第176話〜あけましておめでとう! 新年初のお掃除〜
〜〜登場人物〜〜
・ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
・サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
・フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
・カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
・グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
・ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
・スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
・レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
・コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
・フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
・にゃんたこ (神様)
『天空領域・パラディーゾ』にその身を置く神様。『遊び』と称して様々な強者を襲撃する事が多々あり、その中でもルノは『当たり』らしい。
・フウカ (妖精王)
妖精の秘境『妖精郷』に住まう妖精の王。神様とは友人関係にあり、その実力も折り紙付き。風の魔法を得意としており、中でも【風刃・風華】は風魔法最強を誇る力を持っている。
・プウ、ペエ、ポオ(小鳥の親子とリス)
小鳥の親がプウ、子がペエ、リスがポオ。ペエのみが人間に変身できる魔法陣を身体に刻まれており、人間になってはプウやポオと一緒に村へ行ったりルノの家に遊びに来たりなどして美しい歌声を披露している。
・ライカ(獣王)
グロッタを以上の体躯と金色の体毛が特徴の獣の王様。何かあれば自ら動くところから同胞からの信頼も厚い。出会いが出会いなため、ルノからは『勘違いライオン』の烙印が押されている。
王城の一室。
フカフカのベット。身を優しく包み込む毛布。
この心地良さは我が家でも覚えがある。……が、それは新品を買ってからおよそ一ヶ月続けばいいような一時的なモノにすぎない。
しかしここは違った。庶民であれば続けることの難しい幸福感が、おそらく毎日のように維持されている。以前泊まった時と全く同じ幸福感を与えてくれたのがその証拠だ。
「さすがは王城のベット……!」
起床して早々に、頭の中で『最高』の二文字が浮かび上がる。続いて『二度寝』の三文字が浮かび、すぐに『おやすみ』の四文字。それ以上はない。
「すやぁ〜〜」
この状況ならいくら寝ても文句は言われまい。
それも当然。フユナ、コロリン。レヴィナにフィオちゃん。グロッタとスフレベルグはその辺の床で転がっているが、共通して言えるのはその全員がもれなく眠っているのだ。
つまり一人起床した少数派の私は悪。ベッドに申し訳ない。 ……という建前で、単に私が寝たいだけなのだけれど。
と、その時。
「うふ」
一応言っておくと今の「うふ」は私ではない。隣で寝ていたこの部屋の主、フィオちゃんだ。
「先生。起きないんですか〜〜」
前述の通り、皆がまだ寝ているのを知っての気遣いだろうか。私に顔を近づけてボソッと呟くような小声で話しかけてくるフィオちゃんはどこか楽しげである。
「もしかしてずっと起きてたの?」
「いえ。私もついさっきですよ。先生が『さすがは王城のベット……!』とか『すやぁ〜〜』なんて言ってるのは聞いてましたよ。うふふ」
この時点で恥ずかしくなってしまった私は無言で寝返りをうって反対側にいたフユナの寝顔を見る。あぁ、なんて癒しなのっ……!?
「先生ってばぁ。起きないんですか? ベットから出なくてもいいのでお話しましょ」
「う〜〜ん……いや、起きるよ。フユナの寝顔を見ながら二度寝したいところだけど――」
ツンツン。ツンツンツンツン。
誰が、とは言わないが、相手をすると言うまで背中を突っついてくる子がいるからね。
「じゃあゆ〜〜っくり起きましょうね。みんなまだ寝ているので起こさないように。二人だけでゆ〜〜っくり」
「はいはい、そういうことにしておくよ。二人だけでゆ〜〜っくりね」
「うふふ〜〜♪」
てな感じで、私と二人きりで行動できることに喜びを隠しきれない様子のフィオちゃんを伴って、私は名残惜しく思いながらもフカフカのベットを後にしたのだった。
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それから私とフィオちゃんは特に目的地を決めたわけでもなく、ただのんびりと王城を探索して回った。
フィオちゃんにしてみれば今さら探索も何もないだろに、嫌な顔どころか、むしろ楽しそうに付いてくるものだから恨めない子である。
「そう言えば前泊めてもらった時もこうして二人だけで出歩いてたよね」
「そうですね! あの時は深夜でしたけど」
「そうそう。懐かしいねぇ」
思い出話から始まり、昨夜のプレゼント交換会の話や、今朝の朝食は何が出るかなど、他愛のない会話はなんだかんだで時間を忘れてしまうもので、私達はいつの間にか同じルートをグルグルと回っていたらしい。
「先程から何をしていらっしゃるのですか……?」
偶然出くわしたオリーヴァさんに言われて気付いた。これで十週目なんだとか。
「オリーヴァ。私と先生の大切な時間を邪魔しないでちょうだい」
「しかし本日は王城の者が総出で大掃除をする予定がございます。フィオ様も例外ではありません」
「いいわ、大切なことを教えてあげる。人はね『予定』に縛られた時点で終わりなのよ? ほら、先生を見てご覧なさい。寝癖も直さず、気ままに人様のお家を探検してるのよ」
「ちょ、ええっ!?」
我関せずを貫いていたら思わぬ火の粉が飛んできた。まさかと思いながらなんとなく後頭部を撫でてみると、うなじ辺りでピョンと跳ねた髪の毛が指に絡まる。気付いてたなら言ってよ!
「なるほど、これはひどい……。しかしフィオ様。言葉はごもっともですが、それを言い訳にしてはいけません。掃除ができないダメな大人になってしまいますよ」
そう言いながら私の方をチラッと見るオリーヴァさん。寝癖があるからって掃除ができないことと結び付けるのは良くないと思います。
「わ、分かったわよ。でもそのかわり、私は先生と一緒にやるわ」
「え、私もやるの? いや、えぇ……」
嫌だ。めんどくさい。真っ先にそう思ったが、可愛い教え子に『掃除ができない大人』にはなって欲しくなかったので私は渋々受け入れることにした。
「ご協力感謝します、ルノ様」
「あはは……泊めてもらった御恩もありますし気にしないでください。あ、ちなみに私はお掃除できますよ?」
「……コホン。では付いてきてください」
「スルーされた」
「さて。大掃除とは言いましたが、やることは簡単です。主にルノ様達にお願いしたいのは窓拭きです」
現在地は、王城の裏口付近にある掃除用具一式が収納された小部屋。実はここ、小部屋は小部屋でも『王城の部屋の中では』という意味で、実際のところは我が家のリビングよりも一回り大きいのだ。悔しいっ……!
「けど私でもできそうで安心しました。頑張ろうね、フィオちゃん!」
「はい! 先生とならお掃除でも何でもお遊びですね!」
「心強いお言葉です。ではまずはこちらの部屋から――」
「「はい!」」
「――あちらの部屋までお願いしますね」
「「……?」」
仲良く凍り付く私とフィオちゃん。
まずは冷静に情報を整理しよう。まずは目の前にあるこの部屋から。んで、向こうまで。いくつお部屋があるのかな?
「どうやら聞き間違えたみたいですオリーヴァさん。確認しますね。この部屋、から……あっち? ……あっ、この部屋と隣の部屋かな?」
「いえ。この部屋から。――あちらの部屋です。突き当たりまで、と言い替えてもよろしいかと」
「み、見えない……」
「ちょっとオリーヴァ。それはいったい何のイジメかしら? まさかとは思うけど、あなたのアイスを勝手に食べたのがバレてその腹いせをしてるワケ?」
「その話は後でゆっくりするとして。ご安心くださいフィオ様。わたくしも向こう側から順番に掃除していくので合流したら終わりです」
「なんだ。そういうこもは早く言ってちょうだいな。じゃあ先生、私達はこっちから始めましょう!」
「うん。ではオリーヴァさん、また後ほど」
こうして私達はオリーヴァさんと別れ、一つ目の部屋に足を踏み入れた。窓拭き用の布が二種類と、バケツの道具一式を持って。
「えっと、最初に濡れ拭きしてから乾拭きだったね。パパっと終わらせちゃおう、フィオちゃん」
「はい、先生!」
部屋数は多いが仕事自体は簡単だ。要は単純作業の繰り返し。私とフィオちゃんで『濡れ拭き係』と『乾拭き係』を決めればあっという間である。あっという間……のはず。
「あの……フィオちゃん?」
「いつでも大丈夫です。さぁ、先生! 早く濡れ拭きを!」
「…………」
まさかこの子!?
「フィオちゃ〜〜ん? 先生、おててが冷たいんだけど……」
「頑張ってください! 応援してますよ!」
「なんだとっ!?」
やっぱりそうだ。フィオちゃんは真冬の濡れ仕事の辛さを知っている。しかも「フレ〜〜! フレ〜〜!」と踊り回ってることからも分かるがやる気がこれっぽっちも無い! これも先生の務めだとでも言われているみたいだ。
「ひぃぃ……冷たいぃ〜〜……!?」
腹を括るもやはり冷たいモノは冷たい。
そっと雑巾を摘んで、少しでも冷たさから逃れるようゆっくりと絞り、たまに手を滑らせては底へ沈んでしまった雑巾のために冷水の中へ手を突っ込む。そんな激闘の末、ようやく一つの部屋の窓拭きが終わった。
まだ始めたばかりだというのに既に私の手は真っ赤っか。対してフィオちゃんはスベスベモチモチのあたたかそうな手。こんな不公平があってもいいのだろうか?
「大丈夫ですか先生? あっためてあげますね!」
「ありがとう……。でもなんだろうこの気持ち。嬉しい気持ちと、同じ苦しみを味わえ、みたいな気持ちが同居してる……」
こんなこと言っていたら老の害なんて思われてしまいそうだ。人間という生き物は冷えてしまうとここまで心が荒んでしまうものなのか。
「これがまだ何部屋もあるのかぁ。普段、王城のお掃除をしてる人達は大変だね。私も掃除はする方だけどさ、一般家庭とは訳が違うよ」
「本当ですね。私も間近で見てて『大変なんだなぁ』って思いました!」
「うんうん。……ん? もしかして私のこと?」
「うふふ」
可愛い笑顔を向けてもだめ。次の部屋は心を鬼にして濡れ拭きはフィオちゃんにやらせよう。
「ひゃあ!? せ、先生〜〜!? なんでこのお水、こんなに冷たいんですか!?」
「そりゃお水だもん。ほらほら、早く拭かないと乾拭き係の出番がありませんよ〜〜! はい、雑巾はちゃんと絞ってね〜〜」
「ひ〜〜ん!?」
王女様の情けない悲鳴が王城に響き渡ったのはすぐだった。
部屋の前を通りかかった人達が「何事だ!?」と慌てふためく中、私は乾いた布をヒラヒラ振り回してフィオちゃんにあれこれ指示を出すのみ。
私達の関係は知れ渡っていたので怒られることこそなかったが、しばらくして王城の中ではどこからともなく「スパルタの魔女だ」とか「指導するフリしてサボる魔女」など、実に不名誉な呼び名が浸透したのでした。
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「フィオ様、ルノ様。お二人ともお疲れ様でした」
オリーヴァさんによる労いの言葉を受けたのは朝食の少し前だった。まさか終わるとは思ってなかったからちょっと感動。
「わ、どうしたのそれ? 真っ赤だね……?」
朝食の席。
いただきますの挨拶をしてパンに手を伸ばしたところ、フユナが心配の声をかけてくれた。
「あはは……。実はほにゃららほにゃらら〜〜ってことがあってね。この寒い時期に冷水に手を泳がせなきゃいけなかったの……!」
およよよ。涙は出なかった。
「じゃあフユナが温めてあげるね。よ〜〜しよ〜〜し」
「幸せ」
「ちょっと先生!? なんでフユナちゃんの時はそんなに幸せそうなんですか! 私には悪魔みたいな言葉しかくれなかったのに!」
「フィオちゃんこそ悪魔が混ざってたよ。結局ほとんどの濡れ拭きを私にやらせて〜〜っ!」
「ひゃあ!? 冷た〜〜い!?」
本日二度目の悲鳴が響く。
その光景を微笑ましそうに眺めていたのは同じテーブルで食事をしていたブレッザさんにフィオールさん。
すっかり親公認の仲になってしまった私とフィオちゃんの騒がしいお戯れは、朝食の間、ずっと注目の的になっていたのはいい思い出になりましたとさ。