第170話〜歌姫現る〜
〜〜登場人物〜〜
・ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
・サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
・フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
・カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
・グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
・ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
・スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
・レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
・コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
・フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
・にゃんたこ (神様)
『天空領域・パラディーゾ』にその身を置く神様。『遊び』と称して様々な強者を襲撃する事が多々あり、その中でもルノは『当たり』らしい。
・フウカ (妖精王)
妖精の秘境『妖精郷』に住まう妖精の王。神様とは友人関係にあり、その実力も折り紙付き。風の魔法を得意としており、中でも【風刃・風華】は風魔法最強を誇る力を持っている。
ある日のこと。
とある森の中で小鳥の親子と一匹のリスが遊んでいました。今日も今日とて仲良しの三匹は木の実を採って食べたり、追いかけっこをしたりなどして思い思いにすごしています。
すると突然。
「あら? 可愛い小動物達ね」
目の前に見た目麗しい妖精が現れました。彼女は自らを妖精の王だと名乗ると、藪から棒にこんな事を言い出したのです。
「ちょうど良かった。今日の夕飯はアンタ達で決まりね」
「「「!!?」」」
妖精らしからぬ物騒な発言を聞いた瞬間、三匹は震え上がって動く事もままならなくなってしまいました。
そんな絶望の中、瞬時に頭をよぎったのはすぐ横にある草原に住んでいるお友達の魔女でした。彼女に助けを求めればこの妖精の皮を被った恐ろしい敵をすぐに懲らしめて――などと考えている間に敵は目の前までやって来ており、もうだめだ……と、夕飯のオカズになることを覚悟する他ありませんでした。
ところが。
「「「……っ!?」」」
一秒、二秒、三秒。ビクビクと震えながら恐ろしく長く感じる時間に耐えるもなかなか襲われる様子がありません。やがて十秒が経過しようとした頃、恐る恐る顔を上げると目を丸くした妖精と視線が交わりました。
「あらら? アンタ達もしかして……やっぱり! あの時迷惑かけた子達……いや、これだと語弊があるわね。迷惑かけたのはヤンキー二人組。アタシには……うん、まぁ、ちょっとは責任があるかもしれないわね。よし、それなら謝罪の意味も込めて何かあげましょう。何がいい?」
手のひらをクルリと返した妖精は何やら責任を感じている様子。いまいち状況の理解が追いつきませんが、命が助かったこともあって喜びを隠しきれない三匹はその言葉をすんなり受け入れました。ならば、と思いついたのは先程まで助けを求めようと思っていたお友達の魔女。彼女と――
「な・か・よ・く・な・り・た・いってことね。アンタ達ってば既に仲良かった気がしたけど……まぁ、なんにせよさらに上を目指すのは良い事ね。それなら目には目をってことで同じ人間になってイチャコラするのが一番じゃないかしら? 一緒にお茶でもして親睦を深めるといいわ」
「!!!」
それはいい。そう思って目を輝かせているのは、しかし一匹の小鳥だけでした。他の二匹は妖精の提案が魅力的ではあったものの『人間になる』という部分に少しばかり怖気付いてしまったようです。
妖精曰く。
「心配しなくても身体にちょこっと魔法陣を描くだけで痛みも無く人間に変身できるし戻るのも簡単よ」
――とのことですが、やはり鳥そしてリスとして生まれてきた以上は抵抗があるのでしょう。
「まぁ気持ちは分かるから無理強いはしないわ。じゃあ代わりにアンタ達にはこの美味しい木の実をあげるわね。はいどうぞ」
「「〜〜♪」」
どうやら話は纏まったようです。一匹の小鳥とリスは甘い香りの木の実を受け取りご満悦の様子。そして最後に、その様子を少しばかり羨ましく思いつつも、魅力的な提案にいち早く目を輝かせた小鳥の番がやって来ました。ツゥ〜〜っとお腹に走る指がむず痒いようですが、魔法陣が描き終わるまではあっという間でした。
「はいはいはいっと、これで完成。パクっ……教えてもらった魔法陣だけどこれは完璧ね。さ、あとは念じるだけで人間の姿になれるから存分に新しい生活を楽しんできなさい。んじゃアタシはもう行くけどあの子会ったらによろしく。またね!」
「ピピッ!」
「ピ〜〜♪」
「キッ!」
風のように去っていく優しい妖精と、その背中に手を振りながら別れを告げる三匹の小動物達。やがて姿が見えなくなると、その場に残った小鳥の一匹はさっそくとばかりにもらった木の実を摘んでみました。一匹のリスは大切なモノを守るように木の実を隠しました。
そして最後に。
「ピピピッ〜〜!?」
パッと光り輝く一匹の小鳥。数秒後、その場にいたのは美しいオレンジ色の髪と、綺麗な声色をその身に宿した可愛らしい人間の女の子でしたとさ。
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昼下がりのヒュンガル。
周囲に広がる山々に中央の噴水。そんな環境のおかげか他よりもいくらかすごしやすい気候の中、おやつを兼ねたコーヒーブレイクを満喫した私はカフェの扉を背に大きな深呼吸をしながら幸せを噛み締めていた。
「ん〜〜! こうしてるとスローライフに全力を注いで本当に良かったと実感するなぁ。まだ時間もあるしのんびりお散歩でもしようっと」
「いいよね、ルノちゃんは。わたしはこれから夜のピークに向けて忙しなく走り回らなきゃいけないのに。はぁぁぁぁ……」
幽霊のように背後に現れるや否や、私が深呼吸で幸せを吸い取ってるのかと勘違いされそうなため息をつく看板娘のサトリさん。そんな目で見つめられても本日はアルバイトの予定など無いので助けてあげないぞ。
「まぁいいじゃないですか。さっきまで私と一緒に勤務中とは思えないようなおサボりタイムを満喫してたんですから。このサボり魔めっ」
「事実だけど言わせておけばっ! 仕方ないじゃん、今日はやけにお客さん多いんだから少しくらいサボらせてよ。多分今夜は地獄になるよ……!?」
「残念ながら毎回等しくおサボりを欠かさないサトリさんのお言葉では響きませんよ。大人なんですからしっかり働いてください」
「ルノちゃんに……言われた……」
大袈裟に崩れ落ちるサトリさんだが失礼にもほどがある。話題に出ないだけ、もしくは描写されないだけで私もちゃんと働いてるんだぞ。……と、いうことにしておく。
「それよりもお客さんが多いって言ってましたけど今日って何かイベントでもありましたっけ?」
「イベントではないけど多分アレが原因だと思うよ。ほら、あの噴水広場の人だかりを見てごらんよ」
「ふむ……?」
サトリさんが恨めしそうに指差す噴水広場にはたしかに人だかりが見えた。おそらくあそこから流れた人がカフェを利用するから忙しくなる、ということなのだろう。本来ならお店として喜ばしい事のはずだがサボり魔として名高いサトリさんにとっては違うみたい。
「そんなサトリさんだが実際に働く姿からはそう見えないのが凄いところ。特にスマイルは絶品。さすが看板娘……!」
「ん? いま褒めた?」
「はて? それじゃ、お客さんの波に飲まれたら困るので私はそろそろ行きますね。お仕事頑張ってください」
「は〜〜い、ありがとね〜〜……またのご来店を〜〜……」
できれば最高の営業スマイルで送り出して欲しかったなぁと思いながら逆にこちらがスマイルを贈る謎仕様。まぁ友達として少しくらいの弱音は受け入れてあげるとしよう。
「そのかわり私は楽しませてもらいますけどね。何やってるんだろうな〜〜♪」
ルンルン気分な理由は至って単純。私が向かう先にある人だかり、そこから聴こえる綺麗な音色に心惹かれたからである。観衆の拍手などの盛り上がり、そして後ろ姿から見えるオレンジ色の髪と、時折覗く可愛らしい顔がさらに期待値を高めていったことで自然と早足になっていったのは言うまでもないことだった。
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という訳でやって来ました噴水広場。
「う〜〜ん、予想はしてたけど最前列は無理だね。仕方ないか」
なので現在地は三十人程の人だかりの最後列。それでもテンションが上がったのは、ちょっとしたコンサートと言ってもいい程の観客数が表すように、今まさに歌い出そうとしている人物はかなりの歌い手だと予想できたからだ。お客さんの数は人気の証明ってね。
「いたいた。可愛らしい女の子だけど……知らない子だな」
最後列とはいえ、先程カフェから眺めた時と比べればかなりの近距離なので時折人だかりで視界が遮られるもののその姿ははっきりと確認できた。
噴水の縁に腰掛けていたのは、オレンジ色の髪の毛をした小柄な女の子。楽器の類は持っていないようなのでどうやら歌声だけでこれだけの観客を集めたということになるが……これは私が予想しているよりも凄腕の歌い手なのかもしれないな。
そんなことを考えていると女の子が歌う時がやってきた。
「コホン。それでは聴いてください。……ピ〜〜♪」
数秒の静寂を経てから発せられたのは人間離れした美しい声だった。まるで私個人へ向けられたかのような錯覚をしてしまう程に透き通った声は、しかし確実に聴き入っている全員に届き等しく『癒し』を与えていた。
だというのに。
「あの子達はなにしてるの……」
視線を少し落とすとそこにいたのはどこかで見たような小鳥とリス。演出なのか分からないが、女の子の両隣を陣取った二匹はクルクル回ったりなどして歌にまったく合っていない踊りを披露していたのである。歌っているご本人が気にしていないようなので私は見守ることにするが……どうもバラエティ要素が濃くなってしまって思わず苦笑いしてしまう。
「ピ〜〜ピ〜〜♪ ピピピ〜〜♪」
「それよりあの子、本当に上手……!」
歌と言うよりもメロディ、小鳥の囀りと言えばイメージしやすいかもしれない。完成された声というのは聴いている以上のモノを私達の心に届けているんだと初めて知ってしまった。歌姫という言葉がピッタリだ。
「下手したらこの癒しは朝起きてフユナの寝顔が目の前にあった時以上……! あの子、一体何者なんだろう?」
決して音楽に詳しい訳ではない私でもあの子の歌声が一級品だということだけは分かった。このままあの美声に溺れてしまいたい――目を閉じながらそう思った時、突然歌が終わりを迎えてしまった。なんだか不完全燃焼感が否めないがこれも歌として完成された一つの形なのかもはしれない。とにかく最高だった。
その証拠に。
「……ぁ」
名残惜しい気持ちと共に目を開けるとゆっくりと涙がこぼれた。それに気付いた私は感動や感謝、とにかく最大級の賞賛を表すために拍手を贈ろうとして手が止まる。自身に突き刺さる一つの視線は勘違い……では無いはず。やはりあの不完全燃焼感は正しかったらしい。
「……」
「……」
数メートル先から映像を停止させたかの如く歌ったままの姿勢でこちらをぽけ〜〜っと見つめていたのは歌い手の女の子だった。声だけでなくその惚けた顔ですら絵になるハイスペックさを少しばかり呪ったのはほんの一瞬。次の瞬間、私の心臓は飛び跳ねていた。
「ルノちゃんだっ!」
「うわっ!?」
静止した状態から一変、もはや直視することも叶わないくらいに眩しい笑顔を向けながら人混みを縫うように駆け寄りそのままの勢いで抱きついてくる女の子、そして何故か小鳥とリス。なんだか周りの視線が痛いし、抱きつく力も割と強くて痛いし、何よりこの状況に理解が追いつかなくて頭が痛い。
「まってまって! ちょっとなんなの!? ちがっ、皆さん誤解で〜〜す!?」
周りからの冷めた目線を前に慌てふためきながら謎の釈明をするのがやっとの私。一方で余裕たっぷりの女の子は嬉しそうな表情で離れる様子がないことだけは抱きつく強さからはっきり分かった。しかしそれ以上の情報が無いだけに戸惑いは増すばかりなのでとりあえず――
「離れて!? こっ、こんなところフユナに見られたらどうするのさ! きゃ〜〜!」
「え〜〜? あの子は良い子そうだから大丈夫だと思うけど……コロリンちゃんは妬いちゃうかもね? にゃんたこちゃんには嫉妬されちゃうかも。ふふっ!」
「!?」
この子、まさかコロリンとにゃんたこ様のまわし物か!? だとしたら浮気(?)を捏造される前にこの状況を何とかしなければ!
「うりゃ!」
「きゃ!?」
てな訳でずどん。一応言っておくけど魔法をぶっぱなした訳ではなく両肩に手を置いて少々強引にグイッと距離を空けただけ。だってこの子、力が強いんだもん。
「ふぅ、はぁ……ちょっとは落ち着いた? まだなら落ち着いて」
「う〜〜ん、それを言うならルノちゃんじゃないかなぁ。私は落ち着いてるし至って正常だよ。会えて嬉しいなぁ」
「私は……ふぅ、いま落ち着いた。それで、さっきからやけに親しげだけど私達初対面……だよね」
なんとか呼吸を整えて顔を上げるも、やはり目の前にいる歌うま女の子に見覚えはなかった。今も周りでチョロチョロしている小鳥とリスは既に面識があるのでこの場では一旦置いておく。というかこの子達は知り合い?
「本当に分からない? じゃあほら、よ〜〜く聴いてみて。コホン……ピ〜〜ピピピ〜〜♪」
「うん、上手だけど……」
残念ながら歌声を聴いただけで歌手が分かるくらいなら今こうして苦労はしないんだ。……あぁ、でもやっぱり良い声。絶対有名人だこの人。
「分かった?」
「そうだなぁ……ん、分かった。ズバリ、王都『リトゥーラ』で有名な歌手でしょ? そこから推測するに手引きしたのはフィオちゃん! こんなに感動するドッキリを持ってきたのはなかなか良かったけど初対面の人にベタベタするのはちょっといただけないかな。マネージャーさんに怒られちゃうよ?」
「何言ってるかほとんど分からないんだけど……もしかしてニセルノちゃんの方に来ちゃったのかな? でも立ち振る舞いはちゃんと可愛いしなぁ」
「そんな……てへ」
ネタバレをしたことでフィオちゃんのお怒りを買うのが恐ろしいのか、やけに褒めちぎってくるが無駄だ。アイスをご馳走するくらいならやぶさかでもないがそれ以上はないぞ。
「ま、そういうことだからそろそろ白状してくれないと言いつけちゃうよ? ほら、まずはお名前を――」
「ならこうだっ!」
「わっ!?」
黒幕を見抜いてすっかり油断していた私は背後を取られて視界を覆われるという大失態を犯す。まさかの形勢逆転に為す術もない私の耳元では、女の子が勝ち誇ったようにクスリと笑った。もはやここまでか。
「あの、命だけは……」
「そんな心配はいらないからリラックスして。今度は大ヒントだからちゃんと聴くんだよ?」
「は、はい」
「……ピピッ! ピピピ!」
「え?」
先程までとはうってかわり、今度は元気な小鳥の鳴き声に大変身。視界を閉ざされた今の状況も相まって、まるで森林浴しているかのような安心感があるが、驚くべきは私がこの鳴き声を知っていたこと。いつもなら二匹一緒だった小鳥の親子が一匹しか見当たらず、さらにはこの女の子にくっついていたというのはそういうことだったのか? 私以外にも人間化の魔法を使える人が……?
「嘘だよね? プウかペエがイタズラしてるんでしょ……?」
「な〜〜んにも嘘なんてないよ。でも半分くらいは正解かなぁ。ピピッ!」
「うっ!? じ、じゃあ問題ね? 新年早々に私の特訓に付き合ってくれたのは……誰かな?」
「可愛い小鳥の親子とモフモフのリス。寒〜〜いお仕置はよく覚えてるよ?」
「な、ならこれはどうだ。……お土産のベリーごちそうさまでした」
「どういたしまして」
「……っ!!」
決まりだ。ここまでくればもう疑う余地は無い。つまりこの女の子はプウかペエのどちらかだが果たして?
「どっちなの……?」
「当ててみて。間違えたら罰ゲームね」
「えぇ……? う〜〜ん、そうだなぁ……」
プウとペエのどちらか。言ってみればただの二択だが二匹の違いなんてほとんど無いので勘でいくしかない。こうなったら一思いに答えてみよう。
「プウ」
「……」
「じゃなくてペエ」
「……」
「あ、あれ? ……と見せかけてポン」
「もうっ、なんでよ!」
「!?」
違った? プウでもなくペエでもないなら残るはポンしかいなかったはず。いや、そもそもポンはリスなので最初の二択で終わるはずだったのだが。
「当てずっぽうで全部答えてみるなんて失格。ルノちゃんの負けだよ。はい、罰ゲーム!」
「うわ、わっ!?」
違ったらしい。名前を間違えられ憤慨するプウだかペエだかポンに目隠しされたまま左右にぶんぶんと振り回される私がやがて目を回して尻もちをつくと、満足したプウだかペエだかポンはついに名乗りを上げた。
「じゃあ教えてあげるね。私はペエ。一応言っておくとリスはポンじゃなくてポオね。コロリンちゃんに付けてもらった大切な名前なんだからしっかり覚えようね?」
「あは……そうでした……」
とのこと。人間に化けて登場するというまさかの展開に驚きはしたが、その後のペエの説明で経緯はなんてことの無い成り行きからだったことを知った私は、人の魔法を簡単にパクってしまうフウカを恨めしく思いつつ、ちょこっとだけ疑ってしまったにゃんたこ様には心の中で謝罪しておいたのだった。
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「ひゃ〜〜冷たい。美味しいねルノちゃん」
「お口に合ったようで何より……です」
あれから歌を切り上げたペエと共に雑貨屋へ向かった私は罰ゲームとしてアイスをご馳走した。
現在は再び噴水広場に戻り、隣合って噴水の縁に腰掛けながらアイス片手に談笑(?)に耽っている最中だ。これが罰ゲームならさっきは振り回され損なのでは? と、心の中で呟きながら。
「最初はね、人間の身体が新鮮だから気分が良くなっちゃって歌ってたの。そしたらいつの間にか私を取り囲むように人だかりができてたからもっと気分良くなっちゃってさ。人間って面白いね」
「あぁ、分かります。フユナもコロリンもなんだかんだで人間の姿の方が好きみたいでして」
「うんうん。ところでルノちゃん?」
「はい」
「なんで『はい』なの?」
「はい?」
「だからそれ! その口調いやだってば!」
「わわわわっ!?」
何かがお気に召さなかったペエさんが食べかけのアイス片手に私の肩を凄まじい勢いで揺さぶってきた。やっぱり見た目以上に力あるな。これが鳥の力か。
「ねぇ、さっきまでそうじゃなかったでしょ? なんで急にお堅くなっちゃったの?」
「いや、なんと言いますか……可愛がってた小鳥が急に人間の姿で現れちゃうとなんだか緊張しちゃって。今さら小鳥の姿に戻ったとしても意識しちゃうから一生変わらないかも。申し訳ありません……」
「それじゃせっかく会えたのに意味無いじゃん!? もっと仲良くしてよ」
「一応、努力はしてみますが……」
「もぉ!」
さてと。それじゃあ冗談はここら辺にしてそろそろ平常運転といきますか。多少緊張するのは本当だけど。
「ところでプウとポオは? この子達は人間の姿にならないの?」
私とペエの間でアイスの欠片を頬張るプウとポオをチラリ。夢中で聞いてないなこりゃ。
「プウもポオもあまり気が進まなかったみたいだよ。こんなに楽しいのに勿体ないよね」
なるほど。でもたしかに突然現れて夕飯のオカズにされそうになった挙句に人間になってみる? なんて提案をされてもそりゃ不安にもなるというものだ。真っ先に受け入れたペエが例外なだけで。
「やっぱりペエは子供な分、好奇心旺盛なんだね。あ、これ褒め言葉ね?」
「褒め言葉。私ってそんなに子供っぽいかなぁ?」
「あはは。いいことだよ」
そうやって『子供』の部分に反応してしまう所なんて特にね、なんて心の中で微笑ましく思ってしまう。
「でもさ、こうなってくるとプウの人間の姿も気になるところだね。娘として可愛いお母さんなんてのも見てみたくない?」
結果次第では親子ではなく可愛い姉妹に見えるかもしれない。無理強いはできないが本人さえ乗り気になったならその時は私自ら人間化の魔法陣を描きこんであげようじゃないか。
密かにそう決意すると、ペエが何やら申し訳なさそうな表情で口を開いた。
「あの〜〜……夢を膨らませてるところに悪いんだけどね? プウはお母さんじゃなくてお姉ちゃんだよ」
「えっ!?」
なんだと? もしそれが本当なら今日まで私やコロリンが『小鳥の親子』と称していたモノは一体何だったのか。冗談半分で言ったのにまさか本当に姉妹だったとは。な〜〜んて、さすがにそんな安いドッキリに嵌められる私じゃないぞ。
「ふっ。やっぱり中身は小鳥さんだね」
「なんかものすごくバカにされた気がするなぁ。私達、一度も親子だ〜〜なんて言ってないはずだよ? ルノちゃんもコロリンちゃんも不気味なくらい私達の言葉を理解してくれてたけど完璧じゃなかったね」
フフンとドヤ顔をかますも同じくらいのドヤ顔をペエに返されてしまった。そうなると私は動物の言葉を理解できると勘違いしていたマヌケなピエロだという結論に至ってしまうのだが、やはりペエのドヤ顔は変わらない。
どうしよう……こんな安いドヤ顔をかましてる自分を今すぐに罰してやりたい。
「な〜〜んてね」
「え?」
クスクスと笑いを堪える声が聞こえると思ったらすぐ隣にいるペエだった。してやったり! みたいな様子はコロリンに似たモノを感じるが……つまりはそういうことなのか?
「ふふっ、ごめんね。あまりにも間に受けた顔してたからついからかっちゃった。心配しなくても私達は正真正銘の親子だよ」
「な、なんだ……びっくりした。間違った解釈してたのにドヤ顔かましてるイタい人になるところだったじゃん」
「あながち間違いでもないよ。例えばあの時、私はね〜〜?」
そこからはまさに拷問だった。あの時はこうでした、アレはこうでしたなど、思い返してみれば笑いが止まらなくなるなんて言いながらペエはしばらくの間クスクスと笑い続けた。……もう帰ろうかな。
「でもね、たしかに完璧じゃなかったけど動物の言葉を理解できるなんて実際すごいことだよ? おかげでルノちゃん達に出会ってからは生活がさらに楽しくなったんだから。嬉しかった――ってお〜〜い、聞いてる?」
「やめて、今の私に優しくしないでぇ!?」
「あはは、ルノちゃんは本当に面白い子だなぁ。からかったのは謝るから元気出して。それよりさ、こうして人間になって出会えたんだからゆっくりお茶でもしようよ。ほら、早く早く」
そう言って立ち上がると取るとカフェの方角ではなく私の家がある方へ向かって歩き出すペエ。心做しか弾む足取りはこれからの時間、つまり私の家でのお茶会を楽しみにしてくれている証拠だろう。だったら断る訳にもいかないな。
「どっちにしろそのつもりだったけどね。コロリンの驚く顔が目に浮かぶなぁ」
私はイタズラ心半分にそんな期待をしながらペエに追いつくと隣に並んで歩みを進める。するとどこからともなく聞こえてきたのは小鳥の囀りに似たあの歌声。チラリと隣を見ればもちろんそこにはペエの姿があった。
「ピ〜〜♪ ピ〜〜ピピ〜〜♪」
「……」
改めて見ると、気持ち良さそうに目を閉じて歌に没頭するペエは本当に綺麗で美しかった。家に到着するまでの残り数分の間、私はこの癒しの時間を心に刻むため、離れることなく特等席を守るように静かに歩き続けたのでした。