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☆氷の魔女のスローライフ☆  作者: にゃんたこ
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第173話〜にゃんたこの大切なモノ〜


〜〜登場人物〜〜



・ルノ (氷の魔女)

 物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。


・サトリ (風の魔女・風の双剣使い)

 ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。


・フユナ (氷のスライム)

 氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。


・カラット (炎の魔女・鍛冶師)

 村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。


・グロッタ (フェンリル)

 とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。


・ランペッジ (雷の双剣使い)

 ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。


・スフレベルグ (フレスベルグ)

 白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。


・レヴィナ (ネクロマンサー)

 劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。


・コロリン (コンゴウセキスライム)

 ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。


・フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ

 魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。


・にゃんたこ (神様)

『天空領域・パラディーゾ』にその身を置く神様。『遊び』と称して様々な強者を襲撃する事が多々あり、その中でもルノは『当たり』らしい。


・フウカ (妖精王)

 妖精の秘境『妖精郷』に住まう妖精の王。神様とは友人関係にあり、その実力も折り紙付き。風の魔法を得意としており、中でも【風刃・風華】は風魔法最強を誇る力を持っている。




 ある日のこと。


「ではな、にゃんたこ。今日は同胞達と約束があるからここまでだ」


「楽しんでおいで」


 広大な草原のど真ん中。先日ペットとして迎え入れた獣王ライカを従えてやって来たにゃんたこはその巨大な背中から飛び降り、わずかな言葉を交わして別れを告げた。


 本日は別々の予定があった。

 ライカは前述の通り大切な同胞――小鳥のプウとペエ、リスのポオと共に自然の中に身を置いてのんびり過ごす。

 そして、にゃんたこはお気に入りのルノやその家族達と、同じくのんびり過ごそうと草原のすぐ隣に建てられている一軒家へとやって来ていた。


 ところが。


「…………」


 コンコン。控えめなノックで自分の訪問を伝えるもなかなか返事が返ってこない。いつもならルノかフユナ、もしくはレヴィナ辺りがすぐに出てくるのだが――と、半分諦めかけたその時、ギギギィ……と気だるそうな音を立てながらゆっくりと扉が開かれた。


「おや、にゃんたこじゃないですか」


 出迎えたのはまさかのコロリン。

 どうやら現在この家にいるのは彼女だけらしい。そうでなければこの子が自ら客人を出迎える訳がない。少し失礼かもしれないがにゃんたこの考えるコロリン像はおおよそそんな感じだった。


「なんだか心外な評価をされた気がしますね。とりあえずそんな所に突っ立ってないで入ったらどうです? ほらほら」


「あ、ちょっと……」


 正直言えば断って引き返すつもりだったものをコロリンは強引にもにゃんたこの背中をグイグイ押して望まぬ訪問を強いてくる。出会った当初からの神すら恐れぬ強引っぷりは相変わらずである。


「今ジュースを出してあげますからね。好きな所へ座っててください」


「ジュース……」


 別にジュースは嫌いではない。が、何故か自分を子供扱いしてくる節があるコロリンは少しばかり苦手だった。

 不老不死の神なので当然年齢は上。背だってこちらの方が高いのに――などと心の中で悪態をつきながらも、にゃんたこはひとまず椅子に腰を下ろすことにした。


「はいどうぞ。隠しておいたチョコレートも特別に分けてあげます。虫歯にならないようにだけ……コロリ〜〜ン」


「…………」


 妙な掛け声はお得意の【コンゴウセキ魔法】の詠唱……らしい。歯を魔法でコーティングして虫歯を予防してくれたようだ。


(子供じゃないんだけど……)


 ――と思うも、そんなにゃんたこの心情など知る由もないコロリンの子供扱いはさらに加速していく。


「問題はどっちにするかですね。う〜〜ん……仕方ないのでにゃんたこに大きな方をあげますよ。はい」


「…………」


 二つのチョコレートの間を視線が行ったり来たりしながら数秒。私は大人ですからね、と言わんばかりの顔をしながらズシッと手に乗せられたのは一回り大きな方のタマゴサイズチョコレート。


 さらに。


「待ってください。その長い髪では食べる時に汚れてしまうかもしれないので……クルクルキュッと。はい、こうして纏めておけば大丈夫。世話の焼ける子ですねにゃんたこは」


「……はぁ」


 もはや何も言うまい。この時点でにゃんたこは全てを受け入れることにしたのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「さてと。それじゃあ村にでも行きますか」


 チョコレートを食べ、ジュースで喉を潤し、沈黙が訪れると思いきや「最近どうですか?」だの「実はレヴィナとグロッタって――」など、取り留めのない会話から妙に生々しい会話まで、なんだかんだで暇を忘れる時間を過ごしていると唐突にコロリンがにゃんたこへ提案した。


「あぁ、帽子なら貸してあげますから。あとは裸足じゃいけないので靴もですね。サイズは多分同じくらいなので、え〜〜っと……これにしましょう。せっかくなので髪の毛はそのままでリボンでもして――」


「…………」


 提案、とは名ばかりの半強制イベントの始まりだった。

 ちなみににゃんたこが向けたのは、出かける準備としてコロリンが被った帽子がとてもお似合いで『羨ましい!』という羨望の眼差し――では決してなく『どうぞ行ってらっしゃい』という意味合いを込めた眼差し。ところが異なる受け取り方をしてしまったコロリンは前述の通りにゃんたこのおめかしを始めてしまう始末で、もはや一緒に行く他ないと改めて先程の決断を思い出す。




 それから家を出てヒュンガルまでの道中。


「聞いてください。今日はルノもフユナもアルバイトだとか言って朝から出かけてしまったんですよ? ペエ達も遊びに行っちゃったみたいで、それならグロッタやスフレベルグと――って思ったら二人してツリーハウスに行っちゃったから私だけ登れなかったし。あ、そう言えばレヴィナは畑で作業してるって言ってたのに置いてきちゃった。……とまぁ、そういう訳なのでにゃんたこが来たのはちょうど良かったんですよ。今日はたくさん遊んであげますからね」


「……?」


 コロリンの発言があまりにも堂々としていたため違和感に気付くのが遅れる。やがて「遊んであげる? 遊んで欲しいの間違いでは?」と、口が裂けてポロッと言ってしまったにゃんたこに返ってきた言葉は相変わらず子供を諭すような言葉だった。ので省略。


「それで、あなたはさっきからなにしてるの。本当ならもうとっくに村に着いてるのに」


「コロコロ〜〜?」


 と、道の脇にある芝生、と言うには少しばかり草花が多い場所をコロコロと転がる姿を見せられては当然の疑問だった。

 出発してから今に至るまで半分は徒歩、もう半分はコロコロ。徒歩こそ現在のように人間の姿だが、転がる時に至っては人間の時もあれば『ボンッ』と変身してコンゴウセキスライムでの時もある。実に忙しない移動だ。


「おっと、コンゴウセキスライムの習性でつい。楽しいのでにゃんたこもどうです?」


「汚れるからやらない。遅いから先に行くよ」


 シンプルに拒否をして「あっ」と途方に暮れるコロリンを放置。いっそこのまま逃げて予定変更、どこぞのスローライフ好きを見習って一日中お昼寝もアリかもしれない。


「……?」


 ひとまず我が家――パラディーゾに帰ろう。

 背後から迫る何かに気付いたのは『逃亡』という結論に傾いたその時だった。


「コロコロ〜〜!」


「いた」


 ごりっ。

 高速で走り抜ける物体が器用ににゃんたこの足先だけを轢いて前に出る。言うまでもなくコロリンだ。


「私から逃げようなんて百年早いですよ! コロコロ〜〜!」


 と言って凄まじい速度でコロリンが転がり去っていく。

 逃げる獲物を捕まえる狩人のようなセリフにも関わらず、実際のところは『捕まえてみろ!』という意思表示なのは明らかで、右へ左へジグザグ逃げ回る姿は完全に『かまってちゃん』のそれだ。

 にゃんたこからしてみればこのまま好き勝手にさせておけば図らずも逃亡が成功する訳だが、そんなことは微塵も考えていない様子で無邪気に転がり回る子を放置していくのは流石に良心が傷んだ。それどころか。


「寂しかったんだね……」


 珍しく。本当に珍しく。にゃんたこは他人を可哀想だと思った。あるいはこれこそ『情が移った』ということなのだと気付いてしまう。


 だからこそ。


「待ってよ」


 足を踏んずけられた恨みがあろうが、逃亡の目論見が崩れさろうが、コロリンの思惑に乗っかることにしたにゃんたこはのんびりとその道筋を辿るように歩みを進めることにしたのだった。




 目的地の村、ヒュンガルへ到着。


 ここで直面する問題。『どこへ行くか?』については、衝突することも無く不思議なくらい二人の意見は一致した。その結果やって来たのはルノもよく訪れる綺麗なテラス席が特徴のカフェ。

 言い出しっぺのコロリンはもちろん、にゃんたこもルノに連れられて以来、気が向けば訪れる程度には馴染み場所となっていた。

 他にもう一つ、ドーナツの屋台。それがにゃんたこのヒュンガル二大お気に入りスポットである。


「それじゃあルノとフユナをからかってあげるとしましょうか。行きますよ、にゃんたこ」


「……?」


 その言葉の意味が分からないにゃんたこだったが、店内に足を踏み入れた瞬間に全てを理解することになった。


「えっ、コロリンににゃんたこ様!?」


「いらっしゃい、二人とも〜〜!」


 なんと出迎えたのは看板娘を名乗るサトリではなく、先程訪ねた時に家を留守にしていたルノとフユナ。それも普段は目にすることが無い、エプロンを着用した店員スタイルだ。


「アルバイトってここだったの」


「そうですよ。今日は忙しなく動き回るルノとフユナを眺めながらのんびりするんです。もちろん席はいつものテラス席で。私だけ家に放置していった罰です」


 そう言ってニヤリと笑い席へ向かうコロリン。

 にゃんたこがその含みのある表情に疑問を感じているとルノがそっと耳打ちして教えてくれた。なんでも、お誘いの言葉を「私もお仕事コロコロがあるので遠慮しておきます」と跳ね除けたのはコロリン自身なんだとか。

 その上でこの場所をチョイスする辺り、イタズラ心全開なコロリンらしさが見て取れる。


 なのでにゃんたこは。


「ツンデレだね」


 と、突っ込んで子供扱いした恨みを晴らすべく一矢報いた。


 そんなこんなあってようやくテラス席の一角に腰を下ろしたにゃんたこはホッと一息つく。

 ひとまずコーヒーを注文し、のんびりとメニュー表を眺めること数分。自分もすっかり毒されてしまったなぁと青髪の魔女を思い浮かべていると、そこで妙な違和感に気付く。チラリと視線だけ横へ向けると、そこには「迷いますねぇ」などと呟きながら至近距離で同じメニュー表を睨みつけるコロリンがいた。


「ねぇ」


「すいません、あと少しだけ待ってください。いつも食べてるはずのルノサンドなのにこうしてお店で見ると美味しそうに見えちゃって……!」


「そうじゃなくて。なんで隣にいるの?」


「ん? こうすれば一緒メニューが見られるでしょう? 食べる時だって隣の方が分け合うのにも都合が良いですね。それともにゃんたこは私の顔を見ながらの方がいいですか?」


「…………」


 対面に置かれているコーヒーをス〜〜っと引き寄せると改めてメニュー表をジロリ。

 そんな空気は全く醸し出してなどいなかったにゃんたこからすれば心外もいいところだったが、ここで距離を置いた所で結果は目に見えていたので何も言わない。

 ちなみにコロリンの分のメニュー表は対面に虚しく取り残されているだけでキッチリある。


「じゃあ注文しましょうか。て・ん・い・ん・さ〜〜ん! 来てくださ〜〜い!」


 注文するだけなのになんと楽しそうなことか。そんな言葉を飲み込み、ルンルンなコロリンと注文を取りに来たルノを眺めながらにゃんたこは自らの順番を待つ。


「にゃんたこの番ですよ」


「これと、これ。あとは――」


 これ。そうしてケーキやタルトを三つ、二人合わせて五品程の注文をして「ありがとうございま〜〜す!」と言ってキッチンの方へ引っ込んでいくルノを一緒になって面白おかしく見送った。


「気付きましたか? ルノってば私が『ルノサンド』を注文した時、ちょっと嬉しそうにしてましたよ」


「そうだね。カフェに来てまで自分の料理を選んでくれたあなたが可愛かったんだよ。私もそう思うな」


「べ、べつに!? 食べたいから頼んだだけですけど!?」


「ツンデレ……」


 そんなこんなで時間を潰していると、すぐにルノとフユナが交代交代にやって来てトントントンと素早く注文の品を配膳していった。

 立派にカフェ店員として働く二人を眺めながらの席。コロリンがわざわざこの場所を選んだことに納得しながら食事はスタートした。


「うんうん、やっぱりここのルノサンドは美味しく感じますね。もしかしたらこれは名ばかりで作ってるのは別人かもしれません。このタレがまたなんとも――」


 急な評論を始めるコロリンを他所ににゃんたこも自らが注文した『いちごのロールケーキ・ホイップクリーム乗せ』に舌鼓を打つ。フワフワの生地といちごの酸味、コクのある生クリームが絶妙にマッチした逸品である。


「いいね。もう一回食べよう」


 それを証明するように、誰に言うでもなく絶品のスイーツに導かれるままにロールケーキを再生させるにゃんたこ。認めたモノにだけ行うにゃんたこの特権、再生魔法による無限飲食だ。

 欠片さえ残っていれば良い。心の中でドヤ顔をしながら元通りになったロールケーキを再び口に放り込み至福の時を再開させたその時。


「こら!」


 ズビシッ! 脳天に衝撃が走る。

 一瞬、何が起きたかも分からず目を白黒されるにゃんたこだが犯人は明らか。横目で見ていたコロリンが、ケーキの虜になって隙だらけのにゃんたこにチョップをかましたのだ。


「な、なにするの……っ!?」


 これまた珍しく。にゃんたこは動揺した。怒りよりも先に動揺するなどここ最近でもあっただろうか? しかしそんなことも知らないコロリンは変わらない調子で言葉を続ける。


「いいですか? 美味しいモノは美味しいまま終わるからいいんです。食べ過ぎたせいで飽きて終わってしまったら次にまた食べる楽しみが無くなってしまうでしょう?」


「別に飽きるまで食べないよ。たとえそうなったとしても時間が経てば飽きは改善――いたっ!?」


 ズビシッ! 脳天に(以下省略)


 だが言われてみれば確かに。

 以前ここで食べたケーキ達、ロッキの街での食べ放題など、美味しいと思った食べ物は気が済むまで食べる。そんなスタイルのにゃんたこを待っていたのはいつだって『飽き』だった。『お腹いっぱい好きなだけ』と言ったら聞こえはいいが、それは一時的に自ら一つの好物を捨て去るに等しいのだ。

 ……なるほど、確かに一理あるかもしれない。

 にゃんたこは『分け合う』という提案をしてきたコロリンを少しばかり見直した。


「わかったよ」


「それなら良かった。一応言っておきますけど、無限に食べられるのが羨ましいとかじゃないですからね? 私だって食べようと思えばいくらでも注文して――あ、お金がピッタリしかない。……コホン。まぁ、幸いにも今日はルノがいますからお会計の時にこっそりおまけしてもらいましょう」


「…………」


 にゃんたこは相手の心が読める。しかし、良い事を言うコロリンの姿を信じ、自らの力が導き出したモノに蓋をしていた。……だというのにここへ来て本音を自ら暴露してしまうなんてとんだおマヌケ。もはやにゃんたこには溜息をこぼすことしかできなかった。


「はぁ、せっかく見直したのに。あなたは本当、大人なのか子供なのか分からない時があるね」


「失礼なことを言ってくれますね。そんなところに拘るなんてにゃんたこの方が子供なんですよ。ほら、そんなことよりさっそくシェアしますよ。そのためのお隣なんですから」


「いいけど私が大きな方ね。……ん、こっちの方がソースが沢山かかってるしクリームも多い。いただき」


「じゃあこれと、これと……これとこれも。ふっふっふっ、全部大きい方はいただきますよ。あとおまけのジュースも」


「ちょっと。自分だけズルいよ。三品は私が頼んだんだからあなたが大きい方を選べるのは二つまでだよ。もちろんジュースは私のね」


「いやいや。にゃんたこは子供なんですからそんなに食べられないでしょう? あなたの保護者である私が責任持って沢山食べてあげますよ」


「ハッキリ言ってくれたね。いいよ、ならこっちは具材多め、チョコレートたっぷり、フルーツいっぱい。これだけはどこでも同じだから素直に半分こしてあげる」


 ルノサンド、チョコレートケーキ、フルーツタルト、そしてチーズケーキ。コロリンの大きな方が『量』だとすれば、にゃんたこの小さな方は『質』

 大きい方、小さい方とは言っても実際のところ『量』関して言えば大差はなかった。しかし『質』に至っては、一方はトッピング豊富で色鮮やかでいかにも食欲をそそる美しさ。もう一方は同じモノとは言い難いようなトッピングの少なさ。

 どちらがいいかと聞かれれば大半の者は質のいい方――すなわちにゃんたこの手元にある品を選ぶだろう有様だった。


 当然、コロリンは物申す。すしてなりふり構わず奪いにかかった。


「な、なんてがめつい子なんでしょうか……! お子様にその量は毒ですよ。お母さんに任せなさい!」


「お子様とかお母さんとか……。だったらお年寄りのコロリンは胃がもたれるだろうから全部私が食べてあげるよ。くす」


「だ、誰がお年寄りですか!? このなんちゃって神様のお子様にゃんたこめっ!」


「……(プチ〜〜ン)」


 ここからはしょうもない争いの数々だった。

 コロリンがにゃんたこのケーキを奪えばにゃんたこがコロリンのタルトを奪う。時にはケーキなど関係なくチョップをかます者がいたり、黙らせようと口を氷漬けにしようとする者がいたりなどなど。


 その様子は客観的に見ればなかなかに騒がしく、みっともなかったことだろう。その証拠に。


「なんか騒がしいと思ったら。コロリンもにゃんたこ様も子供みたいだね」


「かわいいね〜〜! でも止めなくて大丈夫かな? にゃんたこちゃんもコロリンも引く気が無いみたいだけど……」


「一応、店長サマに報告しとこうか。あのお姉さんならにゃんたこ様でも握り潰せそうだし――」


「いいでしょう」


「「ひぃ……!?」」


 数分後。

 見るに堪えない争いを続けるにゃんたことコロリンは弁解の機会を与えられることも無く、二人仲良く恐ろしい店の長に裁かれたのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 夕方。カフェからの帰り道。


「コロリンのせいで酷い目にあったよ」


「何を言ってるんですか。にゃんたこさえはしゃがなければあんなことにはならなかったですよ」


 などと言葉を交わしながら来た時と同じようにコロコロと転がるコロリンを追いかけるように歩くにゃんたこ。


「でもいい暇つぶしになりましたね。また機会があれば遊んであげますよ、にゃんたこ」


「はいはい……」


 もはや何も言うまい。遊んであげるにしろもらうにしろ、その機会が来ればどうせ今日と同じように過ごす羽目になるのだ。偉大なる神を子供扱いするコロリンを、その時こそ掌の上で転がしてあげよう。そう誓ったにゃんたこだった。


「それじゃあ今日は楽しかったですよ。また遊びましょうね」


「…………」


 家に到着した瞬間、不意に放たれた「また遊びましょう」の言葉が妙にむず痒い。

 まるで別れ際に友達にかけるような……そんなことを言われたら名残惜しくなってしまうではないか。一瞬でもそう思ってしまった自分自身ににゃんたこは驚いた。


 なので。


「……またね」


 今の心情を悟られないように、一言だけ返して家に入っていくコロリンを見送った。

 やがてパタン……と。静かに閉まる扉の音が今日という日の終わりを告げる。


「…………」


 その場に残されたにゃんたこは、もし明日になってもこの気持ちが残っていたのならまた遊びに来ようと前向きに考え、その場を去るだけにしては多すぎる時間を棒立ちで過ごした。

 やがていつもの調子を取り戻し、クルリと背を向けたその時。


「……あ」


 何かが首筋をチョロチョロと掠めたと思えば、それは普段ならしないはずのお団子に纏められた髪に揺れるリボンだった。さらに足下に視線を落とせば、同じく普段なら履くことのない靴が。

 そう。どちらもコロリンが勝手にやいてくれたお世話の証だった。


「…………」


 にゃんたこは悩む――が、その悩みをあっという間に捨て去り、次の瞬間には再びクルリと回って先程閉まったはずの扉を改めてノックしていた。


「コロリン」


 大義名分を得た。リボンと靴を返さなければ。

 この時もやはりにゃんたこは自分自身の心情の変化に驚いた。この気持ちが向く先が既に友達に対するそれになっていたことに。


「あれ? どうしたんです?」


 ガチャ。開かれた扉から顔を覗かせるコロリン。


 もう少し遊ぼう。


「あっ、ちょっと?」


 ――とは流石に言えなかったにゃんたこはスス〜〜っと無言で侵入する道を選んだ。

 最初こそ驚いたコロリンだったが、無理矢理追い返さない辺り、おおよそ気持ちは同じだったらしい。


「まったく。仕方ないですね」


 コロリンもコロリンで素直な気持ちをぶつけるには少々抵抗があった。だからこうして大人の対応を演じて自らを取り繕う。


「寂しくてすぐに戻って来てしまうなんてにゃんたこは子供みたいでかわいいですね」


「…………」


「私だって暇じゃないんですけどね。ん〜〜、えと……とりあえずお菓子でも出すので、ほら。にゃんたこはそれでテーブルを拭いといてください!」


「……寂しかったんだね」


 こうしてにゃんたこは、相変わらず子供扱いしてくるコロリンに溜息をこぼしながら、靴とリボンを返すことも忘れて夜遅くまでゆっくりまったり過ごすことになったのだった。






















 その日の夜。夕食の席でのこと。


「待ってください、にゃんたこ。せっかく貸してあげた洋服が汚れたら困りますよ。ちゃんとナプキンをして……と。まったく、世話のやける子なんですから」


「また……」


 やはり納得のいかないにゃんたこは美味しい食事を頬張りながらやれやれと思う。夕飯はもちろん、泊まっていく気まではなかったのに。


「…………」


 とはいえ、こうして世話をやきたがる子が一人くらいいた方が生活に変化が出て良いかもしれない、というのが今日一日の感想だった。それがたまたまコロリンだったというだけで、少し子供扱いされることを除けばある意味至れり尽くせりなのだ。


「……まったく」


 今度こそ受け入れてしまえばもう簡単。

 ルノやフユナ、そしてたま〜〜にレヴィナなど、自身が友達と認めた者に向けるのと同じように、コロリンにも『それ』を向ける。


「くす」


 笑顔。

 たったそれだけの事が大切なことを教えてくれる。

 こういうのも悪くないと実感させられる。


 こうして、にゃんたこの『大切なモノ』の中の一つにコロリンが加えられたのだった。



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