第179話〜フユナのカチコチ成長記 その6〜
〜〜登場人物〜〜
・ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
・サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
・フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
・カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
・グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
・ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
・スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
・レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
・コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
・フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
・にゃんたこ (神様)
『天空領域・パラディーゾ』にその身を置く神様。『遊び』と称して様々な強者を襲撃する事が多々あり、その中でもルノは『当たり』らしい。
・フウカ (妖精王)
妖精の秘境『妖精郷』に住まう妖精の王。神様とは友人関係にあり、その実力も折り紙付き。風の魔法を得意としており、中でも【風刃・風華】は風魔法最強を誇る力を持っている。
・プウ、ペエ、ポオ(小鳥の親子とリス)
小鳥の親がプウ、子がペエ、リスがポオ。ペエのみが人間に変身できる魔法陣を身体に刻まれており、人間になってはプウやポオと一緒に村へ行ったりルノの家に遊びに来たりなどして美しい歌声を披露している。
・ライカ(獣王)
グロッタを以上の体躯と金色の体毛が特徴の獣の王様。何かあれば自ら動くところから同胞からの信頼も厚い。出会いが出会いなため、ルノからは『勘違いライオン』の烙印が押されている。
みんなが笑っている夢を見た気がします。とても楽しくて、幸せで、その中心にはルノがいて、同じように笑っていて――
「ん〜〜っ……ふぅ」
早朝。
わたしは目を覚ますと、大きく伸びをしながら昨日のことを思い出しました。
『ルノ様はフユナさんにとって何ですか?』
『大切な人!』
出会ったあの日に助けてくれて、それからも楽しい日々を過ごさせてもらって。だからわたしにとっては当たり前のことだったのですが、それを聞いたルノはとても嬉しそうに涙を流していました。
夢で見たように、わたし達の中心にはいつも笑顔のルノがいます。出会った時に手を差し伸べてもらい、今日まで引っ張ってもらいました。
ルノは好きでやってくれただけなのかもしれません。けれど、わたしの目にはそんなルノの姿がお母さんみたいに見えて――
「あれ?」
ここでわたしの頭はこんがらがってしまいます。大切な人とは言いましたが……お母さんに見えてしまったことには何の疑問も感じません。別にどっちだからどうということはありません……けど。
「……顔でも洗ってこよう」
きっとまだ寝ぼけているのでしょう。こういう時は冷たいお水で目を覚ますのが一番です。
「あっ、ルノ」
「んあ?」
洗面所からシャカシャカと音が聞こえると思ったら、そこにいたのは歯磨きをしているルノでした。
「おはよう。早いんだね? あっ、急がなくていいよっ!?」
と、言ってもルノは聞いてくれません。少しでも早くわたしに言葉を返そうと、急いで歯を磨き、口をゆすいで、ついでに髪も整えて。つい微笑ましくなってしまいました。
「ありがとう、ルノ」
「え? なにが?」
「なんでもないよ〜〜!」
自分で言うのは恥ずかしいですが、わたしのために必死になってくれるルノの姿はいつ見ても可愛らしいものです。
数分後。
「ねぇ、ルノ」
「うん?」
ルノに倣い、顔を洗って、歯を磨き、髪を整えて。奇しくも出かける準備を完了させてしまったわたしは、久しぶりに二人だけの時間を楽しもうと提案します。
「まだみんな寝てるし、少しお散歩に行かない?」
現在の王城は静まり返っています。まだ太陽が顔を出して間もない時間なので当然かもしれません。
「いいね。行こうか」
ルノはとても嬉しそうに返事をしてくれました。その笑顔がわたしのつまらない考えを全て吹き飛ばしてしまったことは言うまでもありません。
結局のところ『大切な人』も『お母さん』もどちらもルノなのです。
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「おや、ルノ嬢にフユナ嬢。おはようございます!」
小鳥の囀りが響く冬空の下。
正門前にやって来たわたし達を呼ぶ声がありました。そこにいたのはフィオちゃんの護衛の一人であるバッカさん。とても眠そうに警備のお仕事をしています。
「おはようございますバカさん。朝早くからご苦労さまです。ちなみにあくびしてたのはバレてますよ」
「おっとと……」
ルノのツッコミに今更ながらキリッと表情を引き締めるバッカさん。
いつからこの場所にいたのでしょうか? 夜通しなのか、それともわたし達以上の早起きだったのか――ルノの言葉を否定しなかったのは、つまりそういうことなのでしょう。
わたしも「お疲れ様です!」と言って頭を下げました。
「ところでお二人はこんな早くからデートですか? このこのっ!」
からかうようにルノを肘でつつくバッカさんは、続いてわたしに目を向けます。
「少しお散歩に行ってきます!」
「おっ、健康的でいいですね。……よし! そんなフユナ嬢にはこれをプレゼントしましょう」
「???」
思い出したかのようにポケットから取り出したのは一枚の小さな紙――何かの割引券でした。
「早朝限定でやってるクレープ屋の割引券でしてね。これがあれば一個タダになるんで、良かったら行ってみてください。なおカップル限定」
「えっ、でもフユナ達」
カップルじゃない――と、言うよりも早く。バッカさんはチッチッと指を左右に振りながら得意げに答えます。
「大丈夫。お二人の仲睦まじい姿を見て否定する人間はいません。仮にいたとしても自分がガツンと言ってやりますのでご安心を!」
――とのこと。バッカさんの目には何が見えているのかはよく分かりませんでしたが、ありがたく頂くことにしました。
「ありがとうバッカさん。行ってみるね!」
「はい。お気を付けて!」
聞くところによると、そのクレープ屋さんはレストラン『オウト』の前に露店として出ているそうです。
気ままに歩くお散歩も良いですが、目的があるお散歩もまたまた良いもの。わたしは改めて「ありがとう」と手を振って出発しました。
「カップルだってさ。やっぱりそう見えちゃうかぁ〜〜」
クレープ屋さんまでの道すがら、ルノが表情をふにゃふにゃにしながら言いました。どうやら『カップル』という言葉が嬉しかったみたいです。
昨日は大切な人。今日はカップル。普段から『お母さん』を名乗っているのもそう。どんな関係でも対象がわたしなら喜んでしまう――それがルノです。
試しに。
「フユナはカップルより姉妹がいいな。ね、お姉ちゃん」
「なっ!?」
「サトリちゃんみたいに親友としてワイワイするのも良いよね」
「うんうん!」
予想通り、全肯定でした。……と、思いきや。
「けどやっぱり違うかな」
あれ?
「まぁ言っちゃえばさ、お姉ちゃんでも親友でも何でも良いんだよ。要はフユナへの気持ちの問題。それくらい大好きだよ〜〜って愛情表現の一つとして、例えば私の場合、お母さんって呼ばれたいなぁとか思ってるわけ。もちろん、お姉ちゃんも親友もオッケーだけどね!」
「ふ〜〜ん?」
一つ分かった気がしました。ルノはわたしのことを語る時、とても楽しそうなのです。「けどやっぱり昨日のフユナの言葉が一番だなぁ」と最後に呟いた時なんて、それはもう恋する乙女のようでした。
改めて言われると少し恥ずかしいですが、ルノにはルノなりの基準があって喜んでいる――今は昨日の『大切な人』という言葉が一番のようです。
「まぁ、こればかりは理屈じゃないかもね。とにかく私はフユナが大好きなの。ちゅちゅ〜〜!」
「わわっ」
本当に真っ直ぐな愛情表現にわたしはされるがまま。しかし不思議と嫌な気分ではありません。理由は簡単。
「フユナも大好きだよ。ちゅ〜〜!」
「へっ!? ちょ、ストップ! ここじゃちょっと……!?」
「も〜〜」
さっきまでのお口とは到底思えないようなセリフです。どうやらこちらからの愛情表現は受け取り慣れていないみたいですね。
「えへへ。ルノの弱点見つけちゃった」
「あっ、そういうこと!? 魔性のフユナなんていやだよ!」
「あっ! ちょっと待ってよ〜〜!?」
ピュ〜〜っと駆け出すルノをピュ〜〜っと追いかけるわたし。口ではいやと言っていますが、チラチラとこちらを伺うルノはとても楽しそう。もちろん、わたしもそれは同じでした。
「スピードなら負けないよ〜〜!」
そのまま追いかけっこを続けること数分。「つかまえた!」と、ルノをタッチしたのがまさに到着の合図でした。
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クレープの露店は色とりどりの果物が描かれたポップな風貌――どこか見覚えがあると思ったら、ヒュンガルにあるドーナツの露店によく似ていました。
「まさかドーナツおじさんが出てきたりしないよね? 朝からあの元気な声は耳が痛くなるよ……」
「そんな偶然あるかなぁ?」
――と、言ってから気付きました。たしかこういうのは『フラグ』というモノなのです。果たして?
「いらっしゃいませ〜〜」
響き渡るのは透き通った綺麗な声。店員さんはルノと同い年くらいの女性でした。今回はただの杞憂だったみたいです。
一歩出たわたしは、もらった割引券を見せました。
「すいません。これ使えますか?」
「はい、使えますよ。ご利用ありがとうございます!」
前に来た時とは違って早朝のオウト周辺には人がほとんどいませんでした。
そんな静かな空間にクレープの甘い香り。目を閉じてしまえば心地よい夢の中にいるように錯覚してしまいそう。バッカさんが胸を張っておすすめしてくれるはずです。
さっそくクレープを注文します。
「こちらの券は『カップル割引き』ですね。おひとつサービスになりますので、お値段はお一人分と同じウン百円になります。ご注文は……」
「???」
いきなり言葉を止めて固まってしまう店員のお姉さん。隣にいるルノに視線が釘付けになっているところから察するに、おそらく憧れの魔女様が現れて驚いている――と、思ったら全く別のツッコミをされてしまいます。
「ごめんなさいねお嬢さん。この券はカップル……えっと、なんて言ったらいいかな。……そう! これはとっても仲のいい男性と女性のペアじゃないと使えないの」
申し訳なさそうに店員さんは頭を下げます。やはりと言うべきでしょうか。カップルを演じるのは無理があったようです。
「でもせっかくなので特別に……こちらの『家族割引き』ということでいかがですか? お姉さんでもお母さんでも、ご家族ならどなたでも大丈夫ですよ」
そう説明し終えると、店員さんは最後にチラリとルノを見ました。どうやらお姉ちゃんなのかお母さんなのか判断に迷っている様子です。
少しの間を置いて「ちなみに『お友達割引き』あるのでそちらでも……えと」なんて戸惑いだした頃に「お母さんです」と教えてあげました。お言葉に甘えさせていただきます。
「あっ、喜んでる」
「あはは……つい」
ルノは顔を赤くしながら『ブルーベリーチーズケーキクレープ』を注文しました。続いて、わたしは『ストロベリーチーズケーキクレープ』を注文。実はどちらかで迷っていたのでちょうど良かったです。
「ねぇルノ。半分こしようよ」
「おっ、ナイスアイディア。実はどっちにしようか迷ってたんだよね」
ルノも同じ考えだったみたい。ここだけ見れば本当にカップルみたいですね。
「それでは出来上がるまで少々お待ちくださいませ〜〜」
注文は完了。出来上がるまで数分かかるみたいですが、ちょうどすぐ近くにベンチもあるので問題ないでしょう。
「ごめんフユナ。私、ちょっとトイレ行ってくるね」
「あっ……うん、わかった」
待っている間、おしゃべりでもして――と思っていたのですが仕方ありません。ピュ〜〜っと去っていくルノを見送ってから、一人で座るには少し広めのベンチに腰を下ろしました。
「ふんふんふ〜〜ん♪」
待っている間なにをしよう? そんなことを思いながら口ずさんだ鼻歌がよく響きます。
静かな空間の中、こうして一人だけの時間を過ごすというのは案外悪くないなと、カフェでのんびり過ごしているルノの姿を重ねながら思いました。
「お待たせしました〜〜! ……って、あら。お母さんは……?」
店員のお姉さんが出来たてのクレープを持って来てくれました。ルノは……まだ戻って来ません。ひとまず、フィオちゃんの言葉を借りて「ちょっとヤボ用です!」とだけ伝えてクレープを受け取ります。
「わぁ。美味しそ〜〜!」
さすがは出来たて。ほんのりと立ち上る湯気と甘い香りが容赦なく食欲を刺激し、思わず『ゴクッ』と喉がなってしまいました。
「早く戻ってこないかなぁ〜〜?」
一口だけ食べちゃおうかな? そんな誘惑に負けそうになった時。
「お嬢さん。よかったらこれもどうぞ」
お店に戻ったはずのお姉さんが再びやって来たかと思うと「おまけです」と言いながらなにやら手渡してきます。手のひらに収まるサイズの可愛らしい封筒とお手紙のセット――メッセージカードでした。
「数日前のイベントで配ってた余り物なんですけど――」
「あ、もしかして『聖夜の光』?」
「あら、ご存知でしたか」
ルノを待っている間、店員のお姉さんとお話していくうちに、今のようにクレープ屋さんとして参加していたことを教えてくれました。
日頃の感謝や愛の告白など、何かしら伝えたいと思う人が多い『聖夜の光』では、このメッセージカードが大活躍したみたいです。当時の様子を語るお姉さんは「こんな感じに余っちゃいましたけどね」と笑っていました。
「お姉さんも誰かに渡したんですか?」
思わず質問してしまったのは、笑っているお姉さんがとても話しやすそうに感じたからだと思います。ですがわたしは「あっ」と呟いた後に、少しばかり図々しかったかも……と後悔しました。
「ごめんなさい……」
「え? なぜ謝るんですか?」
「お姉さんは当日もお仕事だったって言ってたのに、なんか皮肉みたいになっちゃったかなって……」
「あはは、お嬢さんは気遣いが上手なんですね。たしかに誰にも渡してませんが……そうですね」
お姉さんは笑顔で答えてくれた後に、少し考え込む素振りをすると、再び口を開きました。
「『誰に渡したいですか?』と聞かれたら真っ先に浮かぶ人はいますよ。お嬢さんと一緒ですね」
「えっ?」
「先程のお母さんですよね」
「なんでわかったの!?」
「ふふっ、私もそうなんです。実は父が同じように露店でのお仕事をしているんですけどね? 今はリトゥーラとは違う所でお店を開いているので、今度会いに行った時に渡してあげようかなぁ、なんて思いますよ」
少し照れながら話すお姉さんを見ていたらなんだか親近感が湧いてきました。
当たり前ですがお姉さんにもご両親がいて、現在はとある村で露店を出してるそうです。
「いいと思う! 突然会いに来てお手紙までくれたら絶対に喜んでくれるよ!」
「ふふ、そうですね。母も似たようなことを言ってました。きっと親というものは子供がしてくれたことならなんでも喜んでくれるのでしょうね」
お姉さんはそう言いながら微笑みました。
たしかにルノも、わたしがしたことならなんでも喜んでくれるような気がします。ここへ来る途中のアレもそう。
「でもなんて書こうかな? こういうの初めてで……」
「そうですね……先程も言いましたが、なんでも喜んでくれるとは思うので素直な気持ちで良いと思いますよ? 例えば私だったら『伝えなかったことで後悔する言葉』でしょうか」
「ふむふむ」
「特に母はその気が強い人でして、その影響でしょうね。天国に行ってから後悔するのは嫌だから常に愛情表現は全力でするんですって。そのせいか、むやみやらたと『好き』とか『愛してる』とか言うんですよ?」
「あはは。人前で言われたりすると照れちゃうよね!」
「本当ですね。けど私も嫌ではないのでされるがままなんですよ」
「うんうん!」
お姉さんと会話をしていくうちに、ルノがあれだけの愛情表現をする意味が分かった気がします。
あんなことやこんなこと。ルノの前では言えないちょっぴり恥ずかしいことを話題にした時はお姉さんも共感してくれて特に盛り上がりました。おかげで書きたいことも決まった気がします。
「さてと。名残惜しですが楽しい時間は終わりですね」
「え?」
もう少しだけ――と思いながらお姉さんの視線を辿ると、遠くから歩いてくるルノの姿が見えました。
お姉さんはベンチから立ち上がりながら言います。
「楽しい時間をありがとうございました。なんだかお嬢さんとは他人な気がしませんね」
「うん! お姉さんがすごく話しやすかったからかな? あ、でもお仕事中なのにごめんなさい」
「とんでもないです。また来る時があったらぜひお話しましょうね。それじゃあ」
「うん! またね〜〜!」
こうしてわたし達はお別れしました。
「よし。今のうちに……!」
その場に残されたわたしは一度だけルノをチラリ。ここへやって来るまでの残り数十秒の間に例のメッセージカードを素早く取り出し、スラスラとペンを走らせました。
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「ごめん、お待たせ」
「おかえり。これルノの分だよ〜〜」
ルノは「ありがとね」と言ってからわたしの隣に腰を下ろしました。――と、その時。
「あれ。なにこれ?」
「……あっ!?」
大変! 心の中のわたしが『それ』を見ながら慌てふためきます。
ルノが座った位置にあったのは、今現在わたしのポケットの中に入っているお手紙とセットだったはずの封筒でした。さっきお手紙を書いた時に封筒は一旦隣に置いて、そのまま戻すのを忘れてしまったのです。
「中身入ってないけど、フユナの?」
「えっ!? ち、違う……く、ない……けど……」
突然のことで頭が回らず、出てくる言葉は「えっと」だとか「いや」とか、とにかく意味をなさないものばかり。このままでは怪しまれてしまう一方です。
こうなったら!
「はい!」
「ぐふっ!?」
ルノのお腹にパンチ。
「ご、ごめんなさい!? そうじゃなくてコレ受け取って欲しいの!」
「〜〜ッ!?」
もはやわたし以上に混乱しているルノでしたが、ここまで来たらもう止まれません。それに封筒の中身――わたしが先程書いたお手紙は既にルノの手に渡っています。ぐちゃぐちゃだけど。
「待たせちゃったのそんなに怒ってたんだ……」
「そ、そんなんじゃないの! とにかくそれ、後でちゃんと読んでね?」
「うん。……今じゃだめなの?」
「だ〜〜め。クレープ食べよ!」
だって目の前で読まれてしまったら恥ずかしいから。
それにもうすぐ『早朝』と言える時間帯ではなくなってきたため、人もちらほら見えます。魔女に憧れを抱く人達が集まってしまったら二人きりの時間を過ごせなくなってしまいます。
「ん〜〜美味しい。ところでフユナ。さっき店員のお姉さんと何か話してたの?」
「えへへ、見えてた? いろんなお話したよ。ルノが何を考えてるのかも少し分かったかも〜〜!」
「おっ、それは嬉しいね。ちなみに私もフユナが考えてることはわかるよ。ふむふむ……『お母さん大好き!』って思ってるな?」
「またそういうこと言って〜〜! ルノは『大切な人』だって言ったでしょ?」
一瞬だけドキッとしましたが、何とか平静を装って言葉を返すと、わたしの言葉が効いたのかルノは照れながらクレープを必死に頬張り始めます。
それからはわたしも同じようにクレープに夢中になりました。
「んぐんぐ。もうみんなも起きる頃だね」
「んぐ。ん、そうだね。そろそろ帰ろうか」
楽しい時間はあっという間です。わたしは残り僅かになったクレープを口に放り込んでからルノと一緒に立ち上がりました。
「ねぇ、ルノ」
「ん?」
「これからもよろしくね!」
「う、うん? それはもちろんだけど……今日のフユナはなんだか積極的だね」
「えへへ〜〜!」
当然です。わたしがお姉さんの影響を受けてしまっただけかもしれません。勘違いかもしれません。ですが自分に向けられている好意の意味に少しでも気付いてしまったら好きになるなという方が無理というものです。元から大好きだったなら尚更。
きっとルノもわたしの好意に気付いてくれたらもっと好きになってくれることでしょう。そう遠くない未来にそれは起こるはず。その結果どうなったとしても、わたしの気持ちが変わることはありません。
はたしてルノはどんな反応をするのか? それはその時のお楽しみです。
王城に戻ってからのこと。
「…………」
みんなも目を覚まし、それぞれが顔を洗ったり、着替えたりする中、ソファに腰掛けたルノは早速とばかりに一つの封筒から手紙を取り出しました。
「〜〜っ!!!」
小刻みに震える手と真っ赤に染る顔は果たして何を物語っていたのか。おそらくは嬉しいの一言に尽きるのだと思います。離れた位置から見守っていたわたしも微笑ましくなってしまいました。
それからしばらくの間。
ルノは『いつもありがとう』と書かれた手紙を何度も何度も読み返した後に、宝物を扱うような丁寧な仕草で手紙をしまおうとして――
「あはっ」
最後にもう一度だけ。冒頭に書かれた『お母さんへ』の文字を幸せそうに見つめて、今度こそ手紙をしまいました。