第172話〜獣王のスローライフ?〜
〜〜登場人物〜〜
・ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
・サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
・フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
・カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
・グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
・ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
・スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
・レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
・コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
・フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
・にゃんたこ (神様)
『天空領域・パラディーゾ』にその身を置く神様。『遊び』と称して様々な強者を襲撃する事が多々あり、その中でもルノは『当たり』らしい。
・フウカ (妖精王)
妖精の秘境『妖精郷』に住まう妖精の王。神様とは友人関係にあり、その実力も折り紙付き。風の魔法を得意としており、中でも【風刃・風華】は風魔法最強を誇る力を持っている。
「やっぱり夢じゃなかったか……はぁ」
獣王の襲撃から一夜明けた本日。
朝から外に出てきた私は、抉れて土が剥き出しになった草原を眺めながら大きなため息をついた。
昨日までの美しい草原はどこへやら。土の茶色と芝生の緑、二色のグラデーションが施された広大な大地はもはや『草原』とは呼べない程に悲惨なモノになっているのだから無理もない。
「あの獣王め。これで約束通り来なかったらとんでもないお仕置してやる」
約束。昨日はなんやかんやあったので、この草原や周囲に広がるペエ達の住処があった森の修復は今日に持ち越しとなった訳だが、当然ながら戦犯の獣王には朝から晩まで草原修復コースを課してある。
とはいえ、これを一人でやらせるのは少しばかりかわいそうというのが正直な気持ちなので、私がやって来る前に到着してやる気を見せてくれてたなら手の一つでも貸そうかと思っていたのだが、残念ながらそれはたった今をもって無しとなった。
今日の私は現場監督として、汗水流して働く獣の王様をコーヒー片手に眺めるのだ。
「……まだかなぁ。今思えばこうして外で待ってなくても来た時点で呼んでもらえばよかったかも。こうなったら遅刻したペナルティとか言って一週間くらい馬車馬みたいに働いてもらわないと割に合わないよねぇ。ふっふっ」
そんなことを考えて楽しめたのも最初の数分間のみ。刻一刻と過ぎていく時間は『まさか本当に来ないなんてことは?』などという嫌な予感を遠慮無しに突き付けてきた。
そんな時。
「早いな、魔女よ」
黒い感情に支配されかけた私をぬうっと巨大な影が覆うと、続いて威厳(?)を感じさせる図太い声が背後からかけられる。誰だと一瞬だけ頭を悩ませたがこんな呼び方をしてくるのは一人だけ……振り向くとそこにいたのはやはり獣王だった。
「おはよう。来ないかと思って心配してたところだよ」
「我を誰だと思っておる。泣く子も黙る獣王が約束を破る訳あるまい?」
「泣いてる子の背後にいきなり猛獣が湧いて出たら気絶しちゃうと思う。まぁ、約束を守ってくれてホッとしたよ。褒めて遣わす」
「偉そうに……」
そりゃもちろん。ここは私の土地であり、さらに言うなら獣王を名乗るお偉いさんとの勝負にも勝ったのだから多少の無礼は――というかあなたのことを待ってたんですがね。
「まぁいいや。それじゃあ早速始めようか。目標は『元より綺麗に』だよ。特に時間は設けないけど元より広くしてくると嬉しいな」
「おい、目標が増えてるではないか」
「あはは、なんのことかな? ほら、文句言ってないで早くやらないと大切な同胞が森に帰れなくてかわいそうだよ。……また私の家に泊まれるとか言って喜んでたけど」
「上手いこと誤魔化しおって。だがそれもそうだな。同胞のためにも一肌脱ぐとしよう。……冗談だ。もちろん貴様への償いも含まれているぞ」
「ふぅ、危ない。あと少しでずどんとやるところだったよ。じゃあ応援してるから頑張ってね」
という訳でようやく動き出す獣王。ここまでなんやかんやあったが、あとは現場監督に徹して作業が終わるまではベンチでコーヒーでも飲みながら優雅に過ごすのみ。さっそく準備でもして――
「待つのだ魔女よ」
「うん?」
なんだろう、手伝ってくれと言うつもりならそれなりの誠意を見せてくれないとな。まずはコーヒーとお菓子を用意してもらって――
「昨日、同胞も言っていたが人間の食事は美味いのだろう? 朝食に我の分も作ってくれ」
「…………」
こいつ! 誠意どころか図々しくも朝食を要求してきただと? なんて偉そうな王様だ。いいだろう、そっちがその気なら。
「おっけー。ちなみに我が家の朝ご飯は七時からと決まってるからそれまでに終わらせるんだよ。間に合わなかったらあなただけご飯抜き!」
「……っ!?」
な〜〜んてね。ぶっちゃけ朝ご飯の時間など決まってはいないし、何よりこの広大な草原を修復するのに『朝ご飯までに』なんて短時間ではとても不可能……だというのに獣王は落ち込むどころかむしろニヤリと笑い自信ありげに言葉を返してきた。まさか?
「容易い事だ。我が力を存分に見せつけてくれる」
「できるの?」
これは想定外。朝食を提供することでやる気が出て尚且つ早く終わるならこちらとしても願ったり叶ったりなので引き止める理由はないがどうする気だ?
「それこそ一気にガガガっと……はは〜〜ん、そういうことね? でも残念、トラクターなんてないよ」
「何を言っているのか分からんが使うのは我が力のみ。安心して見ているがよい」
そう言うと獣王は視線を僅かに上へずらし、力を貯えるように深呼吸をした。微妙に既視感のあるこの予備動作……我が力ってまさか!?
「迸れ、紫電の雷光! 【雷霆・雷華】!!」
「やめ――」
ドォン!
言葉を投げる間もなく降りそぐ特大の雷。轟音と共に眩い閃光が視界を覆った時には既に獣王の姿は掻き消えていたのだった。
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美しい緑の草原に色とりどりの草花。立派に育った木々は所々に涼し気な日陰を作り出し、心地よい風が隙間を縫うように駆け抜けていく。
文字通り、元よりも遥かに美しい草原に生まれ変わり安心感に満たされる一方で、半ば理不尽な要求に見事応えて見せた獣王はご褒美の朝食をガツガツと遠慮なしに貪り食って我が家の家計に大ダメージを与えていった。
「うむ、美味い! なかなかの味だな魔女よ」
「左様ですか。ねぇ、もうその辺にしたら……?」
「ガツガツ!」
「ひぃぃ……!?」
有言実行した獣王は一時間もかからずに全ての修復を終えてしまった。【雷霆・雷華】の雷をその身に宿して走り回る要領で草原を均一に耕すと、締めとして同じく走り回って地面に息を吹きかけて、はいおしまい。
なんでも【獣王の息吹】というらしく、それを受けた大地はあっという間に自然を取り戻すんだとか。結果はご覧の通り、前述の美しい光景がまさにそれだ。
「なんだ、まだ信じられんのか。なんならここら一帯を大樹で埋め尽くしてやってもよいのだぞ?」
「我が家の敷地をどこぞにある大樹の街みたいにする気? やめてよね……」
サラッととんでもないことを言ってくれる。やはり獣王も規格外の一員だったか。恐るべし。
「まったく、とんだチートだよね。てかそんな簡単に戻せるなら昨日のうちにやってくれればよかったのに」
「あの戦闘の後では魔力消費の激しい【獣王の息吹】は疲れるのでな。我の落ち度でなければこうして使ってやることもない高度な魔法だぞ」
「ふ〜〜ん」
高度な魔法なのはいいとして、悪いことをしてしまった自覚があったのか。なら要望通り綺麗にしてくれたことだしここらで許してあげるとしようか。食費は痛かったけど。
「ところで魔女よ。貴様はいつも一人で過ごしているのか? 我がやって来てからいくらか時間が経ったが家族とやらの姿も同胞の姿も見えないではないか」
「あぁ、今日はみんなそれぞれ予定があるみたいだからさ。お稽古やら転がったりやらアルバイトやらいろいろあるんだよ。ちなみにペエ達は相変わらずふかふかのベッドで眠りこけてるけど呼んでこようか?」
「いや、寝かせといてやろう。しかしそうか、やはり人間の生活は同胞にとっても素晴らしいモノなのだな。……よし、決めたぞ」
完食すると同時にペロリと口を舐める獣王。何を決心したのかは知らないが、こちらとしてはやることも終わったのであとは解散して自由にしてもらって構わない。
てな訳で私は早起きした分、少し早めのお昼寝でもしよう。
「確か同胞が行ったという村が近くにあったな。我もそこへ行ってスローライフを満喫しよう」
「うわっ!?」
グイ、ポ〜〜ン、ドサッ!
家に戻ろうとした私の襟首が何者かに捕まれ、モノのように空中に放り投げられると、次の瞬間にはボフッとふわふわの毛並みに全身を受け止められる。一体何事?
「我の背中に乗れることを光栄に思うがよい。さあ、案内は頼んだぞ」
「……え? 私、お昼寝したかったんだけど」
「こんな朝っぱらから昼寝などあるか。ほれ、落ちないようしっかり捕まっていろ」
「うげっ!?」
ガクンと頭だけ取り残されそうな感覚を味わった時には既に我が家の敷地らはるか後方へ。魔法も何もない。純粋な獣王としての身体能力だけで私はされるがままあっという間に連れ去られてしまった。
数分後。
「ふむ、ここがヒュンガルか」
「そう、ここがヒュンガル。村。じゃあ私はこれで」
帰ります。そう言葉を残してクルリと背を向けるとまたしても襟首を掴まれて阻止された。私はネコじゃないんだぞ。
「我と貴様の仲だろう。猛獣が出たと騒ぎになってもいいのか?」
「昨日からの仲だし騒ぎになることも多分ないよ。巨大な獣、あとは王様という立場を忘れて歩くことをオススメする」
「ほう?」
なんせ獣王が現れるまでもなく我が家のグロッタやスフレベルグのおかげで村人達はもれなく巨大な獣に対して免疫ができている。王様の類に関してもフィオちゃんがいるので似たようなものだろう。今さら獣の王を名乗るライオンが一匹現れたところでなんの影響もあるまい。
「面白い。ならばこの威厳溢れる姿を目の前にしてどれだけ己を保っていられるか試してやろう!」
「まぁ好きにしたらいいけど悪さだけはしないように。昨日みたいに暴れたら後ろからずどんとやるからそのつもりでね」
「ふむ、なんだかんだ言ってついて来てくれるのだな?」
「心配だからね」
なんせここにはあんな人やこんな人、無礼な真似をしようものなら獣王相手でも黙っていないような人達がたくさんいるのだ。
どんな物語が展開されるのか楽しみってね。
「??? まぁよい。ではさっそくだが、まずはあそこのシャレた店へ行こう。さっき貴様が飲んでいたモノと同じような香り……つまり美味い食事もあるのではないか?」
「ほぅ?」
初っ端からカフェを選択するとはなかなかお目が高い。その予想は大当たりだが、しかしその巨体では店内はもちろんテラス席ですら利用するのは難しいぞ。
「魔法で小さくしてあげるからじっとしてて。そのままじゃ入れないからね」
「構わん。王の権力を乱用してここまで持ってこさせよう」
「なに馬鹿なこと言ってんの……」
急なアホ発言をかます獣王だがやめておいた方がいいと思う。ここの店長様は知る人ぞ知る怪物であり、さらに看板娘は私と同じく魔女なのだ。
握り潰された挙句に吹き飛ばされる未来しか見えないぞ。
「百歩譲って持って来させるって案はまだいいけどそれは事情を説明してオッケーをもらえたらだよ。間違ってもこの場で大声出すとかは絶対にだめ。ここには魔女と怪物という恐ろしい店員達がいるんだから平和に」
「おい! 我に食事を出すがよい!」
……終わったね。
爆音による営業妨害。裁かれる理由としては充分なのではないだろうか。
「ルノちゃん!? こら、お店の前で騒いじゃだめでしょ!」
「何事ですか?」
さすがに驚いたのか、サトリさんが慌てた様子で入り口の扉を開け放って私を叱りつけてきた。背後のお姉さんに至っては事実確認をするまでもなく握り潰してきそうな雰囲気すらある。こりゃまずいぞ。
「一応言っておきますけど私じゃありません。そっち。そのおっきなライオンが一人でやったことです!」
そう、私は他人。むしろこっちも被害者。嫌疑の目を向けるならそちらのライオンへどうぞ。
「飼い主面してよく言うね、ルノちゃん?」
「反省の色がないならキツいお仕置が必要ですね」
必死な弁明も虚しく、こちらを見上げるサトリさんとお姉さんの表情はどこか険しい。
意味も分からず周囲の状況から理由を探ってみると、自分が妙に高い場所から見下ろしていること――いつの間にか私が獣王の背中に乗せられ、文字通り上から目線で発言していたことに気付いた。……が、時すでに遅し。
「ぐおっ!?」
突如、獣王がビクンと大きく痙攣したことで現実に引き戻される中、振り落とされまいと必死にしがみつく私は視界の端っこで鬼の形相をしながら獣王の鼻先を鷲掴みにしているお姉さんの姿を捉えてしまった。
直後。
「サトリ。思い切りやってしまいなさい」
「さらばルノちゃん! 【逆巻く旋風】!!」
「「!?」」
ゴオッ!
全身を殴るかのような凄まじい風が私と獣王を容赦なく襲う。仲良く吹き飛ばされた私達は長いようで短い時間を空中で共にし、やがて村の中央に位置する噴水に頭からドボン! 大きな音に盛大な水飛沫、ゲラゲラと響き渡る笑い声に囲まれながらみっともない姿を晒すことになってしまった。
「ゲホゲホ! なんで私まで……!?」
「グウッ……! あの人間にあるまじき極悪非道な行い。さすがは貴様の友人と言ったところか……!」
「たしかに友達なんだけどそこで察してもらっても嬉しくない。てか何勝手に乗せてくれてんのさ! 次また道連れにしようとしたら昨日みたいな雪だるまにしちゃうからね!」
「う、うむ」
しかしその後、道連れにされることは無くとも行く先々で獣王は何かとやらかして悲惨な目にあっていた。楽しみにしていたのはあくまでも獣王が私達の日常生活にどうやって溶け込むかだったというのに。
とある鍛冶屋兼武器屋では――
「ほう。『光り輝く大顎』だと? うむ、なかなか良いな。ぜひ買って帰ろう。いくらだ?」
「おっ! お客さんお目が高い! それは世界一の鍛冶師カラットがロッキの結晶を使って作り上げた貴重な品でほにゃらら万円でございます!」
「手頃な値段だな。頼む、魔女」
「いったいどの口が言うのかな? この口? この口しかないよね。ほにゃらら万円を手頃と言うなら今すぐ自分で用意してみなさい!」
「フガッ、やめんか!? 我が高貴なる髭を引っ張るな! 抜けてしまうだろ!(ブチッ)」
「うん、抜けちゃった……」
「こいつ!?」
「そうだ、カラットさん。その大顎、この髭と交換なんてどうですか? これは『獣王の髭』という貴重なモノで、え〜〜っと、ひぃふぅみぃ……多分十本ちょっとしか存在しないレアモノですよ」
「獣王? なんだか胡散臭いが……ふむ、たしかにこりゃ立派な髭だな。わかった、交渉成立だルノちん!」
「勝手に話を進めるでない! 返すのだ!」
「一度貰った素材は私のモンだ。それでも向かってくるなら……その髭、全部頂いてやる!」
「笑わせる! 鍛冶師如きが我に歯向かうとどうなるか――ぎゃあ!?」
「あ、言い忘れてたけどその人も魔女」
と、今さらの私。まぁ、そうでなくとも襲いかかるのはよくないよね。尚、髭を引っこ抜いてしまったのはお仕置の最中に起きた不幸な事故なので無実とする。
「かわいそうに。左右一本ずつになっちゃったね」
「貴様も同罪だぞ……」
とか言ってちゃっかり『光り輝く大顎』を装備しているのだからかわいいものだ。ツンデレかな?
またとある温泉施設では――
「今度こそ小さくなって大人しくするんだよ。うりゃ」
「まるでペットではないか。まぁいい、ここは温泉か? ふむ、なかなか寛げそうな場所ではないか」
「でしょ? 私もここができた当初はハマっちゃって毎日のように来てたんだ。木の香りと静かな空間がまた最高なんだよ。あ、一応言っとくけどテンションアゲアゲで飛び込んだりは絶対――」
「我が一番乗りだ。ガウッ!」
「ばかっ!」
ドカン! バシャ〜〜ン!
「ドカン? ……あっ!?」
「いった〜〜い! 誰!? この私を飛び込みざまに吹き飛ばして後頭部をヒノキの壁に打ち付けさせたのは! あっ、タンコブ!?」
「説明ありがとうフィオちゃん! ほら獣王。そういうことだからちゃんとごめんなさいして」
「もう遅いですよ、先生! オリーヴァ! そのライオンみたいな小型犬をライオンカットにしておやりなさい!」
「かしこまりました」
「ふん、観光客如きがこの我に――ぎゃあ!?」
「あ、言い忘れたけどその人は王女様の護衛」
そんなこんなで普段なら平和な場所だというのにぎゃあぎゃあと騒ぎ散らす始末。やはり事前に人間の生活に関して指導しておくべきだったか。ちょっと反省。
「なんかごめんね? 元の大きさになっても毛は戻らないのね……ぷぷっ!」
「貴様、もしかしてわざと我を貶めているんじゃないだろうな……?」
少しばかり悪いことをしたと自覚があるだけになんとも言えない。身をもって人間社会を学んでいるということで勘弁してもらおう。
「グルル……! さっきからロクな目にあわん。なんだか暴れたくなってきたではないか……!」
「ちょっと。そういう脳筋発言はやめてよ。人に危害を加えるようならペエ達には申し訳ないけど本当に敵とみなしちゃうからね」
「そんなことするつもりはないがなんだかこう……身体を動かせる場所はないのか? また草原に戻って走り回りたい気分だ」
「そう? だけどもう帰っちゃうのもなんかね……」
次はドーナツでも、と思っていたのだが身体を動かせる場所となると獣王の言う通り我が家の草原まで戻るしかない。成り行きとはいえ、せっかくここまで出てきたのだからもう一箇所くらいは案内してあげようと思っていたのだが……
と、その時。
「さぁさぁ! 他に挑戦者はいないか!? 見事オレから一本取ることができたらこのロッキの結晶をプレゼントするぞ!」
どこか懐かしい売り文句が聞こえてきたと思ったら目に入ったのはランペッジさんだった。木製の武器で勝負し、先に一撃を入れた方の勝利。運動したいと言っている獣王にはピッタリなんじゃないかな?
「どう?」
「うむ、面白そうだ。行こう」
「おっけー」
こうして今日一番の笑顔を見せた獣王は威厳を取り戻した足取りでのっそのっそと歩みを進めて行った。その後ろ姿はまさしく王のそれ――ではなく、なんともシュールなライオンカットで残念だったのはここだけの秘密である。
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私と獣王がたどり着いた時には既に先客がいた。にゃんたこ様だ。
「くっ! うおっ!? なかなかやるな!」
「素手で一本取ったら景品倍でいい?」
「いいだろう。だがそれはさすがに甘く見すぎ――ぐふっ!?」
「もらい」
かわいそうに。にゃんたこ様に目を付けられてるだけでも災難なのに挑発されて自分を見失うとは。人差し指がズドンと鳩尾にクリティカルヒットしてたけど大丈夫かな。刺さってない?
「とんでもないな。この村は一体どうなっているのだ? 行く先々にいるのは魔女やら王女やらで極めつけはこれだ。あの若造、死んだのではないか?」
「あはは……あの人も結構強いから大丈夫だよ。……多分」
と言いつつも現にランペッジさんは地面を舐めなままなのでその可能性は無きにしも非ず。獣王には申し訳ないけどこれじゃあ挑戦するのは無理かな。
と、思いきや。
「よし、では挑戦してくる」
「は? いや、だから当のランペッジさんが気絶してるんだからもう無理だよ。まさかあのまま踏みつける気じゃないでしょうね?」
「そんな極悪非道を極めた真似をする訳なかろう。我が挑むのはそこの小娘だ!」
ビシィ! と獣王が指差す先にいたのはランペッジさんが気絶しているのをいいことに三つ四つと景品の結晶を存分にひったくろうとするにゃんたこ様。
どちらにも突っ込みたいところはあったがひとまず今回のメインに。
「突然何を言ってるのさ。あの人はお客さんであって挑戦するべき相手はあそこでのびてる金髪の人なの。でもその人は文字通りだから本日はもうお開き。草原で走り回っていいから今日はもう帰るよ」
「私はかまわないよルノ」
ここで話を聞いていたらしいにゃんたこ様がひったくった結晶を周囲に漂わせながら私たちの元までやってきた。心做しかいつもより神々しいな。
「クックッ。規格外の魔力を宿していると思ってみればやはり魔女の知り合いだったか。もう遅れは取らんぞ?」
「…………。……いい度胸だね。私から一本でも取れたらこのロッキの結晶を一つ分けてあげる」
「あの〜〜お二人さん?」
話を聞かない規格外達とランペッジさんの間を視線だけ行ったり来たりさせる私。にゃんたこ様に至ってはランペッジさんの商売ごと奪い去るという久方ぶりの暴君ぶりを発揮していて止められそうもない。このままやらせる……しかないのか?
「ルノが審判ね」
「一瞬で終わらせてくれる!」
まぁ一本で終わるなら大事にはならないだろう。そう諦めた私は最初こそ渋々受け入れた審判役だったが、にゃんたこ様対獣王という規格外同士の勝負に思わず気持ちが昂っているのも事実。なるようになれだ。
「じゃ、じゃあ一本だけ。お互いあまり熱くなりすぎないように!」
一応保険をかける意味で注意を促しながしつつ開始の合図をおくる。いち早く動いたのは獣王の方だった。
「迸れ、紫電の雷光! 【雷霆・雷華】!!」
開始早々、響き渡る凄まじい咆哮に呼応して特大の雷が獣王めがけて一直線に降り注ぐ。どうやら今回も今朝のような自身の強化に全てを振った雷だったようで村に被害が及ぶことはなかった。
昨日の襲撃時よりも遥かに濃密な雷が宿っているようだが相手は本日出会った誰よりも強いあのにゃんたこ様だ。やる気満々の獣王には悪いが今回も苦渋を舐めることになってしまうんじゃないかな。
――なんて考えていた時期も私にはあった。数秒前までは。
「くらえ!」
「あ」
ガツンッ!!!
ズガガガ〜〜ン!!!
開始と同時に掻き消える獣王。接近直後に振るわれたのは鋭い爪を伴った横薙ぎの一撃。瞬間、弾丸のように吹き飛ばされたにゃんたこ様は近くの茂みに突っ込み。
「ぎゃあ」
大木をへし折って。
「――ぎゃあ」
そして最後には大岩を突き破り。
「――――ぎゃあ」
と、はるか遠くへ吹き飛んでしまった。
「グハハ! 魔女の知り合いにしては大したことなかったな。我の勝利だ!」
「そ、そんな!?」
あのにゃんたこ様が完璧に攻撃を受けただと!?
「どど、どうしよう!? え、生きてる!? こら、ばか獣王! 熱くならないでって言ったでしょ! こ、ころ……!? にゃんたこ様ぁ〜〜!?」
未だかつて無い程の衝撃を受けた私は、いつか前髪をパッツンした時以上に動揺しながらにゃんたこ様が吹き飛ばされた方角へ大声を放つ。もしもこの物語で死人が出てしまうなんてことになったら私はとんでもない責任(?)を取らされてしまうぞ!?
「そう慌てることもあるまい。あの強大な魔力……あの小娘は貴様以上の強さなのだろう? 少しは友を信じるがよい」
「そうだけどさすがにこれは……」
驚きが抜けきらないままにゃんたこ様が吹き飛ばされた方角を獣王と共に眺めること数分。信じるにしても信じないにしてもそろそろ安否確認をしに向かった方が良いのでは? そう思い一歩踏み出すと、ヒュウ……と肌を撫でる冷たい風が吹き抜けていった。
「にゃんたこ様……?」
それだけであれば取るに足らない変化だったが、やがて感じた魔力がにゃんたこ様のモノであったため無事を確認できた私はホッと一安心。一方でその中に普段なら感じることの無い恐ろしい感情が含まれていことにいち早く気付いてしまった私は、これから起こりうることを想像するだけで冷や汗が止まらなくなった。
ゴゴゴゴ……!
寒気すら覚える膨大な魔力と突き刺さるような冷気。私と獣王、お互いに黙りを決め込む今の状況も相まって、私の中では徐々に嫌な予感が膨れ上がり『謝罪』という選択肢以外が無くなっていた。
「獣王。悪いことは言わないから今すぐ頭を地面にめり込ませて『ごめんなさい』と唱えて。よし、私は言った。私は言ったからね!」
「訳の分からんことを。だがスッキリしたのは事実だから礼を言うぞ。同胞にいい土産話ができたわ」
土産話……か。果たして一分後、同じことを言えるだろうか?
そう思った時。
「もっと遊ぼうよ」
「む?」
遥か後方から背を向けた獣王に声がかけられた。
「咲き誇れ――」
微かに耳に届く詠唱。時が止まったかのように錯覚する静かな時間の中、振り向く暇も与えず一瞬の内に氷の大輪を開花させたのはにゃんたこ様の慈悲なのか、それはある意味幸せであり、不幸でもあった。ただ一つ言えることは、獣王は自身に何が起きたかも分からずに上空に打ち上げられ、ズシンと落下したということ。
しかしこれは……
「にゃんたこ様。不意打ちはちょっとズルいのでは?」
「ズルくないよ。勝負は継続中だったからね」
そう言って「ほら」と見せつけてきたのは凄まじい力を受けてひん曲がってしまった自前の杖。なるほど、たしかに武器で防御したのなら負けではない。
と、なると。
「勝者、にゃんたこ様〜〜!」
「当然」
やはりこうなるのか。
にゃんたこ様の規格外さは頭一つ抜けてるなぁとしみじみ思いつつ、勝負は幕を下ろしたのでした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その後、ひっくり返ったままの獣王を引きずってきた私達は噴水広場に場所を移した。
「本当なら『木製の武器で安心して楽しめる』がコンセプトだったんですけどね。知りませんけど」
「一本取れたら、としか言ってないし何より向こうから魔法を使ってきたんだからお互い様だよ。しかも相手は鋭い爪と牙を持った猛獣だしね」
「まぁ……そうですね。獣王も運動できて喜んでたみたいだし満足したでしょう。あ、起きた」
身を起こした獣王がブルブルッと顔を振り回してから数秒、にゃんたこ様を見つめてようやく状況を理解したようだ。威力は違えど二日連続で同じ負け方をしてしまうなんて少しばかり同情してしまうな。
「不覚……と言いたいところだが魔女を上回る威力とスピードか。なるほど、その小娘は友ではなく師だったという訳か」
「いや、最初の認識で合ってるけどたしかに【大輪・氷華】はにゃんたこ様が本家だね。なんと神様なのである」
「……ルノ」
「あ」
ふふん、とどこか誇らしげに語る私に冷たい視線が突き刺さる。今さらではあるがにゃんたこ様が神様なのは内緒なんだっけ。
「こほん。この子は私の、えと……妹である」
「遅いよ」
「むぐっ!?」
私のお口を凍結の刑に処すと、引っ込んでてとばかりに道端にポイするにゃんたこ様。その秘密設定まだあったのね。
「それじゃ、起きて早々だけどあなたには言うことを一つ聞いてもらうね」
獣王の元まで歩み寄るや否や勝者の権限をフル活用しようとするその姿は嫌な予感しかなく、当然ながら相対する獣王も聞いてないとばかりに物申す。
「何を言うか小娘。挑戦者は負けても支払うモノなどなかったハズだぞ」
その通り。後出しで褒美を要求するなんてとんだインチキ……なんて心読まれたらヤバいからやめとこう。にゃんたこ様は神様にゃんたこ様は神様。
「うぎゃ!」
「さて、無礼なルノは黙らせといてと。あなたはそれでいいのかな? 獣王……なんでしょ? 王を名乗るものが一本取られた挙句に敗北の看板を背負って帰るなんて同胞達はなんて思うかな? くす」
「同胞。たしかに……!」
無礼な私に裁きの鉄槌を下してご満悦のにゃんたこ様は全てお見通しだとばかりに煽りに煽ってなんとかご褒美をモノにしようとしている。どうやら獣王も思うところがあるのか徐々に押され始めているようだ。
「……いいだろう、我の負けだ」
「ん」
そんなこんなで獣王から正式に敗北宣言を受けたにゃんたこ様がニヤリと笑った。一体どんなご褒美を要求する気なのだろうか?
「あの、にゃんたこ様? あんまり虐めてあげちゃかわいそうですよ。ドーナツ奢ってもらうとかにしてあげれば……あ、お金持ってないか」
「心配しなくても悪いようにはしないよ」
「その言い方が怖い……」
だがお互いが納得しての結果なのでこれ以上口を挟むのは野暮というもの。あとは神(にゃんたこ様)を信じるとしよう。
「それで小娘。我に何を望むのだ?」
「ペットになってもらう」
「…………」
あまりにもストレートすぎる要求に思わず沈黙。一瞬、何を言われたのか理解できずに凍り付く私だが、獣王はそれ以上に困惑し何故だか目が合ってしまう始末。うんうん、気持ちはわかるよ。
「とは言え、あなたは良くも悪くも大き過ぎるから飼うのは無理。だから気が向いた時、背中にでも乗せてもらおうかな。そうだね……呼んだら来る、なんていいね」
「むぅ、それではまるでペットではないか!?」
だからそう言ってたでしょうに。獣王という立場上、理解していても反抗したくなる気持ちは分からなくもないが相手はそれ以上の神様だからな。そのモフモフ毛並みに目を付けられた時点で終わりなのだ。
それはさておき、ここで一つの疑問が。
「成り行きでずっと『獣王』って呼んでたけどさ、それって名前じゃないよね?」
呼んだら来る、となると今のままでは「来い、獣王!」という感じで『王を呼びつける少女』というシュールな絵面が完成してしまう。
言われるまで気にもしなかったが、獣王とはなんやかんやあった仲なので名前があるならこの機会に知っておくのもいいかもしれない。
「期待しているところ悪いが同胞達がそう呼ぶように我の名は『獣王』だ。しっかり『様』を付けてだがな。さ・ま・を・な!」
「わ、悪かったよ……そういうモノなんだね」
ちなみに様付けに関しては、私にとって獣王は『突然襲撃してきた無礼な勘違いライオン』というのが第一印象なので残念ながら却下。そこは譲らんぞ。
「まぁいい。何が変わる訳でもなし、同胞も名を持ったようだしむしろ良い機会かもしれん。我の【雷霆・雷華】を破った貴様が決めた名前なら名乗ってやってもよいぞ。……どうした?」
「………」
「にゃんたこ様?」
獣王の言葉を受けて黙考していたにゃんたこ様がふと顔をあげた。その瞳に映る獣王は若干の動揺を見せながら同じようににゃんたこ様を見つめている。甘い展開――という訳ではなさそうだ。
「本当に名前はないの?」
「そう言ったであろう。我は『獣王』とな」
「…………。……そう。なら決めたよ」
「「ごくっ……!」」
運命の瞬間を前に、私と獣王の喉が思わず音を鳴らす。獣王は純粋な緊張から。私はかわいい名前が出たら面白いなんてお気楽気分から。果たしてどんな名前が出るか。
「ライカ」
「むっ……」
「あら?」
ここだけの話『おいでポチ』なんてのを期待していたのだが割とまともな名前が出てきて少々ビックリ。どうやらその辺は獣王も同じだったようで、名付けられた瞬間にプッツンして襲いかかるなんてこともなかった。
「おいで。あなたはこれから『獣王ライカ』だよ」
「…………」
ライカ。改めてその名を呼ばれた獣王は少しの抵抗を見せたものの、ゆっくりとにゃんたこ様の元へ歩み寄って行った。なんだか目には見えない何かが二人の間に結ばれたような、そんな不思議な感覚だ。
「良い子だね」
「ふん。一応言っておくがペットに成り下がった訳ではないぞ」
「……名前は?」
「それは好きにするがいい。獣王と呼べ、と言っても聞かんのだろう?」
「くす。よく分かってるね。それじゃあ今日は行くところがあるから背中にはまた今度乗せてもらうよ」
「今日だけ、と言ったろう。どこか知らんが連れて行ってやるから今のうちに乗っておけ」
「わっ」
グイ、ポ〜〜ン、ボフッ!
額を撫でていたにゃんたこ様を鼻先で持ち上げるとそのままの勢いで自らの背中に放り投げる獣王。王の威厳とやらはどこへ行ってしまったのか……割と乗り気じゃないか。
「ライカだぞ」
「しかも気に入ってるし」
にゃんたこ様を背中に乗せた獣王改め獣王ライカ。その背中は心做しか昨日よりも立派に見え、本当の意味で威厳を感じさせるモノになっていた。これが本来の姿だ、とでも言うかのように。
「なんだか羨ましいなぁ。私も今度グロッタに色々教えこもうかな」
それで目の前のにゃんたこ様&獣王と対決、なんてね。
「また貴様は一人で黄昏おって。さっさと乗らんか」
「うわっ!?」
グイ、ポ〜〜ン、ボフッ!
「目的地は貴様の家らしい。そうだな? にゃんたこ」
「うん」
左様ですか。要するににゃんたこ様の『行く所』とは私の家であり、つまるところそれは『遊びに行く』ということなのだろう。獣王は突っ込んでた割には乗り気も乗り気、早くもなかなかの主従関係を見せつけてくる二人だった。
「まぁ、何かと心配だったしにゃんたこ様が手網を握ってくれるなら安心かな」
こうして、肩の荷が降りた私は家に到着するまでの間、にゃんたこ様と一緒に獣王の背中で移りゆく景色を楽しんだのでした。
翌日。
「じゃあ私はフユナ達と遊んでくるから。良い子にしてるんだよ、ライカ」
「うむ、気を付けて行ってくるのだぞ、にゃんたこ。――さて、食事にしようではないか魔女よ」
「また来たし……主従関係続いてるし……あなたの食事とかないし……」
次の日、そのまた次の日も。あれからというもの、にゃんたこ様を背中に乗せて現れるようになった獣王は、私に主従関係を見せつけるかの如く毎日我が家にやって来ては食事を要求したり、フユナやコロリン、レヴィナにグロッタにスフレベルグ達ともれなく親睦を深めていったりなどなど、ペエ達と同様に人間の生活を満喫していったのだった。
「ライカだぞ」
「はいライカ。明日も来るの?」
「うむ」
「左様ですか……」
それが一週間も続いたのは今となってはいい思い出。すっかり人間の生活に馴染んでしまった獣王、もといライカは末永く私達と共に過ごすことになるのでした。