなと感心しつつホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、背後からは「う〜〜ん」という声と共にうるさいものから逃れるような寝返りの音が聞こえたのでこれ以上はマズいと思いながら――ガンッ!
結局は壁に杖をぶつけてから逃げるように寝室を後にしたのでした。
「ふぅ……びっくりした……」
そんなこんなで人知れず苦労しながらリビングにやって来た私は、ひとまず庭を見渡せる大きな窓際にあるソファーへ腰を下ろして改めて深呼吸。しばらくの間、一人だけの静かな時間を堪能しました。
一時はどうなるかと思いましたが、多少の苦労があった方がこうしてのんびりできる瞬間のありがたみが身に染みる――なんて、この時の私はまだ寝ぼけていたのかもしれません。
「……はっ!?」
ソファーに身を預けながらなんとなく落とした視線の先。先程の騒ぎの原因となった杖が未だにこの手に握られたままになっており、無情にも落ち着きを取り戻したはずの私の心を見事にぶち壊してくれました。
何かの間違いだと思いたい私とそうでない私。天使と悪魔とも言える二人の私が脳内でいくらか口論を繰り広げた結果、これはとある人が大切にしていたはずの杖……なんじゃないかなぁと思ったり思わなかったり。
とにかく、私の顔が一点を見つめながら青ざめていたことは確かです。
「…………」
それはとても見覚えのある杖でした。
先端の装飾――白銀の毛はホコリで薄汚れて所々が引っ掛けてしまったように繊維が抜け落ち、美しいバラのように飾り付けられた白銀の羽根は数本を残して他は根元からポキッと折れ、結果、残っていたのは先端に少し何かが付いているだけの棒ですが間違いありません。
これは――
「あわわっ……!?」
魔杖・コロリン。
この世に一本しか存在しないルノさんの宝物――だった物です。
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しばらくして。
事件現場(?)の寝室にこっそりと戻り、床に散乱していた毛やら羽根やらを回収した私はひとまず外に出ました。
そして現在。私は庭に設置されているベンチに腰を下ろし、目の前のテーブルに広げられた件の『杖だった物』を見つめながら世界の終わりのような気持ちに押し潰されそうになっています。
「どうしよう……」
謝る。弁償する。お詫びの品を贈り、ルノさんの気持ちが晴れるまで半ば奴隷として生きる……指折り数えながら思い付く限りの行動を脳内に並べましたが、それをして終わりなら苦労は無いのです。
大切にしている物が自分以外の誰かに壊されてしまったら、果たして私なら許せるでしょうか? 許してしまうかもしれません……が、きっと表面上だけで心のどこかでは悲しい気持ちが残り続けるでしょう。
「一生の傷を負わせてしまうかも……また闇堕ちしてしまうかも……氷槍の雨が降って氷の大輪が大地を埋めつくして世界が本当に終わってしまうかも……」
クラっと気絶しそうになるのをなんとか堪え、しかし前を向く元気など皆無な私はそのままテーブルにゴンっとおでこを落下させて――ポキッと、追加で羽根が一本折れました。
「………………はぁ」
半ば諦めにも近いため息を漏らし、いよいよ涙が流れそうになったそんな時です。
「なんだ? 朝からグロッタ様の小屋の前で幸薄そうなオーラを撒き散らしている者がいるではないか! ゲラゲラ!」
私のすぐ近く。庭に聳え立つ氷の小屋から豪快な笑い声を響かせながら出てきたのはグロッタさんでした。
小屋とは言っても大きさは私達の一軒家と大差ありません。当然、そんな場所に住んでるグロッタさんも人間など丸呑みできるくらいの大きさな訳で。
「むっ!? それはルノ様が世界一大切にしている杖ではないか! レヴィナ貴様、見事なまでにぶち壊したな!?」
「し、しぃ〜〜!? そんな大声で言わないで……!?」
未だに気持ちの整理がついていない私にとって、グロッタさんの大声は心臓が飛び出してしまいかねないダメージでした。
「い、いいですか……!? これはもう完璧に元通りにして全て無かったことにするしかないんです……! そうすれば誰も不幸にならないんですっ……!」
「ほう? なかなか黒い考えをするではないか。初めて貴様がネクロマンサーだと本気で思ったぞ」
なんだか白い目で見られてしまいましたが自覚があるだけに反論できません。しかし今は自分のことなどどうでもいいのです。
「そんな悩むことでもないと思うがな。知ってるか? ルノ様はその杖で洗濯物を干す時もあれば掃除用の箒として使うこともあるのだぞ。今さら装飾の一つが欠けたくらいでどうこう言うこともあるまい」
「そんなまさか……」
それがもし本当なら、美しい毛や羽根でできている装飾が酷い有様になってしまいます。ルノさんが大切にしているはずの杖をそんな風に雑に扱うとは思えません。……たぶん。
「まぁ何にせよ、ルノ様は本当に大切なモノが何かハッキリしているお方だからな。『家族から貰った杖』と『家族』のどちらを優先するかなど分かりきったことだ。ごめんなさいを言うだけで案外アッサリ解決するかもしれんぞ」
「う〜〜ん……そう言われるとその通りかもしれませんけど……でもだからといって謝って終わりにするのはやっぱり駄目だと思います……。少なくとも杖を直してからじゃないと……」
「律儀なヤツめ。ではこのグロッタ様が陰ながら応援してやろう!」
そう宣言したグロッタさんはこちらに顔を向けたままその場に座り込んでしまいました。文字通り応援してくれるつもりのようです。
「さて。ルノ様が起床するまで約一時間と言ったところか。早めの起床になるか遅めの起床になるかは……くっくっ、どっちだろうな?」
「ひぃ……! あんまりプレッシャーかけないでくださいよ……!?」
ですが運が悪かった場合は本当に数分で起きてしまうと思うのであまりのんびりしている暇は無さそうです。
ひとまず杖の元となる木からボロボロになってしまった毛や羽根を取り外して……ここからスタートです。
「えっと……あの日、どうやって作ったんでしたっけ……」
あの日――どこか沈んだ様子のルノさんを元気付けるために、グロッタさんとスフレベルグさんに提供していただいた素材を使って、私とフユナさんで気持ちを込めて丁寧に作った杖を贈りました。
状況が違うので今回は私一人でどうにかしなければなりませんが、目を閉じればまるで昨日の事のように蘇る記憶を頼りにすれば――
「あ、あれ……こんなだったかな……? もうちょっとこう……毛をフワフワっと盛って、その上に羽根で綺麗なお花を……あれれ……?」
直ったような直ってないような? 記憶を辿って手を動かしているうちにどんどん脳内のイメージが曖昧になってきました。
ロッキの木、その先端にグロッタさんの毛をフワッと盛り付け、仕上げにスフレベルグさんの羽根を飾り付ける。大まかな流れとしては間違っていないはずなのですが。
「こう。……いや、こう? ううん、こう……でもなくて……こう?」
試行錯誤を繰り返し過ぎたせいか、杖に関する記憶はもはや原型を留めていませんでした。決して変という訳ではないのですが、少なくともルノさんが大切にしていた杖ではない気がします。
「う〜〜ん……」
素材を全て元通りにして振り出しに戻るの繰り返し。ここは一度、見方を変えるべきですね。
「あの、グロッタさんはどんな杖だったか覚えてますか……?」
「ふむ。いざ聞かれるとなんとなくしか思い出せんな。貴様が余計な作品を作り過ぎたせいだぞ」
「そんな……!? じゃあその『なんとなく』でいいのでぜひ聞かせてください……! どんな感じだったとか……」
「であればさっきから貴様が作った杖全てが当てはまるぞ。このグロッタ様の美しい体毛とスフレベルグの羽根を使った杖だ!」
「そ、それはそうなんですけど……」
一応は記憶を頼りに作っているし、素材も同じなので当たり前。ですがルノさんに贈ったあの杖でなければ意味がありません。
「そもそも同じものを作る必要があるのか? ルノ様の性格を考えれば『気持ちを込めて作ってくれた物』ならどんな形であれ泣いて喜ぶのではないか?」
「それはまぁ……たしかに……」
一理ある。しかしその言葉に甘えてしまっては杖を壊してしまった私が逃げているのと同じな気がします。
別の新しい杖として仕上げるにしても、せめてこの場にいないフユナさんやコロリンさん、スフレベルグさんも呼んでもう一度家族全員で作る。その上で謝罪し、初めて許してもらえるかどうかの話になるのです。少なくとも私の中では。
「ま〜〜た堅いことを考えてるな貴様は」
「うぅっ……もうそういう性格なので放っておいてください……」
とは言え、グロッタさんのおかげで大まかな方向性が定まったのも事実。
こうなったら以前よりも遥かに良い杖を作ってルノさんに喜んでもらおう! ……そんな決心をしたものの、やはり大切な杖を壊してしまったという罪悪感はしばらくの間、私の心に重くのしかかることになるのでした。
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その後、私は何度目かも分からないため息を漏らした後に行動に移りました。
この場には私とグロッタさんに加えて、フユナさん、コロリンさん、スフレベルグさん、つまりルノさんを除いた全員が集まっています。
「実はほにゃららほにゃらら〜〜ということになってしまったので、みなさんの力をお貸しいただければと……! どうか、どうか……!」
杖だった物が広げられたテーブルに何度も何度も頭を打ちつけながら、何度も何度も助けを求めました。早朝からこちらの都合で叩き起してしまったことに申し訳ないと思いながら何度も何度も。
その結果。
「まぁグロッタ様は既に起きていたから何度頭を打ち付けようと無意味だがな!」
「ワタシも同じく。なのでそんなに畏まる必要はありませんよ」
グロッタさんとスフレベルグさんの二人は叩き起こされた事実など無かったと言い、足りない分の素材まで提供してくれました。
「レヴィナさん、そんなに打ち付けたらおでこが可哀想だよ。杖ならまたみんなで作れば大丈夫だから安心して!」
「そうですよ。と言うか、そのまま元の位置に戻しておいてもバレないまでありますから心配するだけ無駄です」
フユナさんとコロリンさんは重く考え過ぎないでと、私を励ますように言葉をかけてくれました。
「みなさん……!」
家族の温かさとはこういうことを言うのでしょうか。思わず零れそうになる涙をなんとか堪え、今度は感謝のために何度も何度も頭を下げました。ありがとうございます……と。
「じゃ、じゃあさっそく取り掛かりましょう……!」
まだまだスタートラインに立ったばかりですが元気が出てきました。本番はここからです!
「材料は杖の元になるロッキの木、あとは装飾用にグロッタさんの白銀の毛とスフレベルグさんの白銀の羽根……ですね。あ、みなさんも何かご意見があれば遠慮なく言ってくださいね……?」
「レヴィナさん。そらなら装飾にロッキの結晶も使ったらどうかな? たくさんあるよ〜〜!」
「色も追加した方が華やかになりますね。ほら、このオレンジの毛や羽根ならいくらでもありますから」
などなど。
杖作りが始まるや否や、次々と意見が寄せられてびっくり。早くも共同作業によるメリットを実感した私は迷わず全ての意見を取り入れました。より良い杖が作れる未来しか見えません。
「じゃあグロッタさんの毛とオレンジの毛を混ぜてみましょう……。あれ、なんかこのオレンジ色の毛、あと羽根も……どこかで見たような……?」
気にはなりましたが選択肢が増えたことを素直に喜ぶとしましょう。
今はとにかく杖が最優先。手始めに直感を頼りに第一号を作ってみました。
「あっ、結構いい感じ……!」
先端にフワッと盛った毛と、何枚も重ねてバラをイメージした羽根――大まかな作りはそのままに、そこへ色鮮やかなオレンジ色とロッキの結晶が加わったことでとても華やかになりました。我ながらよくできたと思います。……思ったのに。
「真面目にやってください。こんなのダサいですよ」
「あぁ!?」
スッと横から伸びてきたコロリンさんの手が結晶、羽根、毛と順番にもぎ取り、全てを元通りにしてしまいました。なんてことを……と、当然ながら私は訴えましたが、コロリンさんはそれを華麗にスルーしてビシッと言います。
「いいんですか? いくらルノと言えど、大切な杖がこんなにダサくなって戻って来たらショックを受けますよ。そうなってしまっては家族の愛など絶望的でしょう。場合によっては追い出されるかも」
「ええっ!? そ、そんなにダサい……かな……?」
グサリと刺さるコロリンさんのお言葉。もしかして今までの杖もそんな風に思われていたのでは……なんて思うと喜んでもらえるような作品を生み出す自信が無くなっていきました。やっぱり素直に謝るしか道は無いのかも。
「もぉ〜〜コロリンはそうやってすぐふざけないの。レヴィナさん、可愛くできてたと思うからもう一度作ろ! 次こそ本番!」
「ちょっとフユナ。それではまるで私にセンスが無いように聞こえるじゃないですか? ……いいでしょう。それなら今度は私が作りますのでその目をかっぽじってよく見ていてください」
言うだけの自信はあるのか、コロリンさんは慣れた手つきで杖を作り始めました。
木の先端に白銀の毛とオレンジ色の毛を混ぜてフワッと盛る。ここまでは私の時と同じですが、そこからコロリンさんは先にロッキの結晶を乗せて、最後にその結晶支えるように毛の所々に羽根を刺しました。
「ふふっ……! なんだか鳥の巣にある卵みたいで――」
「私の作品をコケにしましたね!」
「ひゃあ〜〜!?」
可愛いですと褒めようとしたのに早とちりしたコロリンさんからまさかの猛攻撃。しかもその際に武器として使ったのはせっかく作った杖です。当然、全てが終わった時には原型を留めているはずもなく再び振り出しに戻ってしまいました。
「二人ともケンカばかりしてたら進まないでしょ〜〜? 今度はフユナが作ってあげるね!」
次はフユナさんの番。
何故か個人の作品を発表する場になりつつありますが、ひとまずみなさんのイメージを確認するという意味ではアリかもしれないので、私とコロリンさんは大人しく見守ることにしました。
「こうして、こう。最後にこうして……できた!」
その杖にはまず、木の先端にロッキの結晶が付いていました。次に二色の毛を乗せ、最後に毛の部分に羽根を刺して完成。その見た目は杖と言うよりも――
「結晶が顔、毛と羽根が髪の毛といった感じでしょうか? なるほど。ルノの顔をイメージしたんですね。少々、幼稚な気もしますがフユナらしい可愛い仕上がりになっていると思いますよ」
「ね〜〜え〜〜!? そんなつもり無かったのにそうにしか見えなくなってきたじゃん!?」
思い描いたモノは伝わらなかったみたいですが、私もコロリンさんと似たような感想を抱いていたのでフユナさんのフォローをすることはできませんでした。
この時点で三つの案がボツに。制作組の私達三人はそれからも何度か杖を作ってみましたがイマイチ納得のいく作品には仕上がりません。
厳密に言えば作った本人にとっては傑作なのですが、その度にほかのメンバーからダメ出しなりアドバイスなり、とにかく何かしらの意見が飛び出しては再びボツになるのです。
「なぜあなた達は個人で作ろうとしてるのです?」
やがて十本目の杖に取り掛かろうとしたその時、グロッタさんと共に近くで見学していたスフレベルグさんから核心をつく指摘がありました。
「初代『魔杖・コロリン』だってみんなの力を合わせて作ったでしょう? あの時は不在だったコロリンもいるんですから尚更みんなでやらないと勿体ない……と、ワタシは思いますけどね」
返す言葉もありません。
そう、あの杖は『家族からの贈り物』なのです。勿論、杖自体を気に入ってくれたのはあると思いますが、一番はやはりそこ。大事な部分を疎かにするところでした。
「では私がコンゴウセキ魔法で壊れることのない最強の杖にしてあげましょう」
「ならフユナ達は飾り付け担当だね! レヴィナさん、どんなの作ろっか〜〜?」
「じゃあまずはこの二色の毛を盛りましょう……フワフワっと……!」
主に私とフユナさんで杖の飾り付けを行い、仕上げとしてコロリンさんが魔法をかける。
一致団結してからは早いものでしたが、それでも幾度となく繰り返し、完成した頃には完全に太陽が顔を出していました。
ルノさんが起床してこの場に来てしまっても気付けないくらいに熱中していましたが、どうやら本日は運が良かったみたいです。
「これならルノさんも喜んでくれるはず……! みなさん、本当にありがとうございます……!」
こうして、私は完成した杖を手に、最初と同じように何度も何度も頭を下げ、しかし今回は晴れ晴れとした気持ちで何度も何度もありがとうございますと、繰り返し感謝を伝えたのでした。
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「あの、ルノさん……ちょっといいですか……?」
完成した杖を背に隠しながら家に戻るとちょうどキッチンで朝食の準備をしているルノさんを見つけ、本当なら起きて来た時にサプライズプレゼントしたかったなぁなんて少しだけ残念に思いながら、私はさっそくとばかりに話しかけました。
「うん、ちょっと待ってね〜〜♪」
残念ながらルノさんは手が離せないらしく、チラッとこちらに視線だけ向けてご機嫌な様子で――いえ、これから一つの試練を迎える私がそう思いたいだけなのかもしれませんが、少なくとも真顔よりは笑顔でいてくれた方が良いです。それだけで謝罪に踏み込む後押しになってくれますので。
「あ、じゃあ……座って待ってますね……」
できることなら流れのままにとも思ったのですが、同時に少しだけ試練が先送りになったことに安心している不甲斐ない私がいました。本来の目的を忘れてサプライズプレゼントだなんて舞い上がっていた私はどこへ行ってしまったのでしょう……?
「うぅ……この時間が辛い……。謝った瞬間にあの笑顔が崩れると思うと心臓が張り裂けそう……はぁ」
一つ二つと呟く度に同じ数だけ零れる重いため息が静かなリビングによく響きます。
朝食の完成まではもう少しかかるでしょうか? そんな疑問をよそに、時折聞こえてくるルノさんの鼻歌がやはりご機嫌なことを証明してくれますが、今の私にとってそれは死のカウントダウンのようでした。あの鼻歌が終わったらと思うと……ひぃ。
数分後。
「お待たせ。コーヒー飲むでしょ?」
「あ、ありがとうございます……いただきます……」
私が頷くのが分かっていたかのような準備の良さで、ルノさんは目の前に座ると同時に二人分のコーヒーを置きました。
「さてと。朝ご飯の準備も終わったし時間はたっぷりあるね。どうぞレヴィナ」
「えっ?」
「何か話があるんでしょ?」
「うっ……」
笑顔のルノさん。それはまさしく仮面を被った悪魔。……のように私には見えました。
「そう……なんですけど……。あの、やっぱりご飯食べてからでも……なんて……あは……」
「…………」
今さらですが、なぜ今日という日に限ってこの人はこんなにも笑顔なんでしょう? 白状するまでいくらでも待つぞと言わんばかりの無言がとても恐ろしいです。心做しか部屋の空気も凍り付いている気さえします。
「う、うぅ……!?」
このままではよくないと本能が告げています。ここで一歩踏み出すか、それとも無駄に足掻いてさらなる怒りを買うか。
いいえ、やることは決まっています。皆さんに協力してもらって杖を完成させたのはこの時のためなのです。ここで謝罪できなければ何もかもが無駄になってしまいます!
「ルノさん! ご、ごめんなさいっ!!!」
次の瞬間、私は下げた頭をそのままに、膝の上に準備してあった杖をゆっくりとテーブルの上に出しました。受け取ってください……と。
「…………」
呼吸が止まりそうなほどの緊張感の中、無言の時間が少しづつ流れ、いよいよ顔を上げてみようかなと思った時でした。
「…………ぷっ、ふふっ!」
不意に聞こえてきたのは堪えきれずに吹き出してしまったようなルノさんの声です。釣られるように上げた私の視線の先では相変わらず笑顔のルノさんがいて、しかしその空気はどこか楽しげでした。
「どういうことかな?」
「あっ、そうですよね……。えっと……じつは今朝、ほにゃららほにゃらら〜〜ということがありまして……一応これ、みんなに手伝ってもらって完成させた新しい杖、なんですけど……」
伝わったかどうか自分でもよく分からないまま、改めて「受け取ってください……」とルノさんに杖を差し出しました。すると――
「そういうことだったんだ。じつはさ、みんなで朝から何かしてるのは知ってたんだよね」
「……えっ!?」
衝撃の事実でした。聞くところによると、フユナさんにコロリンさん、そしてスフレベルグさんが合流した辺りからルノさんは寝室にある窓を通して私達の様子を見ていたんだとか。
「でも言葉までは聞き取れなかったからレヴィナの説明でようやく理解したって感じかな。みんなで楽しそうだったなぁ」
冗談を言いながら笑うルノさんは、今度こそ杖を受け取ってくれました。そして「コホン」と咳払いを一つしてから真面目な表情になってこちらを見つめます。
「まずはありがとう。んで、別に私は怒ってなんかいないから大丈夫だよ」
「ほ、本当ですか……? でも……」
私はルノさんの大切な杖を――そう続けようとした言葉は残念ながら遮られてしまいました。
「嬉々として壊したなら怒るけどそうじゃないだろうし、なによりレヴィナがこうして代わりの杖を用意してくれて私は嬉しいよ。だから、ありがとう」
その言葉と同時に、テーブルの上に放り出されたままの私の手にルノさんの手が重ねられて……それが決め手だったのでしょう。次の瞬間には涙が溢れてしまいました。
「うぅ〜〜! 本当に、本当にすいませんでしたぁ……!!!」
「ちょっ!? 怒ってないって言ってるのに……よしよし」
静かなようで静かでないリビングで。
フユナさんやコロリンさんがやって来るまでの間、私はひたすらに謝罪してルノさんに頭を撫でられるという控えめに言っても恥ずかしい姿を晒してしまいましたが、いつかきっといい思い出だなぁと笑える日が来ることでしょう。
――なんて前向きに考えられるようになるまでに、じつはもう一つの物語がありました。
「ねぇ。君たちはその……突っ込んでいいのかな。ストレスでも溜まってるの?」
「「「…………」」」
朝ご飯を済ませてのんびりしていたところに、どこか沈んだ雰囲気を醸し出す三人(?)がやって来ました。
小鳥の親のプウさんと、子のペエさん、そしてリスのポオさん。ちなみにペエさんはここ最近ではすっかりおなじみとなった可愛らしい女の子の姿です。
「聞いてよルノちゃん。今朝はね、と〜〜っても最悪な目覚めだったの」
「あぁ、だからそんな円形に毛が抜け落ちる症状が――」
「違うよ! 誰かに寝込みを襲われたの! 私も! プウも! ポオも!」
ルノさんの質問に言葉を返すペエさんはクルリと後ろを振り向くと、髪の毛が僅かに引っこ抜かれてしまったような跡が残る後頭部を見せてきました。プウさんとポオさんも同じく、全員が何者かにその美しいオレンジ色の羽根やら毛やらを奪い去られたようです。
「そりゃひどい輩がいたもんだね。レディの命に手を出すってことはその犯人も自分の命を差し出す覚悟があるってことだ。見つけ出してコテンパンにしてやろう」
そう言いながら、ルノさんはさっそく新品の杖を振り回しています。
たぶん本人は早く試し撃ちがしたいのでしょう。やや物騒なことを言っているにもかかわらずその目はキラキラと輝いていました。
――と、ペエさんの目が釘付けになったのはそんな時です。
「ねぇルノちゃん。そんな杖、いままで持ってなかったよね? どうしたの?」
「おっ、気付いちゃった? なんと、この杖はついさっきもらったばかりのおニューなのだ。ほにゃららほにゃらら〜〜ってなことがあってね、レヴィナがくれたの」
「ふ〜〜ん……そういうことなんだ」
よく分かりませんが嫌な予感がしました。
ペエさんが勢いよく振り向き、両肩にプウさんとポオさんを乗せたままこちらにやって来ます。そして目の前に辿り着くと、さらに一歩踏み出して距離を詰めてきました。
「私、悲しいな」
「えっ……?」
「レヴィナちゃんはね、普段は物静かだけど畑のキャベツにお水をあげてる時の笑顔なんかはとっても可愛らしいなって思ってたの。自然と笑顔で向き合える人はみんな良い人だって……そう思ってたんだ」
「はぁ……あ、ありがとうございます……」
「褒めてないよ?」
「ひっ!?」
その瞬間、ペエさんの目が怪しく光りました。まるで『お前が犯人だろ!』とでも言っているかのように。
「ちち、ち、違いますよ……!? アレはコロリンさんがくれたんです! たしかに見覚えがあるなって思ったり思わなかったりしましたけど……!?」
「…………」
私の答えを聞くと、今度は隅の方で知らんぷりしていたコロリンさんの元へスゥ〜〜っと幽霊のように移動するペエさん。同じだけスゥ〜〜と距離を取るコロリンさんを見れば真相は明らかでした。なので後は二人の問題ということでおしまい。
その姿を見ていた私とルノさんの目が不意に合ってしまい、程なくして揃って吹き出してしまいました。
おかげで引きずっていた罪悪感もどこかへ行ってしまい、怒りに燃えるペエさんと、苦しい言い訳をするコロリンさんの声を聞きながら、今日も変わらない平和な一日がはじまったのでした。
めでたしめでたし。