第180話〜コロリンのコロコロ奮闘記 その2〜
〜〜登場人物〜〜
・ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
・サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
・フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
・カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
・グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
・ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
・スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
・レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
・コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
・フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
・にゃんたこ (神様)
『天空領域・パラディーゾ』にその身を置く神様。『遊び』と称して様々な強者を襲撃する事が多々あり、その中でもルノは『当たり』らしい。
・フウカ (妖精王)
妖精の秘境『妖精郷』に住まう妖精の王。神様とは友人関係にあり、その実力も折り紙付き。風の魔法を得意としており、中でも【風刃・風華】は風魔法最強を誇る力を持っている。
・プウ、ペエ、ポオ(小鳥の親子とリス)
小鳥の親がプウ、子がペエ、リスがポオ。ペエのみが人間に変身できる魔法陣を身体に刻まれており、人間になってはプウやポオと一緒に村へ行ったりルノの家に遊びに来たりなどして美しい歌声を披露している。
・ライカ(獣王)
グロッタを以上の体躯と金色の体毛が特徴の獣の王様。何かあれば自ら動くところから同胞からの信頼も厚い。出会いが出会いなため、ルノからは『勘違いライオン』の烙印が押されている。
楽しかったリトゥーラでの日常も終わりを告げ、いよいよヒュンガルヘ帰る日がやって来ました。
ところが。
「あれ〜〜? ねぇ、フユナ。ここに置いてあった私の服知らない?」
「もしかして青いやつ? 早く準備しなきゃと思ってさっきフユナのカバンにしまっちゃったよ」
「さすが! そんなデキるフユナにはご褒美のチューを――」
「も〜〜! みんな待ってるんだからそういうのは後だよ!」
「あたっ!?」
バチ〜〜ン!
「……まったく」
とまぁ……こんな感じで出発直前だというのに騒がしいのは、未だに帰り支度に追われている人が二名いるから。ルノはともかくフユナがこんなことになるとは珍しい――と思ったら、二人仲良く早起きしてお散歩していたらしいです。
この調子では出発の準備が終わるまではしばらくかかりそう。なので私は、一足早く用意を済ませてソファでのんびりしていたレヴィナを呼んでお散歩に行くことにしました。
「一応言っておきますけど、私もお散歩に行きたかった訳じゃありませんからね? 別にクレープ食べたかったとか思ってませんから」
「あ、そういうことだったんですね……」
だから違うと言ってるでしょう。
そんな可哀想な人を見るような目をしたレヴィナにはお仕置あるのみ。リトゥーラに来てからアイスやらアイスやらアイスやらの食べ過ぎで、程よい弾力となったお腹をギュッと摘んで「いたた……っ!?」と言わせておきました。
「さてと。どこか面白そうな所に――って、なんでニヤついてるんです? あぁ、そういえばレヴィナはドMだってルノが言ってましたね。時間が勿体ないのでもう摘んであげませんよ」
「な、なんでそうなるんですか……!? ドMでもありませんし、ニヤついてもいませんよ……。ただこうして二人きりで出歩くのが珍しいなって……」
「ふむ、言われてみれば。それなら今日は親睦を深める回ですね」
「うっ……そう言われてしまうと変に意識しちゃうんですけど……」
「それでいいんですよ。普段から一人ぼっちの時間が多いレヴィナは内面から変えていかないとゾンビと結婚するハメになりますからね」
「ひ、ひどい……!?」
自然とそんな心配をしてしまうような暗い雰囲気を纏っているレヴィナが悪いのです。アイスを食べてる時のような可愛らしい笑顔を常に見せていればいいのに。……そうだ。
「お散歩ついでにアイスでも食べましょうか。目的が無いのもつまらないでしょう?」
「アイス……!? いいですね……ぜひ行きましょう……!」
思った通り。レヴィナの笑顔を引き出すにはアイスが一番です。
「じゃあ行きましょう。今日はレヴィナがいるから食べ放題ですよ」
「やった! ……え? あの……もしかしてコロリンさん、お財布……」
「見ての通り、私は手ぶらです」
「やっぱり……!?」
ヒラヒラと手を振る私を見て自分のことをお財布だとでも勘違いしたのか、その絶望っぷりは見るに堪えませんでした。
大好きなアイスを食べに行くというのになんて幸の薄そうな顔をすることやら。……あながち間違いでもありませんが、この際考えたら負けということで、私はレヴィナの背中をグイグイと押して強引に出発したのでした。
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半ば強引に出発したまでは良かったのですが……さて、どうしましょうか。
「ふむ……」
やって来たのは以前も訪れたことのあるアイス屋。あの時は魔女様と崇められるルノが一緒にいたために過剰なサービスを受けたのがいい思い出です。
今回はレヴィナですが、彼女も同じく魔女として今ではちょっとした有名人なので同等のサービスが期待できるでしょう。
「って思ったんですけど――」
「そんなぁ……」
チラリと横に目を向ければ、ガックリと肩を落とすレヴィナの姿がありました。出迎えてくれたのが店員さんではなく『現在準備中』の張り紙だったのが余程堪えたのでしょう。
「まぁ仕方ないですね。『アイス屋に来た』という事実は変わらないのでそれで満足するとしましょうか」
とは言っても、あと三十分もすれば開店時間なので本気で食べようと思えばできないことはありません。そのせいで私達が出発を遅らせる原因になることを我慢すれば。
「あれだけ余裕ぶって出てきたのに謝るハメになったら恥ずかしいでしょう? レヴィナはそれでもいいんですか?」
「うぅ〜〜……!?」
そこは悩むところではないでしょう、と言おうにも、あまりにも残念そうな表情のレヴィナだったので指摘できませんでした。本当にこの子はアイスのことになると表情豊かになるんですから。
「じゃあヒュンガルに帰ったらアイスを奢ってあげますよ。レヴィナのお財布を使えば造作もないことです」
「ありがとうございます……。時間もありませんしね……」
「そういうことです」
さらっと張り巡らせた罠にも気付かないレヴィナですが、おそらく楽しみにしてたアイスを食べられなくて思考停止しているだけでしょう。……なんだか私がハメたみたいな感じで申し訳なく思えてきましたね。
「まぁ、私もちょこっとだけ出してワリカンということなら心も痛まないでしょう。帰りますよレヴィナ」
「はい……」
正直言えば私も少しばかり残念でしたが、本来の目的はお散歩だったので良しとします。コロコロ変わるレヴィナの表情も見ることができたので私は満足です。
「ほらほら。いつまでも幸薄い顔してたら不幸になりますよ」
「いたた……!? ちょ、お腹を引っ張らないで……!?」
「弛んだお肉がつまみやすいんですもん。レヴィナってばまた太ったでしょう?」
「ま、また!? そんな頻繁に太ってるみたいに……え、太って……ないですよね……?」
自らのお腹に手を当てて不安そうに聞き返してくるレヴィナ。
あながち間違ってもいないでしょうに。そんなことを思いながら、私は再度、彼女のお腹を摘んでその場を離れたのでした。
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それからしばらくして。
「いらっしゃい! 美味しいアイスだよ〜〜!」
辺りに響くのはアイス屋さんの元気な声。この寒い中だというのに、それなりに人通りが多くなったせいか、アイスを片手に歩いている人がちょいちょい見受けられるようになりました。
たしかオープンするまで三十分近く猶予があったはず。つまり、帰ろうとしたあの時から三十分、もしくはそれ以上の時間が経過している訳で。
「「…………」」
要するに私達は道に迷っていました。
「まさかあなた。アイスが食べたくてわざと同じ場所をグルグル歩いていたんですか……」
「ち、違いますよ……!? て言うか、私のお肉を摘みながら先頭を歩いていたのはコロリンさんじゃないですか……!?」
「なっ!? まさか迷子になった原因を全て私に押し付ける気ですか!」
「でも私はショックで思考停止してましたし……」
「それを自分で言いますか、このっ!」
「わっ!? いたたたっ……!?」
みっともなく責任の押し付けを始めた私達は街の人々とは別の意味で騒がしかったことでしょう。その証拠に、ざわめく声と好奇の眼差しはもれなくこちらに向けられており、当然、それに気付いてしまった私達は恥ずかしさしかありませんでした。
結局、この場の空気に耐えきれなくなったこともあって『美味しそうなアイスにはしゃいでる人』を装ってアイスを購入することに。これもレヴィナの狙いならとんだ策士ですね。
それはさておき。
「これじゃあ多分みんなを待たせてますね。早く戻らないと。んぐんぐ」
「でもこの辺り、とても入り組んでてどの道も同じように見えるから帰り道が分かりませんよ……。ん〜〜美味し〜〜……!」
そう。私だってなにも迷おうと思って迷ったわけではありません。来た道っぽい所を戻り、王城がありそうな方向に向かって歩いて、なんとな〜〜く歩きながらも帰るために奮闘していたのです。
レヴィナが言う通り道が入り組んでいて、本来なら目印にしやすい王城も建物に遮られて見えなかったためにこんな結果に終わってしまいましたが。
「仕方ありませんね、今回はもうお遊び回です。レヴィナ。この後のお昼はどこで食べましょうか?」
「いいんですか……? 一応、戻る努力は続けた方がいいんじゃ……」
その結果がコレなのに続けるとは。なるほど、つまりレヴィナも大いに賛成ということですね。やはり策士。
「一応聞いておきますけど、レヴィナは無事に帰れる自信があるんですか?」
「う〜〜ん……誰かに道を聞けばなんとか……?」
「なんて普通の答え――けど案外良いかもしれませんね。レヴィナがやればもしかしたら『魔女様〜〜!』なんて感じに、むしろ喜ばれるかも」
「ええっ……!? それはちょっと恥ずかしい……」
「満更でもないくせに」
――と、再度ツッコミながらやれやれと空を眺めました。飛べたら簡単に戻れるのになぁ〜〜なんて思いながら。
「あ」
「どうしました……? お昼ご飯、行かないんですか……?」
「その言葉はルノへの言い訳に使うとして。レヴィナ。あなた魔女なら飛べますよね。なぜ今まで隠してたんですか?」
「えっ……? 飛べますけどそれが――あっ!?」
ここでようやく気付いたみたいです。魔女なら魔女らしく、箒に乗って空を飛んで。たったそれだけで全て解決するのです。
「そうと決まれば早速お願いします。今からならまだワンチャンありますから」
「は、はい……! ワンチャン……!」
せっかくお昼ご飯気分だったのに。多少残念ではありましたが、しかし希望が見えてしまっては仕方ありません。
私は残りのアイスを口に放り込みながら、近くの雑貨屋で見つけた箒を購入し、一足早く跨ぎます。そして遅れてやってきたレヴィナに前を譲って「はいはいっ!」と鞭を打つが如く背中を叩いて、空高く飛び立つに至ったのでした。
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「おかえり――って、なにそれ? なんでレヴィナは箒なんて持って帰ってきたの?」
王城に戻った私達への第一声がそれでした。
答えに渋っているレヴィナを上から下まで見つめてなんとか情報を得ようとするルノですが、未だ核心には至れず。もちろん箒をいくら眺めたところで迷子になっていた事実に辿り着くはずもありません。
なので。
「すいません。レヴィナが道に迷ってしまって」
――と、代わりに答えておきました。「ちょ……!?」なんて小さく驚いたレヴィナがこちらを見た気がしましたが、真摯に向き合う私の目線は目の前のルノに固定されているので反応してあげることはできません。
「最初に迷ったのはコロリンさんでしょう……!?」
「むっ。思考停止の分際でまたしても責任を押し付ける気ですか? 私は箒まで買ってあげたのに!」
「コロリンさん、お財布持って来てないって言ってたじゃないですか……! アレ、私のお財布使ったの気付いてますからね……?」
「ギクッ!? 気付いてて泳がせておくとは卑怯なっ……! 帰るために奮闘した私を少しくらい褒めてくれてもいいんじゃないですか? まったく、なんですかこの二段腹は。ん? ん?」
「二段!? ひ、ひどい……!」
摘めるお肉が何よりの証拠でしょう。その言葉でトドメを刺してレヴィナはポイしました。問題はルノとフユナの帰り支度ですが――
「ギリギリ間に合ったみたいですね」
見たところ、ルノ達の帰り支度は残りわずかといった感じ。ひとまず私とレヴィナが罪を被ることは無くなったので一安心でした。
「ごめんね、もうすぐ終わるからちょっと待ってて。あ、それと。帰る前に外でお昼食べるからコロリンもレヴィナもそのつもりでね!」
これは思わぬラッキー。冗談半分とはいえ、お昼ご飯を食べたいと思っていたのでちょうど良かったです。
「らしいですよ、レヴィナ。いつまでも泣いてないで元気出してください」
「泣いてはいないですけど……たしかに二段みえなくもない気がしてきて……ぐす」
隅っこで何をしているのかと思えば、お腹チェックでした。摘んでみたり、摩ってみたり、あれやこれやと手を尽くしているみたいですが、そんなことで脂肪が無くなるのならこの世にダイエットなどという言葉は存在しません。
「まぁ、私も散々弄ってしまいましたけど多分気のせいですよ。痩せてる女性はみんなそう言うんです。つまりレヴィナはまだ大丈夫」
「そうですか……?」
「はい。なので細かいことは気にしてないでお昼を楽しみましょう」
私はそう言って締め括ると、奮闘した末に生まれてしまった借金をそれとなく良い感じにまとめあげて無かったことにしました。
アイスに箒、あとは帰ったらアイスを奢るという約束まで。それらの事実はこのまま闇の中へと消えていくことでしょう。
めでたしめでたし。
その後のとある一幕。思わぬ外食で良い気分になっていた時のこと。
「あっ、そういえば。コロリンさんって」
お昼ご飯を食べに行く途中。レヴィナが思い出したかのように話しかけて来ました。
「道に迷ってた時、頑張って先頭を歩いてくれてたのがとても微笑ましかったです」
「なんです突然? ……当たり前じゃないですか。私がしっかりしないとレヴィナだけでは頼りありませんからね」
「ふふっ、そうですね……。褒めてもらおうと必死な子供みたいでした……」
ん? 子供?
「ちょっとレヴィナ。それは褒め言葉ですか? 私の頑張りが子供のそれと同じ?」
「いたた……!? だからお腹を摘まないで……!?」
私が大人であることを証明するため、ある意味今日一番の奮闘をするハメになったのはここだけの秘密。
ちなみに、闇に葬り去ったはずのモノは帰ってからしっかり返したので、今度こそ全ては丸く収まったのでした。