第174話〜友達、家族、それともペット?〜
〜〜登場人物〜〜
・ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
・サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
・フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
・カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
・グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
・ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
・スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
・レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
・コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
・フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
・にゃんたこ (神様)
『天空領域・パラディーゾ』にその身を置く神様。『遊び』と称して様々な強者を襲撃する事が多々あり、その中でもルノは『当たり』らしい。
・フウカ (妖精王)
妖精の秘境『妖精郷』に住まう妖精の王。神様とは友人関係にあり、その実力も折り紙付き。風の魔法を得意としており、中でも【風刃・風華】は風魔法最強を誇る力を持っている。
・プウ、ペエ、ポオ(小鳥の親子とリス)
小鳥の親がプウ、子がペエ、リスがポオ。ペエのみが人間に変身できる魔法陣を身体に刻まれており、人間になってはプウやポオと一緒に村へ行ったりルノの家に遊びに来たりなどして美しい歌声を披露している。
・ライカ(獣王)
グロッタを以上の体躯と金色の体毛が特徴の獣の王様。何かあれば自ら動くところから同胞からの信頼も厚い。出会いが出会いなため、ルノからは『勘違いライオン』の烙印が押されている。
これはここ最近の我が家の風景。
「ふんふんふ〜〜ん♪」
早めに目を覚ました私はただ今朝食の準備中。タマゴを焼いて、山菜を炒めて、品目は伏せておくがとあるサンドイッチのようなホットサンドのような、とにかくそんなモノを作っている。
一つ二つ三つと次々に仕上げていき、やがて鼻歌もひと段落。そんな時、二階の寝室からトントンと軽快な足音を響かせながら一つの影がリビングへとやって来た。
ガチャ。
「おはよう、ルノ!」
本日のおはよう第一号、フユナだ。
「おはよう、フユナ。ちょうど朝ご飯ができたところだけどみんな起きてる?」
「えっとね、レヴィナさんはまだ寝てたけどコロリンがイタズラしようとしてたから――」
と、ここで妙な音と聞き慣れた声が聞こえてきた。
ゴトッゴトッゴトッと階段から転がり落ちるような音に「コロコロ〜〜」という声。やがて開かれた扉からは――
「おはようございます」
思った通り。
なんの気まぐれか、コンゴウセキスライム形態で階段を降り、リビングに入る寸前で『ボンッ』と人間の姿に変身してやって来たコロリンだ。
さらにそのすぐ後ろには――
「お、おはようございます……」
何故か顔面に球体の何かに轢かれたような跡をつけてやって来たレヴィナが。あえて何も突っ込まず、心の中だけで「ご愁傷さま」と労わっておく。
最後に。
「ピピッ〜〜♪」
「キキッ♪」
「も〜〜そんなに慌てなくても朝ご飯はなくなったりしないから。あ、おはようルノちゃん!」
室内には不釣り合いな小鳥とリスの鳴き声。それを追いかけるようにやってきたのは前の二匹と同じオレンジ色の髪を揺らす一人の女の子。
小鳥の親プウ、リスのポオ、そして人間の姿になった小鳥の子ペエ。通称プウペエポオの仲良しトリオだ。
「よし、それじゃあ朝ご飯にしようか。みんな席についてね〜〜」
我が家も随分賑やかになったものだ。そんな感慨深い気持ちになりながら母親のような気持ちで朝食の配膳を済ませていく。
フユナの分。コロリンの分。レヴィナの分にプウペエポオ。最後に自分のお皿を片手に席に着こうとして――
「あれ……?」
いつもお世話になっている四人がけのテーブル。そこに私の席が見当たらない――というか、あるにはあるが四つある席が全部埋まっている。
席に関しては明確に場所が決まっている訳ではなく毎回その日の気分。起きて来た順番で座る時もあれば、純粋に好きな場所――私で言えばフユナの隣、もしくはかわいいお顔が拝める正面に座ることが多い。もちろんコロリンもレヴィナも大好きだし、食卓が別なだけでグロッタやスフレベルグも同じ。
とまぁとにかく、席が埋まっているという事はお客さんがいるという訳で。
「あの〜〜ペエさん? ついでにプウとポオも」
「「「???」」」
なぜ家族同然で居座っているんですか? そんな目でジロリ。あなた達の住処がある森はとっくに元通りになったでしょうに。
「えへへ。ルノちゃん家、とっても居心地良いからさ。もうここに住んじゃおうかなぁってなったの。ね〜〜プウ、ポオ」
「ピピッ♪」
「キィ〜〜♪」
「いやいや……」
ウチはお手軽宿屋じゃないんだが……そういう話は朝食の後にでもすればいいか。せっかくの楽しい空気を壊すのも悪いしね。
そんなこんなで朝食後の席。
「ルノちゃんルノちゃん。食後のコーヒーなんていかが?」
「ありがとう。ぜひいただこうかな」
よく分かってらっしゃる。
みんなでの賑やかな食事も楽しいが、その後のまったりとしたコーヒーブレイクも同じくらい大切だ。
ペエとはまだ長い付き合いではないというのにそこに気付けるとは関心関心。
「ふぅ。美味しい……」
でもそれはそれ。さっそく本題に入るとしましょうか。
「なんだぁ、覚えてたの?」
「ちっちっ、甘いよペエ。私の気を逸らしたいならチーズケーキもセットで出さなくちゃ」
「むむ……そう来たか。でも昨日の夜コロリンちゃんと一緒に食べちゃったから残ってないや」
「え? 食べちゃった? 食べちゃったって言ったの? 楽しみに取っておいたのに!?」
「えへ」
やってくれたなこの子は……!
「まぁまぁ、落ち着いてくださいルノ。ペエだって悪気があった訳ではないんですから。お風呂から出たらジュースを飲む。ジュースを飲んだら目の前にチーズケーキがあった。なら食べるしかないでしょう?」
そんなよく分からない理屈を並べるのは件の共犯者であるコロリンちゃん。
ペエ達と特に仲がいいこの子は言うまでもなくあちら側の人間。ここ最近の楽しそうな様子を見せられている私としては実に微笑ましい気持ちではあるが、それがそのまま『家族』に直結するかは怪しいところだ。
正直言えば私もペエが時折見せる美しい歌声なんかはとても好きだし、プウやポオも室内でちょこちょこ走り回る姿は癒しそのもの。だからこそ今日まで何も突っ込めなかったし、もうここに住んじゃえば〜〜? なんて思ったことも確かにあった。
「ふむ……難しい問題だね。友達……以上はあるとして、じゃあ家族未満……かな? ペットとはまたなんな違うような気もするしねぇ。主にペエが」
フユナやコロリンの例があるから一度人間の姿を見てしまうとどうも家族として考えがちだ。しかしこの子達はプウ、ペエ、ポオの三人で一人みたいなところがあるから一括りにするのは難しい。
「…………」
考えるだけ無駄な気がしてきた。
「言っちゃえば立ち位置が不明で困るのは読者だけだしね。プウとペエは木の実を持ってきて分けてくれる時もあるし、ペエは洗い物なんかやってくれる時もあるから特に困ることはないや」
てな訳で万事解決。
本日もまったりスローライフといこう!
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と、思ったら。
「帰るぞ、同胞よ」
「ええ〜〜!?」
暖かい日差しに照らされたリビングの窓際。
二人がけのソファを贅沢にもベッドのように扱い、だらしなく寝転がっていると外から声が聞こえてきた。
「いつまでも魔女に世話になる訳にもいかぬだろう?」
「うぅ〜〜……!?」
ペエとその上司(?)である獣王ライカだ。
突然の襲撃をかましてきたあの時の姿はなりを潜め、しっかりと上に立つ者としての威厳を見せ付けるライカは流石の一言。この時ばかりは私も見直さざるを得なかった。
「王様ってのは本当だったんだね。お迎えご苦労さま」
「来たか魔女よ。同胞が世話になったな」
「ルノちゃ〜〜ん! 獣王様がもう帰るぞって!」
重い腰を上げて外に出ると気が付いたライカがこちらに振り向き、唸っていたペエがプウとポオを両肩に乗っけてやって来た。ペエは見たままだが、プウとポオまで心做しか涙目になっていてものすごく心が痛い。
「うん、よしよし。また遊びに来ていいから。……バイバイ!」
「ね〜〜え〜〜!? 全然寂しくないでしょ!?」
「あはは、そんな……」
滅相もない。けれど元の住処に戻ると言われたら引き止めるのも違う気がするのは事実。人間の姿になれるとは言ってもペエは小鳥なのだ。本当の居場所は? と聞かれたらやっぱりあっち側なんだと思う。
「ほら。獣王さんからも一言お願いしますよ」
「うむ。……同胞よ、森での生活を思い出すのだ。自然の恵みに囲まれた生活こそ我らの――」
「獣王様。私、知ってるんですよ? 獣王様がにゃんたこちゃんと『ヒュンガル食べ歩きツアー』なるモノをやってたことを!」
「ドキ!?」
「あと昨日なんてにゃんたこちゃんのお家でニセルノちゃんと三人で『ヤキニクパーティー』してましたよね? しかもお泊まりで!」
「ドキキ!?」
だめだこりゃ……ライカも完全に人間の生活に飲み込まれてる。にゃんたこ様との関係は良好なようで何よりだが、今ばかりはペエがここに残ることを正当化する材料にしかなり得ない。
「ちょっと。ドキドキしてないでちゃんとしてよ。どっちが王様か分からないじゃん……」
「し、しかしどれも事実でな。いやいや、人間の食事は本当に素晴らしい」
てへぺろと言わんばかりのライカは完全に餌付けされたペット。牙は残っていないと思った方が良さそうだ。
「勘違いするな魔女よ。我もただ森を元通りにした訳ではない。しっかり同胞の新たな住処となる立派な樹も見つけてあるのだ。いつでも帰れるようにな」
「へぇ? ペエも言ってたけどあなたって王様なのに本当に自分で動いちゃうんだね。同胞思いなのは感心しちゃうな」
「ふふん、王だから当然だ」
「あはは。いつか私達の王様を紹介するから対談でもしてほしいね」
なんて冗談はさておき。
「――みたいだよ、ペエ。新しいお家もあるってさ」
「うん。すごく嬉しい……んだけど……」
これはアレだね。旅行の最終日になって帰りたくなくなるやつ。いつのも日常に戻るのが嫌というか、なんならこっちに引っ越したいなぁ〜〜って思っちゃうやつね。
「それだ!」
「勝手に人の心読まないでよ……」
にゃんたこ様みたいなことしないでほしい。そして嫌な予感しかしないんだが。
「獣王さまぁ〜〜♪ 私、ここに引っ越したいです!」
ゴロニャ〜〜ンという文字が見えてきそうな猫なで声でライカへ迫るペエは完全に魔性のなんちゃらだった。知ってはいけない闇を垣間見たようなで少々複雑な気持ちだ。
「てか待って。引っ越すってまさかその立派な樹とやらそのまま持ってくるとか言わないよね?」
「えへへ〜〜♪ グロッタ先輩のお隣なんていいんじゃないかなぁ? 景色も壊さないし良い感じになりそう」
「こら!?」
そのまさかだった。
「ちょっとライカ。部下の首輪が外れてるんですけど。あの子、うちの敷地内に樹を持ってこようとしてるんですけど!」
「うむ、名案だな」
「…………」
君たちの言う『名案』とは人の敷地を侵略することなのか?
草原をめちゃくちゃにして元通りにしたと思ったら今度は侵略と来たか。
「ちなみに一応。い・ち・お・う、だけど。その立派な樹とやらはどれくらいの大きさなのかな? それによっては許可してあげなくもないけど」
「そうだな……そこにもう一つ家が建つと思えば分かりやすいぞ」
「ふ〜〜ん」
確かに分かりやすい。だから返答も一瞬。
「だめだね」
「なんでよ〜〜!?」
と、飛びかかってくるペエ。この子は悪い方向に話が進んでると反応するんだからなぁ。
「そりゃそうだよ。見てごらん? グロッタの小屋は氷で統一された美しいふぉるむが売りなの。そこに大樹がドンと来たら雰囲気ぶち壊しだよ」
「隣のすっごく大きな樹は?」
「そのロッキの樹は初の家族旅行で買った思い出の樹だよ。言うなればその子も『家族』だから我が家の敷地内にあってもオッケー!」
「むむ……!」
ギリギリと歯を鳴らす――とまではいかないがなかなかに悔しそうなペエ。プウやポオが住めるだけの小さめの樹ならいいよってことなのだが……少し意地悪しすぎたかな。
「ほにゃららほにゃらら〜〜と言えば分かるかな? ペエだって小鳥に戻れば全然大丈夫でしょ? あとは草原で遊ぶなりうちに来るなりすればいいよ。たまにはペエの歌も聴きたいしね」
「やったぁ! ありがとうルノちゃん! 獣王様、さっそく引越し作業しましょ!」
「うむ。同胞のためなら協力するとしよう」
こうして、ペエ達の生活の基盤も落ち着くことになった。
住処がさらに近くなった訳だから今までよりは賑やかになるだろうが、知らない仲ではないので問題ないだろう。
これもスローライフの新たなスパイスになるとポジティブに考えていこうじゃないか。
数分後。
「よいしょ、よいしょ。獣王様〜〜この辺で〜〜!」
「ではいくぞ。ふんっ!」
ドゴッ!
「えぇ……」
どこからか丸ごと引っこ抜いてきた樹をライカとペエが二人がかりで運んでくると、場所を決めるや否やそのまま力技で樹を地面に突き刺してしまった。ふぅ、とやりきった感を出している様子から察するにこれで引越し作業は終了したようだ。
「なんか樹が可哀想な気がしてきたよ。そんなんで大丈夫なの?」
「もちろんだ。【獣王の息吹】の効果もあるからすぐにでも立派に根を張って土地に馴染むだろう」
「そっか。じゃあこれでひと段落だね」
グロッタの氷の小屋、そのすぐ隣に植えられた樹はおよそ三メートル程の小柄なサイズ。それでも小鳥やリスの寝床としては十分な大きさなので問題なし。食事に関しても周囲の森に行けばいくらでも木の実はあるから困ることはなさそうだ。
「む? 何かと思えばペエではないか。まさか本当に引っ越して来るとは」
「グロッタ先輩! これからお世話になります!」
「うむ、立場を弁える出来た後輩だ。このグロッタ様の手足となって存分に働くがいい!」
「は〜〜い!」
隣人との相性もバッチリ。
いつの間に先輩後輩の関係になったのかはさておき、上手くやっていけそうでなりよりだった。
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その日の夜。
「おいし〜〜い! レヴィナちゃんもお料理が上手なんだね。すごいなぁ」
「ピピピ!」
「キキキッ!」
「そ、そんな大したことは……うふふ……」
夕飯の席で食卓を囲むのは私、フユナ、コロリン、レヴィナ……そしてプウ、ペエ、ポオ。
ペエが今夜のコックを務めたレヴィナを褒め称え、プウとポオと一緒に夢中になって料理にがっつく。何故こんなにも変わり映えのない光景が広がっているのだろうか?
「家がお隣だからいい匂いがしてきちゃって。今日だけ……お願いっ!」
「今日……だけ……?」
本当に『今日だけ』と言っていいのか怪しいところだが、先程「これからよろしくお願いします!」といった挨拶と共にベリーやらなんやら色とりどりの木の実を貰ってしまった身としては何も言えない。狙ってのことならなかなかの策士である。
「果たしていつまで続くのやら。まぁいっか」
楽しんだ者勝ち。
結局はそんな軽い結論に至った私は、やはり窮屈になってしまった食卓の一角に腰を下ろし、賑やかな夕食を楽しんだのでした。
余談ではあるが夕飯を終えて食器を洗っていた時のこと。
「ルノからお許しが出たみたいで良かったね〜〜ペエちゃん」
「うん、ありがとうフユナちゃん! これからお世話になります!」
「もう一歩うまくできればツリーハウスを丸ごと貰えたかもしれませんね。言ったでしょう? 『獣王さまぁ〜〜♪』のところも『お願いっ!』のところも最後にウインクをしてキメるのが重要だと」
「あ、そうだった。私、そういうのよく分からないから忘れちゃってたなぁ」
「も〜〜! ペエちゃんはコロリンみたいに魔性の子じゃないんだよ?」
「なっ!? 誰が魔性の子ですか!? そういうのは木の実を貢がせてるルノに言ってくださいよ」
なんて、ちょっと聞き逃せない会話が聞こえてきたので。
「コロリン? ペエに妙なこと吹き込んじゃだめだよ?」
――と、背後からの一声でビクッと震わせておきましたとさ。